噛みつき評論 ブログ版

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競争社会がもたらすもの

2008-12-25 10:03:02 | Weblog
 司馬遼太郎の小説「花神」は討幕軍の総司令官になる大村益次郎の生涯を描いたものですが、次のようなくだりがあります。

 後の大村益次郎、村田蔵六は長州の村医を捨て、宇和島藩に仕官することになるのですが、宇和島へ向かう途中の松山城下で、蘭法医の藤井道一の家に泊めてもらいます。そして藤井は宇和島まで道案内をすることになるのですが、さらに途中の大洲では医者の山本有仲が一行に加わるという話です(藤井道一の同行は記録に残されているそうです)。

 同行する2人の医者は火急の用でもないのに仕事を数日間休むことになるのですが、現代の感覚からするといかにものんびりした話です。作者の脚色もあり、また当時とは社会構造が異なるので比較はあまり意味がありませんが、数日間、仕事を放り出すことができる余裕が事実なら羨ましくもあります。それは医師と患者の立場の強弱に由来することでもあるのでしょう。しかしながら週80時間などという苛酷な労働を強いられる現在の勤務医とは大違いです。

 上は極端な例ですが戦後しばらくの間、物資が欠乏していた時期がありました。輸出が振るわないため外貨不足の状況が続き、輸入は自由にできませんでした。当時は「売ってやっている」というふてぶてしい態度の商店が珍しくなかったと記憶しています。また「気に入らない客には売らねぇ」という、金よりも意地や誇りを優先する頑固オヤジもいました。でもそんな商店やオヤジは遥か昔に滅びました。

 現在は様変わりで、消費者から見ればありがたい社会になりました。物資は過剰なほど豊富にあり、ほとんどの商店は愛想よく笑顔で応対してくれます。消費者が選択権を持って立場が強くなることで売り手の態度は大きく変わりました(それはストレスを伴うことでしょうが)。家電量販店の看板には即日配達の表示があり、宅配便は2時間ごとの配達時間を選ぶことができます(管理業務や無駄も増え、そこまでしなくてもと思いますが)。

 生産物やサービスに対する消費者の要求水準は高くなる一方です。マスコミは常に消費者側に立ち、製品やサービスの質に厳しい姿勢を示します。販売競争とマスコミの姿勢が消費者側の要求を強め、その分、生産・サービス提供者側は負担が増してきました。

 競争は経済を効率化し、消費者にとってよい結果をもたらしましたが、一方で、金よりも意地や誇りを優先するような者を排除し、売上げを優先するものが生き残るという状況を生み出します。売上げ優先の考え方は拝金主義につながり、他の考えの存在を難しくします。例えば視聴率が優先されると放送の使命が軽視されるように。

 競争は生産・サービス提供者側に負担を与え、また社会に拝金主義の土壌を提供するという負の面をもつことに注意したいと思います。様々な利点を持つ競争ですが、「過ぎたるは及ばざるが如し」と言えるのではないでしょうか。

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 03年から07年かけて精神障害による労災支給件数は2.5倍になっており、生産者・サービス提供者の負担は現実の問題になっています(参考:勤労者受難時代)。消費者の多くは生産者・サービス提供者でもあります。消費者が多少不便になっても、生産・サービスに従事する人の負担軽減にもう少し配慮してもいいと思うのですが。・・・むろん江戸時代には戻れませんが。