噛みつき評論 ブログ版

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格差を願う心

2011-09-26 10:04:37 | マスメディア
 北京オリンピックでは金メダルを8個もひとり占めした選手がいました。のどから手が出るほど欲しい人間が大勢いるのですから、少しくらい譲ってやってもいいのにと思いますが、それをやれば八百長となります。スポーツの世界は格差を追求する世界でもあります。

 スポーツ競技には運動や親睦という意味もありますが、勝負をして、勝者は「幸せな気分」を、敗者は「惨めな気分」を味わうという面があります。試合前に両者が「幸せな気分」を50単位ずつ持っていたとすれば、試合後は勝者が100単位、敗者が0単位となるような、一種のゼロサムゲーム(*1)と考えられます。つまりわざわざ金と時間をかけて「格差」を作るための仕組みです。これは公平や平等とまったく逆の方向であります。

 それでもスポーツ競技が好まれるのは、参加する人間が負けることより勝つことに期待するという楽観的な性質を持っているためだと思われます。宝くじは発行元が54.3%も取ってしまうので、平均的には負けるのが確実であるのに大勢の人が買うこととよく似ています。悲観的な人は宝くじを買わず、パチンコ中毒にもならないでしょう。

 勝負を楽しむ場はスポーツ競技だけでなく、将棋や囲碁など広範であり、さらには現実の社会でも競争が大きな要素になります。決闘や戦争はいただけませんが、どうやら競争や勝負を好む性質はわれわれの本性に根ざしたもののようです。フロイトが性衝動を重視したのに対し、その弟子アドラーは他に対して優越しようとする欲求を人を行動に駆り立てる基本的な動機とみなしました。他人より優れていないことには落ち着かないという人間は少なくありません。
 過去を見ると、社会には格差を縮小しようとする力より、拡大しようとする力の方が強く働いてきたことが感じられます。現実社会における、生存を脅かすほどの深刻な格差は社会不安の原因になり、秩序がひっくり返る革命の要因になりました。

 一方、格差縮小のための努力も続けられましたが、それは善意の故でもあり、また社会不安や革命に対する恐怖の故でもあったと言えるでしょう。第二次大戦後は日米で高率の累進課税が実施されたように、格差の縮小が図られた時代です。

 しかしその後流行した新自由主義は逆の方向で、それは経済成長を促す一方、格差の拡大を生んだとされています。厄介なことに、どうやら人間の集団というものは自由に放っておけば自然に格差が拡大するようにできているようです。自由と格差は二律背反(トレードオフ)の関係にあると言えます。

 チンパンジーやオオカミなどの群れは階級社会をつくりますが、それと同様、人間もきっとそのようにプログラムされているのでしょう。

(*1)ゼロサムゲーム:全体のパイが一定で、誰かが得をするとその分だけ別の誰かが損をするゲーム。時価総額が一定の株式投機、一般の賭博など。
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子供まで政治利用する神経

2011-09-22 10:45:27 | マスメディア
『昨日、東京での「さようなら原発」の集会と行進には、大江健三郎さんらの呼びかけで大勢が参加した。壇上から作家の落合恵子さんが訴えたように、平仮名しか読めぬ子が「ほうしゃのうこないで」とおびえる現実、捨て置けない』

 これは21日の天声人語の一節であります。幼児が「ほうしゃのうこないで」とおびえるのは、大人がそのように教えるからで、幼児が見えない放射線を判断できるわけがありません。オームに「ほうしゃのうこないで」と教え、オームさんも言っているよ、というのと同じです。

 わけのわからない子供の投書をとりあげ、自社の主張に利用するというのは朝日がよく使う手口です。今回、反原発の集会から、特にこの部分を取り上げたのは子供を利用するクセがついているためでしょう。けれど、この手口はいささか卑怯な感じがします。

 情緒に訴えるやり方は、理をもって考えることが嫌いな人間を説得するには有効なのかもしれません。しかし原発をどうするかという問題は情緒で判断すべきだとは思えません。逆に子供を利用するような反対運動はその誠実さが疑われ、主張まで胡散臭いものに見えてしまいます。

 原発の廃止を社会に訴える以上、原発の知識はもちろん、温暖化とCO2問題、電力需給や再生可能エネルギーの見通しなど、広範囲の知識を持った上での総合的判断でなければ無責任であります。この集会の主宰者格である大江健三郎氏や落合恵子氏らは無論それらの知識を十分お持ちの上、綿密な検討を重ねられたことと思いますが、そうならば専門外のことだけに、実に驚嘆すべきことです。

 少し前、大江氏は「9条の会」の発起人としてご活躍でしたが、きっとそのときも国際政治や軍事問題について十分な見識をお持ちになっていたのでしょう。ただ残念なことに北朝鮮問題や尖閣問題の後、なりをひそめているように見えます。

 憲法・国際政治や原発・経済という専門外の分野で、ノーベル賞作家という知名度を使った政治活動は見事という他ありません。ただ、そのご主張がいつも左翼政党と重なるのがいささか不思議ですが。

 旧ソ連における共産主義国家は数十年間続いたのち消滅しましたが、その間、膨大な犠牲を出しました。しかしこの世紀の実験を主導したのは平等を願う良心的な人々です(むろん不純な動機の人も多数混じっていましたが)。

 知名度が高く影響力の大きい人間が国の方向を左右するような大きな問題に対して意見を述べ、影響力を行使することは重大な意味をもちます。影響力の大きさに見合うだけの十分な裏づけと、慎重さが必要でしょう。
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増税は選挙に負けるという迷信

2011-09-19 10:07:46 | マスメディア
 昨年の参議院選挙で民主党は惨敗しましたが、それは菅・前首相が直前に消費税の増税を言い出したためであると、しばしば解説されました。それはメディアの一致した見解であるようです。確かに1989年7月、消費税を導入した直後に行われた参議院選挙では自民党が惨敗、そして5%の増税後に行われた1998年参議院選挙で橋本内閣の自民党が惨敗した経緯があります(当時は消費税に対するメディアの猛反対がありました)。

 しかし昨年の参院選の前月、6月12~13日に読売新聞社が実施した世論調査では、財政再建や社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思う人は66%に達していました(そうは思わない、は29%)。また参院選では勝った方の自民党も消費税を10%にするとの公約を掲げていました。

 国民の3分の2が税率引き上げに賛成しているときに、菅氏が10%の増税を言い出したから選挙に負けた、というのは実に不思議な話です。また自民党も10%を主張しているのであればそれは選挙の争点にならないと考えられます。

 とするならば、民主党が惨敗したのは消費税10%のためでなく、それまでに鳩山民主党政権が犯した数々の失政によるためと解釈するのが自然です。民主党政権に日本を任せられないと考える人が多かったということであり、それは消費税10%という単一の問題ではなく、民主党の政権担当能力という本質的な問題に関わることだと考えられます。

 参院選の敗北を消費税増税のためだとする考えは、有権者の意思を見誤るだけでなく、民主党にも誤ったメッセージを伝えることになります。また増税を言えば選挙に負けるという通説が広まれば、反増税を主張することで票を稼ごうとする無責任な連中が力を増すでしょう。

 国民の3分の2が税率引き上げに賛成しているということは将来の財政問題を真面目に心配している人が多数を占めていることを示しています。反増税の勢力が勢いづけば、財政再建に向けての収束が困難になります。

 参院選の惨敗は増税発言のためではないという意見をメディアで聞くことはありません。「増税=選挙の敗北」と一旦刷り込まれたら変わらない頑迷固陋の故なのか、あるいは自分で考えるという習慣がないためか知りませんが、数多くのメディアが図らずも同様の奇妙な認識をもつというのはいささか不気味な光景です。
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命がけの航海

2011-09-15 10:39:48 | マスメディア
 北朝鮮から小船でやってきた9人が保護されたと報じられました。子供を含む家族の一蓮托生の逃避行だけに、失敗した場合はことさら悲惨です。死を覚悟した航海であったと思われますが、その裏にはきっと苛酷な事情があったのでしょう。しかしその背景に注目した報道がいささか少ないように感じます。

 それで思い出したのですが、百年ちょっと前の日本でもたいへん厳しい状況があったようです。優れたノンフィクションである「サンダカン8番娼館」の作者、山崎朋子氏は1988年の講演で、体を売るために東南アジアなどへ渡った「からゆきさん」の話をしています(文芸春秋8月号に収録)。

 からゆきさんは明治のごく初期から昭和初期まで続いたのですが、なぜ遠い外国へ出かけていったのかというと、それは今日では想像することもできないほどの日本の農山漁村の貧しさのためだと断言したい、と山崎氏は述べています。

 外国へ渡るときの年齢は明治の初めは16~18歳であったのが10歳前後にまで広がったといいます。東南アジアの島々に残されたからゆきさんの墓には16や18という没年を示す文字が多くあり、彼女達の暮らしのひどさを物語っているといいます。

 その裏には少女を買い集め、外国で売る仕事をする親方や女衒と呼ばれた「ビジネスマン」の暗躍があったそうです。需要があれば何でも供給する、逞しくもあざとい連中はいつの世にもいるようです。彼らは先駆的な市場原理主義者なのでしょう。

 すべてを捨て、命を賭してまで脱出する、あるいは娘を外国に売らざるを得ないといった極限の状況は、幸いなことに今の日本では想像することすらできません。自分に経験のないことを十分理解することは困難です。餓死すらあるという北朝鮮の国内事情にあまり関心が向かないのはそんなところもあるのかも知れません。

 一方、9月15日の天声人語は東電の5%の給与カットが甘すぎると言わんばかりの内容ですが、東電を非難すれば読者に受けるだろうという思惑を感じます。しかしほとんどの社員に事故の責任はありません。公共財でもあるマスコミが「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式の発想では困るわけです。

 拉致問題に対する扱いなど、北朝鮮はならずもの国家と呼ばれるほどの国ですが、そのために被害者である北朝鮮の国民に対してまでフィルターを通して見る傾向がないとは言えないと思います。

 国や会社などの集団に対し、世間は責任のある部分とそうでない部分を区別せず、抽象的なひとつのものとして判断する傾向があります。アタマの負荷が少ない単純さが好まれるわけです。それに乗じるような迎合報道はさらにその傾向に拍車をかけます。メディアもまたアタマの負荷を嫌うのかも知れません。
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戦後首相ワースト1位の意味

2011-09-12 10:01:33 | マスメディア
 5年間で6人の首相が登場しましたが、その中で正当性のある首相、つまり総選挙で選ばれたのは鳩山氏ただひとりです。他の5人は党内の選挙で選ばれたもので正当性には少々問題があるとされています。

 一方、少し古い話ですが、ニッカンスポーツコムが今年2月に実施したアンケート「戦後の名宰相とワースト宰相は?」には各1499票が寄せられ、「名宰相」の1位は326票で吉田茂、2位は田中角栄、3位は小泉純一郎であり、

「ワースト宰相」の1位は鳩山由紀夫で、全体の3分の1を超える577票を獲得する圧勝で、2位は菅直人、3位は宇野宗佑となっています(この部分のソース)。

 アンケート対象がニッカンスポーツコムの読者ということで多少の偏りがあると思われますが、鳩山氏は圧倒的な勝利であり、恐らく他の調査でも1位が揺らぐことはないでしょう。私もこれにはまったく異議がありません。

 政党の総裁や代表を次期首相として選挙に臨み、勝利を得て選ばれた「正当」な首相は民意を反映している筈なのに、そうして選ばれた鳩山氏がワースト1位というのはなんとも皮肉な結果です。

 調査時点が2月なので、菅氏は2位につけていますが、その後は鳩山氏を猛追して、接戦を演じているかもしれません。まあそれはともかく1位と2位が仲良く民主党の首相というのが興味深いところです。

 2年前の民主党は総選挙で圧勝し、それから1年半ほどで鳩山氏は戦後の首相28人中ワーストワンで圧勝しました。ここから導かれることは選挙の信頼度の低さであり、世論の信頼性のなさであります。さらに国民多数への信頼を前提とした民主制度の脆弱性も気になります。

 選挙結果はメディアの報道と強い相関があるので、裏を返せば選挙の信頼性のなさはメディアの信頼性のなさです。現在の民主党政権はマスメディアが作り上げた政権といっても過言ではないでしょう。メディアがおかしくなると、「民主的な」選挙を通じて日本の国までがおかしくなることを証明をしたと考えられます。

 実績のない野田政権の高い支持率はメディアの好意的な報道の結果に過ぎない、と前に述べました。もし発足直後に総選挙をすれば再び民主党が第一党になったかもしれず、支持率は政治を動かす力を持っています。しかしそれからまもなく、一川防衛大臣や鉢呂経済産業相の能力に疑惑が生じ、早くも野田政権は馬脚を露す事態となりました。

 野田政権は、支持率10%台まで堕ちた鳩山政権や管政権と同じ民主党という母体から生まれた政権です。大きく変ると期待する方がおかしいわけです。鳶(トンビ)が鷹を生むことは滅多にありません。
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日本の戦争とカルト

2011-09-08 10:22:59 | マスメディア
 敗戦が確実と思われるカダフィ大佐は徹底抗戦を掲げて強気を崩していないそうです。どうせ負けるものなら早く降伏した方が双方の犠牲や損失が少なく、降伏の条件も多少はつけられるであろうと思われますが、それは第三者ならではの考えであるようです。

 戦争の当事者が合理的に行動しないことは、とんでもない高価な代償を払って日本も既に学習しました。第二次大戦の日本の戦没者310万人のうちの8割ほどが終戦までの1年間に集中していると言われています。終戦一年前、昭和19年8月というとかなり敗色が濃厚であった時期だけに、負け戦を継続した日本は頭がおかしくなっていたと、思わざるを得ません。米軍を竹槍で迎え撃つ発想など、いま思えば狂気の沙汰です。

 毎年、8月は戦争月間で、戦争の悲惨さ、軍の非道さを訴える特集がマスコミを賑わせます。しかしそれらをいくら見ても、日本がなぜそこまで負け戦を続けようとしたのか、納得のいく答がなかなか得られません。

 8月15日の無条件降伏でさえも、直前まで陸軍は強硬に戦争継続を主張し、降伏の合意は際どい状況でようやく実現したといわれています。なぜここまで正常な判断能力を失ったのかという疑問に答えるには、指導した連中の組織の問題、彼らの精神構造、そして国民の精神構造までもが如何に変えられていたか、といった問題に言及することが必要だと思われます。

 集団での不合理な行動はカルト教団などで見られますが、そこでしばしば使われる手段は強力な洗脳と外部情報の遮断です。日本が集団で頭がおかしくなったことにも共通する点があるように思われます。

 自殺同様の突撃、玉砕という集団自殺、飛行機や潜水艇による自殺攻撃、これらが組織的に行われた例は他国に見られません。真面目な国民性もあったでしょうが、日本の洗脳作戦が極めて優秀であったことを示唆します。

 国民に対する洗脳が成功したのは新聞・ラジオの大活躍があったのは指摘されているとおりです。その裏にはマスコミ自らが先に洗脳されてしまい、積極的かつ確信的に協力したということがあったと考えられます。

 最初に戦争を決定したのは一握りの人間ですが、彼らによってマスコミがまず洗脳され、国民へと広がって、国全体が戦争最優先モードとなり、それが指導者層にフィードバックされて更に増幅され、国民に広がるという、正の循環現象(ポジティブフィードバック)が起きたのではないかと私は疑っています。増幅はむろんマスコミの役割です。これは私の勝手な推測ですが、もしこのような循環現象があるとすれば他の流行現象などの説明にも応用できるかもしれません。

 私の推測はともかく、二度と愚かなことをしないためには戦争の悲惨さを訴えるだけでは不十分で、なぜ日本の頭がヘンになったかという観点から、そのメカニズム、とくに精神面をも含めた解明の必要を感じます。
 
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メディアの鑑識眼と世論の軽さ

2011-09-05 10:00:01 | マスメディア
 野田新内閣に期待する論調が多くのメディアに見られます。それは新政権発足後の100日間はハネムーン期間として暖かく見守るという米国の真似かもしれませんが、毎年新政権が誕生する日本でそれをやれば、1年の4分の1強はメディア自らが批判を封じることになります。また4年に一度ならともかく、毎年繰り返される権力闘争の結果にご祝儀気分は似合いません。

 5年で6人の新政権が誕生しました。1年程度しかもたない期待外れの政権が5回も続いたのに性懲りもなく期待するのはずいぶんお人好しな話です(お人好しにはバカという意味もあります)。まだ実績のない新内閣は50~70%という高支持率を得ましたが、これはメディアの姿勢を反映したものに過ぎず、看板を見せられて期待しただけの話です。やがて実績の積み重ねと共に支持率が10%台に向かって急降下するのが繰り返されたパターンです。

 実績のない野田内閣を支持するかという質問には「わからない」と答えるのが一番まともだと思いますが、支持が大半を占めることは気分で動く世論の軽さを表しているようです。同時に、世論がいかにメディアの影響を強く受けるかを改めて感じます。

 新内閣の批判などというおこがましいことは私にはできませんが、首相や閣僚の発言で気になったことがあります。ひとつは野田首相の発言です。

「私が仮に総理になっても、支持率はすぐ上がらないと思います。だから解散はしません」

 支持率が低いときに解散すれば選挙で負ける可能性が高くなります。だからといって解散しないということは民意を反映しない政権を継続することであり、堂々と公言してもよいことなのでしょうか。

 そもそも総選挙を経ずに交代した政権は民意を反映しているとは言えず、正当性に問題があるとされます。時事世論調査によると自民党支持率が民主党支持率を上回る状況は昨年11月以来8月まで、10カ月連続だそうで、第2党が政権を担っているのは正常とは言えません。解散をしないという宣言はこの異常な状態を継続させる意図があると受け取れます。

 8月29日のコラムにも述べましたが、低支持率の政権ほど安定し延命するということは制度上の欠陥と言えます。解散しないという選択はこの欠陥を利用することです。こんなことは陰の策士が口にすることで、表舞台に立つ人が公言することではないと思います。基本的な見識が疑われるだけでなく、国民の支持に基づいた政権を目指すという「真心」より、政権そのものを優先するという「下心」が見えてしまいます。

 次は、一川防衛大臣の「素人が大事なんだよ。それが本当のシビリアンコントロールって言うんだよ」という発言です。その後、自民党の石破政務調査会長の「とんでもない発言で解任に値する」との批判を受け、
「防衛省の政策を素人的な感覚で理解してもらう努力をしなければいけないという趣旨だ」と弁解したそうです。

 なんとも苦しい弁解ですが、問題の発言は、防衛の素人が軍を統制することをシビリアンコントロールと考えている、と理解するのが当然です。私の国語能力ではどう頭をひねってもこの弁解のような意味にはとれません。

 シビリアンコントロールは軍の独走や政治への介入を防ぐために、軍の指揮権を文民が統制することであり、素人が統制することではありません。防衛大臣としての見識を疑いたくなります。もし一川防衛大臣が素人ではないというなら、防衛・軍事に関する十分な知識を持っていることを明らかにして欲しいものです。またこの人事が野田首相の「適材適所」によるものだとすると、その見識にも疑問が生じます。

 ご祝儀気分のためか、あるいは期待感に目が曇ったためかわかりませんが、メディアの寛容さは奇妙に映ります。詰まるところ、いつも新政権の発足時には期待を持たせ、数ヵ月後には失望させることの繰り返しはメディアの鑑識眼のお粗末さを示すものと言えるでしょう。言い換えれば、あまり信用できないということです。
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党内融和が最優先・・・政治は二の次?

2011-09-01 09:43:11 | マスメディア
 野田新首相の飾り気のない演説が(意外にも)評価されたこともあったのでしょう、多くのメディアは中立~好意的な記事を載せていました(産経を除く)。新しい首相の発足時はいつも好意的な態度が目立ちます。そのため、支持率は発足時にピークをつけ、後は下がる一方という経過をたどるのが恒例です。

 それはともかく、輿石東参院議員会長は幹事長を引き受けた理由を聞かれ、次のように答えたそうです。
「それは、ただ1つ。党内融和に全力を尽くす、その1点だと思います」
党をまとめることは幹事長のみならず、民主党全体にとっても全力を尽くすべき最優先の課題であろうと思います。とすると民主党の力は党内融和に注がれ、政治は二の次、つまり片手間仕事ということにならないでしょうか。

 政党とは同じ志向を持つ者が集まったもので、その方向性が安定してこそ政権を託すことができます。瑣末な部分で意見が異なることは仕方がありませんが、基本的な部分で意見対立があれば、本来の意味での政党とは言えません。二つに分かれ、支持を求めるのがまともなやり方です。

 新首相がどじょうなら、民主党は舵(かじ)の壊れた船です。乗客をすべて乗せて出航し、いまから舵の修理に頑張ってみます、と言っている状態です。どじょう船長の思い通りに舵が動くようになるか、やってみなければわからないというところでしょうか。乗せられた乗客はいい迷惑です。

 もともと民主党は保守から左派までの幅広い層の寄せ集めとされています。そのためか、いまだに党の基本方針を定める綱領がありません。民主党は政治的な志を同じくする者の集まりというより、党の組織を足がかりに権力を勝ち取ろうという人間の集まりという性格が強いように思います。「私も含めてセンターフォワードになりたい人がいっぱいいます」という新首相の言葉はそれを表しています。

 政治的な志よりも権力欲の強い人間の集まりだとすると、ひとつにまとまるのは至難です。まとまることの必要性は十分わかっている筈なのに、まとまることができないのはその証と言えるでしょう。ことは民主党の基本的な成り立ちに関わる問題であるだけに深刻です。

 政党が内部でまとまらないということは政党の体をなさず、政党にとって致命的なことです。一閣僚が違法献金を受け取ったことなど、それに比べれば些細なことです。しかし、事務所経費の僅かな使途不明金などを連日トップで扱ったように、メディアの評価は逆さまに見えます。
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