おじたん。的ぶろぐ生活。

おじたん。である。語るんである。

Zippoである理由。

2004-10-13 14:22:14 | 我思う、故に書くなりよ。
高校2年生でタバコを吸い始めて、ほぼ毎日吸っている。途中、パイプや葉巻にも時間を割いたが、手軽と言う理由でタバコに戻る。

で、これに火を点けなければ味わいも余韻も無い。そんなワケでZIPPOが登場する。実はタバコを吸う前からZIPPOは持っていた。コンパクトなガスコンロに火を点けるためである。

オイルライターの代名詞ともなったZIPPOであるが、アウトドアには重宝する。強風でも火が消えず、コンロに火を点けるのに具合がいい。純正のオイルでも、ガソリンでも、灯油でも工夫は必要だが火が点く。コンロとアルミ鍋のうどんを持って、冬の夜中に海岸へ出かけて、ずるずるとうどんをすするドライブが好きだった。

これといって、思い入れのある品では無いものの、ZIPPOはコレクションしてしまう妙な品でもある。友人からおみやげとしてもらったり、自分で買ったり、無くさない限り微妙に増えていく。あえてアンティークなモノを買っているワケではなく、自分で使うために買ったモノが多い。

ふと、常用しているオイルライターは見るからに「老いるライター」。落としたりぶつけたりで、あちこちがベコベコのボコボコだったりする。何気なく底を覗くと「1993」と刻印してある。もう12年目に突入なワケだ。どこで買ったのか定かでは無いが、どうせディスカウントショップに違いない。そうでもしない限り、スターリングなんて貰う事も無ければ、自分で買う事も無い。

12年。多少の経たりは出ているが、故障も破損も無く使えている。珍しい柄だとか、デザインとかではなく、普通に「銀色」なだけだが、手放せない大事な物になっている。後何年、自分の身近にあるのか判らないけれど、特別な理由が無い限り、一緒に過ごす事だと思う。

ちなみに、持っているZIPPOをひっくり返して調べてみたら、一番古いのは「1986」年のモノだった。ちょっとでも傷が付くのを恐れながら使っていたが、いざ、思いっきりな傷が付くと、ヤケクソの暴挙に出る。側面をやすりで削り落としちゃったのだ。真鍮の剥き身になった中途半端なZIPPOは、以後使われる事無く、引き出しの奥にしまわれる。

別に、これで火を点けたからと言って、タバコが美味いと思った事は無い。100円のガスライターの方が美味いと言う説がある位だから、気分の問題だと思う。それよりも、ふたを跳ね除け、着火ホイールにぐっ…っと力を入れて「ジッ…」っと火を点けると言う「儀式」が、私には大事なんだと思う。

Comments (2)
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