文化庁のWEBサイトに、「民族共生の象徴となる空間」における博物館の整備・運営に関する調査検討委員会 が設置されたことが記されています。
「民族共生の象徴となる空間」に設置される文化施設における博物館の整備・運営に関する基本構想等を策定し、調査検討を始めるとのこと。
http://www.bunka.go.jp/bunkazai/minzoku_kyosei/index.html
構成委員14名は以下の通り(2012年3月29日現在)。
加藤 忠 (社)北海道アイヌ協会理事長
小林孝二 北海道開拓記念館学芸副館長
佐々木史郎 国立民族学博物館副館長
佐々木利和 北海道大学アイヌ・先住民研究センター教授
佐藤幸雄 (社)北海道アイヌ協会常務理事・事務局長
戸田安彦 白老町長
中村睦男 (財)アイヌ文化振興・研究推進機構理事長
永井順國 政策研究大学院大学客員教授
野本正博 (財)アイヌ民族博物館学芸課長
平川 南 国立歴史民俗博物館長、山梨県立博物館長
村木美幸 (財)アイヌ民族博物館副館長
森田 稔 九州国立博物館副館長
山下治子 ミュージアム情報誌「月刊ミュゼ」編集長
山谷吉宏 北海道環境生活部長
第1回会合は3月29日に開催。
アイヌ政策推進会議「民族共生の象徴となる空間」作業部会報告や、「民族共生の象徴となる空間」のゾーンニングイメージについて(国土交通省「民族共生の象徴となる空間のイメージ構築に向けた検討会」報告)の報告の後、象徴空間」に整備される博物館のあり方、イメージ等について意見交換が行われたようです。
ここにあるように国土交通省が「民族共生の象徴となる空間のイメージ構築に向けた検討会」を開き、報告を出しているようです。当日配布の資料にはありません。見たいですね。
今後のスケジュールとして、次回に博物館の目的・性格・テーマ等、運営のあり方の検討を行い、6月には北海道で博物館整備候補地視察を含む類似施設の紹介、既存施設の活用のあり方を検討。来年夏を目途に基本構想を取りまとめる予定のようです(第1回会合配布資料より)。
さて、第6回目のアイヌ政策推進作業部会が3月23日に開催されました。議事概要はまだUPされていませんので内容は分かりませんが、議事次第に「民族共生の象徴となる空間の具体化について」とあるものの、赤字で「延期」と記されています。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/seisakusuishin/dai6/gijisidai.pdf
先の整備・運営に関する調査検討委員会の審議を経てからということでしょうか。

基督教独立学園の講堂。そして壁に書かれた「神を畏るるは学問の始め」箴言1:7
わたしたち家族全員、ここで学び卒業しました。この春、新築のためにすでに取り壊されました。
北海道大学に対し先祖の遺骨を返せと要求し、情報公開法に基づいて北大の遺骨収集に関する資料の全面開示を求めてきた小川隆吉さんに対し、北海道大学は3月12日付で、新たな資料を送ってきました。かつて北大が発掘して保管しているアイヌ民族の人骨969体のうち、59体(2頁)分の資料です。
北大開示文書研究会のWEBサイトで「新資料」の全文を公開しています(リスト番号36)。
http://hmjk.world.coocan.jp/materials/list.html
内容は今まで開示された「アイヌ民族人体骨発掘台帳」と比べて、相当なまなましく、昭和5年埋葬、昭和8年発掘など、埋葬10年以内で発掘されているのが6体、その内、3年で発掘されているのが2体あります。埋葬年が黒塗りされたり書かれていないのもありますし、その中には「軟部の残存せるもの多く教室にてmagertion」もあり、脳や内臓、肉片が残ったものも発掘し、それらをそぎ落として遺骨収集したことが記されています(注・magertion=削り落とすの意味か?)。当時のことを知っている方の証言が資料によって裏付けられました。
新資料には2頁とも日高地方が含まれており、遺骨返還要求をしている遺族の遺骨が盗掘された杵臼墓地も含まれています。もし、この資料の中に、返還を訴えている小川さんらの先祖の名前や情報があるなら、北大は誠意をもって、小川さんらに伝えるべきです。ところが、これらの資料を送付するに当たって北大総務課は「関連すると思われる資料の存在が確認された」ので「参考に」送付する、「本資料の提供は、貴殿からの開示請求の経緯等を踏まえ、本学として任意に行うものであることを申し添えます」と、恩着せがましく書いてきているのです。
「開示請求の経緯等を踏まえ」るのならば、他の頁も開示すべきですが、その有無もこれだけでは分かりません(取材した報道関係者から聞いたところによると、「他にもある」と聞いた人もいれば、これのみと聞いた人があり、不明)。今後、より調査をしていきます。

久しぶりに晴れて暑寒別岳がきれいに見えました。
年度末、年度始めと忙しくしており、活動日誌が書けずにいました。
本州からはお花見の知らせが届いていますが留萌はまだ雪が降る日が続いています。
季節の変わり目、皆さん、ご自愛下さい。
「民族共生の象徴となる空間」に設置される文化施設における博物館の整備・運営に関する基本構想等を策定し、調査検討を始めるとのこと。
http://www.bunka.go.jp/bunkazai/minzoku_kyosei/index.html
構成委員14名は以下の通り(2012年3月29日現在)。
加藤 忠 (社)北海道アイヌ協会理事長
小林孝二 北海道開拓記念館学芸副館長
佐々木史郎 国立民族学博物館副館長
佐々木利和 北海道大学アイヌ・先住民研究センター教授
佐藤幸雄 (社)北海道アイヌ協会常務理事・事務局長
戸田安彦 白老町長
中村睦男 (財)アイヌ文化振興・研究推進機構理事長
永井順國 政策研究大学院大学客員教授
野本正博 (財)アイヌ民族博物館学芸課長
平川 南 国立歴史民俗博物館長、山梨県立博物館長
村木美幸 (財)アイヌ民族博物館副館長
森田 稔 九州国立博物館副館長
山下治子 ミュージアム情報誌「月刊ミュゼ」編集長
山谷吉宏 北海道環境生活部長
第1回会合は3月29日に開催。
アイヌ政策推進会議「民族共生の象徴となる空間」作業部会報告や、「民族共生の象徴となる空間」のゾーンニングイメージについて(国土交通省「民族共生の象徴となる空間のイメージ構築に向けた検討会」報告)の報告の後、象徴空間」に整備される博物館のあり方、イメージ等について意見交換が行われたようです。
ここにあるように国土交通省が「民族共生の象徴となる空間のイメージ構築に向けた検討会」を開き、報告を出しているようです。当日配布の資料にはありません。見たいですね。
今後のスケジュールとして、次回に博物館の目的・性格・テーマ等、運営のあり方の検討を行い、6月には北海道で博物館整備候補地視察を含む類似施設の紹介、既存施設の活用のあり方を検討。来年夏を目途に基本構想を取りまとめる予定のようです(第1回会合配布資料より)。
さて、第6回目のアイヌ政策推進作業部会が3月23日に開催されました。議事概要はまだUPされていませんので内容は分かりませんが、議事次第に「民族共生の象徴となる空間の具体化について」とあるものの、赤字で「延期」と記されています。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/seisakusuishin/dai6/gijisidai.pdf
先の整備・運営に関する調査検討委員会の審議を経てからということでしょうか。

基督教独立学園の講堂。そして壁に書かれた「神を畏るるは学問の始め」箴言1:7
わたしたち家族全員、ここで学び卒業しました。この春、新築のためにすでに取り壊されました。
北海道大学に対し先祖の遺骨を返せと要求し、情報公開法に基づいて北大の遺骨収集に関する資料の全面開示を求めてきた小川隆吉さんに対し、北海道大学は3月12日付で、新たな資料を送ってきました。かつて北大が発掘して保管しているアイヌ民族の人骨969体のうち、59体(2頁)分の資料です。
北大開示文書研究会のWEBサイトで「新資料」の全文を公開しています(リスト番号36)。
http://hmjk.world.coocan.jp/materials/list.html
内容は今まで開示された「アイヌ民族人体骨発掘台帳」と比べて、相当なまなましく、昭和5年埋葬、昭和8年発掘など、埋葬10年以内で発掘されているのが6体、その内、3年で発掘されているのが2体あります。埋葬年が黒塗りされたり書かれていないのもありますし、その中には「軟部の残存せるもの多く教室にてmagertion」もあり、脳や内臓、肉片が残ったものも発掘し、それらをそぎ落として遺骨収集したことが記されています(注・magertion=削り落とすの意味か?)。当時のことを知っている方の証言が資料によって裏付けられました。
新資料には2頁とも日高地方が含まれており、遺骨返還要求をしている遺族の遺骨が盗掘された杵臼墓地も含まれています。もし、この資料の中に、返還を訴えている小川さんらの先祖の名前や情報があるなら、北大は誠意をもって、小川さんらに伝えるべきです。ところが、これらの資料を送付するに当たって北大総務課は「関連すると思われる資料の存在が確認された」ので「参考に」送付する、「本資料の提供は、貴殿からの開示請求の経緯等を踏まえ、本学として任意に行うものであることを申し添えます」と、恩着せがましく書いてきているのです。
「開示請求の経緯等を踏まえ」るのならば、他の頁も開示すべきですが、その有無もこれだけでは分かりません(取材した報道関係者から聞いたところによると、「他にもある」と聞いた人もいれば、これのみと聞いた人があり、不明)。今後、より調査をしていきます。

久しぶりに晴れて暑寒別岳がきれいに見えました。
年度末、年度始めと忙しくしており、活動日誌が書けずにいました。
本州からはお花見の知らせが届いていますが留萌はまだ雪が降る日が続いています。
季節の変わり目、皆さん、ご自愛下さい。