噛みつき評論 ブログ版

マスメディア批評を中心にしたページです。  姉妹ページ 『噛みつき評論』 もどうぞ(左下のBOOKMARKから)。

信用の売り食い

2014-10-27 09:02:55 | マスメディア
「ピンピンとくるパワー」「男の逞しさを」
「こんな方に、オススメ!
  ●朝も夜も、元気が欲しい。●逞しさに自信が無い。
  ●まだまだ頑張りたい。  ●その気になれない。」

体験談も載っています。
「68歳  彼女もホレボレ!41歳年下の彼女もビックリ・・・」
「65歳  翌朝に奮い立つちからを実感。元気な姿に妻も喜んでいます・・・」

 これが何に効くものか、ここまで読めばお分かりのことと思います。勉強や仕事がよくできるようになるものと考える人はまあいないでしょう。体験談の左隅にごく小さな字で「・・・体験談はご愛用者様の感想であり、実感には個人差があります」と但し書きがされています。

 これは9月22日付朝日新聞夕刊(大阪版)に載った全面広告です。これが一流新聞に載る広告なのかと、わが目を疑いました。どうしても載せたいのなら、朝日の社員らがまずお試しになり、ピンピンとくるのを確認されてからにしてはどうでしょうか。効果を確認してこそ信用が得られるというものです。(この会社のホームページには16もの効能が書かれていますが、不思議なことに性的能力に関する記述はありません。広告会社の知恵なのでしょうか)

 翌日の朝刊にも「あのスッポンの約8倍」という全面広告があります。体験談として「・・・なんと言っても、現役バリバリ感!・・・死ぬまで男!って思っています」。何に効くかはお分かりですね。体験談には例によって細くて小さな字で「個人の感想です」と但し書きがあります。体験談は有効性を示す根拠がない場合によく使われる手です。視力の弱い高齢者向けの広告に小さな字を使うのは見過ごされることを期待しているのでしょう。

 以前、朝日新聞は部数では読売に及ばずとも広告収入では読売を上回っていたと聞きます。つまり朝日は広告単価が高かったわけで、これは朝日にそれだけの信用があったことを意味します。読者は朝日に載った広告だから間違いないと信用したわけです。恐らく広告の掲載基準も厳しく、怪しげな商品の広告は拒否して信用を保ったのでしょう。また掲載する広告を選ぶことができるほどの売り手市場でもあったのだと思われます。

 しかし上記の広告を見ると、時代が変わったという印象を受けます。朝日が載せた広告だから信用できるという話は遠い過去のものになったようです。紙面を見ると広告の量は変わらなくても、一流会社の広告は少なく、根拠が怪しい広告が目立ちます。それは過去の信用を食い潰しているようなものです。

 広告需要が減少したため、極論すれば金さえ払えば何でも載せてやるという状態なのでしょう。しかし当面の広告収入は得られても新聞社の信用は低下していきます。武士は食わねど高楊枝、といった「やせ我慢」が少しはあってもよいと思うのですが、どうやら目先の収益の方が大切のようです。

 朝日は慰安婦問題の吉田証言や原発の吉田調書の虚偽報道のため大きく信用を落としました。これは編集部門の問題ですが、広告部門もなかなか頑張っているようです。数十年間かかって築き上げた信用を両者が一致協力して壊している感があります。信用は最大の財産であり、まことに惜しいことです。
コメント

女性登用と性差問題

2014-10-20 09:07:07 | マスメディア
 安倍内閣では成長戦略のひとつとして女性の活用や女性役員・管理職の増加を目指しています。「20年までに指導的地位に女性が占める割合を30%にする」あるいは「上場企業では女性役員を1人以上置くことも目指す」ということです。5名の女性を閣僚にしたのもその範を示すためであったのでしょう。

 一方、ノルウェーでは03年に「割り当て制」を導入し、それまで6%だった企業における女性役員比率の目標値を、08年には40%に引き上げましたが、40%を達成した企業の株価は大幅に下がり、企業価値を評価する指数も女性役員比率が10%増加すると12%程度下落し、また目標値は上場企業を対象にしたものだったため、規制を逃れるために3割の上場企業が上場を廃止たという話があります。(ビジネスジャーナル14.04.29)

 女性役員比率の目標値を高く設定しすぎると資質に問題のある人までが登用され、機能低下を招く可能性があることを上の例は示しています。以前の女性役員比率が極端に少なかったのは社会的な理由だけでなく適性の問題があったためであると解釈できます。

 ローレンス・サマーズ元ハーバード大学学長は「統計的に見ると、女性は数学と科学の最高レベルでの研究に適していない」という発言のために学長を辞めることになりました。論争になったこの発言の当否はともかく、性差が見られる分野があることは事実だと思います。例えば作曲の分野ではバッハをはじめとして一流作曲家は男性が圧倒しています。コンピュータープログラムの分野でも男がほとんどです。また今年、女性がはじめてフィールズ賞を受賞したと話題になったように、数学も女性の少ない分野とされています。

 逆に文学の世界では昔から女性の一流作家が多く見られます。また音楽の演奏家にはそれほど大きな偏りはなさそうです。男女の差は社会的なものと生来のものとがあり、厳密に言えばそれらを分けて考えなければなりませんが、簡単ではありません。しかし上記の例のように極端に偏りがある分野では生来のものと考えて差し支えないでしょう。

 男と女はそれぞれ異なる役割を担ってきたのですから、差があって当然です(平均の差です)。双方とも向き、不向きの分野がありましょう。企業の役員、あるいは指導的地位に女性が男性と同様な適合性を示すかどうかはわかりませんが、目標数字を合わせるために適合性の低い女性を登用するようなことがあれば弊害が生じるかもしれません。

 安倍内閣の新閣僚には5名の女性がいますが、早くもそのうち2名が問題を起こしています。また火種になりかねない靖国神社参拝をした閣僚は女性ばかり3名です。実に「特色」ある方々をお選びのようです。これは目標数を満たすために無理な人事をすると、こんな結果になりますよと、ご親切にも率先してお示しになったのかもしれません。
コメント

朝日より過激な弁護士有志

2014-10-13 07:31:32 | マスメディア
 世の中には凡人には想像もできない考え方をする人がいるものだということを改めて知りました。凄いセンセイ方のお話です。

 9月11日、朝日新聞は吉田調書を基に「所長命令に違反 原発撤退」とした5月20日の記事の誤りを認め取り消しました。これに対し、弁護士有志は「報道は誤報ではない」「記事全体を取り消さなければならない誤りはなかった」とする申し入れ書を朝日新聞側に提出し、関係者を処分しないように求めました。有志とは中山武敏弁護士、宇都宮健児弁護士ら9人。他にも全国の弁護士191人が賛同しているそうです。(詳細は弁護士ドッドコム)

  申し入れ書には 「『命令違反で撤退』したかどうかは解釈・評価の問題です。吉田所長が所員に福島第一の近辺に退避して次の指示を待てと言ったのに、約650人の社員が10キロメートル南の福島第二原発に撤退したとの記事は外形的事実において大枠で一致しています」と書かれています。つまり言葉尻を捉えればこのような解釈も可能だ、としているわけです。子供が屁理屈で争うのとよく似ています。

 「外形的事実において一致」ということは形式的、表面的には記事は間違っていないということを意味します。朝日は他紙の指摘を受けた8月、記事を再検討し、外形的な事実に誤りはないとして訂正の必要なしと判断しましたが、これと同じです。しかしその後、意味・内容は間違っていたと朝日は判断し、記事を取り消しました。外形より中身が大切なのは当然です。それと、吉田調書が公表されたら強弁はとても通用しそうにないという判断もあったのでしょうけど。

 一般論で言えば、外形や形式より内容や意味がずっと大切です。「命令違反で撤退」という記事が実態に反し、東電などの関係者だけでなく日本の名誉を傷つける結果になったという記事の意味はどうでもよいとお考えなのでしょうか。こんな主張を目にすると、朝日さえがまともに見えてくるから不思議です。

 2年ほど前、インターネットで馬券を大量購入していた大阪市の会社員が約5億7千万円を脱税したとして所得税法違反の罪で起訴されました。約1億4千万円の収益に対して約5億7千万円の税を課せられたわけです。こんなアホなことが起きたのは税局と大阪地検が外形での判断を優先したからでしょう。税の応能負担の原則にも反します。税金を取ることに熱中するあまり常識をお忘れになったのでしょうか。その後、一審と控訴審で会社員の主張が認められました。

 この弁護士有志は原発反対のようですが、原発反対のためには間違ったことを言ってもかまわないという信念をお持ちのようです。実に朝日とよく似ています。独善の正義というべきでしょうか。その裏には驕りが感じられます。

 法の世界では外形重視もありかと思いますが、吉田調書のように外形と内容が相反するとき、外形を優先するという判断は一般の社会ではとても通用しないでしょう。彼らは自称「平和と人権・報道・原発問題などにかかわっている弁護士」だそうですが、人権や原発に熱くなりすぎて常識をお忘れになったのではないでしょうか。200人もの弁護士が賛同したとなると、そこには独自の価値観や論理、宗教的な情熱さえ感じます。日本の過激派とならなければよいのですが。
コメント

神社よりシェルターを

2014-10-06 09:04:18 | マスメディア
 好天に恵まれた9月27日、土曜日の正午直前、登山客で賑う御嶽山が噴火しました。まるで被害の大きさを狙ったかのようなタイミングです。もしこれが神の仕業だと考えれば相当悪質であります。そして25人の方が山頂の御嶽神社付近で亡くなっています。立派な神社のわりに御利益はなかったようです。社務所の幅約50cmのひさしの下に避難したという話がありました。恐らく社務所は無情にも入れないように固く閉じられていたのでしょう。

 今回の噴火は予知されませんでした。気象庁の火山噴火予知連絡会は今回の噴火は1979年と同様の水蒸気噴火であるとし、その水蒸気噴火はそもそも予知が困難なものだと説明しました。しかしその弁解は筋が通りません。水蒸気噴火が予想され、その予知が困難であるのなら、その事実をもっと早く公表し、マスコミなどを使って周知させるのが当然です。

 噴火前、気象庁が出していた噴火警戒レベルは「レベル1」、つまり「平常」であり、入山規制もありませんでした。一般の登山者が安全だと考えていたのは無理もありません。噴火後に「実は予知は困難でした」と言われては気象庁の「レベル1」を信じた被害者があまりに気の毒です。予知が困難な場合は噴火警戒レベルの公表をやめるか、それとも「信用できません」と注釈をつける必要がありましょう。

 一方、予知が困難であるならば、多くの登山者のある御嶽山には阿蘇や桜島のようなシェルターを設置するのが当然です(現在10あるいは12の火山に設置されているそうです)。素人の結果論だといわれそうですが、多くの情報を握っている関係者にとっては単なる結果論と切り捨てられないと思います。役立たずの神社を作るくらいなら是非シェルターを作っていただきたいものです。

 さらに気象庁の対応には別の批判があります。2000年の北海道・有珠山の噴火を的中させた岡田弘北大名誉教授は「初動の遅れが惨事を招いた」、水蒸気噴火は最も予知しにくいとされるが、「それは半世紀以上も前からいわれていることで、今回は明らかな前兆があった。十分対策は打てた」と気象庁を厳しく批判しています。いずれにしても気象庁は無罪と言うわけにはいかないでしょう。謝罪するなら朝日のように遅れないほうがいいと思います。

 余談になりますが、一般の登山には高齢者が目立つ中、今回の犠牲者には10代から40代の比較的若い方が多く、いっそう痛ましく感じます。命に軽重はないといいますが、それは建前だけのこと、終末近くの高齢者と比べればその軽重は明らかです。幼い子供をもつ方の命は何人分もの重みがあると思います。命に軽重はないといった単純な建前論が福祉予算の配分に影響を与え、少子化の一因になったとも考えられます。

 また今回の噴火では登山者の撮影による映像が多くありました。9合目で周囲に退避するよう声をかけながら真っ暗になるまで撮影を続けた方もあり、その冷静な行動に感心しました。その一方、たまたまそれより下の8合目付近で紅葉を撮っていたNHKの取材班による噴煙の映像は十数秒だけでした。噴煙で暗くなる映像はなく、早々と退避されたと思われます。その人命尊重(自分だけの?)の精神にも深く「感動」致しました。せっかく高解像度カメラがありながら惜しいですね。

 また山小屋の男性従業員の方たちの適切な誘導が多くの登山者を救ったとも報道されています。山小屋の内部の映像がありましたが、何人かの女性の悲鳴が聞き取れました。冷静に撮影や避難誘導をする男性に対して、悲鳴を上げる女性、このような危機時に於ける男女の差が露わになったように思います。

 むろん目立ったというだけで、そうではない方も多いとは思います。しかし女性が冷静でおっさん達がキャーキャーと悲鳴を上げる場面はちょっと想像しにくいですね。いかに理屈をつけても性差はあるようです。余談が多くなりました。
コメント