噛みつき評論 ブログ版

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英のEU離脱と政治的混迷、わけがわからん

2019-03-24 21:13:08 | マスメディア
 ホンダが英国スウィンドンからの撤退を発表し、現地では数千人の失業が予想されるとして失望が広がっているという。しかし、2016年6月の国民投票で、スウィンドンは54.3%がEU離脱に賛成票を投じたそうである。離脱に賛成した人々はそれが失業を招くことになるとは想像しなかったのだろう。国民投票実施の時、主な関心は移民問題などにあり、複雑な経済問題は選択の中心的な課題から外れていたと思われる。国民の選択はわかりやすい問題を中心に行われ、難しい問題は避けられるという傾向を持つと考えてよい。これは国民投票が国民の意志を決める最終的な手段であっても、その判断能力の限界を理解しておく必要があることを示す。理解の難しい問題への対処は直接民主制の弱点である。その弱点を補うと期待されるのはマスメディアであるが、これがさらに信用できないことが多い。

 もうひとつの問題は再度の国民投票に対してメイ首相が否定的であることだ。16年の国民投票からもうすぐ3年になり、離脱の問題点は徐々に明らかになってきた。前回の投票でも僅差であったから今、国民投票をやり直せば、離脱中止が多数になる可能性が高いと思われる。投票のやり直しを求めるデモは100万人にもなったという。現在の国民の意志を重視するならば再投票が合理的である。しかしこれは前回の投票の決定を否定することになるので、国民投票という権威、つまり法制度の権威を低下させる恐れがある。

 国民の意志か、それとも法の権威か、どちらを優先すべきは一般論としては判断できない問題である。国民の意志を重く見るのは実質を重視する考え方であり、法の権威を重視するのは形式を重く見る考え方と言える。実質重視派と形式重視派である。どちらの傾向が強いかは人によってかなり明瞭に決まっているように感じる。生来の性格にもよるし、後天的な環境にもよるだろう。また職業的な影響もある。法律家や規則の運用を職業とするものにとって形式は大切である。法や規則が軽視されてはメシが食えなくなる。

 しかしそれらの事情を考慮しても、今回の問題で優先すべきは現在の国民の意志、つまり再投票であろう。再投票は前回結果の撤回ではなく、やり直しに過ぎない。離脱は極めて重要な国家的問題であるし、前回の投票結果は現在の国民の意志を反映していない可能性が大きいからである。もし再投票をせず、離脱を決定すれば、現在の国民の意志に反することになりかねない。これは民主主義体制にとって是非とも避けるべきことだ。最も重要な原則を否定することになるからである。むろん多数が正しいとは限らないが、それは別の問題である。

 残念なことは、このような視点から英国の問題を捉えるメディアがあまり見当たらないことである。この問題は離脱の可否だけでなく、政治体制やその運用に関する重大な問題を含んでいるにもかかわらず、である。長い歴史を持つ、民主政治の先進国で起きた例だけに、その行方に興味が尽きない。 
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文科省には実験という知恵がない?

2019-03-17 22:19:40 | マスメディア
 世の中には「やってみなければわからん」ということが多い。むしろ、明確に予測できることの方が少ないかもしれない。自然科学の世界では、実験は重要な手段である。北朝鮮が非難を無視してまで核実験やミサイル発射実験を繰り返すのはそれが完成への不可欠の過程であるからである。社会科学においても実験の重要性は同じだと思うが、そのような発想が乏しいようだ。

 大阪府内の公立小中学校でこの春にも、児童や生徒が校内にスマホや携帯電話を持ち込めるようになるそうだ。全国で大半の学校が禁止とする中、相次ぐ地震や台風で子供と連絡を取るのに苦労した保護者らからの要望があったためらしい。これに続いて、文部科学相も2月19日の会見で、携帯電話やスマートフォンについて「小中学校は持ち込みを原則禁止」「高校は校内での使用を禁止」という指針を見直す方針を明らかにした。

 スマホや携帯電話と一括りにしているが大違いである。スマホは通話機能があるが、SNS機能付きのゲーム機と言ってよい。多くの子供にとっては麻薬のように、魅力が強すぎる。持ち込みを認可することについては反対意見もある。休み時間の教室は静かになるかもしれない。多くの子供がゲームやSNSに熱中するからである。休み時間における子供たちの会話や遊びは社会性を育てる上で重要であると思うが、なくなるか、減少する可能性が大きい。また熱中した直後に授業への頭の切り替えができるかも疑わしい。教室での使用を禁止する方法もあるが実効性に疑問もある。トイレなどが満室になるかもしれない。

 持ち込みを求める側は災害時の連絡を挙げるが、そんな災害に出会う確率は僅かである。しかも連絡手段が有効に働くのは通学中である。学校にいる間は学校側の管理下にあるし、そこに父兄から子供に指示がいけば混乱を招くことも考えられる。人命に関わるかもしれない災害時の対策と言えば何でもまかり通るようだが、発生確率も考慮すべきである。

 結局、スマホの影響がどの程度かは、予測が難しい。こういう場合は実験が適している。いくつかの実験校を決めて、異なる条件下で実験するのである。そうすればその是非が明らかなるだろう。教育を全国一斉に変えて、もし失敗すれば影響は大きい。ゆとり教育の失敗はそれほど昔のことではない。これも実験をせず、全国一律で始めたので日本全域での学力低下というひどい結果をもたらし、低学力の厚い世代が出来てしまった。教育での失敗は取り返しがつかないことが多い。だからこそ実験が必要なのである。

 ゆとり教育を推進した人たちの多くは、その失敗が明らかになったとき、責任を問われる立場にはいない。首謀者らの謝罪すら聞いたことがない。だれも責任を取らない無責任体制なのである。だからこそ実験をして慎重にことを運ぶという動機が生まれないのではないだろうか。決定する体制のありかたの問題でもある。
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マスメディアは民主主義の敵?

2019-03-10 21:41:54 | マスメディア
 2015年、大阪都構想は住民投票によって敗れた。この時の賛成反対の差は0.8%、僅かな差である。このとき、MBS毎日放送は大阪都構想に反対の報道をしたと言われている。構想の負の面ばかりを強調したということである。0.8%というわずかな差なので、MBSが実質的にキャティングボートを握っていたと考えてもよい。大阪都構想を実際に決定したのはMBS毎日放送という奇妙なことになった。

 2009年の衆院選挙では民主党が圧倒的な議席を獲得して政権を手に入れた。最大の勝因はメディアの大部分が民主党を持ち上げたためであろう。選挙の勝利が確定した時、ある新聞社では「われわれの勝利だ」と叫んだそうである。3年余に及んだ民主党政権は散々な結果を生み出した。民主党を正しく評価できなかったメディアはその識見の低さが証明された。しかし多くの有権者は民主党政権は自分たちの投票の結果、誕生したという意識があると思う。自分の意志で投票しているように思っても、実際は与えられた情報によって投票しているに過ぎないのである。投票行動は与えられた情報によって変化する関数であると思っても大きな間違いはない。民主党をまず見誤ったのはメディアであって有権者は乗せられただけである。

 投票するのは有権者であっても、実質的に大きな影響力をもって投票結果を左右するのはメディアである。メディアは情報の仲介という仕事をする民間企業に過ぎず、本来情報を恣意的に操作してよい立場ではない。現実にはあり得ない例だが、NTTやソフトバンクなどの通信会社が通過する情報を恣意的に取捨選択することを想像してみればわかるだろう。しかし現在の多くのメディアは特定の目的に合わせて情報の加工をやっている。また、この民間企業は選ばれたわけでもなく、特別な資格があるわけでもない。現実のメディアは政治的な思想性、党派性を強く持っていることが多い。だから余計に厄介なわけであるが。

 ワイロが横行する社会においては、たいていワイロに対して寛容である。だからこそワイロがなくならないともいえるが、一般に、以前から身の回りに存在するものに対して、われわれは鈍感であり、あまり注意を払わない。朝日や毎日が左に偏った報道をしても、それはいつものことであり、特別悪いこととは思わないようになっている。まあ馴化されているわけである。

 そもそも有権者の行動を左右しようなどという考えは有権者より我々の方が正しい判断ができるという思い上がりがなければできない。本当にまともな判断ができるのであればそれも悪くないが、民主党を担いだ例を見れば彼らの見識の程度がわかる。それよりも偏った情報を与えることによって投票を意のままにしようという行為は民主主義の原則を否定するものである。

 偏った報道の例として、放送法遵守を求める視聴者の会による調査結果を以下に引用する。
「当会の調査によると、安保法制成立直前1週間の各局報道番組の法案への賛否の放送時間比較は、NHKニュースウォッチ32%:68%(賛成:反対、以下同)、日本テレビNEWS ZERO10%:90%、テレビ朝日報道ステーション5%:95%、TBS NEWS23 7%:93%、フジテレビあしたのニュース22%:78%など、常軌を逸した偏向報道となっています。特定秘密保護法、集団的自衛権の閣議決定など重大なトピックではほぼ同じ極端な偏向が繰り返されてきました。この現状を短期間に是正しない限り、国民が正しい政治判断を下すことは不可能です」

 朝日と毎日の極端な比率はおなじみのものだが、賛成の立場が5%と7%、あまりにもひどい。日本テレビも10%:90%とは驚く。賛成に最も多くの割合を割いたのがフジでなくNHKというのも意外である。ともかく、視聴者はこれらを見て判断するわけである。強い影響がないわけがない。テレビは公共財の意味が強い。つまりインフラである。こんな偏りが許されてよいわけがない。メディアはしばしば「それは民主的ではない」と批判するが、自分では民主主義の根幹を否定するような行為をしているのである。中立を装いながらの偏向報道には汚い偽善者の匂いがする。

 メディアが政治的に中立でなければならないことは多くのメディアの綱領にも明記されている。民主主義には中立が必要と認めていながら、それを破っているのだ。かなり悪質である。それでは視聴者としてなにをなすべきか。まず現状をおかしいと思う認識、まともな感覚とモラルが必要である。視聴者が、偏向報道はワイロと同様、悪いことだと思う感覚が重要である。ひどい偏向報道は許さないという気持ちが必要である。視聴者・読者がそのような意識を持って、偏向報道する局の番組を見ない、そういう報道をする新聞の購入を断るといった行動が事態の改善に役立つ。偏向報道を示すために放送時間の比率以外にもいろいろな指標があるだろう。Me too 運動のような国民的な運動ができないものだろうか。規制メディアにそれを期待するのは難しいが、今はネットがある。
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異文化の国々

2019-03-03 22:12:49 | マスメディア
 米朝首脳会談が行われた27日、NHKなどのテレビは数時間後に迫った会談についての解説番組を放送した。多くの学者・評論家が動員され、ああだこうだとそれぞれが分析や予想を繰り広げた。しかし翌日の会談の実質的な決裂を予想した人はいなかったのではないか。お気の毒だと思うが、予想外の結果となり、動員された学者や評論家のセンセイ方の予想はほぼ全員がハズレとなった。ハズレの理由はいろいろあろうが、彼らが北朝鮮を普通の国、合理的な行動をする国であると判断したことがその理由のひとつでないだろうか。正常性バイアスと少し似ている。

 首脳会談の結果は数時間ないしは翌日に出るのだから、それまで待っていればいいのだと思う。テレビに招かれれば断りたくはないのだろうが、こんな結果になれば、センセイ方にとっても不名誉なことになる。そもそも視聴者にとっては間もなく結果が出ることについてあれこれと好き放題に聞かされても意味がない。間違った予断は役に立たない。解説なら首脳会談の後で十分であるし、正確でもある。センセイ方にとっても会談の前後で手の平を返したような説明になるのは嫌だろう。決裂の理由についてはいろいろと解説されているが時間がなかったためか、納得のできるものは少ない。北朝鮮の秘密のウラン濃縮施設を米国が指摘したが、北朝鮮はそれを認めなかったことが決裂の原因のひとつだと一部で報じられた。寧辺の施設を破棄すると言って譲歩を引き出し、裏で同じ施設を作るという過去と同じだましの手口であり、それなら納得がいく。しかしもしそうなら元々ないに等しい北朝鮮の信用がさらに失われたわけで交渉の見通しは絶望的ということになる。まあ米国がまた北朝鮮に騙される事態が避けられたことだけは確かなようである。

 それはともかく、今回、改めて明らかになったことは北朝鮮と交渉することの難しさであろう。交渉や約束は互いを理解することが前提になる。理解のためには、たとえ政治体制が違っていたとしても、ある程度の共通認識、つまり共通の文化が必要なのだと思う。極端な例であるが、共通の文化がない宇宙人との対話は極度に困難なものとなるだろう。むろん北朝鮮は宇宙人ほどの違いはないが、文化の違いが対話を困難にしているのではないかと思う。米国は過去に何度も裏切られて、援助だけ取られてきた経緯がある。北朝鮮の行動は米国の予想を超えるものであったからだ。日本の拉致問題が何十年経っても一向に解決しないことも我々の常識では理解できない。合理的な理解が不可能なのである。

 相互理解が困難という点で言えば韓国もなかなか大したものである。こちらは政治体制の違いは大きくないが、日韓両国間の摩擦が絶えない。戦後70余年になるが、未だに戦前の問題が何度も蒸し返されて永遠に続くようにさえ思える。前大統領の「恨みは千年経っても忘れない」という意味の発言があったが、文化の違いであろう。千年の恨みの上に友好を築けるのだろうか。

 まわりの国が理解困難であることは実に困ったことだが、そうである以上、適切な対策を取らなければならない。過去の失敗の原因のひとつは、相手国の文化を我々と同じだものだと考えたことにあるのではないか。人がみな違うように国もまた違うのであろう。誠実で恩義を忘れない人もあれば、不誠実で恩を仇で返す奴もいる。また約束を守れない者もいる。国もまた同じではないか。何度も約束を反故にされてなお約束事を求めるのは誤りである。その場合は履行に対する強制力のある担保が必要である。信義など何の担保にもならない。相手国のもつユニークな個性を十分見定めた上で、付合う必要があるのではないだろうか。
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野党の職務放棄

2019-02-24 21:44:25 | マスメディア
 21日、桜田五輪相が2分遅れたことに野党が怒り、国会を5時間もストップさせた。さらに野党は桜田大臣に辞任を求めたそうである。いつもの針小棒大手法といえるが、なんとも厳しい野党の方々である。しかし2分間のロスのために5時間のロスをさせるのは理解できない。また通らないとわかっている不信任案を乱発し、また牛歩戦術で国会の時間を常に浪費してきた方々だけにこの厳しさには驚く。昨年の春はモリカケ問題が気に入らないと、18日間の「休暇」を勝手にお取りになった。まあ自分たちの職務に対する責任感が極めて薄い方たちなのだろう。

 気に入らないと大げさに怒ったりと、過剰な反応をして、元の原因を大きく見せようとする行為は子供によくみられる。普通、大人は言葉で反応するが、子供はそれが満足にできないので過激な行動に出やすい。日本では大人が職務を放棄することは滅多にない。日本人は職務に対する責任感が強いとされる。東日本大震災では、水門を閉めるなどの仕事で亡くなった消防団員は253名に上るし、津波に襲われた役場の建物から避難放送を続けた女性職員も亡くなった。職務に対する責任感の強さを示す例である。しかしそうでない国もあるようだ。セウォル号の船長や船員の行動を見てもわかるし、朝鮮戦争の勃発時、北朝鮮の突然の攻撃に真っ先に逃げたのは軍の幹部たちだったという有名な話もある。敵前逃亡は最高の職務放棄である。職務に対する責任感という点で、野党は韓国に似ている。

 野党といえども選挙で選ばれた選良である。大部分はいい歳のおっさんであるのになぜこんなに幼稚であるのだろうか。なぜこのような、駄々っ子のような反応をするのだろうか。強い疑問をもたずにはいられない。彼らの振る舞いは日本社会の他の分野では起こり得ない特殊なものだと思う。企業で職務放棄したらどうなるか。この特殊性の生みの親はマスコミではないかと思う。

 モリカケ問題は1年以上にわたって国会の機能を麻痺状態にし、多くのマスコミは野党側に立って報道した。その結果、野党は自分たちの行動がマスコミによって支持されていると錯覚したのではないだろうか。このような傾向はモリカケ問題に限らない。左派のメディアはほとんどの野党行動を支持しているように思う。安倍内閣を倒したい思惑が一致するためだろうけど、その結果、幼稚な行動までメディアに支持されると、そして国民にも支持されると勘違いしたのではないだろうか。野党は、左派メディアという甘い親に育てられた駄々っ子、つまり出来の悪い子供なのである。

 野党の出来が悪ければ、それは政治の質に悪影響を及ぼす。国会の議論を妨げ、国にとって必要な議論、重要な議論ができなくなる。左派野党のレベルの低さは国政に重大な不利益をもたらすわけである。そして、それを育てたのは左派メディアである。2分遅れのために5時間の空白を作って、反省もしないことの意味を理解してほしいと思う。こんなバカげたことは強く批判されるべきだが、メディアの反応はいかにも弱い。非を非と言わなければ野党はいつまで経っても大人になれない。
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わけがわからん国、韓国

2019-02-17 22:06:45 | マスメディア
 韓国の非友好的な行動が連日メディアを賑わせている。嫌韓派は断交を求めて騒いでいる。一方、朝日などの韓国寄りのメディアも今回ばかりは擁護が難しそうだ。ともかく報道量は多いのだが、韓国側の一連の行動の意図となるとさっぱりわからない。なぜ喧嘩を売るようなことをするのだろうか。韓国民の対日感情がずっと悪いのは周知の事実だが、だからと言ってここまで理不尽な行動をしていたのでは国際的な信用までも失いかねない。また日本との関係がさらに悪化すれば経済面をはじめ様々な不利益を被る可能性もある。韓国も不利益は承知しているだろうから、あえて喧嘩を売る動機がわからない。まあ売られた喧嘩は買った方がよいと思うが。

 韓国の強気姿勢の背景には、韓国の主要貿易相手国が日本ではなく中国に移ったことや、北朝鮮との融和によって日本と協同して北朝鮮に対峙する必要性が低下したことなどがあると言われている。これらの理由もありそうなことだが、それらだけで納得することは難しい。そして韓国と親しかった左派メディアすら納得のいく説明を提供していない。

 個人なら怒りにまかせて喧嘩を売ることはある。しかし、国としての行動は感情に任せてするものではない。しかし国民が極度に感情的である場合は政府はある程度その影響を受けるのも事実である。反日教育までして政権の安定を図ってきた韓国ならその可能性がある。反日教育が成功しすぎて、それが共通認識、国是のようになったなら、親日の言論や行動は強く非難されるような社会になる。盧武鉉政権時代には「日本帝国主義の殖民統治に協力し、わが民族を弾圧した反民族行為者が、その当時、蓄財した財産を国家の所有とする」として、数十年前の行為を「罪」とし、禁じ手の遡及法まで作ってその財産を子孫から没収した。このような法案を国民が認めるわけで、韓国社会の反日感情がいかに強いかがわかる。反日が価値観の中心にあると考えられる。その結果、皮肉にも反日の理念が国を縛っているのかもしれない。自縄自縛、そして自業自得でもある。

 かつて日本はボロボロになるまで降伏しなかった。犠牲の多くは最後の一年にあるとされ、もっと早く終結していれば犠牲をずっと少なくできたにもかかわらずである。その理由のひとつは軍の求めに応じてだろうけど、新聞が戦争を正当化し、国民を強力に煽ったからである。国民への扇動が徹底すると、自らもそれに拘束される好例であろう。国民の意識を変えるのは大変であり、それには敗戦などの強い衝撃か、長い時間が必要になる。

 むろんこれらだけで韓国の行動を説明することはできない。文在寅大統領は親北朝鮮だとされ、新聞、テレビ、軍、裁判所の上層部は自身の支持者で固めたとも言われる。韓国メディアが政権の影響下に入っていれば、日本で報道されるものはかなり偏っている可能性がある。日本のメディアは韓国メディアの情報に負うところが多いからである。その偏りのために実情を把握するのが困難になっているのかもしれない。

 それでも韓国の日本に対する行動は理解できない。もしかしたら韓国は北朝鮮との親密な関係が水面下で進んでいて、将来は共同して日本に対抗するという見通しを持っているのかもしれない。反日は韓国と北朝鮮を結びつける強力な理念になる。両国に共通の敵が存在すれば、何よりの「絆」になる。従って両国の融和を優先すれば反日も継続せざるを得ないことになる。北朝鮮に前のめりの韓国は反日姿勢を北朝鮮に見せびらかしたいのかもしれない。韓国は既に日本を仮想敵国としているという見方があるが、そのような背景を考えると腑に落ちる。北朝鮮との軍事的緊張が低下し、陸軍兵力の削減をする一方で、韓国の国防予算は拡大を続け、今年は日本の国防予算と肩を並べると言われる。韓国のGDPは日本の約3.5分の1なので韓国は軍事国家なのである。北朝鮮の脅威が減少した現在、軍事力、それも海空軍を増強する目的は何か。仮想敵国は日本以外にあるのだろうか。

 韓国が日本を仮想敵国としているらしいということ、国防費が日本と並ぶことなどは日本ではあまり報道されていない。日本のメディアの多くは日本の軍事力増大に反対してきたから、日本に軍事的な脅威が迫っているという現実の報道には消極的であった。中国や北朝鮮に加えて韓国までが軍事力を強化している敵性国であるなどと報道すれば、日本の防衛力強化の口実を与えると考えるのだろう。メディアには9条があれば平和が守れるという妄想が依然として広がっているようである。

 とまあいろいろ考えられるというだけで、実を言うと私などにわかるはずがない。もしかしたら文政権が単に無思慮、無能なだけで、失政が重なって、そのうち反対派に潰されるかもしれない。そうなればありがたいが、ただ理解できない国、従って将来が予測できない国が隣にあるとき、平和を維持するためにはあらゆる可能性への対応を考えておくことが政治家とマスメディアの責務であると思う。
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核武装という選択

2019-02-10 23:24:40 | マスメディア
 ローマは蛮族の侵入によって滅びたとされる。蛮族とは主に北方のゲルマン民族を指す。ゲルマンのひとつ、ゴート族は4世紀頃にはすでに毛皮ではなく、布製の衣服を身に着けていたが、依然として蛮族とされていたそうである。文明国でなく蛮族であるとされる基準は衣服などではなく、法治の民であるかどうかということである。問題の解決を法に基づいて決めるのか、腕力で決めるかの違いなのである(塩野七生著 ローマ人の物語第14巻から要約)。

 法治というものは約束事を守るという気持ちが社会に広くなければ成り立たない。そしてそれは文化的背景に影響されるものであり、急に作れるものではないようである。ローマは一日にしてならず、なのである。豊かな消費生活をする国であっても文明国とは限らない。腕力でしか解決できない国もあることを認める必要がある。

 韓国、北朝鮮、中国、ロシア、これらが日本の隣国である。日本はこのいずれに国に対しても手を焼いてきたと言ってよい。近隣国すべてが話の通じない国であることは重大な問題である。これら四か国の側に問題があるという見方も十分うなづける。しかしそれだけであろうか。日本側にも大きい原因があると思う。それは専守防衛とそれを象徴する憲法9条である。

 外交の要諦は、握手の右手を差し出しつつ、左手で棍棒を隠し持つ、とされる。信義を持たず、力を信奉する国を相手にする場合、棍棒がなければまともな交渉は成立しない。日本は自衛隊をもつが9条は自衛隊を強く制限し、棍棒ではなく箸棒にしている。近隣国にとっては実にありがたいことであろうが、それが日本に対して居丈高な態度を引き出したと思われる。

 北朝鮮が米国から対等国並みの待遇を受けることができるのは核とその運搬手段を持ったおかげである。この味を知った以上、容易なことでは核を手放さないだろう。そして、核が気に入らなければカネを出せ、というのはまるで暴力団の手口である。核の放棄とカネを交換するようなことが起きれば、悪しき事例を将来に残すことになる。

 さて話を戻すが、もし日本も核を持てば状況は大きく変わる。周辺諸国は日本は何をしても手出ししない「安全な国」とは思わなくなるだろう。ロシアも中国も北朝鮮もすでに持っているのだから反対する根拠は乏しい。米朝交渉で、北朝鮮が米に届くICBMだけを廃棄するとことで双方が妥協すれば日本は不利な立場になるが、もしそうなれば日本も核武装するぞという意思表示だけでもそのような米朝の妥協を牽制する効果がある。周辺国に核がないときに、日本だけが核を持つのはよくないが、周囲の国に核があって、日本だけに核がないという状況はさらによくない。

 9条を金科玉条のように崇める護憲勢力は日本が海外に侵攻することを心配してるためであろう。非現実的な心配だと思うが、そうならば核武装と引換えに自衛隊の陸上部隊を削減する手もある。他国への侵攻は陸軍なしでは無理だからである。つまり陸軍は防衛にも他国侵略にも使えることが問題なのだろう。ところが核兵器は単独では他国への侵略には役立たない。核の最大の効果は日本への侵略を思いとどまらせることである。つまり平和への力強い味方なのである。核は平和を愛する国民の兵器なのだ。しかも安上がりであるし、プルトニウムはどっさりある。

 国会では、野党は統計不正問題ばかりに関心があるようで、外交など他の問題は置き去りである。何の役にも立たなかったモリカケのようにしたいらしい。左派の野党はなぜこんなに出来が悪いのだろう。どこかの野党が核武装を提案でもすれば米朝会談への大きな牽制になり国益に寄与すると思うが、とても望めそうにない。野党の関心は与党の足を引っ張ることばかりで、安全保障や外交などには関心がないようである。
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想像力欠如のNHK

2019-02-03 22:18:42 | マスメディア
  朝焼小焼だ
  大漁(たいりょう)だ。
  大羽鰮(おおばいわし)の
  大漁だ。

  浜(はま)はまつりの
  ようだけど
  海のなかでは
  何万(なんまん)の
  鰮(いわし)のとむらい
  するだろう。
  
 これは金子みすゞの詩「大漁」である。有名なものらしくご存知の方も少なくないと思う。私は詩をほとんど知らないが、NHKの動物番組を観たときだけは、この詩「大漁」を思い出す。最近のNHKの動物番組では強い動物が餌になる弱い動物を襲い、食い殺す場面がしばしば出てくる。私はつい食べられる動物の気持ちを想像してしまう。それが嫌なので、動物番組を観なくなった。

 確かに「いわし」のことなど、気にしなくても生きていく上で何の支障もない。しかし、金子みすゞはものごとの二面性、ここでは他の生きもの対して想像力を働かせることの重要性を示したかったのであろう。

 NHKの動物番組で捕食場面が多く出てくるのは、そのような場面を撮影するのは大変であり、価値あるものだと思っているからなのだろう。きっとその映像は高い値段が付くのだと思う。また自然の営みを描いているという意識があるのかもしれない。けどお茶の間で見ているのは一般の読者である。毎回のように残酷な場面を見せられるのは不快である。捕食場面を撮影する人も、それを放送で流す人も、食べられる動物の気持ちを想像しない人たちなのだろう。

 昔、人間が狩りをして生活していた時代、食物となる動物の気持ちを想像するなどなかったと思う。日常のこと、あたりまえのことであったわけである。それどころか狩りは楽しみでさえあったろう。現在でも一部の人間は狩りを楽しんでいる。さらに少数だが、人間を平気で殺傷する犯罪者もいる。恐らく相手の気持など、考えようとしない人たちなのだろう。しかし大多数の人はこのような残酷さに不快を感じるようになった。また、銃を使うなど、明らかに有利な立場での動物殺害は卑怯だと思う感性もある。

 NHKの動物番組は子供も観ている。それは教育的な意味を持つ。見せられるのは弱肉強食の自然の世界であって、残酷さを排し、秩序が保たれた人間の世界ではない。その残酷さを見せることで子供達がどんな影響を受けるだろうか。自然の持つ残酷さをできるだけ排除する人間の世界を肯定する受け止め方もあるが、逆に自然が残酷なら残酷なことをしてもいいのだという理解もあるだろう。子供が多く見る番組だけにNHKは十分考えているのだろうか。NHKはインパクトの強い映像、珍しい映像、センセーショナルな映像を優先しているように見える。それが視聴率のためなら問題である。
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信頼と不信頼のランキング

2019-01-27 22:42:03 | マスメディア
 1月21日、日本経済新聞は世論調査の結果を発表した。その結果がとても興味深いものであったのでご紹介したい。以下、概要を引用する。調査は郵送による。

『8つの機関や団体、公職を挙げてそれぞれの信頼度を尋ねたところ「信頼できる」が最も高かったのは自衛隊で60%に上った。5割を超えたのは自衛隊のみで、次いで信頼度が高かったのは裁判所(47%)、警察(43%)、検察(39%)、教師(32%)の順で、司法・捜査当局への信頼が高かった。これらはいずれも「信頼できる」が「信頼できない」を上回った。

特に自衛隊についてはいずれの世代も信頼度が6割前後と高く「信頼できない」は7%にとどまった。平成は災害が相次いだ。過酷な現場で被災者を救出したり、避難所の支援をしたりする姿などが繰り返し伝えられ、高く評価されているとみられる。

逆に「信頼できない」が多かったのは国会議員で唯一5割を超えて56%だった。マスコミ(42%)、国家公務員(31%)が続いた。いずれも20歳代以上で「信頼できない」が「信頼できる」を上回っていた。国家公務員とマスコミは「どちらともいえない」が共に4割強だったが、国会議員は32%だった。

マスコミは「信頼できない」と答えた人の割合は70歳以上が20%台だったが、60歳代が34%、50歳代が41%、40歳代が47%で、30歳代では58%と5割を超えていた。18~20歳代は60%と最も多く、若い世代ほど「信頼できない」と答える人が多かった』

 以上が引用であるがランキングをまとめると以下のようになる。

 [信頼できる-(Best)]      [信頼できない-(Worst)]
1位  自衛隊 60%      1位  国会議員  56%
2位  裁判所 47%      2位  マスコミ  42%
3位  警察  43%      3位  国家公務員 31%
4位  検察  39%      4位  警察    19%
5位  教師  32%      5位  教師    18%

 自衛隊に対する信頼がここまで高いのは少し意外である。日常的なメディアによる冷遇があまり効果を示していないのだろうか。逆に裁判所や警察、検察、教師の信頼度がこんなに低いことに驚く。これほど信頼されていなければ社会は成り立たないと思わせるレベルである。恐らく警察や検察、教師などが不祥事を起こすたびに大々的な報道に対する感情的な反応を反映したものだろう。

 信頼できないの第一位、国会議員も同様の理由であると思う。選挙で選んだ人間を最も信頼できないというのは理解しかねる。投票権を持つ自分たちの無能を認めているようなものである。

 この調査で最も注目したいのは「信頼できない」第二位のマスコミである。日経のコメントにもあるが年代別の不信度に大きな差がある。70歳以上では僅か20%台であるが、30歳代では58%、18~20歳代は60%となって、なぜこれほどの差があるのか、興味がある問題である。理由のひとつはネットに接触する機会があるかないかが大きい理由ではないか。ネットを使わない人は情報弱者といってもいいが、彼らにとって情報源のほとんどがマスコミなので、マスコミを批判できない。つまり簡単にだまされるというわけだ。

 40歳以下の若い世代の約60%からマスコミは信頼されていないという結果はまことに重大である。ネットからも情報が入る環境の下ではマスコミは相対的な評価を受けることになる。それが信頼できないというのだから、その評価は信頼していい。むろん無条件ではないが、少なくともマスコミしか知らない年代層の評価よりは信頼できる。深刻かつ情けない結果である。メディアは信用があってこそ成り立つ商売であるからだ。

 日本のマスコミは販売や取材の競争はあっても、産経を除くと、互いに相手を非難するといった意味での競争を避けてきた。よく言えば協調だが、寡占によるなれあいである。報道の方針においては読者に必要な知識より自社の政治的主張を優先してきた。愚者を啓蒙するという姿勢であるがこれは読者を見下した傲慢である。朝日は啓蒙のためには嘘までついた。記事の取捨選択が行われ、記事には「角度」がつけられた。これは朝日・毎日において著しい。ネットがこれらの欺瞞を明らかにしたことが影響したのだろう。

 若者の新聞離れも進んでいる。マスコミ、とりわけ新聞は厳しい冬の時代を迎えることになるのはほぼ確実である。そして恐らく春はもうめぐってこない。反面、これは喜ばしいことだが、より自由な言論ができる環境が実現されるかもしれない。
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徴兵制復活の流れ

2019-01-21 07:43:17 | マスメディア
 「日本人とユダヤ人」という本が話題になったことがある。1970年のことである。著者のイザヤ・ベンダサンは「日本人は水と安全はタダだと思っている」と書いた。イザヤ・ベンダサンとは山本七平氏のペンネームであるとされている。余談だが、このペンネームの由来は「いざや、便出さん」ではないかという見方があるそうだ。本当であればなかなか楽しいユーモアである。

 冷戦終了後、ヨーロッパの多くの国は徴兵制を廃止したが、この数年は徴兵制復活の動きが目立つようになった。2014年にはウクライナ、15年にはリトアニア、17年にはスウェーデンが徴兵制を復活した。昨年、フランスも徴兵制復活の表明をした。フランス以外はロシアに近い地域が多く、ロシアの脅威がその理由だと考えられている。徴兵制の復活は脅威の増大に対するあたりまえの対応である。しかしこれらのことはなぜか日本ではほとんど報道されていない。

 ロシアは軍事的脅威を与える国だと認識されてきたようだが、クリミア問題で再認識されたわけである。またロシアが極東では将来にわたって領土的野心を持たないとは言いきれない。まして日本の近くには領土的野心を持ち、軍事力を急速に拡大している中国や、核兵器に国力を集中させる北朝鮮がある。

 フランスの徴兵制発表に関して日本の記者がフランス国民に街頭インタビューをする場面があったが、大部分の人は賛成だと言う。そのNHKの記者はこれを意外な結果だと言った。恐らく彼の頭の中は、徴兵制などとんでもないという「日本の常識」に染まっていたのだろう。たしかに日本で徴兵制を持ち出したら政権が吹っ飛んでしまうだろう。けれど「日本の常識」は世界の常識ではない。

 「日本人は水と安全はタダだと思っている」と書いたのは50年ほど昔のことだが、当時の安全に対する日本人の無関心を指摘していたわけである。当時の国際環境は周囲に軍事的脅威となるような国はソ連以外になく、そのソ連は左翼思想のご本尊でもあったのでソ連性善説のようなものがあり、その軍事的脅威は隠されていた。また米ソの冷戦はソ連に抑制的に働いたのではないか。したがってこの時の防衛に対する無関心は仕方がなかったとも言える。

 だが現在、状況は様変わりしている。中国と北朝鮮の脅威は言うまでもないが、韓国は2018年度版の国防白書では周辺諸国との軍事交流協力について記述する際の順序が、これまの韓日、韓中、韓ロが、今回は韓中、韓日、韓ロの順に変更された。日本と「北朝鮮の核とミサイルの脅威」に対して協力するという内容も今回の国防白書では削除された。韓国は変わりつつあり、親北を進める一方、日本にとっては敵性国に近づいている。GDPは日本の3分の1以下だが防衛費は年率8%で増加し、来年には日本と肩を並べるとされる。中国も、ロシアも将来どう変わるかわからない。そして防衛力はすぐにできるものではない。

 安全保障は国の根幹をなすものであり、平和を保つ上で欠かせないものであることは世界の常識であるが、日本の常識ではない。水と安全はタダではないのである。安全保障のためには税金による費用負担と兵役などの労力提供は当然のことなのである。いつになったらフランスのように徴兵を自然に受け入れるだけのまともな認識ができるのであろうか。戦後70年間、軍備に反対してきた左翼マスコミや文化人はそれが平和を維持すると信じてきたが、逆に防衛力の弱さが戦争を招いたとして平和に対する罪人になるかもしれない。うまく洗脳されると洗脳された人間は洗脳されたことに気づかない。厄介なことである。
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