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~Agiato で Agitato に~

再開後約20年になるピアノを通して、地域やほかの世代とつながっていきたいと考えています。

ショパンチェロソナタ レッスン (1)

2009年05月29日 12時50分09秒 | レッスン&セミナー
昨晩はチェロソナタの初レッスンがありました。

チェロソナタとはいっても、ピアノパートの負担がかなり重い曲。だいぶ前から練習してきたとはいえ、まだどうしても弾けないところ一箇所残っているし、全体に必死で余裕がありません。レッスンでのいろいろな注文にはたして応えられるのか・・・


先生もおっしゃってました、「チェロソナタっていっても、ピアノの曲があってそれにチェロがくっついてるような曲だから」と。
冒頭8小節は完全にピアノ独奏なんですが、アルペジオのあとのドミナントの和音にのっかってチェロがいきなり登場します。
先生「最初ピアノが弾き出すとピアノの世界になるんだけど、そこで『ちょっと待った』ってチェロが出ます。・・えっとタカラヅカ・・わかりますか?あれみたいに登場してください」。
・・びっくりしましたねえ。いくら日本語がお上手とはいっても、いきなり<タカラヅカ>ですよ。忘れられないたとえです(笑)。
この曲に関しては「ピアノ、もっと遠慮しないで弾いてください」のところが多くて、そりゃじゃんじゃん余裕で弾けるんだったら、「待ってました!!」と弾きますけど、テクニックぎりぎりで必死で弾いてるので、遠慮もなにも・・という状態。必死×必死みたいになってしまっていけません。もっと弾き込まないとダメですねえ。
「そこはピアノコンチェルトみたいに」「そこは狂人みたいに」「そこはやさしい狂人みたいに」「そこはバス」「そこは内声」「いきなりものすごいレガートで」「ピアニッシモのなかのスフォルツァンドで」「コードの変化がよくわかるように」

こうならべると結構大変だなあ・・て気がしますが、インヴェンション1曲のほうがはるかに消耗します(笑)。

・・・音符の多い、こみいった楽譜を見るとなぜかほっとする今日このごろ・・・




ご報告

2009年05月28日 23時04分10秒 | ピアノ
とりあえず、検定一次合格いたしました。

受ければほとんどスルーかと思ってたのですが(殴)、意外に不合格が出たみたいで、すべての級合わせてたぶん14人の受検だったんじゃないかと思うのですが、5人くらい不合格が出たみたいです。
私が当日会場で感じたことは、楽譜にかじりついて弾こうが時々止まろうが、生徒さんに分りやすいような模範的な演奏で、丁寧に弾くことが大事だったのでは?・・ということ。
つまり暗譜で達者に個性的に弾いても、生徒さんにとってあまり参考にならないのではお話になりません。「フレーズは丁寧にしまい、強弱はわかりやすく、曲の特徴をはっきりと出し、打鍵は決して雑にならずたたかず」・・・ある意味「こうやってこうやって気をつけて弾いています」という子どものコンクールの感じに近かったかもしれません。

そういう点では、私は全然点数を取りにいっていないし(殴)、準備期間は3週間だし、で、かなりアブナイ橋を渡ったと思います。
一緒に受検された先生方はおそらく、毎年毎年インベンションやソナタで生徒さんをコンクールに出しておられるはずだし、それこそ細かい細かいところまで手を入れて指導されているはずです。
私はそういうキャリア面はゼロですので、はっきりいって一聴きしただけで「コイツは先生じゃない」ということがわかる演奏だった(汗)と思っています。

このあとはレポートやらなんやら4本くらいだして、さらにそのあとは筆記試験と公開の場で10分間指導をしなければならないのですけど、この3次に関しては年1回東京でしかないので、有効期限である5年のうちに受けられればいいな、と思っています。
・・ていうか、10分間で指導ってねえ・・それこそキャリアないし。知ってる人は知ってると思いますけど(汗)、演奏以上に私それに関しては「先生」ではないので、間違ったことは言わないと思いますけど、ヘンなこといいますから(爆)。

でもどうなんでしょう?どんなにベテランの先生でもホールでの公開レッスン、しかもまったく知らない子に対して10分間で・・って難しいことなのではないでしょうか?それとも弾くよりはずっと楽なことなのか・・・

私の知っている方で、これを全級取得された方がいらっしゃいますけど、すごいことだと思います。ご自分でもコンクールに出られて良い成績をおさめておられるし、デュオや室内楽もよくされていて、演奏・指導両面でご活躍です。

今年で私、ピアノを再開して10年・・。これをもし子どものころから継続していたとすると、やっと大学を出たくらいの年数になります。ただ曲数や練習時間が少ないですから、大学に入ったくらいと思えばいいでしょうか・・・
・・・ま、ぼちぼちやります。



「近現代」とひとまとめだけど

2009年05月27日 22時00分07秒 | その他音楽
ここ数日、20世紀以降の曲ばかりを聴いています。
プロコフィエフ:ピアノソナタ2番、3番、5番、9番
ショスタコーヴィチ:ピアノソナタ2番、3つの幻想的舞曲、5つの前奏曲、格言集、そのほか映画・バレエ音楽
スクリャービン:ピアノソナタ9番(黒ミサ)、10番、3つの練習曲、炎に向かって
・・・などなど。全部ロシア(ソ連)ですね。


時々、調性がはっきりしないようなものや変拍子だらけの曲を聴きたくなります。
だからといってシェーンベルクとかにはほとんどいかないのですけど・・・(汗)。

学生時代FMで聴いた曲にスクリャービンの「法悦の詩」というのがありまして(もちろんオーケストラ曲)、これにどういうわけかハマリました。そのとき一緒に演奏されたのがピアノソナタの「黒ミサ」。
私はスクリャービンってこんな曲ばかりだと思っていて、すっごい作曲家だなあ・・と思っておりましたら、だいぶあとになって調性のある曲を耳にして、ちょっとだけがっかりしたことがあります(爆)。そりゃ、作曲家なんですからいろいろな曲を作っているのは当たり前のことですし、作品番号の若いエチュードやソナタもすばらしい曲であるのは言うまでもないことですが。

これらの曲をどうこういえるほど聴いたわけでもないし、弾いたわけでもないのですけど、和音やリズムの整ったもの(古典やロマン)を弾いていると、非日常的な感じがして(まあそれがよくて弾いたり聴いたりしているわけなんですけど)、時々「・・・ちがうんじゃないか・・・(なにがちがうんだかわかりませんけど)」という思いに襲われたりします。
現実のニュースや日常のあれこれの合間合間に聴いていて意外に違和感がないのがこういう近現代曲で、特に好きなわけでもなんでもありませんけど、自然に受け入れてしまっていることもあります。・・・曲によって内容はいろいろなのでひとまとめにはできませんし、もしかすると作曲者の意図に反する聴き方なのかもしれませんけど・・


こういう曲をさかんに聴くときは、一方で、バッハを聴いていることが多いです。
たぶん脳内の似たような部分が活性化されてるんじゃないでしょうか?どこか知りませんが・・・前頭葉か(笑)。


ところでスクリャービンは1872~1915、プロコフィエフは1891~1953、ショスタコーヴィッチは1906~1975の人で、このなかではスクリャービンはかなり昔の人です。
それこそ日本だと大逆事件だとかその頃に生きてたということになりますか。
いつだったか、友人が「ショパンって、大塩平八郎の乱のころ生きてたんですよねえ」というもんで、びっくりしたり笑ったりしちゃったんですけど、そういうことを考えるとなんだか頭がこんがらがりそうになります。
以前セミナーに行ったとき講師の先生が「よく音大生に『バッハって平安時代くらいの人ですか?』ときかれてびっくりします」とおっしゃってました。あの音楽が江戸時代だと思うと「すごいなあ」と思いますけど、一方で音楽史上では昔の人っぽく感じてしまうのも事実で、そういうことを考えるとまたまた頭がこんがらがります。

このなかで一番最近の人であるショスタコーヴィッチは、亡くなったのは昭和50年ということですから
・・・・ほんのついこの前のことです・・・(逃)



ケイコの練習

2009年05月24日 19時55分59秒 | 家族・友人等
娘がシンケンジャーグッズ(剣もの)が欲しい欲しいというので、おもちゃ屋をのぞいてみました。

やはりというか、結構高い。3000円、5000円台当たり前。
うーん・・・と思ってふらふらしていたところ、娘「あ、これがいい!」と。
それは黄門さん3点セット(大小脇差&印籠)のようなもので、655円。
お、おかあさんもそれがいいですっ!!(爆)

これを買って帰ったところ、兄妹で大騒ぎ。
妹:「それでは、黄門さんのケイコの練習をします!」
兄:「おい、練習のことをケイコっていうんだよ」
妹:「まあまあ、ノリ突っ込みってことで・・・。さあかかってきなさい。私が悪者です。お兄ちゃんが黄門さん。でスケさんは・・、お父さん。(・・カクさんは?)」
兄:(プリキュアのお面で登場)
妹:「でたな、悪者」
兄:「・・けーんじくん、遊びましょ(←20世紀少年風に)」
私:「(なぜか印籠を片手に)・・・この紋所が・(プルルルル・・なぜか印籠に着信)あ、もしもしスケさん?、はよ来て」

・・・というわけでひとしきり、斬ったり斬られたり・・・

妹:「これで、今日のケイコは終わりです」
兄:「おまえが師範だったんか?」
妹:「シハンって何?」
兄:「先生だよ」
妹:「あ、そう・・・そうだよ。では、『今日のケイコは終わりです』」
兄:「はい・・・・」
妹:「そういう時は、『いいえ、まだまだ』っていうんだよ」
兄:「・・そういえば・・、オレ今試験中だった」


この調子で延々。
おもちゃは単純に越したことないですね、安いし(笑)。

昨日午前は、3月まで通っていた幼稚園の施設開放日で、山や砂場で思いっきり遊びましたし、今日午後はサークルの練習会を娘とのぞいてきました。
試験中のお兄ちゃんには悪いですけど、母娘で遊びまわるのも悪くないです。兄妹一緒に連れてると結構ケンカしてこちらが切れそうになるし・・・。


・・ということは私も遊びまわっていたということになりますね(汗)。



某検定

2009年05月22日 23時57分24秒 | ピアノ
某ピアノの検定を受けてまいりました。
これは指導者を対象とするもので(もちろん指導者でなくてもいいです)、初級・中級・上級と分かれており、それぞれの級に関しては、一次・二次・三次の課程があります。(三次は東京で実施。また、ひとつの級に関しての受検年限は5年となっています)

私の受けた初級は、一次が演奏、二次がレポート、三次が筆記試験および指導実技
となっていて、一次の演奏曲はバッハのインヴェンションかシンフォニアから1曲と古典派のソナタから第一楽章(第一楽章を含む複数の楽章でも可)、それとロマン・近現代スタイルいずれかの自由曲ということで、これを8~15分で弾くことになっています。

私は
インヴェンションの8番、
モーツァルトのソナタK545の全楽章、
プロコフィエフの「<ロミオとジュリエット>ピアノのための10の小品」よりモンタギュー家とキャピュレット家、
を選曲しておりました。
これで13分と少し。出入りを入れて15分内にはおさまるはず。
最初の2曲はまあいいとして、「初級」ということであれば3つめのプロコはどうなんだろう?と思いましたけど、「中級」になるとバッハはもう平均律になってしまうし、「上級」になるとショパンのエチュードが必須だし、で、まあいいか・・ということで選んじゃいました。
というよりは、この3曲はいずれも自分が習ったり教えたりの都合上、どうしても今弾いておきたい、いや弾いておかねばならないものばかりでしたので、そう自由な選曲ではなかったともいえます。

でこの3曲でしたけど、どれも難しかった・・・・
さすがにプロコは譜読みから3週間くらいで本番でしたので、そういう意味で必死でしたけど、バッハとモーツァルト、マジで大変でした。
こんな曲、子どもに弾かせていいんだろうか・・なにが初級でなにが上級なんだか?って感じで、弾くことに関してもですけど、こういうものを「教える」ってどういうことなんだろう、と思ってしまいました。

今朝おきてみたら、案の定というかまたしてもというか、左の指はつり加減だし、右もどうよ?・・のコンディションだし、ああ~と思いましたけど、それも実はいつもことだし、なぜか本番になると毎度毎度ケロっと治るので、大丈夫であろうと練習。考えてみたらソロは12月以来で、それなりにプレッシャーはかかってたんですねえ。緊張が体に出るタイプ(笑)。

・・・と思って会場に行ってみたら、こういうものを「緊張」とか言ってはいけないと思うほど、みなさん緊張されていて、コンクールなんかとはまた違う雰囲気でびっくりしました。ピアノの先生方が大部分で、おそらく県外からの方もおられたのではないかと思うのですけど、私のグループ(初級の前半)もドキドキな感じでした。
ステージに出ることに関してかなりのキャリアの差があるみたいで、ピアノを人前で弾くのが久しぶりでいらしゃるのでは?という方も中にはおられ、一方で「こう弾きたい、こう弾かねば」という気持ちはヒシヒシと伝わってくるので、そのギャップが聴いているほうにも緊張として伝わってきました。
初級前半の6人のうち暗譜だったのはおそらく私だけで(もちろん暗譜は必須ではありません)、それも含めて、あらためて人前で演奏するというのは大変な作業なのだ、と感じました。

選曲はインヴェンションは13番が複数、8番(私)、9番、シンフォニアの1番等
ソナタは、モーツァルトのK545が2人、K333が2人、ほかハイドン(私以外は1楽章のみ。短いとはいえ全楽章弾くのは暴挙に近かった・・・汗)
ロマン・近現代はショパンの7番のワルツが2人、ドビュッシーのアラベスク1番が2人、あとグリーグのペールギュントの「朝」

このなかで、プロコは・・浮きました(爆)。

この会場はピアノもいいし、音響もどちらかというと響きすぎるぐらいで(実は私、以前連弾をここで弾いたことがあったのですが、さきほどまで完全に忘れてました)、演奏するには気分のいいところです。
ただ審査の都合上、モーツァルトの第3楽章の大部分、プロコの後半の盛り上がりをカットされたのは、激しい欲求不満として残りましたが・・・

ヘンな話ですけど・・ちゃんと練習すると(笑)、バッハやモーツァルトって弾いてて独特の楽しさがありますね。テンポや縦の線がビシっと整う必要はあるのですけど。客観的にみて良い演奏だったかどうかは別として、これは得がたい経験でした。
・・・だいたい今まで、バッハとモーツァルトなんてロクな経験してないので(それだけ難しい作曲家というでもありますけど)、練習するのもイヤイヤなところがあるんですけど、これはですね、修行のように練習したものにしかたどりつけない境地があります、きっと。・・・まだ私そこまでいってないですけど、おおいに予感はあります。

というわけで、結果はまだ先ですけど、なかなか良い経験をさせていただきました。インヴェンションは今後も続けてやる予定ですけど、またモーツァルトも時々はやっておきたい。プロコフィエフは折をみて他の曲もやってみたいと思っています。ソロはやっぱり積極的に機会を作っていかないといけないですね。大変さはアンサンブルも相当なもんですけど、ソロのあの独特の精神状態はやるたんびにビビリます、ほんと。最近はなんとかピアノの前にすわれば落ち着くくらいにもっていけるようになったのですけど、そこまではやはりツライです。


さて、来月末はチェロの伴奏2曲。
シューベルトのアルペジオーネソナタ第1楽章とショパンのチェロソナタ第1楽章。
それと、そろそろ11月のベートーヴェンのソナタの準備でしょうか。
その前に8月もなんかあったな・・・(笑)。







アキラさん

2009年05月21日 20時39分39秒 | 家族・友人等
テレビを見ていた娘がいきなり、
「アキラさん、かっこいい~!」と絶叫。

・・・だれ、アキラって?

「ゆうがたクインテッド」のアキラさんでなし、ましてフィンガーファイブなんかであるわけもなし・・・

で、画面に目をやったところそこにいたのは・・中尾彬!まさかの「ねじりん棒」氏。
その番組はバラエティー番組で、百円ショップの商品のなかに高額商品をまぜて、だまされないように百円のものだけを選ぶ・・ってやつ。
ねじりん棒氏は夫人と出演していて、ウンチクを傾けつつ、良い具合に鑑定していたわけなんです。それが娘には「カッコいい」らしい。
今でこそ中尾氏はバラエティーにたくさん出てますけど、私らには「こゆい俳優」のイメージが強く、とてもとても「アキラさん」なんて感じじゃなかったです。
今芸人さんで「中尾彬と藤岡弘、の会話」なんてものまねをする人いますけど、この二人がバラエティーでこれだけ愛される(?)日がこようとは、昔はとてもとても想像できず・・・・時は流れました。

それにしても、娘の趣味っていったい・・・・

こんな講座もあるようです

2009年05月20日 22時14分20秒 | ピアノ
私自身はこの日用事があって行けそうにないのですが、以下のようなセミナーがあるようです。
よろしければお出かけください。




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「はじめてのピアノ体操」セミナー
講師:村上 隆先生

◆日時:2009年5月31日(日)10:30-12:30

◆会場:イヨ銀ビル7Fスタジオ

◆受講料:
会員:1,500円 / 学生:1,000円 /
他支部会員:2,500円 / 一般:3,000円

◆主催:ピティナ広島中央支部

◆問い合わせ・申込み先:ピティナ広島中央支部
TEL: 082-244-3760 / FAX:082-244-3668

≪ プログラム ≫
♪ ピアノ体操の必要性と姿勢について
(1) 準備体操
(2) Item 1 - トリルをスマートに …弾けるようになるための体操
(3) Item 2 - 半音階とスケールを美しく …弾けるようになるための体操

♪ ピアノを弾くときの姿勢解説
「手の構え方」 「手首の位置、高さ」 「親指の打鍵位置」
「肩から肘までのライン」 「肘から手首までのライン」
「手の甲の形」 「関節の在り方」 等々

※使用テキスト:レベル・アップ必至!はじめてのピアノ体操(リットーミュージック)

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子どもたちのバイオリンの先生はよく「鏡で姿勢を見ながら弾くように」とか「動画をとって手の動きを確認しながら練習してごらん」とおっしゃるのですけど、そういうことはピアノでもいえることかもしれません。
鏡はピアノの脇に置いてもいいかもなあ・・と時々考えます。
手の動きはバイオリンよりは視野に入りますけど、横からのもの(手首が下がっているとか、指が寝ているとか)は案外わからないものです。
最近は常にレコーダーを置いているので、音についてはしょっちゅうチェックしていますけど、動画もやるかなあ・・・・
こういう、姿勢とかなんとかいうことは、最終的には自分で決めていくしかないので、なるべくいろいろな意見や助言を経て、「いいポジション」の感覚をつかみたいものです。



準備運動はふだんはやってないですけど、本番前はだいたいやります。手もですけど、足が固まっているとペダルがうまく踏めないですから。
整理運動はふだんの練習のほうでよくやります。整理運動というほどではないですねえ・・・茶碗洗う前にお湯を出しがてらお湯の中で何分間かグーパーするくらい。


なにをやるにもそういうことはつきものだと思うのですけど、楽器の演奏にもやはり身体的影響はあるようで、あまり贅肉がつくと体のキレが悪くなる感じがありますし、姿勢によってはリズムにひずみが出るような気もします。
そんな面ばかりを追求するのもなんだかなあ・・とも思うのですが、「心技体」じゃないですけど、常にさまざまな角度からのチェックはしておきたいな、と思っています。


・・・まずは、髪やお肌の手入れからですか?・・・(逃)

驚きました

2009年05月19日 17時27分56秒 | 雑感
元アナウンサーの頼近美津子さんが亡くなられました。

詳しいことはわからないのだけれど、まだ53歳でいらしたそう。

クラシック音楽にも大変お詳しく、さまざまな番組・場面で活躍されていたのでほんとに残念でなりません。

私の恩師の一人(九州)が、広島で教鞭をとっていたことがあるそうなのですが、そのときに彼女を教えていたとか。授業中の雑談のおり、何回か頼近さんのお名前をきいたことがありました。


ご冥福をお祈りいたします。

敵(?)はそこか

2009年05月19日 02時09分39秒 | ピアノ
当たりまえといえば当たりまえのことなんですけど・・・

なにかを弾いたおりに、

「なんだか難しそうな曲ですねえ」といわれると、「そうそう、ほんとに難しいのよ」と思う反面、「そっか、難しそうに弾いていたんだぁ」と反省してしまうのですが、
譜読みから練習暗譜に至るまでメチャクチャ苦労した曲なのに、「いい曲ですね!」とひとこと言われると、「・・そ、それだけ・・」という気分になります(笑)。

基本的に、技術面でなく「曲」の感想を言われるのはいいことだと思っていますし、演奏するものとしてはそうあるべきと思うのですけど、「曲」の感想は作曲家へ向けられた部分が大きいので、賞賛が頭上を通過してしまった感はあります。

以前読んだ演奏関係の本に「弾きにくくかかれているところを、ささっと達者に弾いてしまうことは作曲家の意思に反する」といった内容のことが書かれていました。ピアノではあまりそういうことを指摘されることはありませんけど、管楽器や弦楽器だとわざと音域的にも技術的にもギリギリの音を使って演奏家を苦しめ、緊張感や悲痛苦痛を表現する作曲家もいるので、なるほどそういうことも無きにしもあらずかな、と思ったことがあります。
ただそれが、自分の技術のなさで「苦しい」のか、書かれたことそのものが「ヒドイ」のかを判断するのはなかなか難しいことですが・・・。

ただ言えるのは、いかにも難しそうなところは練習と工夫次第でなんとか乗り切れることが多いのですが、見た目全然難しそうでないところが実は真の敵(?)であり難儀することが多いということ。
日常的なこともしかり・・・良い字を書く、きれいに箸を使う、語尾のニュアンスを生かす、これまでどれだけ繰り返してきたか分らないことばかりですが、あらためて一つ一つ点検するとどれもどれも自信のないことばかり。
良い音を出す、きれいにスケールを弾く、フレーズを丁寧に閉じる・・それぞれは何も「ヒドイ」ことではないですけど、弾くものにとっては大変なことばかり。


・・・そういうもんなんですね、なにごとも。