噛みつき評論 ブログ版

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裁判員裁判、馬脚を露す・・・予想された欠陥が表面化

2014-06-30 09:05:52 | マスメディア
 大阪の寝屋川市で起きた両親による当時1歳の三女に対する傷害致死事件で、1審の裁判員裁判は検察の求刑よりも5年も重い懲役15年を言い渡しました。2審も同じで、被告側が上告し、26日、上告審弁論が最高裁でありました。弁論が開かれたことは判決が見直される可能性が高いとされています。

 被告側が「過去の同種事件の量刑傾向から逸脱し、違法」と主張したことに対し、検事側は「市民感覚を生かせば刑の相場が幅広くなるのも当然」「裁判員の判断は尊重されるべきだ」などと反論しているそうですが、これが気になります。裁判員制度の導入以後、求刑を超える判決の割合は制度が始まる前の10倍に増えているそうです。

 裁判員裁判では量刑の振れ幅が大きくなることは当初から予想されていました。検事側はそれを市民感覚が生かされているからだとしていますが、そうではなく、6人の裁判員集団の個性のバラつきによるものと考えるべきです。無作為な素人の集まりですから直情的な人が多数を占めることもあれば、一面的な理解しかできない人が多数を占めることも、あるいは寛大な人が多数を占めることもあります。僅か6人で平均的な市民感覚を期待するほうが無理というものです。これで市民感覚を代表できるというなら、世論調査なども6人で足りるということになります。これは統計学を持ち出すまでもなく誰でもわかることです。

 もし量刑の平均が変化するのであればそれは職業裁判官と異なる市民感覚のためであると説明でき、それは当初の意図の通りです(実際に厳罰化の傾向が見られます)。しかし振れ幅の拡大は裁判員集団のバラつきによるものであり、判決が不安定であることを示すだけのことです。それは裁かれる者にとって運次第の不公平なことであります。

 また「裁判員の判断は尊重されるべきだ」という主張も腑に落ちません。裁判員制度は一種の実験であり、最初から見直しが予定されていました。まだ結果が明確でないものを尊重されるべきだというのはおかしいわけです。初めから尊重されるべきものであるということなら最高裁を裁判員裁判にすればよいわけです。

 求刑を超える判決の急増は制度の不安定さを示すだけのもので、これを市民感覚が生かされた結果だというのは詭弁というほかありません。裁判員制度の意義は国民主権を司法の場にも実現することとされていますが、裁判の機能よりも形式を重視するという倒錯した態度を見ることができます。

 国民主権だかなんだか知りませんが、最も大切なことは裁判員制度の意義などではなく、被告人が運次第などではなく、常に公正・公平に裁かれることであることをお忘れなきよう願いたいものです。

 裁判員制度を積極的に推し進めたのは最高裁です。その最高裁が裁判員裁判の判決を否定することは自ら制度の欠陥を認めることでもあるわけで、さぞやりたくないでしょう。それだけに最高裁の苦しい判断に注目したいと思います。まともな判事ならば検事側の見当違いの反論を斥け、懲役15年を変更すると思うのですが。

(参考拙記事)算数のできない人が作った裁判員制度

筋違いの反対論

2014-06-23 08:57:38 | マスメディア
 集団的自衛権行使容認に反対する議論が盛んですが、その主張の根拠となり得るのは以下の2点でしょう。
1.このままでも日本は決して外国の侵略を受けることはない。
2.もし侵略されても日米の軍事力で対抗でき、米国の協力は将来も確実である。

 ところが朝日などの集団的自衛権の行使容認に対する反対は根拠を説明せず、日本が戦争する国になる、若者が戦場へ行かされて殺したり殺されることになるなどと、子供を説得するような感情論がほとんどです。国民の理解力をいかに低く見ているかわかります。説明してほしいのは、なぜ将来にわたって集団的自衛権の行使なしで安全が保たれるのかです。

 新聞のような活字メディアは詳細な説明が可能ですから、理を尽くして説明すべきです。例えば、日本は決して外国の侵略を受けないというなら、以下のことを十分な根拠をもって説明されては如何でしょうか。

 中国の軍事予算の増加は著しく、既に日本の数倍に達し、ステルス戦闘機や空母など海空軍力の増強に力を入れているが、これは他国に対する侵略や脅迫に使うためではなく、専ら災害救助などの平和目的のためである。また中国はかつてチベットや東トルキスタン(現ウイグル自治区)を併合し、いま南シナ海で紛争を起こしているが、日本に対しては軍事力によって領土的野心を実現しようとすることは絶対にない。これは将来中国にいかなる政権が生まれても変わらない。その根拠は▽#×△*◎×〇%□☆∂◇?・・・などと。

 また、日米の軍事力で対抗できるというなら、
米国が攻撃された場合、日本は参戦しないが、日本が攻撃されたら米国が参戦するという片務関係がいつまでも続く。中国の軍事力の増大にもかかわらず米国の軍事力はいつまでも圧倒的で、日本はタダ乗りという反対論が米国内で起きることはない。米国が参戦したら米本土に対して核攻撃をすると中国が脅しても米国は屈しない・・・。

 これらをきちんと論証していただないとまともな議論にはならないわけです。説明が足りないわけでなく、むしろあり余っているのですが、それが見当違いなのです。朝日は連日、作家や脳科学者など、有名人の口を借りて筋違いの説明ばかりで、うんざりです。作家や脳科学者が外交や軍事に詳しいとはあまり聞きません。有名であれば誰でもよいわけで、怪しげな健康食品のCMに有名人を起用するのと同じレベルですね。

朝日・毎日は社会にとって有害が63%

2014-06-15 22:32:09 | マスメディア
 JCASTニュースが実施した「朝日新聞や毎日新聞に存在意義はあると思うか?」という問いに対するアンケート結果は以下のようになりました。

1.ある。言論には多様性が必要。        837票(17%)
2.ある。産経よりも取材力がある。        250票( 5%)
3.ない。偏向しすぎで社会にとって有害。  3066票(63%)
4.ない。別になくても困らない。         689票(14%)
5.そのほか                      44票( 1%)
                  総投票数:4886票(6/15 22:20現在)

 JCASTニュースの読者によるアンケートとなので、ある程度の偏りを考慮しなければなりませんが、それにしても「存在意義はない。偏向しすぎて社会にとって有害」が圧倒的多数を占めるという結果は興味深いものです。「ない。別になくても困らない」を合わせると77%です。まともな見識が意外にも広がっているわけです。

 JCASTニュースは朝日新聞出身者によって設立されたもので、軽いネタや面白ネタが中心ですが、右翼サイトではなく、とくに政治的な強い偏向はないと感じます。それだけに多数が有害とした結果には大きい意味があります。

 「存在意義」を問うという設問は朝日・毎日には意地悪く感じられますが、これは集団的自衛権の行使容認をめぐる田原総一郎氏の以下の発言が波紋を広げていることを紹介した6月7日の記事に関連して設けられたものです。

「朝日新聞、毎日新聞、東京新聞にリアリティがなくなっていることは、僕も認める。そうであっても、朝日新聞には『存在意義』があることも認めるのだ。たとえリアリティはなくても、『国家が悪魔だと、とことん疑うメディア』が、ひとつくらいあってもらわなければならない」

 リアリティがないという表現は穏やかな感じがありますが、現実的ではない空論、つまり現実を正しく認識しない妄想だということです。彼らの主張は将来にわたって日本が外国からの侵略を受けることは絶対にあり得ないという夢のような前提においてのみ成立するからです。

 また田原氏はそれでもひとつくらいは必要と言っているわけですが、実際は朝日・毎日・東京など有力紙がいくつもあり、多すぎます。また国家を批判するメディアが必要といっても、妄想をベースにして反対するようなメディアは論外です。現実論で政府を批判するメディアが存在できない理由はありません。

 安全保障問題において朝日や毎日がなぜこれほどまでに非現実的な反対をするのでしょうか。内部にはそれに疑問を持つ、まともな人も結構いるのではないでしょうか。にもかかわらず反対するのは、彼らには右傾する政府、大企業優先の政府という「敵」を常に必要としているためなのでしょう。それらに反対することによって社会に不満をもつ人々に対する求心力を保ち、読者を維持しようとする動機が含まれるのではないでしょうか。なんでも反対の社民党の路線とも通じます。

 つまり彼らは故意に国論を分裂させ、対立を煽ることによってメシを食っているわけです。中国や韓国の政府が反日感情を鼓舞して政権の安定を図るのとよく似ています。何よりも組織の存続が優先というわけです。しかし朝日・毎日の行為は抑止力を弱め、中国を膨張政策を支援して、逆に戦争の危険を増加させる可能性があります。

一流の顔をした三流新聞

2014-06-08 23:47:05 | マスメディア
 真面目そうな男が群集に向かって政治に関する自説を述べた後、「皆さーん、金運満開のブレスレットを紹介します。これを身につければパワーストーンと開運祈願絵柄によって金運上昇を招きます」などと言えば、その男の言うことは信用できないということになるでしょう。業者から金をもらっていたことがわかればなおさらです。

 6月7日の朝日新聞大阪版にはこの「霊験あらたか」そうなブレスレットの全面広告が載っていますが、これはどう考えても三流週刊誌に載るような代物です。ブレスレットつけるだけで「金運満開」など、あるわけがなく、それを期待させて売る商法はほとんど詐欺のようなものです。朝日は胡散臭い業者から金をもらって宣伝しているパートナーなのです。

 こんな広告を引き受ければ新聞の信用を落とすのは明らかです。それにもかかわらず引き受けるのは、何よりも収益を大切にするという体質なのか、あるいは広告担当がこのブレスレットの効能を信じるほどの無教養ぞろいなのかでしょうが、私にはわかりません。

 同じ日に怪しい全面広告がもうひとつ載っています。1本(720ml)7560円の酵素飲料の広告です。具体的な効能は書かず、「元気が出た」などの体験談を載せて効果があるように思わせる広告で、根拠らしきものはありません。酵素は蛋白質であるので食べればアミノ酸に分解され、酵素としての機能は失われます。詳しくは日本経済新聞の『「科学」にだまされないで 健康食品のウソ・ホント 』をご参考に。

 新聞が科学に弱いのは定評がありますが、担当者はこの酵素飲料の効果を信じているのでしょうか。それにしても同じ日にひとつならず二つまでも胡散臭い全面広告を載せるのは、この新聞のモラルが既に救い難いレベルにまで低下しているものと考えざるを得ません。

 三流紙に載っているものであれば、読者はまともに信じないので、被害は少なくてすみますが、一流紙(と思われている)に掲載される広告は概ね信用できるものと判断され、それだけに広告の効果は大きく、被害もまた大きくなります。

 それにしてもこの新聞の綱領に見られるような立派な看板とこの広告商法とはあまりにも大きな差があります。しかし収益優先こそがこの新聞の体質だと考えると、この新聞の二つの相容れない側面を矛盾なく理解できます。いささか偽善臭が漂うものの、立派な看板で人を集めて信用させ、広告でも稼ぐというビジネスモデルです。

幼児を救った猫

2014-06-01 23:47:34 | マスメディア
 NHKでも紹介されたので既にご存知かもしれませんが、米カリフォルニア州で、4歳の幼児を襲った犬に飼い猫が体当たりして撃退し、幼児を救う様子を防犯カメラがとらえて話題になっています。動画はこちら(開始から45秒後、英語の注意文のあと傷跡の映像があるのでご注意ください)

 猫の名はタラ、この家族の飼い猫で6歳のメスだそうです。動画を見ると、幼児が犬には襲われてから猫が体当たりするまで2秒もかかっていない模様で、判断の素早さ、行動の的確さに驚きます。また犬を追撃して追い払うとすぐに幼児の傍に戻ってくるなど、幼児を保護する行動も見事です。しかも相手は自分より2倍程度の体重のある犬だと思われます。

 一般に猫は犬に比べ、あまりよい評価を与えられていません。「犬は3日飼えば3年恩を忘れず、猫は3年の恩を3日で忘れる」「自分勝手」「気まま」「ネコババ」など・・・。子供向きのアニメなどでも猫は悪役とされることが多いようです。

 この出来事は猫と犬の立場を逆転するものだけに、大変強いインパクトがあります。評価の低かった猫が思いもよらぬ賞賛に値する行動をとったというわけです。これば極めて稀なことかと言えば、恐らくそうではないでしょう。7年ほど前のことですが、飼っていた雌猫がとった行動も少し似ています。以下は雌猫の勇敢な行動を書きとめた拙文です。

 『外飼いの猫が2匹いる。雌は子供のときからで、9年になる。雄は5年前、やってきて住みついたが、このとき既に中年であった。2匹はとても仲良くなり、恋人のように寄り添っている。眠るときもたいていひとつの箱に入る。
 ところが近所の雄猫がしばしば侵入してきて雄と争うようになった。5回ほど目の辺りを引っかかれ、傷を負ったので、失明を恐れ、侵入経路を断とうとしたがなかなかうまくいかない。
 あるとき侵入者は雄の寝込みを襲ったらしく、見つけたとき、雄は寝転んだまま唸っていた。と、そのとき雌が果敢にも侵入者に跳びかかっていき、侵入者は逃げてしまった。
 動物の世界では、雄どうしが争い、雌は勝った雄と結ばれるのが一般的だ。争いの間、雌は安全なところで高みの見物である。雌が勝ち馬に乗りたがるのは人間も動物も同じらしい。ところが今回は違う。果敢にも雌が雄を助けたのである』

 雌猫が仲間を救ったという点でこの二つの出来事は共通します。子供を守るという母親としての本能が関与したのかどうかわかりませんが、この行動は全くの偶然ではないと思います。この動画を紹介した「ねこメモ」というサイトには感動したという多くのコメントが寄せられています。「日本でタラちゃんをまつった神社を作ろう・・・」などとも。

 このような行為は人に感動を与えます。あの有名なセウォル号の船長がとった行動とはまさに正反対、こちらは嫌悪と不快感を与えます。猫は考える間もなく果敢な行動に出たのに対し、船長は熟慮の上、自分だけの脱出を決断したのでしょう。進化を重ねて高い知能を獲得した人間ですが、良いことばかりとは限らないようです。