噛みつき評論 ブログ版

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有名人のアホな発言

2019-04-21 21:47:17 | マスメディア
『あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです』

 話題になったのでご存知のことと思うが、これは今年度の東京大学学部入学式の祝辞の一部であり、発言者は上野千鶴子東大名誉教授である。前半は女性差別に対する攻撃的な話で、後半はこの話である。ここでは東大に合格したのは「あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだった」と断定している。つまり努力や頑張りの成果、そして意味を全否定している。強調したいのはわかるが、ここまで断言してよいものだろうか。

 これがテレビタレントの発言ならよい。しかし学者ならもう少し言葉を正確に使うべきだと思う。東大合格者の中には環境に大きく支えられ者もいるだろう。しかしそうであっても努力なしというわけではない。しかし逆に環境に恵まれず、涙ぐましい努力の結果、合格した者もいると思う。多数の合格者を一律に扱うのは誤りである。韓国嫌いの人が韓国人すべてを一つの類型と見るのと同じ誤りである。また合格の理由を環境だけに求め、努力を全く認めないという考えも学者としてはおかしい。環境と努力は両方とも重要な要素である。多数の集団を一律なものとして扱う、また多数の要素のひとつだけに着目し他を無視する、これらは学者のそれではなく、扇動者の思考方法であろう。人文科学は自然科学ほど厳密ではないが、それでも許容範囲を超えている。一般的に言えば、教養のなさを示すものと言ってよい。

 上野千鶴子氏は昔「スカートの下の劇場」などの過激な本で有名になった方で、好戦的なフェミニストである。「男のネクタイはペニスの象徴である」と大真面目に主張されたのを覚えている。当時はそういう見方が流行していたとはいえ、今思えば噴き出してしまう。どんな根拠があったのだろう。もっとも否定することも難しいが。

 一方、ゴーン氏の事件によって、否認事件における長期拘留という人質司法が問題になっているが、宗像紀夫元東京地検特捜部長は長期勾留による自白について「捜査する側が求めていることは一切ない。証拠隠滅されては困る。検察がやっているというよりも裁判所が判断する」と述べた。つまり検察側が自白を求めるために拘留することは一切ない、と断言しているのである。検察官全員が一律に潔癖で正しい人であるとは信じがたい。白もいれば黒も、グレーもいるのである。宗像氏はそれを知らないはずがないので、彼は嘘をついているか、それとも国語表現の方法を知らないのだろう。

 また裁判員裁判導入に関して、但木敬一元検事総長の次の発言も気になる。
『(裁判官と裁判員の協働)作業の結果、得られた判決というのは、私は決して軽くもないし重くもない、それが至当な判決である・・・』 これは裁判に国民が参加することを民主主義の実現であると評価したうえでの発言である。しかし無作為で選ばれた6人の素人の判断がなぜ「至当な判決」なのか、理解できない。恐らくこれは民主主義=至当なものという考えが背景にあるのだと思われるが、それが即、至当な判決になるというのはおかしい。論理の飛躍がある。民主主義は至当とは言えないし、なぜ6人が「至当な判決」を出せるのか、根拠がない。まともな判決のためには様々な要素が必要なはずである。これが検事総長の発言だけに、こんな考えの人が検察のトップなのかと驚く。

 何が言いたいのかというと、思考方法の問題である。多様な集団をひとつの概念で一律に規定したり、多くの要素のうち特定のものを選び他を無視するような考え方は誤った結論を招く大きな理由となる。上に例を示した3名はいずれも高い教育を受け、社会的にも影響力のある人物であるが、思考方法に誤りがあると思う。多様を多様として、複雑を複雑として扱う、また複数の要素を寄与度に応じて評価する、と言ったことは思考方法のイロハである(ただし私は学校で習った記憶がない)。これが欠如することは教養がないことと同じであろう。教養は知識だけではない。

 これは教育の問題であるかもしれないが、選抜の問題でもある。教育には思考方法について教える課程があるのだろうか。入学試験には思考方法を判別する問題があるのだろうか。また大学教授を、あるいは検事を選抜するときにこのような思考方法の適否がチェックされていないのではないのだろうか。世の中には多くの議論の対立がある。対立の原因が立場の違いや価値観の違いの場合、対立の解消は簡単ではない。しかし中には思考方法が不適切であるための対立というのがある。意味のない対立である。まともな思考方法(論理能力)が広まれば対立のいくらかはなくなるかもしれない。
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台風21号の予報は妥当であったか

2019-04-14 22:07:08 | マスメディア
 先日「北山」を歩いてきた。北山は京都市の北に広がる標高1000mに満たない山地で、北山杉や、戦前、楽しむための登山の発祥地であったことで知られる。そのためか、登山道や林道が縦横に走っている。したがって様々な登山コースがあるのだが、そのほとんどが倒木で通行ができない、あるいは通行困難となっていて、その状態は現在も続いている。道に横たわった数本の杉の大木を乗り越え、またはくぐり、あるいは斜面を迂回して進むのだが、人ひとり通れる程度に枝が切ってあるところもあり、時間はかかったがなんとか通れた。

 しかしこんなに多くの倒木は初めての経験である。場所によって風の強さに違いがあるようで、谷底から山頂まで全面的に杉がなぎ倒されている斜面もあれば、ほとんど被害のない斜面もある。不思議なのは谷沿いにも多くの被害があったことである。谷沿いは風が弱いと思いがちだがそうではないらしい。また尾根は風が強いと考えられるが、倒木の分布は必ずしもそうではなかった。しかし植生との関係もあるので一概には言えないことと思う。こんなに大きな風の被害は初めての経験である。私の家でも多少の被害があった。門の扉の鉄製の閂(かんぬき)が曲がって脱落し、門が風で勢いよく開き、一部が壊れた。

 昨年の9月4日、台風21号が接近してきた折、気象庁、つまりテレビはいつもの通り強い警戒を呼びかけていた。私もそれは知っていたが、通常の台風と特に異なるとは考えなかった。いつものように大げさな報道であり、言うほどのことはなかろうと考えていた。ところが台風が接近した2~3時間、びっくりするような強風に慌てて、風雨の中、対策に走り回った。あとから気象庁はオオカミ少年であることを知った。果たして気象庁は台風21号がこれほどの被害を与えるとは予想していたのだろうか。国土交通省 近畿地方整備局が後になって発表した台風21号に関する資料では以下のように述べている。

『【台風21号の概要】
非常に強い台風第21号は、勢力を落とさず9月4日午後2時頃に神戸市に上陸した。過去に大阪湾沿岸で甚大な被害をもたらした室戸第風、ジェーン台風、第2室戸台風と比較して最低気圧、平均最大風速とも同規模レベルであり、その経路は既往最高潮位を記録していた第2室戸台風とほぼ同じであった。』

 比較された中で最も新しい第2室戸台風は1961年であるから60年近くも昔である。台風第21号は約60ぶりに来襲した台風ということになる。問題だと思うのは、これほどすごい台風なのに近畿地域の住民は事前にそのことを認識できていなかった、つまり適切に知らされていなかったということである。気象庁の観測、予報技術は年々向上しており、予報の精度はかなり良くなった。にもかかわらず、わずか半日ほど先の予想が間違っていたのだろうか。当時の予報データが少ないので確実なことは言えないが気象庁の認識もかなり甘かったのではないか。気象庁では台風21号の上陸時の中心気圧を950ヘクトパスカルとしているが、室戸岬で11時前に934.8ヘクトパスカル(速報値)を観測していたそうである(饒村曜 気象予報士による)。真偽のほどはわからないが、この差は実に大きく、もし934.8ヘクトパスカルが正しければこの台風の強さを裏付けることになる。つまり上陸直後の観測次第ではもっと正確な予報が可能であったのではないかと思う。大変重要なことだがこの差に関する言及は見られない。

 もうひとつの点は発表の文章、文言の問題である。気象庁の発表はつねに大袈裟の観がある。少なくとも私はそれに慣れていて、過去の台風の予想は半分以下に割り引いて理解してきた。それで充分であった。大袈裟の度合いは年々強まって、中程度の台風でも最大級の警戒を呼びかけるのが普通になった。つまり中程度の台風でも最大級の台風でも同じ、最大級の警戒なのである。安売り、大安売り、逆安売り、超安売りと、言葉は過激になっていく傾向がある。これは一方で、段階・程度を正確に表す言葉の機能が衰退することになる。とにかく、台風21号は予想を超える強さだったと感じた人が多かった。発信側とのギャップがあったことは疑いない。

 予報を甘く発表して、大きな被害がでると責任を問われかねない。気象庁にはそういった気持ちがあるのだろう。そのため大袈裟な発表を続けてきた結果、本当に深刻に受け止めるべき台風21号の予報が正しく周知されなかったということになったように思う。正確に伝えるという言葉の機能を大切にしたい。気象庁の方々には国語を勉強していただきたいものである。
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検察の暴走?

2019-04-07 23:59:23 | マスメディア
 メディアが検察から漏れてくる情報ばかり流すので、ゴーン氏が強欲な悪者だという印象をもってしまいそうだが、この事件は日産の幹部がゴーン氏の失脚を図り、検察がそれに利用されたというのが実像であろう。日産にも罪があるからこそ、司法取引が使われたというわけである。早い話がよくある仲間割れである。ゴーン氏の行為の多くは日産も知っていたことであり、以前は認めていた可能性が高い。その中で違法性のあるものを細かく調べ検察に告げ口したわけである。韓国の朴槿恵前大統領の告げ口外交を思い出すが、あまりスマートなものではない。

 保釈中のゴーン氏がまた逮捕されたが、これは異例のことだという。確かに、目まぐるしく変わる司法側の態度は信頼できないものと映る。また保釈時に収めた10億円の保釈金は拘留されても返されず、再度の保釈時には新たに保釈金が必要となるという。このような制度は、私には理解しかねる。少なくとも現在の10億円は意味がなくなっている。

 今回の逮捕はゴーン氏の口封じだとか、例の人質司法だとか言われているが、国際的な非難を予想しながらの逮捕には相応の理由があるのだろう。一度走り出すと止められない検察の組織としての性格かもしれないし、ここまでやらないと有罪に持っていくのが難しい状況に追い詰められているのかもしれない。

 現在、出てくる情報のほとんどは検察側からのものであり、それらはゴーン氏が有罪であるとの色付けがなされていると考えてもよい。本当のところはわからないが、弘中弁護士が弁護を引き受けた裏にはある程度の勝算があるとの判断があったのかもしれない。弘中弁護士は10年前の村木厚子事件の弁護で無罪を勝ち取った人物である。村木事件では大阪地検特捜部は村木氏を164日間も拘束し、フロッピーディスクの日付を改ざんしてまで彼女を犯人に仕立て上げようとしたが、それがバレ、担当の検事ら3名が逮捕されるという未曽有の事態になり、検察の権威は失墜した。それにしても無実の人間を有罪に仕立てようとしたまことにひどい事件であった。検察は容疑者を長期間拘置して、予定の筋書き通り進めようとしたのだろうが、村木氏本人と弁護士が検察より有能であったのを見落としたのだろう。ゴーン氏もしかり、そして弁護士は同一人物である。

 違法性が疑われているものの、もとは一民間企業内の報酬の形の問題であり、オーナー社長ならありふれたことであろう。特捜部が威信をかけて手掛けるような事件ではないと思う。特捜部の本来の仕事は、汚職で政策を曲げられたなど、公益に影響を与えるものであるべきである。それに比べて卑小な事件を手掛けたばかりに、人質司法など、日本の司法の暗部を世界にさらしたのであれば、まさしく藪蛇である。

 推定無罪は建前だとしても、容疑が確定しない者に対してこのようなやり方は人権侵害である。いくらかの不便はあったとしても、釈放したままで捜査は続けるべきである。組織で動くものは責任が分散されるせいか、無責任な行動をとることが多い。またゴーン氏が無罪になったとしても検察は責任を取らなくてもよい。疑いの段階で、ある程度の拘束は止むを得ないが、100日を超えるような拘留という人権侵害の後に無罪になった場合、咎めなしでは、納得できない。そのために逮捕から延長を含めて23日間という拘留期間の上限を定めているのであって、逮捕を繰り返すことで、その制限を事実上無視することは、実質的な違法行為であるともいえる。他の人権問題には敏感に反応するメディアや日弁連もなぜかこの問題にはあまり熱心ではない。今回は海外に知られることで海外から強い批判を浴びている。日本の常識は海外の非常識なのである。よりよい司法制度のために、検察の惨めな敗北とその結果による「強い外圧」を期待する。
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左翼の暗さはどこから来るのか

2019-03-31 22:30:18 | マスメディア
 日曜の朝、TBS(関西ではMBS)で放送される「サンデーモーニング」という番組がある。政治ネタの多いニュースショーであり、 たまに見る程度だが、これがちょっと風変わりな番組なのである。数人のコメンテーターが居並び、彼らは一様に暗い顔をしている。そして決して議論をしない。司会者の求めに応じて順に意見を述べるが、皆、同方向の意見ばかりである。誰かに反論することはないから、議論にならない。

 意見の違いがないので、それでは皆、仲良くしているのかと思うのだが、何故か表情は暗い。葬式にいるかのような、あるいは明日にでも会社が倒産するかのような深刻な表情である。出演者全員についてだが、私は笑った顔をほとんど見たことがない。なぜだろうか。

 暗い顔の人間ばかりを集めてきているのか。それとも自由な発言ができず、つまり局の方針に沿った発言を強要されて面白くないのか。あるいは局の方針で明るい表情が禁止されているのか。理由はわからないが、なかなか特異な番組である。

 思い起こされるのは北朝鮮や中国の政治集会である。全員一致の、一見「理想的」な集会である。しかし特定の方向に統一された発言ばかりで、おそらく自由な発言は許されないのだろう。議論が紛糾したというのも聞いたことがない。「サンデーモーニング」とよく似ている。「サンデーモーニング」という小さな世界は全体主義に染まっているようにも見える。

 自由な議論が保証されることは民主主義の基本条件である。ひとつのテレビ番組とはいえ、異論を許さないというのはいただけない。これは特定の党派の宣伝番組だと明示すればよいが、中立公正を装いながら特定の思想を主張するのはダーティかつアンフェアである。左翼思想を信じるのは自由だが、異論を許さないというスタイルまで真似ることはないと思うのだが。

 ロシア革命の要因のひとつに民衆の嫉妬心があるとされる。民衆と支配階級との極端な格差によって生まれた支配階級に対する嫉妬心である。嫉妬は暗い感情である。シェイクスピアは悲劇オセロの中で、人の心を食い荒らす緑色の目をした怪物と呼んでいる。またヴェニスの商人でも嫉妬は主要なテーマとなっている。嫉妬は人の心に広く存在する感情である。自分より恵まれたものを引きずり降ろし、自分と同じに、つまり平等を目指すというよい意味もある。しかし行き過ぎると、引きずり下ろすだけでは済まず、さらに地獄まで落とそうとする。ロシアの革命政権がロマノフ王朝一家をことごとく処刑したように。

 ポルポト政権は100万人以上を殺したとされるが、支配階級や知識階級が主な対象にされた。毛沢東の紅衛兵運動でも同様である。これらの運動が民衆の支持を得、急速な広がりを見せた背景には、社会の上層階級に対する嫉妬があったものと思われる。暗い感情に支配された人間だからこそあのような残酷なことができるのだろう。共産党政権は民衆の嫉妬心を煽って、うまく利用してきたともいえる。人のもつ暗い感情を根幹にして成立した政権であるから、明るくなれないのではないか。

 「サンデーモーニング」が人々の嫉妬心を煽っているとまでは思わない。ただその暗さという共通点が気になる。暗い左翼政権との類似性を感じるのである。政権を批判するのはよい。ただ暗い顔をして鬱々と批判するのではなく、もう少し明るい批判者であってほしい。
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英のEU離脱と政治的混迷、わけがわからん

2019-03-24 21:13:08 | マスメディア
 ホンダが英国スウィンドンからの撤退を発表し、現地では数千人の失業が予想されるとして失望が広がっているという。しかし、2016年6月の国民投票で、スウィンドンは54.3%がEU離脱に賛成票を投じたそうである。離脱に賛成した人々はそれが失業を招くことになるとは想像しなかったのだろう。国民投票実施の時、主な関心は移民問題などにあり、複雑な経済問題は選択の中心的な課題から外れていたと思われる。国民の選択はわかりやすい問題を中心に行われ、難しい問題は避けられるという傾向を持つと考えてよい。これは国民投票が国民の意志を決める最終的な手段であっても、その判断能力の限界を理解しておく必要があることを示す。理解の難しい問題への対処は直接民主制の弱点である。その弱点を補うと期待されるのはマスメディアであるが、これがさらに信用できないことが多い。

 もうひとつの問題は再度の国民投票に対してメイ首相が否定的であることだ。16年の国民投票からもうすぐ3年になり、離脱の問題点は徐々に明らかになってきた。前回の投票でも僅差であったから今、国民投票をやり直せば、離脱中止が多数になる可能性が高いと思われる。投票のやり直しを求めるデモは100万人にもなったという。現在の国民の意志を重視するならば再投票が合理的である。しかしこれは前回の投票の決定を否定することになるので、国民投票という権威、つまり法制度の権威を低下させる恐れがある。

 国民の意志か、それとも法の権威か、どちらを優先すべきは一般論としては判断できない問題である。国民の意志を重く見るのは実質を重視する考え方であり、法の権威を重視するのは形式を重く見る考え方と言える。実質重視派と形式重視派である。どちらの傾向が強いかは人によってかなり明瞭に決まっているように感じる。生来の性格にもよるし、後天的な環境にもよるだろう。また職業的な影響もある。法律家や規則の運用を職業とするものにとって形式は大切である。法や規則が軽視されてはメシが食えなくなる。

 しかしそれらの事情を考慮しても、今回の問題で優先すべきは現在の国民の意志、つまり再投票であろう。再投票は前回結果の撤回ではなく、やり直しに過ぎない。離脱は極めて重要な国家的問題であるし、前回の投票結果は現在の国民の意志を反映していない可能性が大きいからである。もし再投票をせず、離脱を決定すれば、現在の国民の意志に反することになりかねない。これは民主主義体制にとって是非とも避けるべきことだ。最も重要な原則を否定することになるからである。むろん多数が正しいとは限らないが、それは別の問題である。

 残念なことは、このような視点から英国の問題を捉えるメディアがあまり見当たらないことである。この問題は離脱の可否だけでなく、政治体制やその運用に関する重大な問題を含んでいるにもかかわらず、である。長い歴史を持つ、民主政治の先進国で起きた例だけに、その行方に興味が尽きない。 
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文科省には実験という知恵がない?

2019-03-17 22:19:40 | マスメディア
 世の中には「やってみなければわからん」ということが多い。むしろ、明確に予測できることの方が少ないかもしれない。自然科学の世界では、実験は重要な手段である。北朝鮮が非難を無視してまで核実験やミサイル発射実験を繰り返すのはそれが完成への不可欠の過程であるからである。社会科学においても実験の重要性は同じだと思うが、そのような発想が乏しいようだ。

 大阪府内の公立小中学校でこの春にも、児童や生徒が校内にスマホや携帯電話を持ち込めるようになるそうだ。全国で大半の学校が禁止とする中、相次ぐ地震や台風で子供と連絡を取るのに苦労した保護者らからの要望があったためらしい。これに続いて、文部科学相も2月19日の会見で、携帯電話やスマートフォンについて「小中学校は持ち込みを原則禁止」「高校は校内での使用を禁止」という指針を見直す方針を明らかにした。

 スマホや携帯電話と一括りにしているが大違いである。スマホは通話機能があるが、SNS機能付きのゲーム機と言ってよい。多くの子供にとっては麻薬のように、魅力が強すぎる。持ち込みを認可することについては反対意見もある。休み時間の教室は静かになるかもしれない。多くの子供がゲームやSNSに熱中するからである。休み時間における子供たちの会話や遊びは社会性を育てる上で重要であると思うが、なくなるか、減少する可能性が大きい。また熱中した直後に授業への頭の切り替えができるかも疑わしい。教室での使用を禁止する方法もあるが実効性に疑問もある。トイレなどが満室になるかもしれない。

 持ち込みを求める側は災害時の連絡を挙げるが、そんな災害に出会う確率は僅かである。しかも連絡手段が有効に働くのは通学中である。学校にいる間は学校側の管理下にあるし、そこに父兄から子供に指示がいけば混乱を招くことも考えられる。人命に関わるかもしれない災害時の対策と言えば何でもまかり通るようだが、発生確率も考慮すべきである。

 結局、スマホの影響がどの程度かは、予測が難しい。こういう場合は実験が適している。いくつかの実験校を決めて、異なる条件下で実験するのである。そうすればその是非が明らかなるだろう。教育を全国一斉に変えて、もし失敗すれば影響は大きい。ゆとり教育の失敗はそれほど昔のことではない。これも実験をせず、全国一律で始めたので日本全域での学力低下というひどい結果をもたらし、低学力の厚い世代が出来てしまった。教育での失敗は取り返しがつかないことが多い。だからこそ実験が必要なのである。

 ゆとり教育を推進した人たちの多くは、その失敗が明らかになったとき、責任を問われる立場にはいない。首謀者らの謝罪すら聞いたことがない。だれも責任を取らない無責任体制なのである。だからこそ実験をして慎重にことを運ぶという動機が生まれないのではないだろうか。決定する体制のありかたの問題でもある。
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マスメディアは民主主義の敵?

2019-03-10 21:41:54 | マスメディア
 2015年、大阪都構想は住民投票によって敗れた。この時の賛成反対の差は0.8%、僅かな差である。このとき、MBS毎日放送は大阪都構想に反対の報道をしたと言われている。構想の負の面ばかりを強調したということである。0.8%というわずかな差なので、MBSが実質的にキャティングボートを握っていたと考えてもよい。大阪都構想を実際に決定したのはMBS毎日放送という奇妙なことになった。

 2009年の衆院選挙では民主党が圧倒的な議席を獲得して政権を手に入れた。最大の勝因はメディアの大部分が民主党を持ち上げたためであろう。選挙の勝利が確定した時、ある新聞社では「われわれの勝利だ」と叫んだそうである。3年余に及んだ民主党政権は散々な結果を生み出した。民主党を正しく評価できなかったメディアはその識見の低さが証明された。しかし多くの有権者は民主党政権は自分たちの投票の結果、誕生したという意識があると思う。自分の意志で投票しているように思っても、実際は与えられた情報によって投票しているに過ぎないのである。投票行動は与えられた情報によって変化する関数であると思っても大きな間違いはない。民主党をまず見誤ったのはメディアであって有権者は乗せられただけである。

 投票するのは有権者であっても、実質的に大きな影響力をもって投票結果を左右するのはメディアである。メディアは情報の仲介という仕事をする民間企業に過ぎず、本来情報を恣意的に操作してよい立場ではない。現実にはあり得ない例だが、NTTやソフトバンクなどの通信会社が通過する情報を恣意的に取捨選択することを想像してみればわかるだろう。しかし現在の多くのメディアは特定の目的に合わせて情報の加工をやっている。また、この民間企業は選ばれたわけでもなく、特別な資格があるわけでもない。現実のメディアは政治的な思想性、党派性を強く持っていることが多い。だから余計に厄介なわけであるが。

 ワイロが横行する社会においては、たいていワイロに対して寛容である。だからこそワイロがなくならないともいえるが、一般に、以前から身の回りに存在するものに対して、われわれは鈍感であり、あまり注意を払わない。朝日や毎日が左に偏った報道をしても、それはいつものことであり、特別悪いこととは思わないようになっている。まあ馴化されているわけである。

 そもそも有権者の行動を左右しようなどという考えは有権者より我々の方が正しい判断ができるという思い上がりがなければできない。本当にまともな判断ができるのであればそれも悪くないが、民主党を担いだ例を見れば彼らの見識の程度がわかる。それよりも偏った情報を与えることによって投票を意のままにしようという行為は民主主義の原則を否定するものである。

 偏った報道の例として、放送法遵守を求める視聴者の会による調査結果を以下に引用する。
「当会の調査によると、安保法制成立直前1週間の各局報道番組の法案への賛否の放送時間比較は、NHKニュースウォッチ32%:68%(賛成:反対、以下同)、日本テレビNEWS ZERO10%:90%、テレビ朝日報道ステーション5%:95%、TBS NEWS23 7%:93%、フジテレビあしたのニュース22%:78%など、常軌を逸した偏向報道となっています。特定秘密保護法、集団的自衛権の閣議決定など重大なトピックではほぼ同じ極端な偏向が繰り返されてきました。この現状を短期間に是正しない限り、国民が正しい政治判断を下すことは不可能です」

 朝日と毎日の極端な比率はおなじみのものだが、賛成の立場が5%と7%、あまりにもひどい。日本テレビも10%:90%とは驚く。賛成に最も多くの割合を割いたのがフジでなくNHKというのも意外である。ともかく、視聴者はこれらを見て判断するわけである。強い影響がないわけがない。テレビは公共財の意味が強い。つまりインフラである。こんな偏りが許されてよいわけがない。メディアはしばしば「それは民主的ではない」と批判するが、自分では民主主義の根幹を否定するような行為をしているのである。中立を装いながらの偏向報道には汚い偽善者の匂いがする。

 メディアが政治的に中立でなければならないことは多くのメディアの綱領にも明記されている。民主主義には中立が必要と認めていながら、それを破っているのだ。かなり悪質である。それでは視聴者としてなにをなすべきか。まず現状をおかしいと思う認識、まともな感覚とモラルが必要である。視聴者が、偏向報道はワイロと同様、悪いことだと思う感覚が重要である。ひどい偏向報道は許さないという気持ちが必要である。視聴者・読者がそのような意識を持って、偏向報道する局の番組を見ない、そういう報道をする新聞の購入を断るといった行動が事態の改善に役立つ。偏向報道を示すために放送時間の比率以外にもいろいろな指標があるだろう。Me too 運動のような国民的な運動ができないものだろうか。規制メディアにそれを期待するのは難しいが、今はネットがある。
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異文化の国々

2019-03-03 22:12:49 | マスメディア
 米朝首脳会談が行われた27日、NHKなどのテレビは数時間後に迫った会談についての解説番組を放送した。多くの学者・評論家が動員され、ああだこうだとそれぞれが分析や予想を繰り広げた。しかし翌日の会談の実質的な決裂を予想した人はいなかったのではないか。お気の毒だと思うが、予想外の結果となり、動員された学者や評論家のセンセイ方の予想はほぼ全員がハズレとなった。ハズレの理由はいろいろあろうが、彼らが北朝鮮を普通の国、合理的な行動をする国であると判断したことがその理由のひとつでないだろうか。正常性バイアスと少し似ている。

 首脳会談の結果は数時間ないしは翌日に出るのだから、それまで待っていればいいのだと思う。テレビに招かれれば断りたくはないのだろうが、こんな結果になれば、センセイ方にとっても不名誉なことになる。そもそも視聴者にとっては間もなく結果が出ることについてあれこれと好き放題に聞かされても意味がない。間違った予断は役に立たない。解説なら首脳会談の後で十分であるし、正確でもある。センセイ方にとっても会談の前後で手の平を返したような説明になるのは嫌だろう。決裂の理由についてはいろいろと解説されているが時間がなかったためか、納得のできるものは少ない。北朝鮮の秘密のウラン濃縮施設を米国が指摘したが、北朝鮮はそれを認めなかったことが決裂の原因のひとつだと一部で報じられた。寧辺の施設を破棄すると言って譲歩を引き出し、裏で同じ施設を作るという過去と同じだましの手口であり、それなら納得がいく。しかしもしそうなら元々ないに等しい北朝鮮の信用がさらに失われたわけで交渉の見通しは絶望的ということになる。まあ米国がまた北朝鮮に騙される事態が避けられたことだけは確かなようである。

 それはともかく、今回、改めて明らかになったことは北朝鮮と交渉することの難しさであろう。交渉や約束は互いを理解することが前提になる。理解のためには、たとえ政治体制が違っていたとしても、ある程度の共通認識、つまり共通の文化が必要なのだと思う。極端な例であるが、共通の文化がない宇宙人との対話は極度に困難なものとなるだろう。むろん北朝鮮は宇宙人ほどの違いはないが、文化の違いが対話を困難にしているのではないかと思う。米国は過去に何度も裏切られて、援助だけ取られてきた経緯がある。北朝鮮の行動は米国の予想を超えるものであったからだ。日本の拉致問題が何十年経っても一向に解決しないことも我々の常識では理解できない。合理的な理解が不可能なのである。

 相互理解が困難という点で言えば韓国もなかなか大したものである。こちらは政治体制の違いは大きくないが、日韓両国間の摩擦が絶えない。戦後70余年になるが、未だに戦前の問題が何度も蒸し返されて永遠に続くようにさえ思える。前大統領の「恨みは千年経っても忘れない」という意味の発言があったが、文化の違いであろう。千年の恨みの上に友好を築けるのだろうか。

 まわりの国が理解困難であることは実に困ったことだが、そうである以上、適切な対策を取らなければならない。過去の失敗の原因のひとつは、相手国の文化を我々と同じだものだと考えたことにあるのではないか。人がみな違うように国もまた違うのであろう。誠実で恩義を忘れない人もあれば、不誠実で恩を仇で返す奴もいる。また約束を守れない者もいる。国もまた同じではないか。何度も約束を反故にされてなお約束事を求めるのは誤りである。その場合は履行に対する強制力のある担保が必要である。信義など何の担保にもならない。相手国のもつユニークな個性を十分見定めた上で、付合う必要があるのではないだろうか。
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野党の職務放棄

2019-02-24 21:44:25 | マスメディア
 21日、桜田五輪相が2分遅れたことに野党が怒り、国会を5時間もストップさせた。さらに野党は桜田大臣に辞任を求めたそうである。いつもの針小棒大手法といえるが、なんとも厳しい野党の方々である。しかし2分間のロスのために5時間のロスをさせるのは理解できない。また通らないとわかっている不信任案を乱発し、また牛歩戦術で国会の時間を常に浪費してきた方々だけにこの厳しさには驚く。昨年の春はモリカケ問題が気に入らないと、18日間の「休暇」を勝手にお取りになった。まあ自分たちの職務に対する責任感が極めて薄い方たちなのだろう。

 気に入らないと大げさに怒ったりと、過剰な反応をして、元の原因を大きく見せようとする行為は子供によくみられる。普通、大人は言葉で反応するが、子供はそれが満足にできないので過激な行動に出やすい。日本では大人が職務を放棄することは滅多にない。日本人は職務に対する責任感が強いとされる。東日本大震災では、水門を閉めるなどの仕事で亡くなった消防団員は253名に上るし、津波に襲われた役場の建物から避難放送を続けた女性職員も亡くなった。職務に対する責任感の強さを示す例である。しかしそうでない国もあるようだ。セウォル号の船長や船員の行動を見てもわかるし、朝鮮戦争の勃発時、北朝鮮の突然の攻撃に真っ先に逃げたのは軍の幹部たちだったという有名な話もある。敵前逃亡は最高の職務放棄である。職務に対する責任感という点で、野党は韓国に似ている。

 野党といえども選挙で選ばれた選良である。大部分はいい歳のおっさんであるのになぜこんなに幼稚であるのだろうか。なぜこのような、駄々っ子のような反応をするのだろうか。強い疑問をもたずにはいられない。彼らの振る舞いは日本社会の他の分野では起こり得ない特殊なものだと思う。企業で職務放棄したらどうなるか。この特殊性の生みの親はマスコミではないかと思う。

 モリカケ問題は1年以上にわたって国会の機能を麻痺状態にし、多くのマスコミは野党側に立って報道した。その結果、野党は自分たちの行動がマスコミによって支持されていると錯覚したのではないだろうか。このような傾向はモリカケ問題に限らない。左派のメディアはほとんどの野党行動を支持しているように思う。安倍内閣を倒したい思惑が一致するためだろうけど、その結果、幼稚な行動までメディアに支持されると、そして国民にも支持されると勘違いしたのではないだろうか。野党は、左派メディアという甘い親に育てられた駄々っ子、つまり出来の悪い子供なのである。

 野党の出来が悪ければ、それは政治の質に悪影響を及ぼす。国会の議論を妨げ、国にとって必要な議論、重要な議論ができなくなる。左派野党のレベルの低さは国政に重大な不利益をもたらすわけである。そして、それを育てたのは左派メディアである。2分遅れのために5時間の空白を作って、反省もしないことの意味を理解してほしいと思う。こんなバカげたことは強く批判されるべきだが、メディアの反応はいかにも弱い。非を非と言わなければ野党はいつまで経っても大人になれない。
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わけがわからん国、韓国

2019-02-17 22:06:45 | マスメディア
 韓国の非友好的な行動が連日メディアを賑わせている。嫌韓派は断交を求めて騒いでいる。一方、朝日などの韓国寄りのメディアも今回ばかりは擁護が難しそうだ。ともかく報道量は多いのだが、韓国側の一連の行動の意図となるとさっぱりわからない。なぜ喧嘩を売るようなことをするのだろうか。韓国民の対日感情がずっと悪いのは周知の事実だが、だからと言ってここまで理不尽な行動をしていたのでは国際的な信用までも失いかねない。また日本との関係がさらに悪化すれば経済面をはじめ様々な不利益を被る可能性もある。韓国も不利益は承知しているだろうから、あえて喧嘩を売る動機がわからない。まあ売られた喧嘩は買った方がよいと思うが。

 韓国の強気姿勢の背景には、韓国の主要貿易相手国が日本ではなく中国に移ったことや、北朝鮮との融和によって日本と協同して北朝鮮に対峙する必要性が低下したことなどがあると言われている。これらの理由もありそうなことだが、それらだけで納得することは難しい。そして韓国と親しかった左派メディアすら納得のいく説明を提供していない。

 個人なら怒りにまかせて喧嘩を売ることはある。しかし、国としての行動は感情に任せてするものではない。しかし国民が極度に感情的である場合は政府はある程度その影響を受けるのも事実である。反日教育までして政権の安定を図ってきた韓国ならその可能性がある。反日教育が成功しすぎて、それが共通認識、国是のようになったなら、親日の言論や行動は強く非難されるような社会になる。盧武鉉政権時代には「日本帝国主義の殖民統治に協力し、わが民族を弾圧した反民族行為者が、その当時、蓄財した財産を国家の所有とする」として、数十年前の行為を「罪」とし、禁じ手の遡及法まで作ってその財産を子孫から没収した。このような法案を国民が認めるわけで、韓国社会の反日感情がいかに強いかがわかる。反日が価値観の中心にあると考えられる。その結果、皮肉にも反日の理念が国を縛っているのかもしれない。自縄自縛、そして自業自得でもある。

 かつて日本はボロボロになるまで降伏しなかった。犠牲の多くは最後の一年にあるとされ、もっと早く終結していれば犠牲をずっと少なくできたにもかかわらずである。その理由のひとつは軍の求めに応じてだろうけど、新聞が戦争を正当化し、国民を強力に煽ったからである。国民への扇動が徹底すると、自らもそれに拘束される好例であろう。国民の意識を変えるのは大変であり、それには敗戦などの強い衝撃か、長い時間が必要になる。

 むろんこれらだけで韓国の行動を説明することはできない。文在寅大統領は親北朝鮮だとされ、新聞、テレビ、軍、裁判所の上層部は自身の支持者で固めたとも言われる。韓国メディアが政権の影響下に入っていれば、日本で報道されるものはかなり偏っている可能性がある。日本のメディアは韓国メディアの情報に負うところが多いからである。その偏りのために実情を把握するのが困難になっているのかもしれない。

 それでも韓国の日本に対する行動は理解できない。もしかしたら韓国は北朝鮮との親密な関係が水面下で進んでいて、将来は共同して日本に対抗するという見通しを持っているのかもしれない。反日は韓国と北朝鮮を結びつける強力な理念になる。両国に共通の敵が存在すれば、何よりの「絆」になる。従って両国の融和を優先すれば反日も継続せざるを得ないことになる。北朝鮮に前のめりの韓国は反日姿勢を北朝鮮に見せびらかしたいのかもしれない。韓国は既に日本を仮想敵国としているという見方があるが、そのような背景を考えると腑に落ちる。北朝鮮との軍事的緊張が低下し、陸軍兵力の削減をする一方で、韓国の国防予算は拡大を続け、今年は日本の国防予算と肩を並べると言われる。韓国のGDPは日本の約3.5分の1なので韓国は軍事国家なのである。北朝鮮の脅威が減少した現在、軍事力、それも海空軍を増強する目的は何か。仮想敵国は日本以外にあるのだろうか。

 韓国が日本を仮想敵国としているらしいということ、国防費が日本と並ぶことなどは日本ではあまり報道されていない。日本のメディアの多くは日本の軍事力増大に反対してきたから、日本に軍事的な脅威が迫っているという現実の報道には消極的であった。中国や北朝鮮に加えて韓国までが軍事力を強化している敵性国であるなどと報道すれば、日本の防衛力強化の口実を与えると考えるのだろう。メディアには9条があれば平和が守れるという妄想が依然として広がっているようである。

 とまあいろいろ考えられるというだけで、実を言うと私などにわかるはずがない。もしかしたら文政権が単に無思慮、無能なだけで、失政が重なって、そのうち反対派に潰されるかもしれない。そうなればありがたいが、ただ理解できない国、従って将来が予測できない国が隣にあるとき、平和を維持するためにはあらゆる可能性への対応を考えておくことが政治家とマスメディアの責務であると思う。
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