噛みつき評論 ブログ版

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中国報道の罪

2012-09-24 10:01:46 | マスメディア
 社民党の福島瑞穂氏には次のような興味深いお言葉があります。「他国からの攻撃にはどう対応するか」という質問に対して、
「9条で『世界を侵略しない』と表明している国を攻撃する国があるとは思えない。攻撃する国があれば世界中から非難される」

「中国政府に尖閣諸島を侵略される可能性はないか」という質問に対しては、
「尖閣は民間人の所有だ。侵略は所有権侵害にあたり、領土侵犯に当たる」(2012/8/31 MSN)

 こんなおめでたい人が公党の党首とは本当に驚きます。「侵略は所有権侵害にあたる」とは法律家らしいお考えなのでしょうが、中国政府を国内法で裁くおつもりなのでしょうか。なかなか面白い冗談ですね。

 またこれはあの鳩山元首相の友愛外交とも通じます。失礼ながら、このような夢想は歴史を多少なりとも知っていればまずあり得ない発想と思われます。しかし彼らにそう思わせた土壌があったのも確かです。この土壌について考えてみたいと思います。

 尖閣諸島問題における中国の対応に驚かれた方も多いことと思います。それは従来の中国に対する認識と今回の対応に大きなギャップがあったからでしょう。しかしひとまず落ち着きを取り戻しました。メディアが取り上げることも少なくなり、代わりにこの数日はオスプレイの試験飛行が大きく報道されました。こんな危険なものをといった迷惑顔で。

 漁船1000隻の尖閣への派遣、中国軍の5将軍が断固とした軍事行動を主張するなど、中国が当初示した強硬姿勢はなぜか途中で腰砕けとなりました。その理由についていろいろな「識者」がもっともらしいことを言っています。中国共産党大会が近づいているため、あるいは経済的な損失への配慮、中国の対外イメージの低下などです。どれも憶測に過ぎませんが。

 しかしパネッタ米国防長官が訪中し、習近平国家副主席、梁光烈国防相らに「アメリカは安全保障条約の責任がある」として、仮に軍事的な衝突に発展すれば、アメリカも関与せざるをえないという認識を伝えたこと(9/21 NHK)は大きく報道されず、それが腰砕けの主な理由として説明されることもなかったようです。私はこれが中国に方針の変更を促した大きな理由であり、安保条約の存在意義を明確に示したものであると思っています。パネッタ長官はわざわざ挨拶をするために訪中したわけではないでしょう。

 中国は南ベトナムから西沙諸島の西半分を奪い(1974)、さらにスプラトリー諸島海戦(1988)でベトナムから南沙諸島の多く奪い、フィリピンから南沙諸島の美済礁を奪って(1995)直ちに軍事要塞を造ったという「実績」を誇る国であり、その後も軍事的圧力を使った膨張政策を続けています。これは今回の尖閣問題に関連して報道されましたが、以前から知っていた方は多くないと思われます。この軍事力を使った、あるいはそれを背景にした強奪の事実が当時大きく報道されなかったためでしょう。これらの事件は隣国の行動様式を認識する上で重要な意味を持つにもかかわらずです。つまり我々は強盗実績のある人が隣家に住んでいることを知らず、鍵をかけずに暮らしていたようなものです。

 この二つの例からは隣国の軍事的脅威をなるべく伏せていこうという報道姿勢が読み取れます。この背景には、隣国の軍事的脅威が認知されれば日本の軍国主義化を招きかねないとの恐怖があるのでしょう。とくに左翼メディアにはいまだに軍国主義の亡霊に過敏な体質であるようです。またかつて自分達が軍国主義に協力し、軍と共に国を滅ぼしたという自省の気持ちも働いているのかも知れません。しかしこうした認識は大きい広がりをもち、防衛予算が10年以上にわたって漸減していることや自衛隊に対する嫌悪感などに影響を及ぼしたと考えられます。

 戦後の長い期間、平和を享受してきた日本はいわばイソップのキリギリスであり、今まで冬が来なかったという幸運に恵まれたわけです。隣国の軍事力が強大となればやがて冬がやってくるかもしれません。尖閣問題の直後でも、オスプレイの事故率が従来の機種より僅かに高いというだけで大騒ぎするのは安全保障に対するメディアの関心の低さを示しているように思います。

 今回の中国の対応の背景には根強い反日感情があり、中国はその反日感情を国の統治の手段として利用してきたとされます(元の原因を作ったのは数十年前の日本ですが)。将来の戦争の種にもなりかねない、ずいぶん危険なやり方ですが、朝日に代表される左派系の新聞はその反日に協力してきたのも事実です。1966年、産経、毎日、読売などは次々と北京から追放され、残留が許されたのは朝日だけでした。これは朝日だけが中国の意向に沿う報道をしていたことを示しています。朝日は中国の期待に応え、文革礼賛や南京事件の掘り起こしなどをやり、中国の反日感情強化と引換えに独自の地位を獲得しました。このようなメディアが中国の軍事的脅威を正しく伝えるとは思わない方がよいでしょう。

 とにかく、朝日に追従する左派系のメディアや大江健三郎氏などの進歩的文化人の活躍もあって隣国の軍事的脅威はひたすら隠されてきたように思います。そして日本が仕掛けない限り戦争は決して起きないという夢のような土壌が形成されました。福島瑞穂氏や鳩山氏はこの土壌から感染を受けたわけです(彼らの単純な素直さは認めなければなりませんが)。しかし隣国の軍事力が優位になればこの夢想の土台は崩れます。

 朝日などがその育成に加担した中国の反日感情はモンスターとも呼ばれます。それは偶発的な事件などによりナショナリズムと一体化して燃え上がり、制御不能になる事態も懸念されています。さらに中国が「小日本」に対して経済的・軍事的な優位を得て自信を持ったとき、モンスターはさらに力を持つかもしれません。

 朝日などが果たした役割は結果的に日本の安全を脅かすことにつながった可能性があります。意図的ではないとしても、モンスターの育成に手を貸した罪は免れません。民意が政策に反映されるのが民主主義ですが、モンスターの民意ではちょっと困るわけであります。
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クソ真面目人間と原発事故

2012-09-17 10:06:04 | マスメディア
 福島第一原発の事故では、バッテリーの到着の遅れが事故拡大の理由となった可能性が指摘されています。東電のテレビ会議の記録から明らかにされたことですが、地震の翌日の3月12日の朝発注された1千個のバッテリーのうち320個が現場に到着したのは2日以上経った14日の午後8~9時であったそうです。すでに炉心溶融、3号機の爆発が起きた後でした。バッテリーは計器や弁操作の電源として使われるもので原発を制御するための非常に重要なものです。

 遅れた理由は、トラックが高速道路の利用許可の問題などで都内からなかなか出られなかった、ことだそうです。高速道路の利用許可などの遅れのために原発事故がより苛酷なものになったとすればちょっとお粗末すぎます。

 利用許可を出す担当者は規則に従って「適切な」業務を行ったに過ぎないかもしれません。むろんバッテリーの緊急性を伝える側にも問題があった可能性もありますが、許可する側の硬直性が原因になったことも考えられます。何のための道路の利用許可か知りませんが、許可の担当者や関係者が緊急性を理解し、規則を無視してすぐに許可を出す、という手がなかったかという疑問が生じます。

 推測に過ぎませんが、多分この関係者らは規則をちゃんと守る真面目な人達であったのだと思います。だとすれば規則をきちんと守るという見上げた心がけがとんでもない被害に結びついたことになります。「規則ですから」と役人に理不尽な扱いを受けた経験のある方は少なくないでしょう。なにしろ前例踏襲は役人の最大の特質ですから。

 ソクラテスが「悪法もまた法なり」と言って毒杯をあおいで死んだという話はよく知られ、教科書にも載っていた記憶があります。法治の重要性を説明するためにしばしば引き合いに出されます。この考え方は法を絶対視するところがあり、原理主義に通じるものがあります。かといって常習犯罪者のようにいつも法を気軽に無視する人間が多くては社会の秩序が維持できません。

 ソクラテスと常習犯は両極端であり、どちらも現実的ではありません。推奨されるべきは原則的には法に従うが、必要に応じて破ることもある、というところでしょうか。法は完全なものではあり得ないからです。それに四角四面の堅物ばかりでは世の中が面白くありません。まあ、破る手加減を学校で教えるのはちょっと難しいでしょうけれど。

 車が通らなければ赤信号でも平気で渡る国がある一方、車の通行が全くない場所でも日本人は青信号になってから横断するといわれています。真面目なのは国民性なのでしょう。それに加え、どこにでも石頭の連中はいるものです。

 少なくとも非常時には規則など無視してよい、あるいはより重要な目的のためには破ってよいと教えてはいかがでしょうか。ちなみに刑法では自分や他人の命の危険を避けるために違法行為をした場合などにその違法性を免れる緊急避難という実に都合のよいものがあります。
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「原発ゼロ多数」という欺瞞

2012-09-10 10:16:59 | マスメディア
 前回の記事ではノイジイ・マイノリティ(うるさい少数派)にメディアが加担して政治的影響力を持つことについて述べました。ここでは朝日を例にとってメディアの具体的な姿勢を見たいと思います。

 8月24日の朝日新聞に『「原発ゼロ」支持、多いのに』という見出しの記事が載っています。「政府が行った意見聴取会、討論型世論調査、パブリックコメントにおいて原発ゼロを支持した割合はそれぞれ約68%、約47%、約90%を占めたのに、ゼロを選ばないことはあるのか」というのがその要旨です。一般国民を対象にした調査では原発ゼロは30%前後ですが、それはまったく無視されています。

 また9月4日の報道ステーションでは三浦俊章朝日新聞論説委員が「国民の半分以上が原発ゼロを望んでいる」という意味の発言をしていましたが、これは意図的な誤りでしょう。プロレス実況出身の古舘伊知郎氏では信用が足りないのか、朝日新聞のエリートがわざわざ説明されています。そういえば三浦氏の席には、かつて風変わりなバナナの食べ方で一世を風靡した朝日のエリート氏が座っていました(これは余計なお話でした)。

 それにしても民主党政権は意見聴取会などをやれば声高な反対派が押し寄せてきて、偏った結果が出ることを予想できなかったのでしょうか。愚かにも自分で選択肢を狭めてしまったわけです。

 まあこうした努力の結果、少なくとも朝日新聞の読者には「原発ゼロが多数」というイメージが定着していることと思います。何よりも迎合が得意技の民主党もこれに乗っかろうとしたのか、原発ゼロが目標であるかのように方向を変えつつあるようです。恣意的に作られた偽の民意に迎合するという奇妙なことになっているわけです。

 一方、一般国民を対象とした調査では前回引用したとおり原発ゼロは毎日25%、読売31%と29%、産経30%、NHK34%、朝日42%、テレビ朝日57%となっています。朝日系は信用できないので除外して単純に平均をとると29.8%です。政府の調査結果が異常に高い割合なのはその対象者にノイジイ・マイノリティが大量に紛れ込んでいるためと考えられますが、どちらが信頼できるかといえば当然無作為で抽出した方です。原発ゼロを望む国民は30%程度というのが実態に近いと思われます。

 しかし原発ゼロは30%程度という数値はあまり取り上げられず、原発ゼロが多数という虚偽に基づく認識が国の方向を曲げているわけです。朝日新聞は「原発ゼロが多数」は虚偽だと知りながら、自らの主張に都合よく利用していた可能性があります。つまり国民を騙してでも自らの考えを通そうというメディアにあるまじき不誠実な姿勢です。

 むろんその主張は善意から出たものでしょう。しかしそこには国民はアホだからわれわれエリートが「指導」しなくてはならない、という姿勢が感じられます。まさに「上から目線」の典型であり、かつ僭越・傲慢な態度といえましょう。そういえば朝日の記者がもっともエリート臭が強いと言われますが、それとも符合します。

 主権者である国民に嘘を教えて、自分の思い通りにしようと企みながら、一方で民意を尊重しなければいけないというのは明らかに矛盾します。民意を尊重する気があるのなら、原発ゼロを望む国民が30%程度であることを周知し、それを前提にすべきです。このような汚い手口は企業倫理の問題というより犯罪に近いものと言えるでしょう。これに比べれば賞味期限を少し過ぎたものを売るなどかわいいものです。

 私自身は原発の是非については難しくてよくわかりません。また民意が正しいとも思っていません。けれど朝日の認識や判断が正しいとはさらに思っていません。

 少なくとも政治的には困ったメディアでありますが、それを支えているのは購読料を払い続けている読者です(私もですが)。いわば騙されるために金を払っているというわけです。騙されるために金を払うのは宗教のお布施や寄付と同じであり、騙されているという意識がない点も共通しています。

 そういえば「朝日教」や「朝日信者」という言葉があります。しかし「読売教」や「毎日信者」という言葉は聞きません。まことに卓見というべきでしょう。
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ノイジーマイノリティ

2012-09-03 10:00:55 | マスメディア
 8月8日付の毎日新聞の潮田道夫氏のコラム「原発ゼロが世論か」はなかなか興味深いもので、一部を引用します。

 「世論の計測は難しい課題である。一般的なのは無作為抽出による世論調査だ。6月初めの毎日新聞を皮切りに7月中旬の読売新聞までマスコミの調査が7本ある。
 このうち「ゼロ」の選択が過半を占めるのは、テレビ朝日の57%だけ。ほかは毎日25%、読売31%と29%、産経30%、NHK34%、朝日42%である。これを見る限り「民意はゼロ」とは言いにくい。
 これに対し、デモやパブリックコメント、意見聴取会のアンケート、さらには「討論型世論調査」などは「ゼロ」の比率が高い。意見聴取会のアンケートでは70%だった。これが世論をどこまで代表しているか微妙だが、すごい熱気だ。それが政治の意思決定に影響力を持ち始めている」

 この「ゼロ」というのは2030年の電力に占める原発割合を3つの選択肢から選んだものです。また政府が公募したパブリックコメントは約8万9千件が寄せられ、ここでは87%が「ゼロ」であったそうです。

 ここで二つの疑問が生じます。まずは上記の7本のマスコミの調査ですが、あまりにも差が大きいということです。毎日の25%からテレ朝の57%までの大差はとても納得できるものではありません。テレ朝と朝日が1位と2位を占めていますが、とりわけ反原発に熱心な朝日系の調査で「ゼロ」が大幅に多くなるというのは何か不自然です。

 調査結果を捏造するというのは考えにくいですが(バレた時の信用失墜が大きいので)、質問の仕方や電話の時間帯を工夫するなどである程度の「操作」は可能でしょうが、それにしてもこの大差を説明することは困難です。まあここから導かれる結論はこんな調査は信用できない、ということでしょう。

 もうひとつは「ゼロ」の比率が意見聴取会では70%、パブリックコメントでは87%であるのに対し、一般的な無作為抽出による世論調査の25%~34%(信頼性に疑問のある朝日系は除外)に対し、これまた2倍以上の大差があることです。この点は「反対者の声は大きい」と事前に予想されていたことですが、それにしてもこの大差は予想以上です。

 ここから導かれる結論は、反対意見は5割引ないし7割引程度で考える必要がある、ということでしょう。ニクソン元大統領のサイレント・マジョリティ(声なき多数)という言葉、あるいは激しい安保反対騒動の最中、岸元首相の「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りである」という発言と同様です(多くのメディアを含む激しい反対の中で安保改定を強行した岸元首相は激しい批判を受け辞任に追い込まれましたが、後年、安保条約と共に評価されるようになりました)。

 一方、毎日のコラムには
「これが世論をどこまで代表しているか微妙だが、すごい熱気だ。それが政治の意思決定に影響力を持ち始めている」とありますが、多分その通りなのでしょう。但し、それはノイジイ・マイノリティ(うるさい少数派)を持ち上げ、政治的な影響力を持たせようとするメディアの加担があればこそ、であります。

 メディアが政治を動かしてやろうと自分まで熱くなるのは迷惑なのであります。社説で意見を述べるのはいいのですが、恣意的な編集など、いかがわしい方法で自らの考えに誘導するのは邪道です。あくまでその名の通り、情報の媒介者であるべきです。

 むろんメディアの見識・判断力がまともであればそれもよいのですが、3年前、民主党を持ち上げて「あの鳩山内閣」を誕生させたことだけを見ても、それは実証済みというべきでしょう。
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