~Agiato で Agitato に~

再開後約20年になるピアノを通して、地域やほかの世代とつながっていきたいと考えています。

バイセンのアンバイは?

2006年01月31日 14時14分12秒 | 雑感
先日テレビを見ていたら、
ごひいきの<藤岡 弘、>がコーヒー豆の焙煎をやっていたので、
どうしてもやりたくなってしまいました。

「たしか生豆があったはず」と冷蔵庫をごそごそやっていたら、
ありましたありました
約一年前、あるコーヒー屋の開店プレゼントでもらったモノが。
しかし、コーヒー豆は生鮮品といわれるのに、一年も前のものを飲んでも大丈夫なのか?
アヘンに変化していたりしないものか?

焙煎初挑戦なのだから、たとえ飲まなくても「煎る練習」と思って
やってみることにしました。

器具なんか何も持ってないのだからフライパンです。
そこそこの弱火で焦げないように揺すっていたら、だんだん色づいてきました。
でも時間かかりますね、玉ねぎをアメ色に炒めるみたいに。
伊武雅刀氏が「玉ねぎをいためるのはザンマイの境地です」と以前おっしゃってましたが、まさにそんな感じ。
でも、においは大豆かなんか煎ってるのとあまり変わらない・・・
う~ん、やっぱり古いとだめか・・・

それと昨日の日記じゃないけど、「やめ時」の加減がわからない。
浅すぎると味がしなさそうだし、深すぎると焦げ臭くなりそうな気も。
ここはやはり「普通」ですかね、やはり。
「限りなく標準」と思われる色まできたところで、火を止めました。

見た目は、普通に売っているコーヒー豆になりました。

では、挽いてみますか。
普段は深煎り系の豆を荒く挽くのですが、今日はそれより少し細かめ。
おおっ・・ちゃんとコーヒーの香りが立ち上ってくるではありませんか!
これは期待できます。

淹れてみますか・・・・
ネルいっぱいに粉がふわっとふくらんで、なかなかの眺めです。
落ちる速度もいい!

さて、飲みます飲みます。
ちょっと心配げに「ウエルダンの豆?」と遠巻きにしていた主人も出てきました。
おなかこわすならまだしも、これで二人でラリってしまったら、
子供達はどうなる・・・・・・・

・・・・・・う、うまいっ!
この「なにかウラがあるような味」がたまりません!
これなら、まずは成功。

というわけで、おなかもこわさず、ラリってしまうこともなく、
試飲会は無事終わりました。
またやってみたいけれど、焙煎まではまっちゃうと
コーヒー自体がなかなか飲めなくなってしまいます(笑)。

しかし、あのザンマイの境地は捨てがたい





年期とセンスのアンバイマン?

2006年01月30日 19時13分57秒 | 雑感
なにごとに関しても、「この程度」という加減というかアンバイが
大変重要なのだが、
一方、これほどセンスと経験を要求されるやっかいなものもない。

だいたいにおいて、私はやることが過剰だ。

サボテンの世話は「やってはいけない」とわかっていながら、
「どうにも辛抱たまらず」水をやってしまい・・・・・枯らす。
目玉焼きは「だいたい今がいいころ」と思いながらも「もう一焼き」とやってしまい・・・・・・カチカチにする。
モーツァルトは「天衣無縫に」と思いつつも、「ここぞというところで気張ってしまい」、
・・・・「情熱的なのはいいんですが、ベートーベン入ってます」といわれる。
ショパンは「上品なフォルテで」と思いつつも、バスというより「ドス」をきかせてしまい
・・・・「他人を脅かさないように」と指導される。

好みの問題といわれればそれまでだし、性格の問題といわれれば終わりだ
世の中いくら進んできたといっても、味、音楽、人間関係、その他もろもろ、
感覚経験総動員の「アンバイ」にかかっているのだから、人生難しい。

この年になっても、まだまだこれをマスターするのは遠い遠い話だ。
でも、それでいいと思う。
少しずつ・・少しずつ・・・・少しずつ・・・・

ラベルの「ボレロ」の気長なクレッシェンドのように
辛抱するのも大事なこと(笑)。

容貌×長さ=1?

2006年01月29日 14時52分06秒 | 見る・読む
ロシア語通訳の米原万里さんの著書
「ガセネッタ&シモネッタ」(文芸春秋社刊)を思いついてパラリとあけてみた。

どこを読んでもおもしろいのだけど、たまたま開けたページ、思わずうなってしまった。

ロシアの作家の<顔>について書かれている。

ツルゲーネフ
 写真で見る限り、ダサくて不細工なのだが、同時代人たちは、異口同音に
 「非の打ち所のない美丈夫」とか、
 「どんな女をも夢中にさせる美形」とその容貌をうらやましがっている。

ドストエフスキー
 同時代の元女優による証言。
 「やせっぽちでチビで病的な顔色をした風采の上がらない男。
 灰色の目はキョロキョロと落ち着きがなく、青ざめた唇は神経質にひきつってい た」

トルストイ
 翁と呼ばれる年齢になってからの写真では、かなり迫力のある醜男のトルストイも、
 青年時代の写真をみる限り、結構いい男(らしい)。
 しかしながら、ツルゲーネフによると
 「あの顔でドンファン願望を持つとは」とのこと(つまり写真写りがよかった、と)。
 「生まれ故郷の領地からモスクワまでの道筋に、トルストイの子供が200名ほども産み落とされた」
  というほど、お盛んな方であったらしいのだが、
 伯爵家の御曹司であるトルストイは、実は同じ階級の女には、絶望的にモテなかった・・・・らしい。

チェーホフ
 ロシア文学史上、ツルゲーネフを凌ぐ美男作家らしい。
 190センチを超える長身で、若くして結核を患ったチェーホフは、 
 半分人生を諦めたようなところがあって、そこがまた女心をそそった。

いやはや、おもろいですなあ。
で、このエッセイのタイトルが<モテる作家は短い!>
いわく、「作品の長さは、作家が女を口説き落とすまでにかかる時間に比例する」。

偶然なのかなんなのか、私は、ツルゲーネフとチェーホフはいくつか読んだことがあるが、
トルストイはちょっと、ドストエフスキーにいたっては全然(恥)だ。
だって、長いんだもん・・・・

では、作曲家の容貌(モテ度?)と曲の長さの関係はどうか。
 ショパン、ドビュッシー・・・・・・なるほど
 ベートーベン、ブラームス・・・・びみょう
 ワグナー、ブルックナー・・・・・どてっ

いや、別に事実かどうかは私知るところではなく。。。

名曲のいきさつ

2006年01月28日 12時32分44秒 | 交響曲・管弦楽曲等
「アニトラの踊り」の「アニトラってなんだろう?」と調べてみました。
(だんだん・・・ばれてきましたね・・連弾曲)
アラビアかどこかの酋長の娘の名前でした。
酋長の娘が、ニセ予言者の所望でくねくね踊るという、かなりアブナイ曲。

さて、この『ペール・ギュント』ですが(馬の名前ではない)、
手元のCD(グラモフォン・カラヤン文庫)によると、
イプセンの詩劇であり、イプセンじきじきの依頼により、
グリーグが音楽をつけたのだそうです。
ノルウェーの何人もの作曲家が曲を書きたがっていたといわれていますが、
もっとも有名だったグリーグが選ばれたらしい。

ただグリーグは、<むしろ自分の着想とはそぐわないイプセンの戯曲の
背徳的な性格に当惑を覚え>
「(幻想とほら吹きを好むノルウェー的人物の慎みのない姿を
忠実に再現した『ペール・ギュント』について)これは手に負えぬ主題です」と語っていたという。

なるほど、なるほど『ペール・ギュント』はイケナイお話なのですね
あらすじしか知りませんし、イプセンというと『人形の家』しか浮かばないので、
なんとも言えないのですが。
「イケナイお話」に当惑を覚えたグリーグは真面目な方だったのでしょうね、
きっと。

モーツァルトなら、スキップして作曲しそうですが(笑)。

ヒトも歩けばヒトにあたる

2006年01月27日 14時11分29秒 | 雑感
以下、東京にいた時分、ほんとうにあったこと。

<大井町線で>
 ひところ、大井町線で通勤していたことがある。
 毎朝「じ~」という音が耳鳴りのようにきこえる。
 ある日、気になって気になって音のほうへ移動してみたら、
 アナーキーな風体のおじさま(??)が、電気かみそりをあごにあてつつ
 車両間をいったりきたりしておられた。
 そのうち、全車両を端から端まで移動される姿が目撃されるようになった。

<丸の内線で>
 あれは学校帰りだったので、夕方だったと思う。
 「次は、池袋~、池袋~」
 車内放送が流れた。ぎょっとして着いた駅を確認したら、
 やはり「新大塚」だった。・・・・訂正いっさいなし・・・
 では、次は?
  「次も池袋~!池袋~!」    


<新宿駅で>
 「私とじゃんけんしてください」と声をかけられた。

<新宿駅ちかくで>
 本屋にはいったら、なんか周囲からにらまれた気がして
 「えっ・・・」と思って見回したら、男性ばかり。
 でも、まあよくあることだしと、どんどん奥の方に入っていったら
 ますます雰囲気が怪しく・・・・
 並んでいる本をみたら<そのスジ>の本ばかりだった。
 考えてみたら2丁目の至近距離。。。。すいません。。。

<新宿駅構内で>
 「あるよ・・・・・あるよ・・・・」
 と全身黒尽くめの男にヒソヒソ声で呼びかけられた。
 あやうく「何が?」ときくところだった。
 猛ダッシュで立ち去るのみ。
 でも、ほんとは何が「あった」のだろうか?

<半蔵門線で>
 いきなりおばさんに
 「ああっ、あなたの眉間のあたりに・・」と叫ばれ
 「祈らせてくださいっ!」
 と手をかざされた。

天才の残したもの

2006年01月26日 14時16分35秒 | その他音楽
明日はモーツァルトの誕生日だそうだ。
250年たった今、このように世界中で大騒ぎするなどど
存命中にモーツァルトは思っていたであろうか?

命がけのファンも多いモーツァルト。
私などは語ることもないのだが、この機会にちょっとだけ調べ物をしてみた。

26歳の年の作品のいくつか(おそらくコンスタンツェと結婚した頃かと思われる)

   K.229 カノン「彼女は死んだ」
   K.230 カノン「幸いなるかな 幸いなるかな」
 ~~~~~~ここまでは、まあいい。
 
   K.231 カノン「おれの尻をなめろ」
   K.233 カノン「おれの尻をなめろ きれいに きれいにね」
   K.234 カノン「夏の暑さにおれは喰う」

          

この年は、K.397「幻想曲ニ短調」、K382「ロンドニ長調」、
K.384「後宮からの誘拐」、K.385「交響曲第35番ハフナー」等も
うまれている。

これ以降(27歳~)もある。
   K.433 アリア「男たちはいつでもつまみぐいしたがる」
   K.559a 4声のカノン「おお、お前ばかなバイエルよ」
   K.561 4声のカノン「おやすみ、お前はほんとのおばかさん」
   
                   (野口秀夫氏の資料参考)


先日「アマデウス」DVD(1500円)を購入した。
何回も何回も見た作品だが、見るたびに新たな発見がある。
モーツァルト像はたぶん相当デフォルメされていると思われるのだけれど、
こういった曲のタイトルから見る限り、当たらずとも遠からず・・・といった
感じがする。
さらにサリエリがあのようにきまじめで、音楽の神に生涯をささげた人物であったならば・・・・

200年過ぎても、謎は謎のままだ。

ビブラートでもかける?

2006年01月25日 22時05分49秒 | ピアノ
実は今、連弾を企画している。

すでに相手は決まり、曲もおおまかには決まっている。
小学校の音楽の時間かなにかでみなさんおなじみの曲で、
きけば「ああ、あれ」か「ウッソー」か「大爆笑」
のいずれかの反応になってしまうヤツだ。

組曲から2曲選んだが、時間的なものからどうしても
あと1曲ほしい。
それも、あとの2曲との調和を乱さず、かつ「つかみ」のあるヤツ・・・
こういう選曲はほんとに難しい。

今日、たまたま同じ作曲家で、歌曲からの編曲、
しかも時間的にはいいんじゃないか、と思われるものをみつけた。
聴いたことのない曲なので、合わせてみないことにはなんともいえないし、
全体のバランスもあるので、決定はまだまだ先なのだが、
歌曲や管弦楽曲からの編曲モノに付き物の、「困ったもの」が
この楽譜にも存在した。

単音の全音符の下に<cresc. molto>という指示

ピアノでできるわけなかろうがっ!
いつも思うのだ。
弦とか声なら長い一音の中で、クレッシェンドもデクレシェンドも自由自在だ。
それを、ピアノに編曲した上でもどうしても指示したいのなら、
どうして、トリルとかアルペジオとかにしてくれないのか。
編曲モノと毎年戦っている私は、どれだけこれに苦労したかしれない。
この指示の有効な解決法をご存知の方がいらしゃったら、
どうかご教示くださいませ。

まだ1月だけれど、あっという間に時はたってしまう。
夏になって慌てないように準備しておかなければ。
この曲を夏に弾くのは暑いぞ~
聴かされるほうも大変だぞ~

これでも○○シリーズ その5

2006年01月24日 11時22分25秒 | これでも○○シリーズ
これでも五重奏の一部。

ほかはそうでもないのけれど、ここに関しては
弦楽器ヒマすぎ~。
というより、速いテンポでここをミスなしに弾こうと思ったら、
ピアノ難しすぎ。この感じがしばらく続く。
―ブラームスピアノ五重奏第4楽章より

(写真をクリックすると拡大されます)



名曲の使い方

2006年01月24日 08時52分23秒 | 見る・読む
幼児グッズのカタログを見ていたら、こんなものがあった。

 <折りたたみ便座>
  お出かけの時の必需品。
  おしりにフィットした座りやすい形状。
  ここ に触れると、メロディ(きらきら星)が流れます。
   (「ここ」というのは、大人でいうと右腿の下あたりになる)

 <使用者の感想>
  外出先のトイレを嫌がってうたのに、「きらきら星」に合わせて歌いながら
  楽しくできるようになりました。


すばらしい!
トイレットトレーニングのひとつの関門である「外出先のトイレ」克服には
どこの親も頭を悩ませていると思う。
それが克服できるというのは、ほんとに画期的だ。

・・・・・・・がしかし、
「きらきら星」を歌いながら<楽しくできる>というのは、
なんだかなあ~な感じだ。
「三つ子の魂」ではないが、「条件反射」となったりしないだろうか?
なんせ、モーツァルトの「きらきら星変奏曲」なんかバリエーションが12も続くのだ。
それぞれに形を変えて反応していては大変なことになる。

人によって「条件反射」の「条件」はいろいろなのだろうけど、
やはり私は「音」のすりこみが大きいような気がする。
「ショパンのエチュード 作品25-1(エオリアンハープ)」を聴くと、掃除がしたくなり、
「ブラームスの1番交響曲第4楽章」のラストの荘重な調べを聴くと
卒業したくなる。
それもこれも、中学の時にBGMとして使われていたためだ。
よくあるのは下校・閉店時の「蛍の光」や「家路」だけれど、
これはまあ、内容が定着してしまっているのでもはや違和感はない。
「行事曲」としてはマイナーな存在ながら「お掃除促進曲」にされてしまった
25-1は気の毒だ・・・

当時私は、25-1は知らなかったし、かなりアレンジがほどこしてあったので、
まさかまさかそれがショパン作曲だなどと思いもしなかった。
気持ちよくほこりをモウモウとたてながら、箒を動かしていたものだ。

まだお掃除ならいいが、生理現象と結びつくとなると・・・・
同じ生理現象に結びつけるなら、うちの場合「睡眠」の方に願いたいような気がする。
「きらきら星」・・・ぴったりだと思うが。