噛みつき評論 ブログ版

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一流紙の二流広告

2015-12-28 09:15:26 | マスメディア
 朝日新聞には月に一度くらい、新谷酵素という「食品」の広告が2ページすべてを使って掲載されます。2ページのほとんどは数十人の体験談で、すべて主観的な感想に過ぎません。また名前がないので確認のしようがありません。

 一方、なぜ効果があるのか、あるいは効果の実証データなど効果を客観的に説明するものは一切ありません。また何に有効なのかという疑問が起きますが、ただ「スッキリしたい方におすすめです」という記述があるだけです。何のことだかさっぱりわかりません。

 「病気にならない生き方」というベストセラーの著者である新谷弘実氏写真と略歴が掲載されているので、彼を信じて買いなさい、という意味の広告なのでしょうか。ただ、新谷氏は大腸の内視鏡手術の先駆者と書かれていますが、酵素の研究者とは書かれていません。

 人体にある酵素は3千種類以上あるとも言われますが、この錠剤はどんな酵素を含み、それがどんな作用をするのか、一切触れていません。ごく一部を除いて酵素は胃の強酸によって活性を失い、また吸収される場合はアミノ酸に分解されるとされています。飲んだ酵素が体内で酵素としての機能を発揮できるとは考えられていないようです。

 まともな説明が一切ないのは説明できる根拠がないと考えられるので、私なら信用しませんが、販売数は200万個突破とあります。通常価格1533円ということなので30億円ほどになります。朝日が受けとる分け前(広告費)はいくらなのか知りませんが。

 上の酵素食品の広告が載った12月10日、オイルヒーターの全面広告がありました。「オイルヒーターはとにかくすごい!!」「空気を汚さず、悪臭も乾燥もしにくい!!」「千昌夫さん愛用」との大見出し。

 「悪臭も乾燥もしにくい」は日本語としてヘンですが、それはともかく、この宣伝文句は正しいです。ところがこの種の暖房機の最大の欠点、機器は安いけれど電気を大量に浪費し、しかもあまり暖かくないという点には触れていません。

 電気の大部分は火力発電によりますが、ここでの熱効率は平均43%程度(2006年)です。つまりエネルギーのうち電力になるのは約43%、さらに送電ロスが生じるので最終的には40%程度です。電気は便利な反面、無駄も多いわけです。オイルヒーターを使えば1kwの熱を得るために2.5kw程度のエネルギーを消費することになります。だまされてオイルヒーターを買ったものの、電気代にビックリして処分したという人を何人か知っています。

 これに対してエアコンは室外の熱を室内に運ぶという仕組みのため、1kwの電力で4~6kwの熱を得ることができます。つまりオイルヒーターはエアコンに比べ同じ電力で1/4~1/6の熱しか得られません。国内の一流メーカーはオイルヒーターを販売していない筈です。欠点を隠さないと売れず、環境にも悪いからでしょう。

 地球温暖化を防ぐために様々な努力がされています。自動車燃費の低減、LEDによる照明の効率化、建物の断熱性能の向上などです。オイルヒーターの普及はこれらの努力を台無しにするものです。

 朝日は一流紙だと勘違いしている人達がいます。彼らは一流紙の広告だから信頼できると考えるでしょう。しかし朝日は怪しい商法の加担者、共謀者であり、広告はその信頼を裏切るものです。金さえ払えばなんでも載せますよ、というわけです。

 これらの広告と、この新聞が環境問題などに対し理想を振りかざす姿とはどう考えてもつながりません。これらの広告が社会に役立つと考えるほど朝日は無知ぞろいではないでしょう。もっとも大切なのは広告料であり、正義や理想はやはりニセモノと思われても仕方ありません。昨年は従軍慰安婦などの虚偽報道がついに露呈し、報道機関としての資質が問題となりましたが、広告からも朝日のモラルハザードが気になります。
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夢見る人、国内編

2015-12-20 23:27:04 | マスメディア
 先週、ドイツ人は夢見る人であるという本を紹介しました。この夢見るという見方はたいへん面白く、人の特性を表すひとつの指標になり得るのではないか、とも思います。

 事業家を夢見て失敗ばかり繰り返し、ついには親の遺産を食い潰してしまう、そんな例は珍しくありません。50歳、60歳になってもまだ怪しげな商品を作ったりする、夢見るおっさんがいます。一方、国の基準に沿った食品添加物や農薬の含有率の安全性を信じられず、怪しい健康食品やサプリメントを信頼して健康を損なう人がいます。また膨大な研究の成果である現代医学を信じられず、近藤誠氏の「がんもどき理論」信じて治療をやめ、命を落とす人もいます。

 むろん個々の事情もありましょうが、一般的には彼らの判断に問題があったと考えてもよいでしょう。判断を誤った理由のひとつに彼らの性格があるように思います。それは夢見る性格、つまり思い込みの激しい性格といってよいでしょう。

 たいていの社会現象は多くの要因による複合的な結果です。因果関係が一対一に単純化された小中学校の問題とは異なります。多くの要因のそれぞれの寄与度を評価するのは大変困難な作業です。しかし夢見る人はそんな面倒なことはしません。好みの要因をひとつ選んでそれに集中します。反面、他の要因は正当に評価されなくなり、それが認識を誤らせる結果となります。

 戦後の平和がなぜ保たれたのかという問題では、ある人は9条が日本を守ってきたといい、ある人は日米安保条約があったからだといいます。他にも攻撃能力を持つ国がなかった、海に囲まれた国土、などがあるでしょう。証明可能な問題ではないだけに、様々な主張が生き残るわけです。

 9条を主張する人は日本が他国を攻撃する危険ばかり考え、攻撃される可能性が皆無だと考えているように見えます。つまり護憲勢力は北朝鮮や中国を絶対的に信頼する一方、自分達が選んだ政府を信用しないというたいへん奇妙な認識です。夢みる性格がこんな非現実的な認識を可能にするのでしょう。認識を誤れば進む方向を誤るのは当然です。

 護憲派、左派は依然として大勢力です。これは夢見る人が数多くいることを示していると思われます。鳥越俊太郎氏は、外国が日本を攻撃するなんて妄想だと言い放っていますが、中国の軍事的脅威が現実的なものとなった現在、こんな「妄想」から離れられないのは、それが生来の性格と深く結びついているからかもしれません。左翼から右翼へ、あるいは右翼から左翼へ「転向」する人がごく僅かであることも、それが生来の性格と関係していることを疑わせます。

 まあ夢を見るのは勝手ですが、鳥越氏のようにそれをテレビなどで声高に主張するのは迷惑というものです。それは社会の無用な分裂を招きかねません。そして夢見る人の割合が多ければ多いほど、社会は不安定になると言えるかも知れません。夢見る人たちが担ぎ上げた民主党政権や、夢見る人の日本代表、鳩山元首相の末路を忘れないようにしたいものです。
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夢見る人、ドイツ人

2015-12-14 09:02:04 | マスメディア
 新たな視点に気づくことよって今まで不可解であったものが、解き明かされるということがあります。近刊の三好範英著「ドイツリスク」という本は「夢見る人」をキーワードにしてドイツ国民と国を理解しようとする試みです。これより前に出たエマニュエル・トッドの「ドイツ帝国が世界破滅させる」はかなり売れたようですが、これよりも面白く読めました(少なくとも第一章は)。

 2度にわたって世界大戦を引き起こし、ユダヤ民族の抹殺というとんでもないことを実行した国、一方、工業生産力に優れ、最近では環境保護に熱心な国、ドイツにはそんなイメージがあります。ヨーロッパのシステムが揺らぎ始めた現在、過去に膨大な災いをもたらしたドイツの動向に注目が集まるのでしょう。

 著者の三好氏はフィンランドの原発の町の町長から「ドイツ人は夢見る人、それに対して、フィンランド人は実際的な国民です」という言葉を聞き、「夢見る人」という言葉によって「それまで私の頭の中でもやもやとわだかまっていた霧があっという間に晴れたような気がした」と書いています。私も同様に感じました。

 第一章は「偏向したフクシマ原発事故報道」では事故後の過激な報道が紹介されます。公共放送を含む主要メディアが事故の恐怖を煽った結果、ドイツ在住の日本人は周囲のドイツ人から家族を呼び寄せなさいと「親切な忠告」を受けたといいます。自国のメディアを信じた彼らは東京までが死の危険に瀕していると思い込まされたようです。

 著者は「ドイツメディアの報道には、原発事故の被害が被害が深刻であればあるほど、長期化すればするほど、自らの主張や反原発運動の正しさが証明できるという無意識の志向が働いていたのではないか」「ドイツの震災報道は、特定の考えに基く認識の偏りと、日本に対する紋切り型のイメージが重なり合った、グロテスクと表現しても過言のないものだった」と述べています。

 ドイツメディアの姿勢に比べると、震災報道における日本メディアはよほど冷静で正確であったようです。またドイツとは逆に英国BBCの報道は冷静で客観的であったと述べています。英国は現実主義の国であり、その外交のしたたかさはよく知られています。英国は「夢を見ない人」なのでしょう。逆に、「夢見る人」は現実を見ない人とも言えるでしょう。

 第二章では脱原発を掲げたドイツのエネルギー問題を扱っています。自然エネルギーの買取を優遇した結果、14年間で電気代が2倍程度になったことや、不安定な自然エネルギーを補填するために石炭火力発電を増やした結果、「過去数年間でもっとも大量の二酸化炭素を放出した」というシュピーゲル誌の記事(2013//10/21)を紹介しています。電気代が2倍になった上、CO2排出量も最高とは、脱原発も大変のようです。環境保護の理想を掲げ、その原則を重視した結果なのでしょうが、現実軽視の結果でもありましょう。

 私はドイツ音楽から大きな恩恵を受けていますが、音楽や文学の世界ではドイツロマン派と呼ばれる、一群の優れた作品があります。これらは「夢見る人」の芸術的発現と見ることもできるでしょう。

 ドイツの原発事故報道について「一言でいえば、英国メディアとの比較において見たように、経験的な事実を積み上げて帰納的に判断するのではなく、予断を持って演繹的に認識、判断しがちな傾向であり、さらに、そうした自分の認識のあり方に無自覚なことである」と著者は述べています。「夢」を正当化した結果であろうと思いますが、これは日本の左派メディアにも当てはまります。一般に「夢」が膨張すれば現実を冷静に認識する能力は低下します。非武装中立の夢のように。

 そしてこうしたドイツメディアの、偏向した日本報道の背景として「実証することはできないが、とりわけ1980年代以降、多くの産業分野で日本の後塵を排することが多くなったドイツ人が、日本の失敗を見て安心する、ある種の心理的補償の効果があったのではないか」と述べています(日本の失敗を喜ぶ国は他にもありますが)。今まで日本人はドイツを好意的に見ていたと思いますが、こういう面にも気づく必要がありそうです。

 ドイツメディアに対する批判はそのまま日本の左派メディアにも通じるところがあります。どちらも正しいをしていると確信しているようです。ドイツ国民の夢見る性格が外交を誤らせ、2度の大敗北を招いたとも考えられます。日本にも夢見る人は存在します。非武装中立を主張するような非現実的な人達です。日本の左派メディアには高い密度で存在するようです。

 夢見る人の割合が多ければ冷静さや合理性が失われ、方向を誤る可能性が高くなるのではないでしょうか。幸い日本の夢見る人は多数ではなく、現実派が多数を占めています。しかし、夢見る人がメディアを支配すれば、針路を誤る可能性が高まるでしょう。

 ここで、夢見る人という性格はもともと民族に備わった性格なのか、それとも文化的に受け継がれてきたものなのか、という疑問が生じます。恐らく両方の影響があるでしょうが、民族に備わった性格の方が大きいように思います(根拠のない推測に過ぎませんが)。

 最後に本書に引用されたゲーテの言葉を紹介します。
「ドイツ人が哲学の問題の解決に苦しんでいる間に、豊かな実際的分別を備えたイギリス人は我々を笑い飛ばして、世界を手中に収めている」・・・優れた観察力ですが、ドイツ国民の性格は18世紀から続いているということになります。
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憲法学者の非常識

2015-12-07 09:11:27 | マスメディア
 長谷部泰男早大教授と杉田敦法制大教授は朝日新聞御用達の学者です。彼らは朝日紙面に二人セットでしばしば登場します。このうち長谷部泰男氏は自民党側の参考人として、国会で「集団的自衛権の行使は違憲」と推薦者の期待を裏切り、彼を推薦した自民党の船田氏は失態を天下に示しました。

 11月29日の朝日には1ページの大半を使った長谷部・杉田、両氏の対談が載っています。そこには我々の常識をひっくり返すような興味深い文言が並んでたいたので紹介したいと思います。さすがは朝日新聞だと感心しましたが。

長谷部
「法律の現実を形作っているのは法律家共同体のコンセンサスです。国民一般が法律の解釈をするわけにはいかないでしょう。素っ気な言い方になりますが、国民には法律家共同体のコンセンサスを受け入れるか受け入れないか、二者択一してもらうしかないのです」

杉田
「おそらく、宗教と並んで、法について解釈学が発達してきたことには理由があり、専門的な解釈の積み重ねによってしか運用できないものなのでしょう。しかし、それは一般にはなかなか理解されない。解釈の余地がない、透明な秩序を作れるはずだと多くの人が思っている。憲法についても国民自身が参加する透明な手続きで、透明なものに作りかえられるし、その方が望ましい。国民の同意によって出来た憲法であれば、政府を縛る力が強まるはずだと」

長谷部
「しかし、同意が基礎だと言い始めたら、10年、20年おきに憲法を全部作り直さないといけなくなります。しかも、同意は法律や憲法の正統性を基礎付けることにはならない。(中略)みんなで決めたことだから正しいという主張に根拠はない」

 長谷部氏は「国民一般が法律の解釈をするわけにはいかない」といっています。しかもこれは限定なし、すべての法律についてです。つまり法律は選挙で選ばれた議員によって作られますが、その解釈は国民に選ばれたわけでもない法律家の思い通りになるというお考えのようです。まさしく現代のパリサイ人、人間の考えることは変わりませんね。

 また「国民には法律家共同体のコンセンサスを受け入れるか受け入れないか、二者択一してもらうしかない」という述べていますが、ここには法律家共同体という一枚岩の組織があるかのようです。法律家の中で解釈の分かれる法律や憲法は数多くありますから法律家共同体のコンセンサスというのは現実の話ではないのでしょう。もっともそんな共同体があれば政権に代わる支配者となる可能性があります。

 法律家共同体のコンセンサスを受け入れない国民はどうなるのでしょうか。解釈に背くもの、つまり法に背くものとして扱われるのでしょうか。そして後半、長谷部氏は、みんなの同意で決まったものでも法律や憲法や正統性を基礎付けることにはならないとし、同意があっても憲法を作り直すことを否定しています。その理由として多数決が正しいとは限らないことを挙げています。そして10年、20年おきに憲法を全部作り直さないといけないと言って、部分的な修正を考えていません。全く変えないか、全部作り直すかの二者択一、法律家共同体のコンセンサスに二者択一、中間を認めない単純化であり、非現実的な議論になります。こういうのを空論というのでしょう。

 海外では憲法を頻繁に変える国は珍しくありません。憲法を変えず、自分達が解釈権を独占することによって憲法の実質的な運用者になることを考えているのではないか、と勘ぐりたくなります。多数決はよい方法とは思いませんが、他にいい方法がないから仕方なく採用されているわけで、それまで否定すれば民主主義は成り立ちません。多数決を否定するのであれば、法律家共同体のコンセンサスはどうして作れるのでしょうか。ヒトラーのような独裁者に期待するのでしょうか。

 長谷部氏の議論は法律家共同体のコンセンサス、同意は憲法や法律の正統性を基礎付けることにならない、多数が決めることに対する否定と、理解に苦しむ言葉が並びます。この朝日の記事は一般向けに平易に書かれたものなので、私の読解力が足りない可能性は小さいと思います。それとも彼長谷部氏の文章には「解釈学」が必要なのでしょうか。

 長谷部氏のような影響力のある学者がこんな珍妙で非現実的な議論をされることに驚きます。もしかして憲法学会は左の勢力が強いため、学問的な業績より左偏向の強さが学会での地位向上につながるのではないか、と邪推したくなります。そしてこんな長谷部氏の議論を継続して掲載してきた朝日の見識こそ問題です。

 同社大学の現学長、村田晃嗣氏は次期学長選挙に敗れましたが、その理由は7月に安保法制をめぐる衆院特別委の中央公聴会で「中国が力をつけるなか、日米同盟の強化は理にかなっている」と述べたためだとされています。彼の発言はごくあたりまえのことと思われますが、選挙人たちは気に入らなかったようです。左翼でなければ出世は無理なようです。信条によって差別されないと、憲法14条には書いてあるのですが。

 10年程前、村田晃嗣氏の小論文を読んだことがあり、なかなかの見識を備えた人物だ思っていただけに、信条によって地位を奪われるような事態は残念です。また左翼による圧力や弾圧を誰も問題視しないことも腑に落ちません。
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