おじたん。的ぶろぐ生活。

おじたん。である。語るんである。

遠赤外線浴びまくり…。

2006-01-31 11:06:05 | ぬくぬく火鉢ライフ
今朝は早くからイソイソと起き出し、寒い中「炭」吟味…。

昨日の燃え残り…も火鉢には転がっているので、まだ燃えそうなのを選んで新しいのと一緒に再度ガスコンロにかける。おっかないので、弱火とじっくり…。

その間に、灰をならしたり、新しい炭を埋めたり、いろいろといじりまくるんだけれど、暖を取る…前なんだから当然寒い。

ところが、燃えた炭を灰に並べて手をかざすと、じわわぁぁ…っと暖まり、寒さがあっという間に和らぐのである。部屋全体が暖まるには程遠いんだけれど、火鉢に手をかざしているだけでぬくぬくして来るから不思議だ。

だけれども、ちょっと火鉢から離れれば遠慮なく「寒い…」。炭火から出る遠赤外線を直接浴びないと暖は取れないのが「火鉢」なのである。

朝と言うコトもあり、炭は露出気味に置いてみた。程よく灰で隠しながら、そこそこの暖を探るってのもイイ感じなんだけれど、そこに「急ぐ…」とか「焦る…」なんてのは無い。これらがあったりすると「消えちゃう…」。さすがに1本だけむき出しなので、メルトダウン気味にはならないけれど、しっかりとあちい。

んむー。火鉢なかなかやるなぁ…。趣味が「焚き火」なんて人がたまにいたりするけれど、なんだか判る気になってきたゾ…。あれも終盤は燃え尽きていく途中の炭火で暖まるのがオツなんだろうな…。

いずれにしても「ゆるゆる…」な気構えでないと、仲良くは出来ない気がしている。
「ゆるゆる…」で「じわじわ…」で「ぬくぬく…」がベストなのだろう。また、それらをテキパキと揃えられる…ってのが「火鉢マイスター」の証でもあったりする。

うむー。むひー。これで、鉄瓶がちんちん…ならば言う事ないのだが…。つづく…。


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灰と炭を買ってくる。

2006-01-30 22:29:47 | ぬくぬく火鉢ライフ
春かと思うほどにてくてく歩いてると「暑ぃ…」陽気の最中、1時間ほど散歩のついでに火鉢ライフに必要なモノを買いに出る。

灰は「くぬぎ灰」が1kg¥1200。6kg買う。
炭は「くぬぎ」を探すが、バーベキュー用のものしか無かったので、パックに入った「備長炭」を1kg¥380。2kg買う。
火箸は見付からず、細めの「トング」みたいなのを。¥150。
五徳も見付からず、あきらめる。以前はあったのになぁ。
火起こしは¥480。これはお買い得。

行きはのんびり歩いていても、あまり苦にもならなかったんだけど、さすがにこれだけのモノをバックパックに詰めて背負うと、なかなか苦しいモノがあったりする。日頃の運動不足が祟りつつあるので、なおさらだけれど、家では「火鉢」が待っていると思うと、苦しいながらも「にやにや…」しながら歩いてしまう。

家に着き、さっそく「灰」を火鉢に入れる。きめの細かい灰なので、雑に入れるともうもうとしてしまうが、6kgは正解だったなぁ。火鉢の7割程度入れると考えると計算では「7kg」あたりなのだけど、火鉢が「ずんぐり…」なだけに多少の差が出た感じ。

炭は正直、備長炭で無くても良かったのだが、くぬぎ炭がバーべQ用しか置いてなく、セメント袋みたいのに入ったのは撤収されちったみたいで残念。バーべQ用だと遠慮なく「バチバチ」破裂しまくるので、屋内では使えないのである。どうも海外産らしいんだけど、焼き方が日本とはちと違うのでそうなるらしい。

でまぁ、これを火起こしに3個ほど入れて、しばらく焼く。ガスコンロの上に乗せておくだけなのだが、最初から強火で焼くと、破裂する(した…怖かった…)ので、弱火でじんわりと焼いて行く。

「まぁ、これくらいだろう…。」

と、言う感じで焼けた頃に火鉢に移すのだけれど、これくらいだろう…感じでは全然ダメ…なので、しっかり焼かないとイケナイコトを知る…。備長炭はちょいと扱いずらい炭らしいとは聞いていたが、結構あっさり火が消えたりするのである。

で、ちゃんと焼いてから火鉢に移すと、それはそれでかなり「あちい…」。ヤバイんじゃないかと思うくらいにあちいので、灰をかぶせて火力を調節するのだけれど、あっさり消えちゃったりする。気難しいヤツだなぁ。

灰も、一応キレイに「ならし」たりなんかしてあったのだけれど、火が持続しないとそんなコトはどーでも良くなってしまうワケで、キレイにならすのもかなり「難しい」コトを知る。

本当ならキレイにならした灰と炭の置かれ方ってトコロに「美」があったりするのだが、そーしたものはどーしたらそーなるのか不思議なくらいに「美」とかけ離れた現実が目の前で「あちい…」んである。

まぁ、全ては「慣れ」と「経験」が備わらなければ「美」にはたどり着かないものなんだろう。今日の時点で察しが付くのは「炭が少々大きい」コトかな…。

遠慮なく堂々とメルトダウンしそうな勢いで「あちい」のもなんとかしないと、一酸化炭素中毒以前にヤバイ雰囲気だったりするので、カロリー控えめな「くぬぎ炭」をやはり常用の燃料としないと暖をとるどころか、バーべQにされてしまう…。

灰と言い、炭と言い、なかなか一筋縄では行かない奥の深い連中なんだなぁ…。火力はヤバイ感じだが、暖房としては石油ストーブには敵わない。敵わないが、火鉢の前で火を見ながらあーでもない、こーでもない…とやっていると、石油ストーブやハロゲンヒーターとは違う「暖」がそこにあったりするのである。にやにや…。


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血出痔。ナマコと押収。

2006-01-28 09:22:55 | 我思う、故に書くなりよ。
もちろん、ちゃんとした意味も判っているが、テレビの画面を見ずに音だけ聞いていると、こんな風に聞こえてしまうんだけど…。とくに…

「生・琴欧州」が「ナマコと押収」「ナマコと応酬」とかに。

疲れてんのかなぁ…。おれ…。

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粗品が届いた。

2006-01-27 23:55:41 | 我思う、故に書くなりよ。
昨年の9月(10日)に数年振りとなる「眼鏡の新調」を行った。

でまぁ、事前に期待していた低価格な「セット品」ではなく、そこそこの値段がしてしまうが自分ではかなり気に入った眼鏡をあつらえるコトが出来て、概ね満足であるコトをブログに書いた。

特に、実際にフレームにはめる「レンズ」の選択にはなかなかしぶとく粘っただけのコトはあって、今では当たり前になってしまったけれど、数年振りに「星の輝き」がハッキリと見える感動すら得てしまったのである。

無茶言う客に、キレもせずに長々と付き合って頂いた店員さんには感謝せずにはいられないのだが、実はこの時に残念なコトもあったのだ。

ブログにもちょこっと書いたが、検眼してくれたり、出来上がった眼鏡をフィッティングしてくれた店員さんはまさに「エキスパート」。何も心配する事無く「お任せ」で問題なく、不安を覚えるようなコトは全くと言って無い。まさに完璧。なんだかモノスゴク尊いモノを買ってしまったかの様な「充実した満足感…」がいっぱい…。

だが、眼鏡が所狭しと並ぶフロアの店員が「接客業」としてはあからさまに「ダメダメ」だったのである。私に接客している店員はなかなか頑張ってくれてはいたのだが、接客の途中で別の店員がその店員に小声で「店長が飯行こうって…」と伝えに来たのだ。もちろん、私の目の前でのコトだから、全て筒抜け。そんなのに動じず、真摯に接客し続けてくれれば文句は無かったのだが、途端にせわしなくバタバタする始末。それもだんだん露骨になってきたのだけれど、こっちは…

「メシ行ってこいコノヤロー!」

とは言えないよなぁ、事情は知っていても…。メシ時に行ったワケでも無いし…。そうしたつまらないコトを、さりげなく他の店員とスイッチするとかってコトも無く。

んで、まぁその後の全てがその店員からは離れたもので、おまけに素晴らしいコトこの上無かったものだったので、ひどく残念だと思ったのである。

この眼鏡屋さんでは、出来上がった眼鏡と一緒にアンケート葉書をくれる。お店の場所は久々に行って変わっていたものの、これは以前にも何度かもらっていた。でも、特に不満も無かったので、葉書に何か書いて出す…ってコトはなかったのだが、この時はウレシイコトと、残念だったコトを正直に書いて出した。自分も少なからず接客業に携わっていた事があったし、真摯に接客するコトを何よりも求められる立場の人間だった。たとえ、自分の昼飯の時間がすっ飛びようが、閉店時間を過ぎようが、お客さんが満足して頂ける接客が何よりも優先された。店長自らそうした接客を心がけて、実践していたし。そうしたトコロもあるワケだから、とても信頼できる「エキスパート」がいるお店なのに、お店のフロントに立つ店員が台無しにしちゃうんじゃ、こりゃ「もったいない…」。

で、そのアンケート「お礼」が届いたのだ。中身は回答に対するお礼と、大きめの眼鏡拭き。眼鏡のオマケに付いてくるのよりも大きい。デジカメとか拭くのに丁度良いので、ありがたく使わせて頂くコトにする。たまたまか、どーなんだか知らんが、ちゃんと葉書は読まれていたのだねぇ…。

てなコトのあったお店は「和真の藤沢店」である。テレビでもCMやってたりする大きな会社なので、こうしたフィード・バックが生かされていると思うと、なんだかウレシイ気分になる。残念な部分もあったんだけれど「しっかりと眼鏡を作ってくれるトコロ」と言う印象は変わらない。より良いお店でいて続けてくれるコトは、眼鏡が必須な人間からしても、本当にありがたいコトなのである。



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いいなぁ…。

2006-01-26 22:04:10 | ポラロイドーシス。
何気にテレビ観ていたら、大好きな女優さんがSX-70を手に…。

花王の「ブローネ」と言うヘアカラーのCMなのだけれど、んー、いいんだなぁ…。
そんだけ。ドラマの中で小道具としても使われてたりするし、それで人気が出たりするなんてコトもあるのだけれど、「この人が…」って意外性がそこにあったりするとなお「吉」。

稲森いずみさんのSX-70のホールドもキレイなトコロがまた素晴らしい…。んー。

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火鉢が届いた。

2006-01-25 16:12:11 | ぬくぬく火鉢ライフ
火鉢に憧れ始めちゃったのはちょいと前に書いたと思う。

灯油が暴騰してなきゃ、あまり余計なコトは考えなくても良いんだけれど、宅配に来るたびに値段が上がっており、かつての様にリーズナブルな燃料でもなくなってしまった。そんなおりに、ふいに見てしまったのが「練炭火鉢とその仲間たち」。

火鉢でじわじわと温まるのも悪く無いんじゃないだろうかと思ったのである。さすがに練炭火鉢じゃ危な過ぎて調理以外に使えないが、普通の火鉢は「普通に」暖房器具として使われて来た歴史がある。

さて、練炭火鉢は売っているし、それらの周辺アイテムも売られてはいるのだが、肝心な「火鉢」は売られていなかった。さすがに数売れるモノではないので、ホームセンターでも見掛けられず、通販とかネットで探す事になる。ちょろっと探せば色々と出て来るのだけれど、それなりの値段はしてしまい、爆安! なんてコトはほとんど無い。お小遣いで買えそうなのは、手あぶり火鉢で、希望する大きさではない…。

我が家でも植木鉢やら金魚鉢に使用形態を変えた「火鉢」を見掛けた時代があったのだが、さすがに残っておらず、近所の庭先を物色してもそれらしいモノは見当たらない…。オークションで競り落とそうと頑張っても、やはりそれなりの値段は付加価値を伴って付いてしまい、むむむむむ…。

で、親戚の家に使われなくなった火鉢があるコトが判り、半ば強制的に送ってもらった。いわゆる「丸火鉢」と言われる形状で、希望していた大きさ。これなら先に見付かった鉄瓶も置けるし、ちょっとした干物なら十分に炙れる。

なかなかモダンな柄が付いちゃっているが、それなりに古いものらしい。親戚宅は開業医で、待合室にいくつか置いて使っていた時代があったのだ。

さて、実際に使うには「灰」だのなんだのってアイテムが必要となる。幾つかは売られているのを見ているので、それほど困らないが、「灰ならし」と「火箸」を見掛けていない。スプーンと割り箸で代用するわけにも行かないので、探さないとイケナイのだが、灰ならしの方はうってつけのが見付かった。父の遺品の作業道具の中からステンレスのスクレーパーが。ちゃんと木の握りが付いているので、そこそこ見栄えがする。

「灰」も売られているが、よくよく考えたら火鉢の大きさから言えば、6kgは必要みたい。砂や砂利で「かさ上げ」する手もあるらしいけれど、現代ではあまり薦められる方法では無いらしい。「混ざるとちょっと危険」ってのが理由みたいだ。やはり灰のみであつらえた方が良さそうだなぁ…。

して考えると、火鉢本体は無償で入手できたが、初期費用はそれなりに掛かるらしい。まぁ仕方ないな。手あぶりじゃないんだし…。

とりあえず、ぬるぬると「火鉢ライフ」のスタートなんである。

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ここ数日。

2006-01-24 18:50:30 | 我思う、故に書くなりよ。
デジカメ分解しておった…。

愛機のE990がどうも調子悪い。ダイアルを回して絞りだのシャッタースピードだのを変えるんだけど、ダイアルの回転とそれらの変化の追従がおかしい…。

んでまぁ、分解となるんだけれど、このカメラは以前、致命的な損傷を自発的に起こした経歴の持ち主で、それを修理しちゃったんである。しちゃった…と言うコトが今日までどんなコトになるんだか予想だにしてなかったんだが、前カバーが取れない…。

電池室と前カバーが瞬着でくっついているコトで存在意義が維持されていたワケで、この度の不具合とは何ら関係ないんだけれども、作業がべらぼーにやりづらい…。

ダイアルのパーツを外してみたものの、ダイアル自体は分解できない構造だったので、接点不良なら…とベンヂンに漬けて洗っちゃう。でまぁ、これからケーブルが出ていて、これが前カバーの奥の方に刺さってなきゃならんのだけれど、前カバーが外れないもんだから…

「ウキーーーーーッ!」

フレキのケーブルを挟んで留めるだけなんだけれどねぇ、エライ苦労しちゃった。

まぁ、結果的には不具合も解消され、めでたしなんだけれど、んー、ジャンクでも入手してパーツを確保しておかないといかんなぁ…。これ以上、自己崩壊されてもかなわないしねぇ…。

素性が良いカメラだけに使い続けたいんだけれど、使い続けるにはもろい構造だったりしちゃうワケで、電池室もマグネシウム合金にしてくれれば良かったのになぁ…。

修理出すと遠慮なく納得できない料金がかかったりするので、出さないんだけれど、電池が入っているテンションに耐え切れない構造ってのもなんだかねぇ…。



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雰囲気の問題。

2006-01-21 15:48:41 | 我思う、故に書くなりよ。
久々にしっかりと雪が降っているので、あちこち写真を撮りに歩いた。

とは言え、降り止んではくれないので、カメラが濡れるワケで、長々と撮るワケにもいかない。舗装路面では溶けて水浸しだけれど、それ以外の場所では浅いところで3cm、深いところで10cmは積ってた。

で、なかなか味が出そうな被写体を知っていたので、撮りに向かうが、いざブログに載せるコトを考えるとなかなか難しい。ヨソ様のお宅などや車などが写ってしまうと、後々問題に成りかねないのである。まぁ、公道から見えてる部分ではさほど問題にもならないらしいけれど、一応、気を遣ったワケ。

で、いかにも「寒村」な感じに写ったんで良いかな…と。

普段は何気なく通り過ごしてしまう風景の一部なんだけれど、雪が降るとグッと変わって見える。キレイに「白」で覆い隠してくれたり、見慣れた風景が一変するってのが、南関東に住んでたりすると、滅多に無い。

公園では一生懸命、雪だるまを作っていた親子がいたが、雪の厚さがないために、大きな「泥団子」になっていた。流石に、重ねて雪だるまにする気は無くなったようで、残念。

被写体を探して歩くコトも楽しいのだが、こういう時でないと雪のデータが撮れないってコトもある。適当に撮ってると、雪が「灰色」に写ってしまうから、この位の明るさの時にこれだけいじればこーなる…ってのを実験しておかないともったいない。晴れた雪でも違ってくるし、どんよりな雪はまた違う。

まぁ、なんとなく大体で判っているんだけれど、デジカメも意外にシビアだったりするので、色々といじっとかないと…。

もう少し、しっかりと積ってくれると、明日の日曜日はもっと楽しくなるだろうな…。

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降ってきちゃった…。

2006-01-21 02:55:24 | 我思う、故に書くなりよ。
妙に寒いので、ふと外へ出てみたら「雪」。

龍ちゃんズを眺めてたら、いてもたってもいられなくなってしまい「キングギドラ」から「マンタ」に変身させたりなんかしていたのだが。

よーく見ると、歯がデフォルメされていたり、ちょこっと欠損してたりするので、この辺も改修してあげないと…。まぁ、今のところ生々しい感じでリニューアルは進んでいる。

んでまぁ、お湯沸かしてコーヒー入れるのも面倒だったんで、缶コーヒーで済まそうかと思って玄関を出ると…雪。それもなんだかしっかりと積もりそうな感じの雪が降ってきている。

明日の朝が楽しみだけれど、ちょいと備えないといけない。別に受験生では無いので滑っても問題はないのだけれど、滅多やたらに滑るのも困るので、ハードワーク向けのブーツを引っ張り出しておかないと…。でも、これってジャングル向きなんで「滑りにくい…」ってだけで防寒じゃないんだよな…。

他にもカメラのバッテリーを充電したり、ヒマ人ならではの準備にいそしんで、寝るとしよう。ほど良く積もってくれると、非日常な世界がバーンっと広がって、あまり雪の降らない地方に住んでいると嬉しかったりするのである。



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龍が来た。

2006-01-20 20:05:07 | 我思う、故に書くなりよ。
それほど「置物」にこだわる方では無い。

正月、知人が「龍の置物」を置いていった。なにやら「風水」に必須なのが「龍」なんだそうで、何となく判る。んが、見るからに「高価」そうだし、多少「難」が有ると言ってもやはり「高価」そうに見える。

どーでも良い様な感じなモノだったら置いていってもらっても困るのではあるが、その造形の出来の良さに感心してしまい、ありがたく頂く事にした。

「首の1本足りないキングギドラ…」

そんな感じで2匹の黄金の龍が虚空を睨み、何かを掴んでいる。

どうも、掴んでいるのは「玉」らしく、見つめる先にも「玉」があるものらしい。

「で、玉は?」
「忘れちった…」

ドラゴン ボールなし…。

ほどなくして、玉は無事に届けられ、あるべき場所に収まっている。なかなか立派。
伝統工芸品でも無いし、手作りの逸品でもなく「大量生産品」なのだが、その複雑な造形を考えると、どーしたら安く作られるのか謎である。それくらいに見事。

んでまぁ、一応、テレビの上に飾ったりして、毎日新鮮なお水(これ、大事。)をお供えして、悦に入っている。繰り返すが、本来そうした趣味や習慣は無い。

風水を信じるとか、信じないとか、そう言う考えが無いので、「ちょっと気に入った置物」なんであるが、龍も飲まず食わずじゃ気の毒なので、お水を備えているのだが、そんなこんなをしていると龍は「良い気」を運んで来てくれると言う。

日本じゃブーム…って感じだけど、香港あたりだと洒落にならないほど「風水」は生活と密着して離れないものである。その凄さを知ったのは、香港の知人の事務所へ伺った時の話。

小さな貿易会社を営んでいる彼は、毎年事務所の模様替えをやっている。小さいとはいえ、人間が7~8人常駐する事務所だから、それなりに「物」はあるし、場所だって限られるんだけれど、必ず1回は風水を元にして大がかりな模様替えをやっているのである。それが当たり前で、本当なら事務所の場所も変えたいそうな。

まぁ、商売柄ちょくちょく場所を変えるワケにも行かないので、ここ数年は同じ場所だけれど、数年先には「絶対に変える」と言う。なんでも、近くに新しいマンションとビルが建つからだそうで、そのために「気」が変わってしまうからだというのだ。

そう言えば、龍だの亀だのカエルだのってオブジェがやたらと転がっていたなぁ…。

まぁ、置いておいても悪くないし、カッチョイイのでそこはかとなく大事にするつもりだけれど、キン金キラキラ…ってのがなぁ…。色んな「気」を運んで来れる龍ちゃんズだけれど、あからさまに「金運」を望んでいるようで…。確かに「金運」に見放され続けて早40年って人生なので、もちろん運んで来て欲しい「気」だけれど、全く理由を知らない人が見たら…

「宗教でも入ったンか? 大丈夫か?」

な位に「キンピカ」だったりするもんだから…。

確かに、現状の「キングギドラ状態」もまんざらでは無いのだが、金で良い部分を残して「リアル龍ちゃんズ 玉付き」にしてみようかと…。

んでもって、リアルな龍の参考にすべく、ネットを彷徨って入るんだが、想像の産物であるワケで、何が「リアル」なのかサッパリだったりする。総じて「トカゲ」からインスパイアされた「グリーン系」が多く見られるが、火を吐いちゃってたりしているのは「レッド系」だったりするし。

難有り…な部分はちょこちょこっとマーカーで塗って直しちゃったけれど、大規模な塗装による「脱キンピカ」はちょっと先の話になりそうだな…。でもせっかくだから自分好みの龍ちゃんズにしてあげて、大事に飾ってあげたいと考えている。御利益はオマケ程度で…。
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コニカミノルタ。

2006-01-20 17:01:24 | 我思う、故に書くなりよ。
消えちゃうんだねぇ…。

α9000ってのが出た時にちょいと触った覚えがあるくらいで、世間がピッカリコニカで席巻されていた時代にキャノンの1眼レフが父の愛機だったもんだから、どちらもあまり思い入れは無い。プロになって、幾つかのフィルムとか印画紙は使ったかなぁ。それもあまり覚えが無い…。

自分の選択肢に全く入って来ないメーカー2社が合併してどっちなんだかどっちもか…な名前になったのは驚いたが、もう少し続くモンだろうと思っていた。が、なかなか早くの完全撤収となってしまったねぇ。

残ったメーカーも、この先「銀塩」という土壌じゃあ大きな利益も見込めないだろうコトは言われているし、実際にそうなんだろう。一部のプロが使うだろう世界にまで縮小されつつあるし、素人が見てもその違いなんか判ったところで「だからどーなのよ?」って域を出ない。だが、そこが「大事」だからプロはそれを選ぶんだけどね…。

そういう違いも判らないまま、1眼デジカメ抱えて「プロでござい…」ってのも増えたし、自分でフィルムを現像したり、とことんプリントしてみたりってコトの全くないプロも多いと聞く。表現方法の違いだから、それが一概に悪いワケでは無いが、そうした世界を知っているのと知らないとでは、やはり「腕」も違ってくるのは明らかなんだけど、選択肢そのものが無くなってしまうのでは、これも致し方ないのかなぁ。

つい最近、会員制のフォトブログに入会して、自分の写真を載せたり、人の写真を見たりしている。善し悪しも様々だが、デジカメ全盛な割には、載せられている写真が至極オーソドックスなモノが多い。デジカメなのだから、もっとぶっ飛んだ表現があっても面白いとおもうのだが、デジカメでありながら「銀塩カメラ」の代用的な作例がほとんどだと言って良いと思う。

私も、デジカメでありながらも「銀塩カメラ」として使っている1人。撮った写真はリサイズする位で、ほとんどいじらないまま載せている。本来なら、合成だのなんだのってのはデジタルならいかようにもいじくれるハズで、そうした表現も良いとは思うのだが、まだそのレベルに進んでいない。デジカメならではの、もっとぶっ飛んだ作例がたくさん出て来ておかしくないんだけれど、あまりにも少ないのは、クリエーターを目指す者としてはちょいと先行き心配だったりする。若い人には「オーソドックス」を学ぶと平行して「ぶっ飛んで」欲しいなぁ。デジカメにツールが変わったお陰で、表現力は無限にも広がったワケだし。

カメラ…にしても同じ。いい加減、ぼろくなったので買い換えを検討はしているのだけれど、望むモノがあまり無い…。そりゃあ、コンパクトより、1眼の方がいろいろとアドバンテージが大きいコトは知っている。が、今の撮り方だと、別に1眼で無くてもOKだったりするし、1眼だと邪魔…になってしまう場合が出て来る。結局、ぼろいのと、ケータイで十分作品は作れたりするので、新機種導入に至らないのだけれど。

強いて欲しいなぁ…と思うのは、銀塩をあっさりやめて、デジタルに早々と走ったリコーが作ったGR DIGITAL とか Caplio GX8 かな。GRはともかく、人気無さそうなGX8はなかなか凝った作り。ただいずれも、望む形でもスペックでも無い。機能で言えば要らないくらいに満載されているんだけれどねぇ…。

そう思うのは「銀塩カメラ」のシンプルな操作が身に付いちゃっているからだと思う。
覗いて、ピントを合わせて、露出を計って、自分の露出をそこから決めて、写真を撮る…。ってコトなんだけれど、そう言う大したコトの無い操作が酷く複雑だったりしちゃう。まぁこれはリコーのカメラに限ったコトじゃないし、リコーはかなり良い部類に入っている。もっと酷くなると、そんな操作に夢中になっているだけで、電池が無くなったりするモノもある。

まだまだだと、思って使うか、まだまだだと、買わないでいるか…って自分。

だからこそ、あまり縁の無いメーカーであっても、消えてしまうことが「寂しい」。

もしかしたら…って期待すら無くなってしまうワケだし、土壌として選択肢が狭まるのもやっぱり悲しいよなぁ…。

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参考人招致を楽しむ。

2006-01-20 15:04:22 | 我思う、故に書くなりよ。
不動産屋のオヤジに続き、その手下とか同類のオヤジ連中が登場。

まぁ、そもそも期待出来る人達じゃないから、ぼぉー。っと見ていたのだが、ここでは嘘言っても罪に問われることも無いので、適当に返すのかと思っていたが、なかなか普通に答えていて、あまりびっくりどっきり…な話も出なかったなぁ。

細かい所では「衝撃証言」なんてのもあったかも知れないが、大方の予想通りな事実だろうコトだったので、大騒ぎも無かったし。

でもまぁ、こういうトンチンカンな連中が集まって、世の中のマンションだのホテルは建てられている…ってのが判りやすく見られたのは何より。きっと、個々に会って話を聞く分にはその「トンチンカン」な面はあまり出て来ない人達なんだろう。場合によっては、建築主であっても、面識が無いままに関わられる人も職種によってはいるんだろうし。そんな細かい所まで気にして建てたり、買ったりしないのも普通。

その代わりに「○○建設」だとか「△□建設」だとか言う、誰でも聞いた事のある様な広く名前の知られた建設会社が表に出ていたりする。これを見て、そこに「安心」とか「信頼」を得たものとして、売買契約を結んだりするんだけど、そこから先も怪しい。

実際に、そうした会社の名前が出てはいても、現実に工事している人達は全然関係ない会社の人だったりする。要するに、「下請け」とか「孫受け」などと呼ばれる、会社の人達だ。もちろん、施工する技術がそれなりにあり、元請の名の知られた会社がそのレベルをキチンと認識した上で、そうなっているなら問題も無い。

ところがどっこい。問題の無い工事なんかほとんど無いくらいに問題だらけであって、国が発注する工事でさえ「手抜き」は当たり前で、出来た後にそれが判明してやり直せればまだ良いが、知らずにそのまま…なんてのはうじゃうじゃあったりする。

そうした流れの中で、どこでお金を誤魔化そうか…ってのが必ずあるワケだから、出来上がりは見栄えは立派でも、中身はガタガタ…なんてのも当たり前の世界なのだ。

中には、大手建設会社が威信を掛けて建てるビルなんかは、隅々までしっかり作られており、滅多な時にしか覗かない様な部分まで丁寧に設計され、作られていたりもする。自分じゃ買ったり、借りたりしないだろう巨大なビルのそうした面を覗いて楽しむ…ってのも不動産屋とかデベロッパーにいたりすると出来るんである。借りたり、住んじゃったりすると、恐らく一生見る事の無い部分にでも、設計したり、施工したりする人にはそれなりの思い入れがあったりするので、そうした話を直接聞けるってのもなかなか面白い。

だが、そうした建物は、格安…で売られるのはまず無いし、所有者が破産でもして投売りにでもならない限り、絶対に無理だろう。マンションだとすると、当然そうした部分でも価格に反映されるワケだから、そうされていないマンションよりは高いと思う。が、そうした部分を知っていれば、高くても、あまり人目に付かない部分であっても、「どーよ、これ? こうなのよ!」ってお得な感じがついて回るのである。

今でも、かつて担当した物件を外から眺めると、勝手に入って説明したくなっちゃうくらいに手間ヒマとお金の掛かった美味しい部分を思い出す。また、そこを得意げに話してくれた工事担当者の顔もすぐに出て来るんである。

ん千万とか、ん億の買い物をして困った事にならないためには、そうした部分から顔を出していかなきゃならないのも不便だと思うが、缶コーヒーでも1ケース抱えて差し入れれば面白いお話はしてくれると思う。そうして付き合ううちに、実情も話してくれたりする。末端で、泥にまみれ、汗まみれで働いている人に悪い人はいないんである。結果的に仕方なく「悪い」仕事をせざるをえない人達なのだ。配分された金額以上の仕事は出来なくなっているんだからね。

そうした付き合いで、家のメンテナンスや、リフォームを頼むと、喜んでよい仕事をしてくれるもの。戸建ての住宅などでも、大工さんや左官屋さん、タイル屋さんやクロス屋さんと仲良くしておくと、後々面倒が無いばかりか、売主に文句言うだけでは拉致があかないばかりでなく、トラブルになったりもする。

任せっぱなしじゃあ、そうした関係は築けないんだけれど、どうもそんなのが普通になっちゃったみたいだ。こと、マンションとなるとなかなか難しいのだけれど、終の棲家と考えるならば、そうした手間ヒマも惜しんじゃだめだろう。出来上がりばかり気にするのではなく、作ってくれている人達も気にしないとイケナイお買い物なのだよ。

そうした人達は、参考人招致には呼ばれてない。お偉方ばかりである。その、お偉方が「とんちんかん」なのだから、まぁ、ここを見ても残念でしかなくなるだろうと思う。でも、ちゃんとした立派な建物を職人ならではの「思い入れ」をもって作っている会社も多い。そこに住んでくれる人が、そこで幸せに暮らしてくれるコトを「誇り」に思って泥まみれ汗まみれになって作ってくれる人も多いんである。

そうした人達を見て、自慢できる住みかを選ばないと、良い物件には住めない…という事を忘れちゃってはイケナイんである。それが出来ないなら、妥協も必要だろう。それがどんな「妥協」であっても。

「家は「人」が作る。「人」が作って、そこに「人」が住む。」

テキトーな人ばかり見て買うと、騙される…ってコトだろーかと思うなぁ。

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真のIT企業とは…。

2006-01-18 23:43:38 | 我思う、故に書くなりよ。
「ライブドアショック」だ、そうで…。

まぁ、悪いコトしちゃあいかんよなぁ。怒られて然るべきだとも思う。

ただ、ITってモノの現在から見える将来を考えると、世間で言われている「IT企業」ってのも実に妖しい。本当にITの進んだ企業なら六本木に集うコトなど眼中に無いはずだろうと思う。本来はそうした制約すら意に介さずに商いが行える…地理的とか時間的とか、そうしたしがらみが無い状態がベストなんじゃなかろーかと思うんだが…。

まぁ、ITに非常に都合の良いビルが六本木にしか建ってない…って話もあったりするので、一概に六本木じゃダメ…ってコトでは無いことを理解する必要もある。

ただ、そこまで行き着いてしまうと、今までの商慣習と相容れない部分が出て来るので虚業と見られてしまうコトを恐れて居を構えているフシもあったりする。まぁ「えせIT」って感じなんだろうな、まだ…。

自宅マンションからネット上に店舗を構えて商品を売っている知人の方がよっぽど「IT企業」に相応しい。出掛けていてもケータイからちょこちょこ商売してるみたいだし、なかなかITの王道を進んでいたりする。だからと言って、莫大な利益が転がり込むかと言えばなかなか難しいようだけれどね。

てなワケで「えせIT」とか「ITもどき」、「IT(仮)」、「IT(予)」な企業がうじゃうじゃいる中であるので、そうしたのに「踊らされて…」るのもどーかと考えてみる余地はありそうだな。踊った挙げ句に停まっちまう証券取引も情けない…。またそれを1企業の責任に押し付けちゃうのも情けない…。いかに簡単に不安定を招くコトが可能か実証して見せちゃっただろうし。

まだまだ、従来の価値観とITがぶつかるコトが多々あると考えると、大騒ぎはこれからも続くと考えて良いんじゃないかな。従来の価値観の及ばない世界をITは目指しているワケだし、そうしたものが「異質」から「標準」に変わりつつある時代の始まりなんだと思う。従来の価値観の幾つかは「マスターピース」的に残るコトもあるのだろうけれど、大方は消えて無くなるんだろう。それを「改革」と呼ぶのが相応しいかどうかは後世の人の判断に任せるほかに無いが、まぁ時代に逆行するってのもあまり無さそうだし、いずれ「IT」を「IT」と、いちいち意識しなくて良い時代が来るんだろう。そのための必要悪も、まだまだいろんな形で出て来るんでしょうな。

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証人喚問を楽しむ。

2006-01-18 18:10:54 | 我思う、故に書くなりよ。
昨日の証人喚問の録画をじっくり見る。

まぁ、惨憺たる内容だったコトは既に報じられている通り。ワイドショーやニュースショーでは「怒り心頭」なコメントが朝から続いていた。そうした点で「期待はずれ」との感が強いみたいだが、別の意味で「期待はずれ」だったねぇ…。

でも「不動産屋のオヤジ」なんてあんなもんなんだよねぇ。政治家とくっつきたがるし、くっついていれば何とかなると。また、政治家の名前を出せば何とかなるだろうと言う知識がデフォルトで備わっていたりする。

まぁ、他の業種の社長さんと比較したら、お金の融通も大きいし、スムーズだったりするから、政治家としても「適当に美味しい」存在だったりするワケだ。いわゆる「持ちつ持たれつ…」な関係の構築が可能な人種同士。

でもぁ、片や政治家が「大物」だったりすると、大物と言うだけであちこちで幅が利く。何か事件を起こして、政治家でなくなったとしても、「かつての大物」と言う残照で幅が利いたりする事実もある。政治の世界に居場所が無くなると、あっさりと「無職」になる彼らは居場所を美味しい関係に求めたりする。

でまぁ、適当な自社所有物件に法外な賃料で住まわせたり、事務所として貸してやったりするのだが、法外な賃料とは「ほとんど払われない…」コトを意味する。それが都心の一等地であってもね。都心の一等地だからと言って、豪華とは限らず、実に目立たない好物件が多かったりする。

「あれ? なんでこの人こんな所にいるの?」

って感じでうらぶれる場合がほとんどだが、しばらく隠遁して「禊を済ませた…」後に再起を図る元・政治家にしてみればそれでも都合が良いのである。

そんな「番犬にもならない様な置物」を囲って何が良いんだか…サッパリ判らないが、不動産屋のオヤジは得てして「丁重に扱いながら番犬として」囲うんである。また、オヤジたちは、その配下にも同じ様に「扱う」コトを強いる。先生は先生でなくなっているにも関わらず、先生なのだ。

そーした関係が、ある種の「ステータス・シンボル」みたいな感じの業界なんだろうな。囲っておけば「政治に口が出し易い」と言う慣習的なものかもしれない。いかにも胡散臭いんだが、もっともらしく聞こえる政治団体とか協議会とか連絡会を率先して作ろうとするし、その上の方におさまりたがるのもデフォルト。集めた会費からお小遣いでも出れば御の字な感じ。会員に還元される様な「実」は伴わない。だから、そうした意味不明な関連団体がうじゃうじゃある業界ほど、先生を囲う習慣は強いと考えて差し支えない。まじめな会員が身を粉にして働いて得たお金は、会費と称されて先生やこうした団体のトップのおねいちゃんの高級ブランド・バッグに、まことしなやかに、しかも合法的に変身しているのである。

と言う、極めて不思議な関係の成り立つ業界ではあるが、昨今じゃなかなかこれも難しくなってきた。「癒着っ!」と、大声で自慢できるものじゃないし、政治家にしてみれば「命取り」なラインと見るのが趨勢。全うな政治家なら避けて通るラインである。あくまでも「合法的」な支持者の1人として不動産屋のオヤジをいかに美味しく取り込むか? これが難しくなってきているのであろう。

厳密にそういう支持者を排除して行ったら、集まる物も集まらないので政治家なんかやってられなくなるんである。

私が知っている限りで、そうした「元・番犬」だった現職の国会議員は…1人いるな。まぁ、大物では無いけれど、囲われていたのを知っている。HPを見る限り、そうしたコトは触れられるわけも無いのだが、スポンサーからあてがわれたおねいちゃんとボロけた事務所で四六時中アヘアヘしていた、そんな人間だとはわかりもしない。明らかに「大物」だった人もいたが、既に亡い。

そうした世界だと言うコトは、古くから知られていたし、マスコミが全く知らない世界の話でもないので「怒り心頭」ってのはTVのこっち側へのジェスチャーでしかないだろう。「なにをいまさら…」な話であるし、「絵に描いた様な不動産屋のオヤジ」が証人喚問された…って話だったと思う。

だからこそ、まじめに見ると、もっと実質的なトコロを攻める質問を期待してみていたのだが、同じアナのムジナ…なんだから、被害者置き去りってのもさもありなん…。名前を出された政治家にしてみれば迷惑な話だろうけれど、名前を出したがる連中に少なからず頼らなければやっていけない身なので、致し方ない部分はどの国会議員にだってあるハズ。国民の声を吸い上げて政治に反映させる…って部分も大事な仕事だし、それが正当な仕事でもあるが、国民にもいろいろいる…ってコト。

じゃあ、真相解明はどーなのよ? って話になってしまうが、これは得てして「闇」のままってコトになるんじゃなかろうか。こうした「闇」を完璧に暴く公的機関は日本に存在し得ない構造になっていると考えて良いだろう。そんなのでも社会が破綻しない仕組みでうまくやってるんだから。単純に考えたら、あのオヤジが首吊ったら速攻で「闇」が訪れるワケだし。補償なんてのも多くは望めないのが現実だろうなぁ。

むしろ、あのオヤジを頂点とする連中が名前を変えて今後も生き残るコトを注視して行かなければ「自衛策」は成り立たないコトに気づかないと。会社の名前を変えたり、業態を変えたりして、残党は必ず生き残る。それは合法ならば、罪を問うコトは出来ないが、こっちからは「避けられる」ものでもあると。奴らは必ず、手を変えて同じ様なコトを繰り返す。無下に「信用」を与えてやる必要の無い連中が生き残るコトを注視して行かなければ、被害者になりうるんであるのよ。

どっかの宗教団体みたいだが、同じ様なもんだ。根絶するチャンスがどこかにあるのだけれど、きっと根絶はしないだろう。たとえ多くの被害者が出ても、根絶することで失うモノの方が大きい社会なんだろうな。すごく嫌な社会だけれど、少なからず規制だの制限はその都度作られる。だが「根絶」までには至らない「ゆるさ」を必ず持たせて来たワケだし、そうせざるを得ない「根の深さ」がそこにあったりする。

その「根の深さ…」まで暴こうとする姿勢は質問に見て取れる。それが「救い」かもしれないが、そこまで「ぶっ壊す!」ってムーブメントにはならないだろう。経済が破綻しかねない。そこまで「広い」んだとも知らしめるには時期尚早なのかな。

まぁああやって「晒し者」にするって意味だけはあったと思うけど、あのオヤジも自分が晒し者って判ってやってくれないと、つまらないよなぁ。そんな点にしか期待出来る点が無いんだからさぁ…。数珠なんか持って涙ぐまれたって、もう、そんなの期待して無いんだよ、誰も。もうちょっと「違いの判るオヤジ」だと思ったんだけどな、急に「人権」なんかに目覚めちゃったんだろうか? 次回があるとすれば、その点のみに期待したいトコロだが…。

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管弦四重奏の夕べ。

2006-01-18 00:20:57 | 我思う、故に書くなりよ。
「なんだ、タベ…って?」

中学時代に階段の踊り場で出合ったポスターに書かれていた「タベ…」。
「たべ…」ではなく「ゆうべ…」だと知ったのは高校に入ってからだった。

仮に「ゆうべ…」としても「なんだそれ…」と言う疑問が払拭するコトも無かったままに現在に至るワケだが「開演18:30より…」ってトコロに疑問を解く鍵があるんだとは思うが、もうちっとマシなタイトル付けられなかったのだろうか? と言う別の疑問が生じて来たりする。

似た様な問題として「月極駐車場」があるが、個人的には「夕べ」とは比較にならない問題だった。日本全国を網羅する「月極チェーン」とまでは想像が膨らまないままに解答を得てしまったからである。

サントリーホールだかグリーンホールだかでイムジチを聞いた時もそうだった。曲がどうのこうのより「夕べ…」が気になってそれどころでは無いんである。フルートを趣味とするおねいさんと一緒に観に行ったのだが、帰りに食事しながら聞いてみた。

「なぁ。タベ…って何?」
「たべ…じゃなくて、ゆ・う・べ…よ。」
「ゆうべ…って何?」
「ゆうべはゆうべよ。」
「イムジチとどういう関係よ?」
「ん…」

イムジチに限らず「タベ…」は多い。何気なく格調高く聞こえるコトを自慢げに「タベ…」に集う輩がうじゃうじゃいるのであるが、「タベ…」の本当の意味を理解しているのかと小一時間問い詰めたくなる衝動に駆られて止まないんである。

「鶏雑炊のタベ」

最近開拓した分野の調理に酔いしれながら、「タベ…」に興じてみたりしてみた。
これは「食べ…」でもあるが、完成した雑炊の滋味を良質な塩で味わうひとときは、まさに「タベ…」。テンションを敢えて書くならば…

「イクラちゃん! ハーィっ!」

な感じではあるが「タベ…」と記すならば、そのテンションは不適切であろう。
どうも何らかの「大人の事情…」が絡んで「タベ…」とされているんじゃないかと、思われてならないのである。かと言って、本来は何なのか? それも判らなくなっているほどに毒されてしまったと言うのか…。

「タベ…」それは恐ろしく手強い…。


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