世界一健康長寿のニライの風来坊

豊饒を齎す理想郷は海の彼方の蓬莱島!ニライの島夢郷!!その桃源郷を求めて南の風来坊は今日も迷走する。

24か年ぶりの教え子の同期生会に招待されて!(上)

2008年02月09日 | Weblog

沖縄県伊平屋村立 伊平屋小学校及び伊平屋中学校第28期生の同期生

会に招待されて感無量に浸った。私が華の独身時代の24歳の頃の教え子で

ある。兎に角、離島の離島、僻地教育に全力投球した一途な熱血教師?だっ

た(自称 そう思っているだけ)頃である。純粋な教育一筋に明け暮れた若かり

し頃である。彼等彼女等も今では立派な中年で子供は成人し中には孫もいる。

社会の第一線で中間管理職の方もいて職業も多々だが思いは中学時代に馳

せて純真そのまんま、である。社長もいるし、肉体労働者もいる。でもお互いの

呼び名は<Aちゃん、B子・・・>の呼び捨てである。中には当時の恩師?(古

い呼び方で失礼)より身も体も老けて誰それと判定しにくい若年寄?・老人?も

いる。人生の苦難、波瀾万丈の歳月が彼等彼女等を、そうさせたのだろう。

少々、悲哀を感じた。でも言語だけは明瞭で達者で若々しい。せめてもの、そ

れが取り柄だった。一通り挨拶は済ませ個々人の対面では秘話も語られ、あ

の時のあの悔しさは並みではなかったと暴露する場面もあり和気藹々だった。

部下を統率する最高責任者も、ここでは唯の同級生、同期生でしかない。お

い、Gちゃん、おい、C子と中学生時代にタイムスリップして心おきなくその日は

過ごせた。教え子に招待される醍醐味は教師冥利に尽きる。今回は2回目で

実に24か年ぶりである。あれから一様に24歳、歳を重ねた事になる。彼等彼

女等も齢 45歳になったらしい。あの頃の紅顔の美少年・美少女も今は歳相

応、立派な白髪のおじさん、おばさんである。あの やんちゃな男児が凛とした

中年である。頼もしくもあり感慨もひとしお深い。それもこれも思い出を確実に

掘り起こしてくれたのが今で言う「タイムカプセル」である。出るは、出るは、思

い出の品々がワンサと出てきた。国語の上・下の全漢字の読み書きの手書き

のプリントである。所々に滲み出たインクで書かれた印字である。今でも即、使

えるなあと思った。今風では「漢字100マス」の穴埋めである。計算プリントも

刷られている。今でも確実に使用でき役立つプリントだ。我ながら懐かしく、よく

ぞ、やったなあ、と感無量になった。当時は6年生担任で「卒業生を送る」詩も

刻まれている。PTA・父母会の案内、卒業文集、卒業生の式辞、昭和47年 学

事報告、同期生会開催規約も既に作成されていた。それに基づいて今回も開

催にこぎつけた事になる。尊大な期待は当時はなかったが、今、振り返ってみ

るとあの頃の意気込みと情熱の程が伺えて懐かしくなった。持つべきものは

「教え子」だと、つくづく思った。<教師冥利に尽きる>とは、この事だろうな

あ、と実感している。次回に記述する事は今でもそう思っているが、作者は忘

れたが「樹」という詩である。それを毎年度の教え子達に送ったものだ。次回ま

で眼を通してほしい。・・・