日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

“死に体”ソニーを救う「たったひとつのこと」

2014-09-18 | 経営
昨日ソニーが業績の下方修正をして、通期2300億円の赤字見通しとなったことを発表しました。直接の原因は、旧ソニーエリクソン合弁解消により資産計上した「のれん代」の減損処理という会計上の問題ではありますが、これはモバイル部門の苦戦が明らかになったことに他なりません。円安効果と選択と集中戦略により軒並み黒字に転じた大手家電メーカーにあって、ソニーは一人蚊帳の外という状況が一層鮮明になりました。

今回の発表のニュースバリューは、平井CEO下での6度目の業績下方修正ということだけでなく、エレキ部門の新中核事業と位置づけられたモバイル事業の不振という由々しき問題の表面化にあります。まさに迷走を続けるソニー、崩壊に向けひた走るソニー、を感じさせて余りある発表です。ソニーは復権に向けてどうするべきなのか、残された時間に一刻の猶予もない中で、真の再建に向けた根本的なモノの考え方とまず取り組むべき改革点を3点提示したいと思います。

まずはじめに考えなくてはいけないことは、ソニーはどこからおかしくなったのか、です。いわゆるそもそも論、根本原因の究明です。これまでもたびたび当ブログでも指摘をしてまいりましたが、私は95~05年の出井伸之CEO時代にその原因はすべて集約されていると考えます。

その時代の負の遺産に関する具体内容は、元同社管理職である原田節雄氏著「ソニー失われた20年(さくら舎)」等に詳しいですが、大きな問題点は文系管理体制下での技術者軽視の行き過ぎたブランド化や国際化と、それを支えるべく構築された誤った組織管理体制にこそあるとは、多くの関係者が語ることろであります。であるならば、今崩壊にひた走るソニーがなすべき最後の一手は、「出井以前への回帰」言い換えれば「出井体制からの脱却」、これ以外に同社生き残りの道はないと考えます。

そのための具体対応策その1としては、「文系管理の終息」です。
95年の出井体制スタート以降、その後を継いだトップは05年ハワード・ストリンガー氏、12年平井一夫氏と、いずれも技術畑とは無縁の文系の人物です。しかもストリンガー氏はハリウッド映画界からスカウトされた外様、平井氏は生え抜きながら音楽、ゲーム畑を歩いてきたという同社亜流出身です。

ソニー発展の原点は井深=盛田体制にこそあります。井深大氏は稀代の天才技術者であり、盛田昭夫氏もまた優秀な技術者でありながら井深氏にそのマネジメントの才を見出され、社長-副社長の二頭体制の下大躍進により一介の町工場から「世界のソニー」への発展の基盤を作りあげたのです。対して、出井氏は生粋の文科系出身。彼を後継に指名した大賀典雄氏も芸術系の非技術者ではありましたが、芸術もモノづくりであるという点ではいわゆる生粋の文系ではなく、出井氏が同社初の文系トップであったということになるでしょう。

もちろん文系トップがすべて悪いわけではなく、自社技術に対する正しい理解をもって技術力をコアコンピタンスとして組織の中核に据え、技術者とのニュートラルな対話ができるトップであれば問題はないでしょう。しかし出井体制以降は誰の目にも明らかなように、技術軽視、技術者冷遇、過度のブランドイメージ選好に陥り、今もその流れの中にあります。

根源はトップの人選です。前任ストリンガー氏の技術音痴ぶりが問題視される場面も多々ありましたが、その後を受けた平井氏もまた就任から2年半。就任早々から英語の堪能さをストリンガー氏に買われて引き上げられただけと経営手腕に疑問符を投げかけられていた氏がやったことは、結局資産売却と人員整理で決算書の数字を作ることのみ。文系トップとしての限界を早々にまざまざと見せつけられた形です。

リストラとは再構築であり、削減・整理ではありません。製造業において新たなモノを構築するには自社の技術に対する詳細な理解と堅固な知見が求められます。これまでの2年半を見る限り、今の平井氏にそれを求めるのは酷な話でしょう。一刻も早いトップ交代こそが「出井体制からの脱却」に向けた第一歩であり、ソニーに残された時間的猶予はもうごくわずかであると思います。

具体的対応策その2としては、「御手盛り経営体制の破棄」です。
97年の執行役員制度導入に始まり03年に完成した同社委員会設置会社への移行は本来、国際水準に則した組織管理制度導入として世間の話題を集めました。しかし、その実は日本企業特有の中小企業体質を巧みに利用した出井氏の策略により、自己の地位保全による長期政権確立を狙った悪しき組織管理制度と化してしまいました。出井体制の具体的骨格はここにあります。

委員会設置会社では、基本的に会社運営は大半が社外の人間で占められる十数名の取締役がおこない、現業は執行役を長とする内部の人間に負わせて組織運営とは分離されます。取締役に入った内部の人間はわずか2名(現在は3名)。一方社外取締役には、日産ゴーン氏、トヨタ自動車張氏、富士ゼロックス小林氏、オリックス中内氏、ベネッセ原田氏など、歴代そうそうたるメンバーが名を連ねています。しかし、彼らが本当にソニーの組織運営上機能してきたのか。私は以前からこの点に関して強い疑問を投げかけています。

いかに名だたる大企業のトップと言えども、自社と別業界の組織の深い問題点にまで入り込みことなど不可能でしょう。ましてや他人の会社を支える技術の部分など知る由もない。すなわち2名の内部取締役は、自分の思うままに取締役会を動かすために社外取締役を増やし御手盛り人事、御手盛り施策を好き勝手に展開するという最悪の事態もありうる。そしてソニーは現実にそうなっているのではないか。ソニーの委員会設置会社方式は見かけとは裏腹に、ガバナンス機能不全状態にあると個人的には思っています。

ソニーは委員会設置会社方式を即刻破棄し、社外取締役は監視役としての存在にとどめ、社内取締役を中心とした取締役会が組織運営を担う日本的企業統治に戻すべきです。まさしく「出井体制からの脱却」。そもそもソニーのような町工場出の日本企業は、根底の企業文化に中小企業文化が脈脈と流れているものなのです。それをいきなり欧米的な組織管理を導入しても、うまく機能するはずがありません。かえってトップの御手盛りによる私物化のリスクを大きくするだけなのです。

具体的対応策その3は、「役員報酬の見直し」です。
この問題の根源は実は上記2番目の委員会設置会社方式と密接にかかわっています。委員会設置会社において役員報酬は、多くの社外取締役による取締役会の報酬委員会で決められます。すなわち、少数の内部取締役が自由に牛耳れる委員会設置会社においては、まさに御手盛りで自分の報酬を決めることができるのです。

現在では、上場企業トップの報酬開示が義務づけられ、私物化防止に幾分か歯止めはかかってきましたが、以前はまさしくやりたい放題。出井氏は、自己の報酬を大幅に引き上げるために、高額報酬で有名な日産のゴーン氏を取締役として招いたといわれています。出井氏の高報酬はそのままストリンガー氏、平井氏にも引き継がれ現在も億単位の報酬が平井氏に支払われています。

赤字企業のトップ報酬が億単位と言うのはあり得ないと、私の常識ではそう思います。ちなみに13年度のデータによれば、全上場企業中赤字企業で1億円以上の報酬を取っているのはわずか3名だそうです。いかに同社トップの報酬が非常識な状況にあるか、お分かりいただけるのではないでしょうか。

しかも今回の発表で、同社は無配転落することのこと。経営者の責任として、まずトップの役員報酬返上は当然の流れではないかと思います。その上で、御手盛り報酬委員会で高額報酬を欲しいままにしてきた役員報酬のあり方を根本的に正す必要があると思います。なぜならば、まずはトップ自身の危機感をより切実なものとし、かつ組織のメンバーに対して復権に向けた本気度を目に見える形で示すことが、今何よりも必要であると思うからです。

「どうせ、トップは自分の地位で生きながらえている間、高報酬をとって後はよろしくとオサラバするんでしょ」。そんな声が聞こえる社内状況下で、復権に向けた「ワン・ソニー」の構築などあり得ようもないのです。

「出井体制からの脱却」、それ以外にソニーを崩壊から救う手立てはないと思います。そのためにはまず、技術が分かる人間へのトップ交代、そして新体制下における組織管理体制の再構築と役員報酬の抜本的見直し、ソニーに今必要な手立てはこの3つ。「出井体制からの脱却」がないなら、「技術のソニー」は捨てたも同然。エレキ部門の売却によるエンタメ、金融での事業改編およびダウンサイジングをする以外に生きる道はなくなるでしょう。

このままでは早晩、家電製品におけるソニーブランドは海外に売り渡され、おそらく消えることになるでしょう。繰り返しますが、そうならないための道はただひとつ。平井CEOは潔く身を引き、組織を挙げて「出井体制からの脱却」→「技術のソニー復権」を目指す以外にはないと考えます。“死に体”ソニーを救う「たったひとつのこと」は「出井体制からの脱却」。すなわち、平井CEOの早期進退決断が同社の雌雄を決する、ソニーは既にその段階に来ていると思います。