日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

“反面教師”金正日に学ぶ、二代目経営者の「心」

2011-12-20 | 経営
北朝鮮の金正日総書記の突然の死を受けて、メディアはこのニュースで持ちきりです。なにぶん情報の絶対量が少ない要警戒国の一大事ゆえ隣国としての我が国の不安は大きく、見通しを見誤らない正しい状況判断をするための「迅速かつ正確な情報」というものの重要性を改めて痛感させられます。私は国際情勢評論家ではないので、「正確な情報」を持ち合わせていない現状では北朝鮮に関して余計な推測をするのではなく、企業で言うなら“創業者”である父金日成から引継いだ二代目金正日のマネジメントについて、反面教師的に学ぶべき点について考えてみたいと思います。

父金日成の死は94年。48年の建国からすでに40年以上の年月がたち、独裁的社会主義は限界を迎えつつありました。折しも、89年中国における天安門事件の勃発とベルリンの壁崩壊、そして91年のソ連崩壊・・・。社会主義国家には新たな風が吹き荒れ、体制の変革が求められた時代でありました。そんな中で突然の“創業者”からの経営バトンタッチ。金正日政権は言ってみれば環境激変の荒波において経営を引き継ぎ、発足直後から非常に難しいかじ取りを迫られた、いわばリーマンショック以降に社長の座を引き継いだオーナー企業トップと似た境遇にあったと言えるでしょう。

金正日はこの難局をどう対処したか。彼にあった選択肢は「改革」か「保守」かの二択であったと思います。「改革」として考えられるのは、中国のような対外開放策。しかし、中国との決定的な違いは「独裁者一族」の存在です。一族の既得権益が存在する北朝鮮において、対外開放をおこなうことは情報の大量流入による「既得権益の喪失」を意味すると考えたのでしょう、彼は環境激変への対応策として「改革」とは真逆の「保守」に動きました。すなわち、既得権益を投じる覚悟で「改革」に着手するのではなく、内部的締めつけ強化による一層の恐怖政治の徹底をおこなったのです。結果はどうであったのか、既得権益を堅持し丸々と肥えた金正日、金正恩親子と、慢性的な飢えにより疲弊する北朝鮮国民という、あまりに対照的かつ悲劇的な構図を描き出したのです。

この北朝鮮情勢を他人ごとのように眺めているオーナー企業のトップにも、無意識のうちに同じようなことをしている人たちが多数存在していると思います。環境変化の危機に直面し表面的には「改革」という名の統制強化をおこないつつも、内心では創業一族の既得権益を優先して資産を減らす新たな「投資」はせずに「保守」を堅く貫いている。すなわち危機が到来するや、まず従業員の給与体系に手を加え一層の尻叩きをしつつ一族役員の処遇はある程度守り、その方針に従わない者は切り捨てる。そして気持ちのどこかでは、「なるべく資産を維持し、本当におかしくなったらそれ食いつぶさないうちに早めに会社をたたんで、一族で山分けをすればいい」などと、最悪のケースをも想定してもいる。

オーナー企業はたいていの場合独裁経営ではありますが、危機に直面すればするほど「社員の生活を第一に考えているか」「オーナー家の既得権を手放す覚悟で、危機に相対しているか」が重要な部分になるのです。これができない経営者は、厳しい言い方をするようですが、ある意味で金正日総書記と同じなのかもしれません。創業者にはこのタイプは比較的少なく、私が知る限り金正日と同じく二代目以降にこのタイプが非常に多い。創業者にこのタイプが少ない理由は、彼らには共に苦労をして会社をここまで築きあげてきた従業員に対する「感謝」の念があり、それが自身や一族の「既得権益」を賭けてでも会社を守る「社員愛」へと形を変えることも可能だからなのでしょう。

本当の帝王学とはこのような部分にこそあるのですが、それをしっかりと次代に引き継いでいる経営者は意外に少ないのです。ですから、トップの座を親から引き継いだ二代目には「感謝」がなく、代わりに物事を損得勘定のみで判断する「冷徹」さを持ち合わせてしまうケースも多い。その「冷徹」さが危機に直面し「既得権益堅持」を実感した時に従業員の悲劇は起き、現在の北朝鮮国民にあるのと同じ構図が二代目以降に経営権が移行したオーナー系中小企業では容易に起こりうる、そんな印象が強くしています。北朝鮮は「脱北」を許さず、独裁抑圧政権下に国民を縛り付け体制維持を続けていますが、企業ではオーナー一族の「既得権堅持」と社員への冷遇が続けば、大量退社等により必ずや崩壊の道をたどる、会社をつぶすマネジメントなのです。

最後にもうひとつ、補足的に反面教師として金正日から学ぶマネジメントをあげれば、その交際範囲の狭さがあります。彼は自分の考え方をある程度支持してもらえる中国、ロシアといったごく限られた国以外との経常的なコミュニケーションを断ってきました。それは言ってみれば、多様な価値観に基づく思考の拒否であり、自身の思考に与える変革のチャンスを自ら断ってしまってもいたのです。企業経営者に置き替えて言うなら、同業者や自社の取引先(売込先)以外との経常的なコミュニケーションを持たない経営者も同じような境遇にあると言えるでしょう。異なる視点を持つ人たちと幅広く意見交換をすることは、自己の組織運営の過ちに気付かせてくれる大きなチャンスでもあるのです。それを断つことは、“独断の罠”にはまり経営者としての誤った判断に導かれる原因にもなるのです。

金正日の死によって今また大きく北朝鮮情勢がクローズアップされる中、オーナー企業経営者は自身の不況対策の舵取りが実は北朝鮮的になってはいないか、トップとしての社会的責任の観点から今一度振り返ってみてはいかがでしょうか。二代目、三代目経営者は特にご注意を。