朝から冷たい風が吹いております。
こんにちは。禰宜です。
さて本日は「遠くに行きたい」ブログ。
今回は再び山口市へ行ってきました。
前回(『第4回http://blog.goo.ne.jp/okadaguu/d/20110120』)
以前もお伝えした通り、山口は日本最強の守護大名・大内氏の首府でありました。
現在でこそ、山口はのんびりとした街ではありますが、かつては日本有数の都市として栄え、その繁栄ぶりから『西京(にしのきょう)』の異名をとった街でした。
今回、そんな中世都市・山口で大内氏が将軍様(厳密には亡命してきた前将軍)をもてなした食事が食べられる・・・との情報が。
それがこちら
平成大内御膳(http://yamaguchi-city.jp/ouchigozen/)
これは行かねばなるまい・・・ということで、早速山口へ。
雨でした・・・。
弘世公もずぶ濡れです。
仕方無い・・・雨の山口散策をしましょうか。
前回は瑠璃光寺や大神宮をご紹介しましたので、今回は街の中心に行ってみましょう。
こちらが山口市の中心にある瑞雲山龍福寺。
ここ龍福寺はかつての大内氏の守護館・『大内氏館(山口館)』の跡地に建っており、方形型の境内が、ここが大内の居館だったということを感じさせてくれます。
航空写真だと分かり易いですかね。
明るい部分が龍福寺。ほら、なんだか邸宅みたいな境内でしょ?
当時の再現図。
真ん中にある四角い邸宅が大内氏館。
すなわち・・・現在の龍福寺です。
ちなみに現在我々が思い浮かぶ大名の住居・・・所謂「石垣が築かれ天守を持つ難攻不落の城郭」は織田信長の晩年の時代にならないと出てきません。
それまでの大名の住居は、ほとんどすべてこのような「居館」であり、合戦になると近くの山に築いた城砦に篭るのが常でした。
もちろん後に安土城を築いた信長だって最初はこんな感じの(大内氏館よりは遥かに規模が小さいでしょうが・・・)居館に住んでいたわけです。
奥に見える建物が最近改修された国重文の本堂(釈迦堂)。
生憎の雨ではありますが、こんな雰囲気の境内もまた一興。
境内の中にある資料館・・・の横にある大内義興像。
16世紀初頭における日本最大級の大名で、その威は防・長をはじめ西国数ヶ国に広がり、自らの元へ亡命してきた前職の将軍・足利義稙(よしたね)を擁して都へ攻め上がって、現職の将軍・足利義澄(よしずみ)を駆逐して、見事、義稙を将軍へ返り咲かせた程の実力をもった人物です。
恐らく、やった事や天下に与えた影響は武田信玄や上杉謙信、伊達政宗などの知名度の高い戦国大名よりもずーっと大きいです。
そうそう、当社のある黒崎もこの人の支配下でしたよ。
今回体験する食事は、この人が亡命してきた義稙をもてなした際の食事です。
龍福寺では最近の調査によって、様々な大内氏館の遺構が発掘され、さらに復元が進められています。
こちらは境内の南東部分から発掘・復元された大内氏館の庭園の池。
これは井戸ですね。
境内外の西部にある門、つまり西門です。
説明板によると正門では無く、館内部の区画を仕切る内門であったと考えられています。
つまり館は現在の境内よりも大きかったという事ですね。
このように龍福寺(大内氏館)はなかなかに見どころがあります。
歴史好きだけでは無く、お寺好き・お城好きにも足を運んでもらいたいスポットですね!
また、龍福寺をちょっと北上すると、前回もご紹介した八坂神社があります。
旧県社・八坂神社
社殿は国重文です。
この八坂神社の境内の一角に築山館の跡地があります。
築山館は本邸の大内氏館に対して別邸として作られました。
賓客を迎え入れる迎賓館的な役割を担っていたと考えられています。
都を追われた前将軍・義稙もここに入ったのかもしれませんね。
・・・さぁ!
そろそろお腹が空いたので将軍様のお食事を食べに行きましょう!
ということで市内のお食事処へ。
早速なにか出てきました。わくわく。
この平成大内御膳は、明応9(1500)年3月5日に大内義興が大内氏館にて、足利義稙を饗応した際の献立を、出来うる限り当時のまま再現したものです。当時のままの再現を心がけていますから、砂糖・醤油・みりんなど1500年代には存在しなかった調味料は一切使っていません。塩とか・・・味噌とか・・・蜂蜜とかで味付けしてあります。
本来は全32献110品の料理からなる、記録に残る中では中世最大級の献立ですが、32献110品の献立などはとても食べ切れないので・・・・・
10品コース(大内義興コース)
8品コース(足利義稙コース)
の簡略化された2コースが味わえます。
・・・なんで(前)将軍様のほうが下のコースなんだろ・・・。
まぁ気にしないでおきましょうか!
では平成大内御膳(大内義興コース)を味わっていきましょう。
一、雑煮
干し海鼠と鮑の雑煮
二、さしみ鰤・もみさざえ
鰤の刺身 とさざえの塩揉み
三、かどの子
数の子
四、鯛焼物
鯛の塩焼き(※本来は真鯛。連子鯛で代用)
五、たこ味噌焼
ゆでだこの味噌焼き
六、つぐみ煎物
つぐみの塩焼き(※うずらで代用)
七、御汁
鶏の御汁
八、のりからみ
烏賊と海苔と野菜の酢の物
九、とっさか
とさかのり(海藻)
十、海老羹
表面に海老が描かれた吉野葛の羹
・・・以上10品に以下2品が付いてきました。
御飯
お代わり自由
茶碗蒸し
普通の茶碗蒸し。サービス品。
・・・と、こんな感じの平成大内御膳でした。
正直に申しまして、最初はいくら(前)将軍様をもてなした料理とはいえ、現代人の料理に欠かせない醤油・砂糖・みりんなどを使わない料理という事で、あまり期待していなかったのが本音なのですが(笑)、想像以上に美味しく味わえました。この味なら16世紀にタイムスリップしても全然生きてゆけそうです(笑)
料理数も32品から10品に簡略化しているとはいえ、お腹一杯になります。
また義稙コースは義興コースと料理も違うみたいです。
こちらもいつか機会があれば味わってみたいですね。
中世の将軍様の気分になれる平成大内御膳。
興味のある方はぜひ味わってみて下さいね!
禰宜