フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

4月11日(水) 晴れ

2024-04-12 14:55:03 | Weblog

7時半、起床。70歳で迎える最初の朝である。

チーズトースト、ソーセージ、サラダ、牛乳、珈琲の朝食。

新聞に「ひとりミドル」(一人暮らしの中年)の社会的紐帯の乏しさについての記事が載っていた。独居老人のことはよく話題になるが、「親密圏」を持たずに生きてことは老人だけの話ではないのだ。宮本みち子さん(放送大学名誉教授)が江東区で調査をした結果を元に話をされている。

「互いの関心と配慮で結び付く持続的な関係を『親密圏』と呼びますが、これを持たない人が特に男性で目立ちます。家族を基盤にした親密圏が弱まる一方で、会社中心の日々で新たな親密圏の存在が見えない。そうなると孤立、孤独の問題が出てきます」

「一番の不安は、寝込んだ時にどうするか、でした。女性は親きょうだいに頼る意識が強く、日頃から仲良くしてもいます。男性は仕事中心で親族との交流の頻度が低く、行政サービスを頼る意識が強い」

「現役のシングルも、いずれ高齢化します。今の独居高齢者には、配偶者と死別し子供がいる人が多いけれど、今後、非婚や離婚高齢者が増えていく。孤立を防ぐ地域の知り合いが必要です。安全で孤立しない環境づくりに、今から取り組まなければ間に合いません」

「ひとりでぶらりと立ち寄れる場所、カフェや銭湯、ジム、フリーランスの交流会、朝ごはんの食べられる喫茶店など、地元の顔見知りができるような仕掛けづくりに、当事者も自分ごととして参加していくことではないでしょうか。今やシングルはマイノリティーではありません。行政はシングルの課題やニーズを把握し、それに応えるという発想をもってほしい。シングルだけでなく、誰にとっても住みやすい地域になるはずです」

演習「現代人と社交」の受講生たちにも読んでほしい記事である。なお、調査結果は宮本みち子・大江守之編『東京ミドル期シングルの衝撃』(東洋経済新報社)として刊行されている。

自転車に乗って、東京蒲田医療センターに行く。退院後一か月目の診察である。9時の予約だったが、10分ほどの待ち時間で呼ばれた。こんなに早いこともある。経過については問題なし。次回は退院後三か月目。医師から、今回の症例(再発した鼠径部ヘルニアの修復手術)を学会などで報告させてもらいたいのだが、よろしいですかと聞かれる。はい、お役に立てるのであれば。

帰りは呑川沿いのお花見スポットをたどりながら。

夫婦橋親水公園。

仲之橋の上から。

あやめ橋の上から。

御成橋の辺り。

玄関に迎えに出たチャイを玄関先に連れ出す。ポストの上がお気に入りの場所。「ポストイット」ならぬ「ポストキャット」。

今日は将棋名人戦第一局二日目。現在の形勢は五分五分。ここから後手の豊島が9五角と勝負手を放った。

AI的には疑問手のようで、形勢は藤井指しやすしとなったが、人間同士の戦いは心理戦の要素もある。「気合」のこもった9五角打ちに藤井は長考に沈む。

昼食を「吉岡家」に食べに行く。

天ざるを注文する。

今夜は私の好物のすき焼きなので、かぶらないように(肉は避け、ごはんも避ける)。

藤井の対応はやや消極的だったようで、AIの形成判断は豊島がいくらかよくなった。

オンデマンド授業「日常生活の社会学」の初回の原稿に手を入れる。

夕食の前に収録をする。

夕食はすき焼き。よい肉である。

食事をしながら、私はパソコンで名人戦のネット中継を、同時に、(妻が観たいというので)『天使の耳~交通警察の夜』第2話(録画)を観る。対局中継とTVドラマを同時に観るのは初めてだったが、できるものである。

デザートは駅ビルの「高野」のケーキ。

食後、チャイの毛玉取りなどをしていて、ちょっと目を離した隙に、形勢は逆転して藤井が指しやすくなっている。

さらには藤井勝勢に変わった。

これが投了図。先手藤井の4一銀と打った手が痛烈な一着で、AIもこの手は読めていなかった。豊島は少し考えて、頭を下げた(投了の意思表示)。

ここが勝負の分岐点だった。後手の手番で、4八竜と金を取っておけば豊島の勝勢だった。実際は4四香と打った手が悪手(ポカ)で、先手に5七玉と桂馬を取られながら逃げられて、形勢が逆転したのだった。感想戦では、豊島はあきらかに落胆した様子だった。第一局を後手番で勝ったら非常に大きな勝利だったのだが、優勢な将棋を逆転で落とし、次の先手番で五分に戻せなければ、ストレート負けの可能性も出て来るだろう。

収録した講義と作成した教材をムードルにアップしてから、受講生(374名)に「開講のお知らせ」(本日から視聴可能であること)のメールを出す。

風呂から出て、今日の日記を付ける。

正直な話、自分は70歳まで生きられるかどうか自信がなかった。大山康晴も米長邦雄も69歳で亡くなっているからである(それを自分の余命と結び付けて考えるところがヘンなのではあるが)。悪い予感に反して、70歳になってしまったので、70代という未知の地平をしばらくは生きていこうと思う。

1時半、就寝。