噛みつき評論 ブログ版

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建前と本音と偽善

2013-06-24 10:11:31 | マスメディア
『医療分野で最大の問題は、医師のスキル(技術)に関わらず医療費が同じということである。たとえ少々の費用がかかってもスキルの高い医師に診てほしいと思う患者は少なくない。ところが、そのスキルを知ろうと思っても知るすべはない。医師にとっても、スキルを磨いて立派な医師になろうというインセンティブが働きにくい。医療サービス業界全体のスキルアップが図られるような仕組みにすべきである』

 これは朝日新聞のコラム、経済気象台の一節です。一見もっともな話に見えますが、話の中身は、高価で質の高い医療と安価で質の悪い医療とに分け、自由に選択できるようにしようというものです。金さえ出せばおいしい料理、快適な環境や住宅が手に入る世の中ですが、医療も同じようしてくれ、ということなのでしょう。むろん医師側からすれば技量に関係なく報酬が同じということは問題です。しかしこれには別の解決策を考えるべきだと思います。

 自由主義経済の下では自由な経済活動が原則ですが、医療に関しては貧富によって格差が生じるのはよくないという考えが支配的でした。ところが最近、上に引用したように公然とこれを否定するような話をしばしば目にするようになりました。こんな話が朝日に堂々と載るようになったのは新自由主義の流行のおかげでしょう。新自由主義はもう過去のものになりつつあるのですが。

 たいていの物事には二面性があります。医療資源は有限ですから、富裕層が高いスキルの医療を盛んに利用すれば、低所得層は低いスキルの医療しか利用できなくなるのは道理です。コラムの筆者がこのことに気づいていないとはちょっと考えられません。ならば、低所得者層が割りを食うことに対して黙っているのは誠実な態度とは言えません。

 コラムには「医師にとっても、スキルを磨いて立派な医師になろうというインセンティブが働きにくい」とありますが、これは高額の報酬がもらえなければ医師はスキルを磨く気にならないという意味にとれます。そういう人もいるでしょうが、たぶん一部に過ぎないでしょう。多くの人は金銭以外の動機をも重視しています。誰もが「商人の論理」で動くわけではないのです。また日本の医療水準が低いという話も聞きません。

 高額所得者に対する増税、つまり累進税率強化の議論があったとき、増税すれば努力しようというインセンティブが損なわれ、経済の活力が失われるという反対論がしばしば見られました。この反対論は金銭による動機を重視するという点で、コラムと共通します。しかしどちらも一般に適用できる話ではないと思います。

 一般に人は自分の心を基準にして他人を推察するので、コラムの筆者や増税反対論者らは金銭的動機の強い人達、つまり「商人の論理」の人たちであると推定できます。また、人は自分の立場が有利になるような主義・思想を信奉する傾向があります。低所得者は所得の再分配による平等化を支持するでしょうし、セックス嫌いの人間がフリーセックス運動に加担することはまずありません。従って彼らはきっと医療の差別化や累進税率を抑えることによって利益を得る立場の人たちだと推定できます。

 新自由主義は彼らにとっては大変便利なもので、以前は単なる利己主義と批判されていたものが体裁の良い「主義主張」として通用することになりました。また頭が新自由主義一色に染まった経済学者らは彼らの都合の良い擁護者となりました。

 金額による医療の差別化を求めるような主張が朝日に載ったことには驚きます。いつもの朝日の論調は低所得者の立場から格差に反対するもので、これとは大差があります。実のところ朝日の社員は決して低所得ではなく、かなりの高水準なので、ほんとうは差別化を望んでいるのかもしれません。

 所得税の累進度はかつての70%から40%にまで下げられましたが、これは消費税以上の強い逆進性があります。つまり高所得者には有利、低所得者には不利に働き、格差は拡大します。朝日は消費税は逆進性があるとして猛反対しましたが、格差を拡大する累進度の緩和にはまったく反対しませんでした(他のメディアも同様ですが)。このことも朝日の本音を示唆するようです。まあ建前と本音の見事な使い分けと言えるでしょう。

 高給を食むけれど、あくまで低所得者のふりをして書く。この営業用ポーズはメディアではありふれたビジネスモデルなのでしょうけど、いささか偽善の匂いがします。
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朝日新聞の広告倫理

2013-06-17 10:04:57 | マスメディア
 身につけるだけでどんな病気も治るネックレス、持てばお金が貯まっていく財布、理想の相手が見つかるブレスレット、近いうちにこのような怪しい商品の広告が一流新聞にあふれるようになるかもしれません。

 6月9日の朝日新聞(大阪版)に載った全面広告はそんな時代の到来を予想させるものです。広告は、いまは「180年に一度の財運好転のチャンス年到来」ということであり、「金運四神ブレス」という腕輪を買えばそのチャンスをつかむことができる、と理解できる内容です。

 怪しげな宗教が、これを買えば不幸から逃れることができるといって数万~数千万円の多宝塔などを売りつけた事件が何度もありました。「金運四神ブレス」の商法は薄利多売という違いはありますが、基本的にそれと同じです。むろんそのような効果が期待できるわけはありませんから、詐欺同様のものと考えられます。

 私にとって、こんな詐欺同然の商法に一流新聞が協力している事態は、とても「斬新」に映ります。朝日新聞は勇敢にも未開拓の分野へ新たな一歩を踏み出したと言うべきでしょう。

 さて朝日新聞のもうひとつ新たな試み(それほど新しくないかもしれませんが)を紹介します。6月12日(大阪版)に掲載された全面広告です。「アレルギーケア最新NEWS 2013」として「アレルギーの名医2人が語る 話題のアトピー対策『L92乳酸菌』」と題し、2人の医学博士の対談が載っています。

 L92乳酸菌のアトピー性皮膚炎に対する有効性がグラフや図を使って詳細な説明があり、アトピーに関心ある読者を標的にしたものだと推定できます。この広告の掲載主体は「環境・生活習慣型アレルギーケアフォーラム」とされ、営利団体とは思えません。左上の「広告」という文字を見なければまず広告とは思えない体裁です。

 下の方に「L92乳酸菌の詳しい情報はインターネットで。www.alle-forum.jp」とあります。そのサイトによると、このフォーラムは情報発信をしていくことを目的に2007年11月に設立された第三者機関で、メンバーは11人の医療関係者、協賛企業はカルピス(株)とされています。ただ2008年12月4日以後の活動報告はありません。医療関係者が多額の費用を払って広告する必要は考え難く、実際の広告主体はカルピス(株)と推定できます。

 そして3日後の6月15日、カルピスの名前でL92乳酸菌製剤「アレルケア」の全面広告が朝日に掲載されました。12日に記事のような体裁で医学者の対談を載せてL92乳酸菌の有効性を説き、第三者の客観意見であるように誤解を誘った上、時間を置いて本来の広告を載せるという、手の込んだ手口です。

 カルピスのケースは読者の誤認を故意に誘導する手法であり、また責任の所在が不明確です。「金運四神ブレス」は非科学的または迷信に類するものです。前者は日本新聞協会が制定する新聞広告倫理綱領/新聞広告掲載基準(下に記載)の1項、及び3項の1に、後者は9項に抵触していると考えられます。まあこんなものを持ち出さなくてもごく普通の倫理観や矜持、恥を知る心さえあればわかることでしょうけれど。

 新自由主義は「とにかく儲かればよい、強欲は善」という考えをもたらしましたが、実は朝日新聞はひそかな賛同者なのかもしれません。そう考えないとこれらの広告は理解できないわけです。まあこのような広告を載せながら正義を振りかざすという度胸には驚嘆しますが。

[新聞広告倫理綱領/新聞広告掲載基準]より抜粋

以下に該当する広告は掲載しない。
1. 責任の所在が不明確なもの。
2. 内容が不明確なもの。
3. 虚偽または誤認されるおそれがあるもの。
誤認されるおそれがあるものとは、つぎのようなものをいう。
1. 編集記事とまぎらわしい体裁・表現で、広告であることが不明確なもの。
・・・・・
9. 非科学的または迷信に類するもので、読者を迷わせたり、不安を与えるおそれがあるもの。
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嘘があたりまえの世界

2013-06-10 10:01:58 | マスメディア
  一般の企業や役所の場合、嘘をついていたことが発覚すればたいていタダでは済まされません。糾弾され、組織の信用も失います。なかにはお隣の国のように嘘をつくのが常態で、失う信用そのものが存在しないというケースも見られますが、これは例外と言うべきでしょう。

 先週の日曜日、都内で反原発の集会がありました。主催者側の発表では参加した延べ人数は約8万5千人、これに対し警察関係者によると2万数千人と報道されています。反対運動の参加者数が主催者側と警察側で大きく異なるのは珍しいことではなく、あたりまえのこととされ、どちらかが大嘘をついている筈なのに誰も気にしません。

 例外は2007年10月29日に沖縄で開かれた「教科書検定意見撤回を求める県民大会」の参加者数に関するものです。主催者側が11万人と発表したのに対し、航空写真をもとに数えたら18179人で、建物や木陰に隠れている人数を推定しても1万9000~2万人に過ぎないことが判明しました。この「ユニークな仕事」をしたのは産経新聞です。

 逆に朝日新聞はその後も11万人を主催者発表という注釈なしで記事に使い、誇張された数値のもつ圧力が教科書検定の修正に道を開いたと思われます。虚偽の報道が政治を曲げた可能性があるわけです。民主主義体制下では「数は力」なのですから。

 政治的な圧力の大きさはデモなどに参加する人数に比例します。参加人数が膨れ上がった安保反対運動は岸内閣を退陣に追い込みました(現在、安保条約が間違っていたと考える人は少数です)。水増した虚偽の人数を発表することは重大な問題です。

 都内の反原発集会では約3倍、沖縄の例では約5.5倍の水増し、嘘のつき放題です。こんな嘘の連発では、主張することも額面どおり信じられなくなります。そして何よりも不誠実な態度に嫌悪を感じます。

 主催者は動員目標やその達成率などから、おおよその参加者数を把握しているものと考えられます。それでも発表値が実際と大きく異なるのは、おそらくその把握した数を何倍かにして発表しているからでしょう。「伝統的」な倍率がどんなものか、知りたいですね。

 なぜこんな嘘が許されてきたのでしょうか。おそらくそれは反体制の立場をとる左翼メディアの姿勢のためであろうと推測します。市民運動とあらば、その是非を問うよりも先に同調する姿勢です。権力は悪、民衆は善というワンパターンの思考から抜けられないのでしょう。そうでなければ市民運動の嘘を許容できない筈です。

 戦後、左翼が理想とした旧ソ連や中国、北朝鮮は政治的な嘘が大得意の国であり、それらの国を尊敬するあまり、政治目的の嘘に寛容になったのではないかと勘ぐりたくなります。「客観報道」を旨とするメディアならば主催者側発表と警察発表とを単に併記するだけではなく、どちらが本当かの検証作業があってしかるべきです。

 このような嘘が適切な批判を受けてこなかったために、市民運動は嘘に鈍感な体質となり、徐々に信用を失ってきたのかも知れません。市民運動出身者を党首に戴いた民主党が嘘を連発して信を失い、衰退の道をたどったことと無縁ではないでしょう。
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幻のM9.1-南海トラフ巨大地震

2013-06-03 10:07:14 | マスメディア
 5月28日、国の有識者会議は南海トラフ地震の予知が困難と認め、備えの重要性を指摘する最終報告書をまとめました。そこでは巨大津波への対応や家庭での1週間分以上の食糧備蓄などを求めています。被害想定は死者32万人、損失220兆円と想像を絶するものです。ただしこれはM9.1の巨大地震が前提となっています。高知県では34mの大津波が来るなどと騒がれたもので、対策には膨大な費用が必要です。

 ところがこの4日前、5月24日の政府の地震調査委員会は、南海トラフで30年以内にM8~9の大規模地震が発生する確率は60~70%であるが、M9.1の地震は少なくとも過去数千年間は確認できておらず、確率は算出しないと発表しています。算出しないではなく、できないと言った方が正確でしょう。

 発生メカニズムの解明も観測も不十分、しかも過去に例のない地震の発生確率が求められると考える方がおかしいわけです。しかし有識者会議の被害想定の前提となったM9.1クラスの地震は千年に一度の確率で起きるとされていました。

 有識者会議は千年に一度の確率を前提に被害を想定し、地震調査委員会はその確率は算出できないと言っているわけです。両者はバラバラに動いているようで、どちらを信用してよいかわかりません。なぜかメディアもこの食い違いに言及することなく、有識者会議で示された1週間分の食糧などの備蓄品目を写真入りで紹介しています。

 例えばカセットコンロのボンベが1人あたり9本必要とありますが、4人家族では36本となります。各家庭にこれだけの備蓄があれば火事の際に危険ではないのでしょうか。次々と爆発するでしょう。また長期保存による腐食のためにガス漏れが生じ火災となる心配もあります。

 食料については21食+補助食品、4人では84食分を求め、「パンやシリアルなどを組み合わせて飽きがこないように」というご親切な指示までついています。しかしそんな稀な事態にまで快適な生活を求めようというのでしょうか。保管場所も維持コストも必要です。有識者の常識は凡人のそれとはいささか異なるようです。

 話がそれましたが、今回の地震調査委員会の発表が正しければ、M9.1を前提にした昨年の内閣府の発表は最重要な根拠を失ったことになります。我々は起きた記録のない巨大地震を心配して対策を進めてきたというわけです。千年に一度という確率を算出した根拠を改めて明示する必要がありましょう。M9地震のエネルギーはM8の約32倍にもなり、たいして違わないというわけにはいきません。

 マスメディアには危険を過大に報道する傾向があるといわれています。危険、危険と不安を煽っていれば視聴率も上がり、もしも危険が現実のものになったときも「それ見たことか」と胸を張れます。逆に安全と言っていれば視聴率は下がり、外れた場合は非難されます。危険を煽る報道はノーリスクでかつ儲かる、最良の方法なのです。

 メディア報道には常に不安を煽る方向への偏り(バイアス)があります。そのためか、あるいは確率の意味を理解できないためか知りませんが、地震確率の食い違いに言及しないのは報道機関の責務を果たしているとはいえません。

 地震調査委員会を信じれば、「M9.1地震に備えてください」と言うことは「隕石の落下に備えてください」と言うのと同レベルのことと思われます。
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