~Agiato で Agitato に~

再開後約20年になるピアノを通して、地域やほかの世代とつながっていきたいと考えています。

たかが姿勢、されど姿勢

2007年07月11日 02時16分27秒 | ピアノ
そういえば・・・・

と思い出したのだけれど、ちょっと前まで私は大変に弾く姿勢が悪かった。
今でもそう上等とは思えないが、たとえば初めて聴いてもらう先生に
「あんた、姿勢が悪い!」といきなり言われるほど目だっていた。

姿勢については、別にピアノを弾く姿勢だけではなくて、
子どもの頃は勉強する姿勢も歩く姿勢もかなり悪くて、
これは目が悪かったせいも少しはあるのかもしれないが、
なにかというと母親に注意されていたような気がする。

歩く姿勢は一時的にではあるけど、
日舞をやっていた3年間ほどはマシになった。これは自分でもよくわかった。
ピアノを弾く姿勢に関しては自覚もなかったし、直す必要もあまり感じなかったので放置していた。
実際、ピアニストにはいろいろな姿勢の人がいるし、それが上手下手と直結しているともあまり思えなかったからだ。

ただ、年をとってきたせいなのか、長時間練習をするようになったせいなのか、
前傾した姿勢では、腰に負担を感じるようになった。腰だけではなくて、
いろいろなところに無理を感じるようになった。
もうひとつは、アップライトピアノのころは、いってみれば壁に向かって弾いているわけなので、あまり姿勢を起こすメリットも感じなかったのだが、
グランドに買い換えてからは、ピアノのお尻のほうまでを自分の延長というか一部として自覚しているので、自然と姿勢を起こして視線も若干遠くに配するようになった。

というわけで、最近はいきなり「あんた姿勢が悪い」といわれるほどは目だっていないと自分では思っている。

姿勢がよくなったからそうなのか、そうなったから姿勢がよくなったのかはわからないのだけれど、
最近かわったことといえば、「走る」ことがなくなった。
「走る」というのは技術的ゆとりと直結しているので、姿勢だけの問題でないことは明らかなのだが、
以前は姿勢の通り「のめりこむ自分」しかいなかったのだが、今は、「のめりこみそうになる自分」を少し客観視して<おい、待てよ>と「手綱をとる自分」の自覚もある。

演奏姿に関しては、動きの激しいのも好きだし、鍵盤にめりこむように弾くのもきらいではない(この前のショパンコンクールの入賞者にいましたね、そういうタイプの方が)。
今、自分として興味があるのは「どうしてあの姿から、こんな音楽が生まれるのか?」といいたくなるような、動きの少ない(省エネ?)スタイルだ。
私のまことに勝手な観察によると、指揮者なんかは若いころから順にいくと
 動き → 呼吸 → 気
と、団員を動かしていく方法が変わっていっているような気がする。
演奏者はまさか「呼吸」や「気」だけでは楽器は鳴らないわけなのだけれど、
指の運動量が多い曲や、時間的に長い曲をこれからも弾き続けたいと思うならば、
余分な動きはできるだけ抑えていかなければ、体力的に持つまいと思う。

なにしろ、一番体力のある若いころに弾いてないですからね、
人生折り返し地点と思われる今からでも、さまざまな曲にトライせねばなりません(・・って、別にしなくてもいいし、誰にも頼まれてないのだけど・・)。
鍛える一方で、「どうやったら、楽できるか?」と考えなければならないわけです。
40歳以上のおばちゃんはすごいですよ、コンペなんか骨折しそうな大曲弾かれる方もおられますしね。でもここで「わあ、大変そう」とか「よくもあんな曲を」と思われることは、すでに演奏としては「・・・????・・」なわけで、やはり「涼しい」とまではいかなくても、「あの曲ってほんとは難しいんだよね?」くらいの反応までには、余裕を持ちたいです。



「これくらい家計のスリム化も真剣に考えろよっ!」という突っ込みはナシということで