噛みつき評論 ブログ版

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あなたは20歳の裁判員に裁かれたいですか?…司法改革を貫く原理主義?

2008-01-03 11:11:17 | Weblog
 法律上20歳になると成人とみなされ、参政権が与えられます。ただ被選挙権は衆議院25歳、参議院30歳にならないと与えられません。これは20歳の見識・判断力では議員は務まらないという考えによるものでしょう(民主党は18歳選挙権・20歳被選挙権をマニュフェストで謳っていますが、まあこれは無視することにします)。

 ところが人を裁く裁判員は20歳以上の者が無作為抽選で選ばれます。見識や判断力をチェックする有効な仕組みは事実上ありません。背景には、20歳以上であれば誰でも人を正しく裁くことができるという非現実的な建前だけの考えがあるのでしょう。むろん実際は20歳以上の人が選ばれる可能性が高いのですが、ここでは裁判員は誰でもいいという根底にある考え方を問題にします。

 因みに20歳の頃の私は、ものごとの多面性ということがわからず、人の話には建前と本音があることもわからず、また(大変愚かにも)新聞に書かれていることはすべて正しいと思っていました。人を裁くなど、とても考えられません。

 年齢条件以外でも裁判員として不適格な者を排除する仕組みはありません。ある模擬裁判で裁判員になった元高校教諭の小川氏は「少しは法律の知識もあるほうだと自負していた」方ですが、内容の6割程度しか理解できなかったと発言されています(月刊現代1月号)。6割の理解で裁かれたのでは被告はたまりません。

 裁判員に理解してもらうための説明に余計な時間を取られれば、本来の審議にかけるべき時間が削られます。たいていは3日間などという従来より厳しい時間制限もあり、さらに拙速の可能性が大きくなります。裁判を十分理解できない裁判員の存在をどう考えているのでしょう。賛成の手だけ挙げられればいいと思っているのではないでしょうか。

 裁判員制度の元を作った司法制度改革審議会の意見書には、この制度の導入の意義は被告人のためというよりは、裁判に国民が参加することである、と正直に書かれています。国民とは、成人であれば誰でもよいわけで、国民参加は被告人の利益に優先すると解釈できます。ここがもっとも理解に苦しむところです。

 一方、現実の社会では毎日無数の決定・決断がなされています。会社でも役所でも無数の決定事項があり、重要度によって決断の主体は変わります。社運を左右するような決断は20歳の新入社員にはさせません。20歳の大会社社長や次官が出現することもまずありません。

 社会には重要な決断は経験や判断力に優れたものに委ねられる仕組みが備わっています。むろんそれでもバカな決断はいっぱいありますが、あてずっぽうで選んだ、つまり無作為抽選の者による決断よりずっとましです。裁判員制度による裁判のみが未経験の素人に重要な決断をさせることになるのです。

 無作為抽選によって選ばれる裁判員には、より優れた判断をする者を選ぼうという配慮も仕組みも見られません(米国ではかなり時間をかけて選別していると聞きます)。少なくとも年齢を30歳以上にするといった選択は可能であったはずにもかかわらずです。ランダムに選んだ素人が、適切な判断ができるいう明確な根拠も示されていません。

 この制度は、司法への国民参加を実現させるという理念ばかりが重視され、被告を公正に裁くという裁判本来の機能には配慮がなく、それを低下させる恐れが多分にあります。単純に理念を優先し、複雑な現実を軽視するのは原理主義と変わりません。

 複雑な現実への適応を放棄し、単純な理念に基づく、一面的な考えの人々が審議会を支配し、意見書を作ったことに強い懸念をもちます(法曹人口を6倍にしようとした意図も再検討する必要があると思います)。そして、大きな修正を受けることなく与野党の賛成で国会を通過したことに、その立法府としての機能に疑問を感じます。ほとんど関心を示さなかったマスコミも同様です。

 裁判員は6人であり、平均化されるから問題はないという考えは間違っています。平均化によってバラツキを解消するには数百人以上が必要でしょう。6人で平均化されるなら内閣支持率などの調査は6人で適切な答が得られる筈です(千数百人の回答から得られるデータでも調査によってかなりの差があります)。また仮に平均化されるとしても、不適格な者は始めから除いておく方がより適切な判断を期待できます。

 裁判員制度が被告にとって公平性を確保できるという確証が得られるまでは、米国のように、職業裁判官による従来の裁判を被告が選択できるようにすべきでしょう。選択制を採用してもとくに不都合はないし、その方が理解が得られると思うのですが。
(参考)裁判員模擬裁判 量刑に大差