噛みつき評論 ブログ版

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40日の裁判員裁判は詐欺同然(2)

2010-11-28 23:01:57 | マスメディア
 これは11月4日の記事の続きです。

 鹿児島の高齢夫婦殺人事件では裁判員候補の約8割が辞退したため、数が足らなくなって名簿からの抽出を2回して呼び出し状の総数を増やし、34人の出席を得たとされています。そこから裁判員6人と補充裁判員4人が選ばれました。

 一般論としてですが、40日もの長期にわたって時間を空けることのできる人は限られます。有用な仕事をしている人のほとんどは不可能でしょうから、裁判員に無職者の比率が高くなることは十分考えられます。むろん無職者は裁判員として不適当だとは一概には言えません。職に就かないことには様々な理由があることでしょう。しかしその中には高齢やその他の理由によって記憶力や理解力などに問題がある例が比較的高い割合を占めていることは容易に推定できます。

40日といった否認事件の裁判ではその長い期間に得られた多くの情報に軽重の評価をし、さらにそれらの関連を理解して、総合した上で結論を出すという、優秀な人でも困難な作業が必要になります。1ヵ月前の記憶は忘れるか、薄れがちになるでしょうし、直近の記憶は鮮明で印象も強くなります。そんな状況で記憶の強弱に影響されず判断することはたいへん難しいことです。もし誰かが作った要約を参考にすればその作成者の影響を受けてしまうこと避けられないでしょう。

 長期裁判の場合、裁判員は時間を作れるかどうかによってスクリーニング(ふるい分け)された国民から選ばれるわけで、裁判員に偏りが生じる危険性があります。例えば、引退した高齢者などの割合が高くなることが考えられます。裁判員は常識を備えた一般国民というのが裁判員制度の建前ですが、このケースのようにスクリーニングされた裁判員はその建前すら満たしません。

 建前すら、と言ったのはスクリーニングがない場合でも、裁判員として想定される抽象的な一般国民というものはあり得ず、その都度くじで選ばれる6名の集団、ひとつ一つ性格が異なる集団によって裁かれるという、被告にとっては当たり外れが避けられない事実があるからです。スクリーニングは当たり外れをいっそう拡大することでしょう。

 以前、朝日新聞は知的障害者を裁判員にさせる取組みを好意的に紹介していましたが(関連拙文)、そこには国民からくじで選ぶという形式さえ満たされれば、公正な裁判に必要な裁判員としての判断力など考慮しないといった形式優先の考えが見られました。

 鹿児島の高齢夫婦殺人事件の裁判員の選任にも同様の危惧があり、被告を適切に裁くという裁判の本来の意味が軽視されているのではないかという懸念を拭えません。司法に国民を参加させるといったきれい事が実現されても、裁判そのものの機能が低下しては本末転倒です。刑事裁判は何よりも被告のためにある筈ですが、現状は形式さえ整えばよいという考えが優先されているように思います。

 郵便不正事件で村木厚子さんの弁護人をつとめた広中惇一郎弁護士は、裁判官によってかなり差があるとした上で、次のように述べています(世界12月号 P66)。
「自分のケースを見ても、無罪が取れた事件というのは、弁護人から見ると裁判官が非常に公正で良心的でクレバー(頭の切れる)な方でした。そうでない時は、ひどい結果になっていることは少なからずある」

 できる限り適正な裁判を行うためには、逆に、社会経験や理解力など適正な判決を出すための適性を満足するためのスクリーニングが必要ではないでしょうか。スクリーニングされた職業裁判官ですら差があるわけですから、くじで選ばれる裁判員の資質に大きな差があるのは疑いようのない事実です。しかしそれに対しては何らの考慮もされていません。被告にとっては、裁判員の生半可な理解でもって、生死にかかわるような判決を下されてはたまったものではありません。
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控訴を勧める裁判員裁判

2010-11-25 10:24:52 | マスメディア
 11月16日横浜地裁で裁判員裁判初の死刑判決が出ました。意外であったのは、判決を読み上げたあと裁判長が「重大な結論なので、裁判所としては控訴することを勧めます」と述べたことです。

 この理由については、裁判員の精神的負担の軽減を図ったもの、との見方が多くあるようです。つまり最終的な決定を上級審に委ねれば、裁判員が死刑を決定したという重圧から逃れることができるという意味だと思われます。しかしそれでは判決の意味を自ら軽んじることになります。

 「控訴することを勧めます」という発言は、自ら決定した死刑判決を否定するよう被告に勧めることです。自分達で決めた判決には従わない方がよい、とも解釈できるわけで、たいへん不思議なことです。よほど判決に自信がないのでしょうか。

 また多数決で死刑が決まったが、裁判長は反対であったので裁判長個人の意見を控訴の勧めのメッセージに込めたということも考えられますが、意見をまとめるのが裁判長の役割ですから、これもおかしいと思います。

 そもそも裁判員制度は市民の常識を取り入れることで、より適正な判決が得られるという考えから生まれたものです。裁判員裁判による判決は職業裁判官だけによる判決より適正で、尊重されるべきだとされ、検察側の控訴も制度が始まって以来わずか2件に抑えられています。

 少なくとも形の上では尊重されている(させられている?)裁判員裁判ですが、被告に控訴を勧めることは裁判長が裁判員裁判をあまり信用せず、上級審の判断を信頼しているとも理解できます。これは素人による裁判員制度の否定につながります。裁判長の真意を知りたいところですが、その術はありません。

 この「控訴お勧め付き判決」は裁判員制度を揺るがすほどの問題を含んでいると思いますが、そのわりにはあまり議論が起きないのが不思議です。その理由は、多くのメディアが裁判員制度を支持していて批判的な姿勢が弱いこと、及び裁判員に課せられた守秘義務のために評議の情報が外部に出てこないことなどにあると思われます。

 裁判員制度は法施行後3年を経過した時に見直しが予定されています。これはやってみなければわからん、という部分があることを認めているわけで、まあ現在は試行期間という位置づけです。議論が低調であれば、いつのまにか内部だけで見直しが行われ、裁判員制度のときのように、突如として最終決定だけが発表されるということになりかねません。
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朝日新聞異質論

2010-11-22 10:45:07 | マスメディア
 衣の下から鎧(よろい)が見える。11月14日と同19日の朝日新聞社説にはそんな印象があります。そしてその鎧はちょっと見過ごすことのできないものです。

 横浜で菅首相とオバマ大統領が日米同盟の深化をうたう新しい共同声明のとりまとめで一致したことを受けて、朝日社説(11/14)は「領土をめぐる中国、ロシアの強硬姿勢の背景として、普天間問題による日米関係の揺らぎを指摘する声は多い」と、一般の見方を紹介しながら以下のように主張しています。

「ただ、世界の成長を牽引する中国は、今や日米双方にとって経済的にも政治的にも重要なパートナーだ。同盟の深化は中国に対抗するためではない」としています。

 また19日の社説は新防衛大綱に関するもので、首相の諮問機関が専守防衛の理念を支えてきた基盤的防衛力構想を否定し、脅威対応型への転換と九州・沖縄地区の戦力増強、離党防衛強化などを主張したことに反論する形で次のように述べています。

「無用の摩擦を生み外交の妨げにならないか。とりわけ平和国家としてのブランド力を失うことにならないか。(中略) 英国やドイツは国防予算の大幅カットや、兵員や装備の削減に踏み切ろうとしている。日本も人員縮小や給与体系などの見直しに踏み込んではどうか」

 14日の社説、「普天間問題による日米関係の揺らぎ」と述べていますが、これは普天間問題によるというよりも米国と中国に対する等距離外交という鳩山政権の基本的な姿勢によるものと理解するのが適切です。VOICEに掲載された鳩山論文がニューヨークタイムズ転載され、米国内のリベラル派勢力からも反米的と見られて騒ぎになりましたが、これは鳩山政権の姿勢を示しています。米国との溝は鳩山政権の性格によって必然的に生じたものであり、普天間問題によって偶発的に起きたというような表現は誤解を生みます(意図的なようですが)。

 また「(日米)同盟の深化は中国に対抗するためではない」という主張は、日米関係の脆弱化が中ロの強硬姿勢を招いたという大多数の認識を否定するものです。「対抗するためではない」理由として「中国は、今や日米双方にとって経済的にも政治的にも重要なパートナーだ」ということが挙げられていますが、同盟関係の条件は経済的・政治的重要度だけでなく、相手が信頼に値する国かどうかが重要です。しかしここではそれを無視しています。

 19日の社説では英国やドイツを例にとり、日本の防衛力縮小を主張しています。しかし05年の国防費のGDP比は英国2.3%、ドイツ1.4%、フランス2.5%、米国4.0%などに比べ日本は最低水準の1.0%ですから、ベースがまったく異なります。軍事的脅威が減少している西欧諸国に対し、軍事力を急拡大させている中国や核兵器の配備を企む北朝鮮に隣接する日本とは環境が大きく異なります。これらの条件の差異を無視して防衛力の削減を主張するのは実に不誠実な態度です。

 尖閣事件から明らかになったものは、国際関係は依然としてパワー・ポリティクスが基本であるという事実でしょう。憲法前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とありますが、近隣にはこのような諸国民ばかりではないと言うことが改めて認識されたと思います。

 にもかかわらず、上記の社説からは朝日新聞が鳩山流の等距離外交と防衛力縮小を目指していることが読み取れます。管政権は「友愛」象徴される鳩山政権の夢想路線から米国重視と、防衛力強化の現実路線へと転換したようですが、朝日はこれらがお気に召さないようです。あの鳩山元首相ですら首相になってから抑止力の重要性を学ばれたというのに。

 20年間毎年2桁で軍事費を増加させ、攻撃型兵器の空母をも保有しようとしている中国に対し、日本の防衛力は縮小すべきである、そして中国に対抗するために日米同盟を深化させてはいけないと解釈できる主張はなんとも理解に苦しみます。もしこれが中国の利益のための主張ならば大変よく理解できるのですが。

 これらの主張は憲法前文にあるような理想論・建前論や社民党の非武装中立論に通じるところがありますが、その非現実性は中学生にもわかるレベルだと思います。とするとあえてこの非現実的な主張を社説に掲げる狙いは何か、ということになります。もしかすると、衣の下の鎧は中国製?。

 21日の朝日朝刊の社会面トップは「日本漁船 遠のく尖閣」「燃油高 足延ばせず」「魚値下がり採算とれず」の見出しで尖閣を取り上げています。ページの約3分の2を使った記事は尖閣諸島周辺は漁場として採算が悪く、あまり価値がないという内容です。今わざわざ尖閣諸島の価値が低いと思わせる記事を大きく掲載する意図はなんでしょうか。尖閣は守るほどの領土ではないよ、というメッセージかと勘ぐりたくなります。

 かつて朝日の若宮啓文元論説主幹は、竹島はもともと漁業のほかに価値が乏しい無人島だ、いっそのこと韓国に譲ってしまったら、と書き批判を浴びた実績があるので、この勘ぐりもまんざら荒唐無稽とはいえないと思います。

 朝日新聞社には、防衛力を縮小しても日本の安全に支障はない、中国に対抗し得る米国との同盟がなくても大丈夫だというご主張の根拠を明確にお示し願いたいものです。
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来て見れば聞くより低し・・・

2010-11-15 10:12:31 | マスメディア
「来て見れば聞くより低し富士の山、釈迦も孔子もかくやあるらん」(*1)
 
 これは幕末の長州藩で財政改革を実施し、教育にも力を注いだ村田清風が富士山を見て詠んだ歌とされています。私はこれを読売の編集手帳(11/6)で知ったのですが、これが面白いのは「釈迦も孔子もかくやあるらん」の部分で、清風の頭の中には親鸞やキリストもあったかもしれません。私なら神や仏も加えたいところです。

 自分の目で確かめることの大切さを述べたものと思われますが、他人の評価の頼りなさを言うために釈迦や孔子を挙げているのが面白いところです。富士の高さを評価するのは簡単ですが、釈迦や孔子を評価するのは簡単ではないため、どうしても他人の評価に左右されてしまいます。

 釈迦や孔子の話とはいささかレベルが異なりますが、世評と実像が大きく隔たっている人物や書物は数多く見られます。小谷野敦氏の「日本文化論のインチキ」に書かれている多くの人物批評にはたいへん興味深いものがあります。

 小谷野氏はヘーゲルやフロイト、ユングなどをこき下ろし、フランス現代思想の思想家は学問的にはほとんどインチキであると書いています。私にはこれらを批判する能力がありませんが、フランス現代思想に関してはアラン・ソーカルの「知の欺瞞」に書かれていた内容とも一致するので本当かなと思います。(参考拙文「ソーカル事件の教訓

 日本の学者・評論家に対する過激な批判も豊富で、この方の本当の仕事は他人を批判することではないかと思うほどです。
「ユング心理学というのは、学問の世界ではオカルトと思われていて、フロイト以上にまともに扱われていない。しかし、河合隼雄の記述は、次第にユングからも離れて、世間話の部類になっていた」

「多摩美大にはオカルトブームの帝王とも言うべき中沢新一がいるし、亜インテリに人気のある茂木健一郎なる『脳学者』もオカルトだし、その茂木を『疑似科学』と批判している斉藤環も、フロイト派だから、学問的とは言えない」

(次は小谷野氏のブログ「猫を償うに猫をもってせよ」より)
「尾木直樹・法政大教授、鈴木晶・同、そして吉村作治であった。まあ三人が三人とも、まあなんというか、バカで名高いというか、そういう人であるが、しかし法政大はバカ教授率高いなあ」

 ざっとこんな調子です。ほとんどは喧嘩腰であり、あまりエレガントとは言えません。しかしその中で私が多少知っている河合隼雄氏、茂木健一郎氏、教育評論家の尾木直樹氏に対する評価には私も十分納得できるのがあります。

 よく売れる本の多くは有名な著者によるものです。私達が本の購入を決める場合、その本の著者に対して肯定的なイメージをもっていることが大きな条件になります。またアホなことを書いているだろうから読んでみてやろう、と思って購入する人はかなり少ないでしょう。

 読者にとって、先入観なしに読むということはとても大切であって、どこが偉いのかを知る前に、とにかく偉いという評価を受け入れてしまえば、批判的に読むという態度が失われます。くだらない本でも有名な著者のものであればよい本だと思ってしまうことがよくあるわけで、これは価値のない本がベストセラーになる理由のひとつと思われます。

 本や著者を優れたものと思わせて購買意欲を煽るのも出版社の仕事なんでしょうが、それは一方で大きな迷惑を社会に与えています。小谷野氏の本は誤った世評をひっくり返すことで先入観を取り除くところに存在価値があります。まあこの本も出版社の営業に力を貸すことになりますが。

(*1)出典は 徳富蘇峰「吉田松陰」岩波文庫版だそうです。
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KY官房長官

2010-11-11 10:59:04 | マスメディア
 何かことが起きるたびに菅政権(仙谷政権とも呼ばれます)の無能ぶりが露わになる日々が続いています。支持率の急落はその正直な反映です。公明党が補正予算に反対することを決めましたが、不人気な菅政権に味方すれば自分も同類と見られることを嫌い、見放したのでしょう。落ち目になると人が離れていき、さらに深く落ちていくのはよく見られる現象です。

 さて人気の低下は政権の中心にいる仙谷官房長官のご活躍に負うところが大きいと思います。映像を流出した人物を支持する動きが広がっていることに対するご発言には次のようなものがありました。

「公開して『よくやった』というのか。犯罪行為を称揚することで、そういう気分は日本国中に少々あるかも分からないが同意はしない」
(海上保安本部に海上保安官を支持する意見が多数寄せられていることについて)
「国民の過半数が、そのように思っているとはまったく思わない。国民は信頼できる捜査を求めており、事件が起こればしかるべき処分をしてもらいたいという、健全な国民が圧倒的多数だと信じている」

 海上保安本部に寄せられたのは240通のメールと120件の電話で、ほとんどは流出を支持するものであり、苦情は1件だけとされています。どう考えれば仙谷氏のように「圧倒的多数がしかるべき処分をしてもらいたいと思っている」という結論を引き出せるのでしょうか。360分の1を圧倒的多数とする理由を知りたいところです。なんとも不思議な仙谷氏の「算数」能力です。彼らがさかんに言っていた民意とはこんないい加減なものだったのでしょうか。

 そして仙谷氏は秘密漏洩に対する罰則が軽すぎるので、抑止力を持たせるために刑罰を強化するすることを検討すると述べました。

 流出を支持する意見は多数であり、それは十分な説明もせず非公開とした政府に対する強い不信・不満の反映です。国民を失望させた政府の失策には触れず、流出行為の犯罪性ばかり強調し、さらに情報管理と統制の強化を目指す発言は国民感情を逆撫でするものです。そんなことを今強調する必要があるとは思えず、わざわざ人気を下げているように感じます。

櫻井よしこ氏によると、仙谷氏作成の厳秘資料には映像を一般公開することの「メリット」として「中国による日本非難の主張を退けることができる」などとし、「デメリット」は「流出犯人が検挙・起訴された場合、『政府が一般公開に応じたのだから、非公開の必要性は低かった』と主張し、量刑が下がるおそれがある」と書かれていたそうです。仙谷氏は日本非難を退ける国益より、流出者の量刑が下がることを恐れたようです。つまり中国に対して「犯人を厳しく罰しました」と忠実ぶりを示したかったのでしょう。これが日本政府の中枢にいる人間なのですから驚きます。

 政権の隠蔽体質が指摘されている折、厳罰化による情報統制を目指す姿勢はちょっと不気味ですらあります。お隣の国は情報統制は無論のこと、贈収賄などでも簡単に処刑する死刑大国ですが、もしかすると「赤い官房長官」の呼称にふさわしく、かの国をよほど尊敬されているのでしょうか。

 仙谷長官は映像非公開の主な理由を、中国人船長の裁判の証拠であるためとしていますが、今後裁判が再開される見込みはありません。仙谷長官にとっては実質的な議論より法的な形式論がずっと重要のようです。実質的な議論を避け、些細な法の形式論を楯にとるような態度は姑息であります。法律家としては知りませんが、政治家の資質として大変疑わしいものです。

 政権の中枢に居座る人物が国民の空気を読むことが出来ず、不手際の連続がこの支持率急降下をもたらしたのだと思いますが、どうして民主党はよりによってこんな人物に権力を委ねるのでしょうか。もっとも鳩山元首相についても同じことが言えるわけで、それはこの党の伝統なのかもしれません。民主党では党内権力を握る能力と政治家としての能力がまったくの別物ということでしょうか。

 ともあれ私には赤い法律家がせっせと民主政権の墓穴を掘っているように見えます。
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菅政権の信用と品格

2010-11-08 10:08:10 | マスメディア
 危ない仕事は部下が勝手にやったことにして上司は責任を逃れる、これはよくある話ですが、那覇地検が自ら判断して衝突事件を起こした船長を釈放したという筋書きはこの話を思い出させます。言うまでもないことですが部下は那覇地検であり、上司は首相や内閣です。責任と共に逃れたかったのは中国の圧力に屈したという恥辱でしょう。

 見え透いた嘘でうわべを取り繕う、なんとも見苦しい姑息なやり方です(姑息とはもともとその場逃れ、一時的という意味ですが、しばしばズルイとか卑怯という意味で誤用されます。誤用頻度が高いため、ズルイ・卑怯という意味も認めるべきです。字面もそれにふさわしいように思います。ここではむろんズルイ・卑怯の意味で用いています)。

 これと対照的なのが2004年3月に起きた中国人活動家による尖閣諸島への不法上陸事件の際、政府がとった態度です。上陸した活動家は起訴されず、強制送還となったのですが、小泉首相は自身の判断でやったと発言しています。判断の是非はともかく、嘘をつかず、責任逃れをしない小泉首相は信頼に値するという評価が得られることでしょう。

 民主党政権の前首相、鳩山氏は疑惑を持たれた多額の使途不明金に関する資料を公表すると言いながらいまだに実行されていません。また首相の退陣に際して議員を辞めるという話も嘘になりそうです。どうやら嘘を恥と思わないというお気持ちが「人一倍」強いようです。後を継いだ菅政権はこの伝統を受け継いでいる感があります。

 鳩山氏の堂々たる嘘に対して、こちらは表面的な繕いがあるだけずるさに長けています。映像を公開しない理由については裁判の証拠資料は公開できないなどと、法を楯にとった細かな技術論に終始しました。これに納得した人はほとんどいなかったのではないでしょうか。これらは実質的な議論よりも法的な形式論を振りかざすのがお好きな仙谷官房長官のご嗜好とも一致します。

 ネットのアンケートで8割ほどの人が映像流出を支持している事実は菅政権のやり方に不信を持っていることを示唆します。「今回の“犯人”には(国民に真実を伝えるという意味で)もろ手を挙げて拍手喝采を送りたいところ」という元内閣安全保障室長の佐々淳行氏の談話や「こんな大事な映像を政府は隠蔽していたとは」という街の声は一般国民の気持ちを代弁しているように思います。

 不思議なことに情報を政府の手でコントロールするやり方は中国と似ています。民主党にはかつて中国を師と仰いだ勢力が含まれますが、いまだ影響力があるのでしょうか。外交には時に国民を欺(あざむ)く必要もあるでしょう。しかし欺いたことが直ちに見透かされるような拙劣なやり方は最悪です。

 説得力の乏しい不自然な理由をつけて映像公開を渋ってきたのは中国との間に密約があったからではないかなどと様々な憶測を呼び、政府不信に拍車をかけます。信用の低下が深刻な問題であることは個人でも政府でも同じです。例えば財政再建のための増税が是非とも必要な場合、政府に信用がなければ国民を説得することは望めません。

 首相の能力面はむろんのこと、人格面における資質という問題を改めて考えずにはいられません。責任逃れに長けた人、ずるさに優れた人が世の尊敬や信頼を集めた例は古今東西、寡聞にして存じません。イラ菅、転じてズル菅と呼ばれる日もそう遠くないかもしれません。
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40日の裁判員裁判は詐欺同然

2010-11-04 10:13:54 | マスメディア
 最高裁のホームページには裁判員裁判の日程について現在も次のような説明があります。
「約7割の事件が3日以内で終わると見込まれています。事件によっては,もう少し時間のかかるものもあります(約2割の事件が5日以内,約1割の事件が5日超)」・・・同HPの裁判員制度Q&Aより

 この説明を読んで40日もの長期裁判があるかも知れないと思う方は極めて少数ではないでしょうか。大多数の人は40日あるいはそれ以上の日程の裁判があることを意識せずに裁判員制度を受け入れたのだと思われます。はじめからこんな長期の裁判があることが明示されていれば裁判員制度への賛否は大きく異なっていたでしょう。ところが鹿児島の高齢夫婦殺人事件ではこの40日が実現することになりました。

 悪質な勧誘方法がしばしば問題になってきた証券会社の営業ですら最近は金融商品のリスク開示が行われるようになりました。まともな証券会社なら、少なくとも文書の上では発行体リスク、為替リスクなどがきちんと並んでいます(たいていは小さな字ですが)。

 最高裁の説明は裁判員の時間的負担がさほど大きくないという印象を与えます。「1割の事件が5日超」という文言から40日を想像することはとても無理です。より複雑な事件ならは100日や200日もないとは言えません。例えば、1パーセントの事件は100日以上になります、といった説明をするのが信用を保つやり方です。

 たしかに日程の上限が示されていないので、算数の問題としてはたとえ40日でも200日でも最高裁はウソを言ったことにはなりません。しかし社会通念上(これは判決などにしばしば使われる言葉です)、つまり実質的には国民の大部分を騙したことになります。そしてこれは裁判員の負担という裁判員制度の根幹に関わる大事な問題です。

 これはほとんど詐欺だと言わざるを得ません。最高裁の名に恥じず、怪しげな三流会社の広告も顔負けの「最高」の出来栄えであります。信用を最大限重視しなければならない最高裁判所の行為とは信じられません。詐欺師などを裁くことが仕事の裁判所が信用できないなら、いったい何を信用すればよいのかということになります。最高裁の信用度が鳩山元首相のお言葉並みでは困るわけであります。

 さらに別の問題も生じます。鹿児島の高齢夫婦殺人事件では裁判員候補の約8割が辞退したとされています。長期の裁判に参加できるのは暇が十分ある人に限られ、裁判員の構成に無視できない偏りが生じて、裁判の機能そのものが影響を受ける可能性があることです。これについては次の機会に。
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非礼への対処法

2010-11-01 10:25:38 | マスメディア
 「後藤(象二郎)のような自尊心に満ちた相手に対しては礼儀ある態度をとり、おなじ日本人でも哀れみを乞うような交渉相手には悪鬼羅刹(らせつ)のような態度をとるらしい」。幕末の日本を訪れたイギリス公使パークスを、司馬遼太郎が『竜馬がゆく』のなかで評している」

 これは中国側が丹羽宇一郎・駐中国大使を真夜中の午前0時に呼び出したことについて、産経抄に書かれていた話です。そして話はパークスと西郷隆盛の会合の場面になります。

 「西郷は、机に足をのせたまま人と話すパークスの態度を、あるときまねて、お互いに無礼をやめようと諭した」

 中国に対する昨今の日本政府の対応と比べるとまさに隔世の感があります。中国の高圧的な態度に屈して、日本国内の反中デモも報道させず、ビデオの一般公開もせず、ひたすら中国のご機嫌を損ねまいとする態度は一時的な平和を得ることはできるかもしれませんが、失うものも大きいと思います。膨張を企てるナチスドイツに対するチェンバレン英首相の悪評高い宥和政策が思い起こされます。

 尖閣の事件を通じて中国は「小日本」は威圧すればおとなしく言うことを聞く国だ、と「学習」したことでしょう。たとえ中国政府が冷静であっても「おとなしい小日本」を学んだ中国国民の感情につき動かされる可能性は十分あると思われます。中国国民の学習が日本にとってプラスになる筈がありません。

 日本の対応を大人の態度と評価する向きがありますが、屈服することによって相手が態度を和らげないばかりか、さらに居丈高になった場合は大失敗というべきです。個人の間でも低姿勢に出ればいっそうつけあがる人は珍しくありません。

 橋下大阪府知事は上海万博への招待を突然断られました。それに対して知事は中国のやり方をマイナス2万点などと厳しく批判した結果、中国側は事務的なミスであったとして、話を撤回しました。外交にも関わることで事務的なミスがあるとは信じ難いことで、実際は非を認めたということでしょう。橋下知事は西郷に近く、民主党政権とはもっとも遠いところに位置すると思われます。

 余談になります。私も昔「竜馬がゆく」を読んでいますが、こんな場面があったことはすっかり忘れていました。産経抄の筆者はよほど記憶と検索能力に優れた方と見えます。一方、今は必要な知識はネット検索で得られるので知識を詰込む教育は不要であるといった極論があります。尖閣問題をいくら言葉で検索してもパークスや西郷は出てきません。頭に詰まった記憶の中からこそ面白いお話が出てくるというわけでしょう。
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