昔から鉱山労働者と樵は、喧嘩が強い奴が多いと云われていた。
鉱夫はつるはしを握って岩盤に叩きつける。一方、樵は斧をふるって木を切り唐キ。つるはしは上から下へ叩きつけられるが、斧は横に振られる。
この違いはあっても、いずれも重い道具を振り回すことに変りはない。そして、この一方が重い棒を振り上げ、叩きつけるという作業は、身体を逞しく鍛え上げる。
これは背中の筋肉を見ると良く分る。軽く力を入れただけで、背骨の周りの筋肉が浮かび上がる。なかでも肩周りの筋肉の発達が著しい。重いつるはしや斧を持ち上げ、叩きつける作業の繰り返しが、筋骨逞しい男の背中を作り上げる。
この鍛え上げられた筋肉は、ボディビルなどで作る筋肉とは異なり、きわめて実戦的だ。殴る、締め上げる、投げつけるといった格闘的筋肉なのだ。
鉱山労働者出身のプロレスラーとしては鉄の爪フリッツ・F・エリックが有名だ。一方、樵出身のプロレスラーといえば、アンドレ・ザ・ジャイアントが有名だが、彼は巨大すぎて樵の印象は薄い。むしろ、カナダのジョージ・ゴーディエンゴこそが樵出身のレスラーの代表として相応しい。
髪型にはとんちゃくせず、手入れもろくにしていない髭面が、如何にも樵といった風情をかもし出す。首は太く、幅広い肩と分厚い胸、女性の太ももほどもある上腕、そしてがっちりとした下半身。頑丈、頑健としか言いようが無い強靭な肉体が印象的だった。岩石男の呼び名がこれほど相応しいプロレスラーも稀だと思う。
実際、片足タックルにいった日本人選手を軽くつまみあげて、ほっぽり投げたのには仰天した。得意技はブロック・バスター。相手を頭上まで持ち上げて、そのまま背後に投げ落とす荒業だ。
この技は、見かけには簡単に思えるが、実際にやってみると難しい。投げられる相手に抵抗されると、まず成功しない。また単に力だけではなく、バランスの良さも求められる。まあ、格闘演技なプロレスだけに、相手の了解があれば、出来る技でもあるが、その場合迫力に欠ける。
ところがゴーディエンコは、その怪力で無雑作に担ぎ上げ、有無を言わさず背面に叩きつける。他のレスラーがやれば、単なる痛め技にしかならないが、ゴーディエンコがやると一発で相手を倒す必殺技になってしまう。
実はゴーディエンコは、結構な偏屈者で相手が弱いと思うと、嫌気が差すらしく適当に試合をする。そのかわり、相手が強いと分ると、かなり中味の濃い試合をしてのける。
日本では国際プロレスに招聘されていたので、正直名勝負といわれるような試合はほとんどない。これは当時、国際プロレスがラグビー出身のグレート草津を無理やりエースに仕立て上げた弊害だったと思う。
レスリングが下手なグレート草津相手だと、ゴーディエンコは真面目に試合をせず、適当に手を抜いてやっていたのが、プロレスファンには見え見えだった。
率直に言って、試合前の練習のほうがよっぽど中味のあるプロレスをやっていた。あの頃、国際プロレスは試合が始まる前、午後の時間に選手たちがマットで練習をしていて、それを見学することが出来た。
そこで私が見たのは、既に50代になっていたかつての名チャンピオンであるルー・テーズと、ゴーディンコのスパーリングであった。プロレスの試合ではまず見られない地味な関節の取り合い、背後の取り合いは、素人目にも高いレベルのレスリングであることが窺われた。
事実、日本人レスラーのみならず外人レスラーまで二人のスパーリングに目が釘付けであり、その緊迫感は二階席から見ていた私にも伝わってくるほどだった。
その後、夜になって始まったプロレスの試合において、ゴーディエンコは気が入らぬ適当なプロレスをやっていて、私はえらくがっかりしたことを覚えている。
そのせいで、私の記憶には深く残ったレスラーでもある。その後、彼のインタビューなどを読むと、樵をやっているのは都会暮らしが嫌だからであり、静かな山で読書と思索こそが人生の目的だと語っていたにの驚いた。
プロレスをやるのは、神が自らに与えてくれた強靭な肉体を活かすためであり、十分金を貯めたらすぐにでも引退したいと語っていた。ただ、共産主義思想に深く傾倒していたため、アメリカでは試合が出来ずカナダで活躍していた。
プロレス誌のインタビューで、日本に来るのは金のためであり、トルコ風呂(今で言うソープランド)を楽しむためだとクソ真面目に語っていたのには、ずっこけた記憶がある。
彼が日本のプロレスを舐めていたのは、国際プロレスに適切な対戦相手がいなかったせいであり、もし馬場や猪木あたりと試合をしていたのなら、もう少しまともなプロレスをみせてくれたと思う。
日本では知名度は低いが、アメリカでは実力派のレスラーたちが、こぞってその実力を褒め称えたゴーディエンコ。その実力をほとんど観る事が出来なかったのは、私としては残念でなりません。
このジョージ・ゴーディエンコさんの記事を読んでたら、「水滸伝」の登場人物達 (李逵とか)がなぜか頭に浮かんできました。
やっぱり実際の肉体労働でつくりあげた体は、マニュアルにそって鍛えた体とは全然違うのでしょうね。
レスラーにも本当に色々なタイプの方がいらっしゃるんですね~。