日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

日揮は「勇気ある撤退」を決断すべきと思う件

2013-01-29 | 経営
アルジェリアのテロ事件の関連で、あるべきマネジメントの観点から一言だけ記しておきたいと思います。

私がオリジナルで作成している「簡易版企業倒産確率診断シート」というものがあります。これは企業の2年後の倒産確率を、長年の経験を踏まえて抽出した「コンプライアンス」「経営私物化」「マネジメント」「本業」の非財務系の4分野30のチェック項目から割り出すという、セミナー等で大変ご好評をいただいているものです。

このチェック項目の「本業」の中に、「身の丈に合わない海外取引リスク」というものがあります。企業にとって海外取引と言うものは、世界中どこの国でビジネスを展開しようとも、日本国内の常識はそのままでは通用しないのが常であり、そのことを自社の経験やノウハウやあるいは人脈等でどこまでカバーできるのか、それを見誤ると企業経営にとって大きなリスクになり得るという多くの実例を受けて項目化したものです。

中小企業がなんらかのメリットを求めて海外取引に手を染めるケースでは、彼らが思いもよらなかったリスクが潜んでいて、痛い目に会うというケースはよくある話ではあります。このようなケースでは、「中小企業が大企業のまねなんかするから痛い目に会うんだ」との陰口を耳にすることもあるのですが、大企業ならどんな海外取引でもOKなのかと言えばそうではないのです。

世界には我々の生活とはかけ離れた未開の土地や日本ではわずかな情報しか得られないような土地がいくらでも存在し、そこで生活する人々の考え方まで含めれば海外取引リスクというものはまさしく“青天井”なのです。すなわち海外取引を進出や継続を検討する際には、規模の大小に関係なくそれぞれの企業の実力(前述の自社の経験やノウハウやあるいは人脈等です)に鑑みたリスクテイクにおける「身の丈」という許容ラインがそこには必ず存在するのです。

今回のアルジェリアの件はどうなのか。事件を受けて、アルジェリアと言う国はテロ活動が頻繁に起きており、政府とテロの戦いが及ぼすリスクと対峙しながらビジネスを続けざる負えない状況にあることがよく分かりました。これは私を含めた一般人レベルの話であり、当事者の日揮さんは確実にそのような状況を知った上で事業展開をしてきたことと思います。

リスクの存在を知りながらも、自己のビジネス展開の観点、国際協力の観点とリスクをバランスさせた上でアルジェリアでの事業を継続してこられたのでしょうが、当地における許容リスク判断が果たして同社の“身の丈”にあっていたのか、社員10名もの尊い命が失われたテロ事件の後となってはいさかさか疑問であるという気もしてくるのです(もちろん、これは結果論であり日揮さんの責任であると申し上げるつもりはありません)。

同社の“身の丈”と言うよりは、アルジェリアでビジネスを続けることは日本企業の“身の丈”に合わないのだということではないかとすら思えています。なぜなら、テロの日常的な存在はさておくとしても、今回の事件で安倍首相をして「人命最優先での事件解決」をアルジェリア政府に直接希望を伝えながら、人質の乗った車両を空爆するという同国政府の強攻策はどう考えても日本の常識には適わないからです。

問題は、アルジェリア政府が今回の強攻策をテロに屈しない強い政府を体現するものとして肯定していることも、それぞれの国がおかれた環境や立場を勘案するなら、非難に値しないだろうという国際世論の存在です。国際世論が人命優先を反故にするような強攻策を「否」としないような環境下でビジネスを展開することは、いかなる理由があろうとも日本企業の海外事業における“身の丈”は明らかに越えていると思うのです。

今回の件で「安全対策」を口にするメディアも散見されますが、日揮は世界でも最高水準のセキュリティ体制を取られていたそうです。「安全対策」とは落ち度があってそれをいかに改善し再発を防止するかと言った観点で行うのが大原則であり、予期せぬテロ、政府の強攻策という企業側にはどうにも防ぎようのない問題に対していかに「安全対策」を叫んでも、むなしく響くだけなのではないかと思います。

「従業員の安全、命の安全が第一ですから、これが確保できなければビジネスは成り立たない」。25日に犠牲者の遺体とともに帰国した日揮の川名浩一社長は会見で、事件の影響を問われてこう語っています。社長の言葉が、現時点でイコール「アルジェリア撤退」を意味するものではないのでしょうが、私は同社に落ち度なく発生した今回の悲劇をで受け“身の丈を越えるリスク”の存在が明らかになった以上、いかなるビジネス上の理由があろうとも「勇気ある撤退」こそが今同社のマネジメントが決断すべき英断であると思います。

それが犠牲者に対する何よりの弔いになるのではないでしょうか。