如何に素質があろうと、心の鍛錬ができてないと成功しない典型例、それが元横綱・双羽黒こと北尾光司だ。
素質だけは十二分にあった。199センチの長身とバランスのとれた体躯は日本人離れした逸材であった。子供の頃から相撲取りとして卓越した才能と実績をみせ、期待されての角界入り。
だが、次世代のスターを望む角界は、優勝経験なしでの横綱昇格を決め、その素質に期待を賭けた。しかし逃亡しての強制引退。スメ[ツ冒険家として名乗ったものの、実績はまるでなく、やはり予想通りのプロレス入り。
北尾を受け入れた新日本プロレスでは困っていた。とにかく受け身が下手なのはともかく、相手の技を受けるのを極端に嫌がる。プロレスは格闘演劇であるが、常人ではとうてい不可能な過酷な技を受けてみせることで、己の強靭な肉体をみせつける過酷な演技力が求められる。
本来、ぶつかり合いで鍛え上げた相撲取りは、相手の技を受けることには慣れているはずだ。実際、相撲取りの肉体の強靭さは脅威である。あの肥満したようにみえる身体は、直に触れてみると高フような硬さを誇る。
肉体のぶつかり合いで鍛えた堅い脂肪の鎧をまとい、その下に強靭な筋肉を誇る異形の戦士、それが相撲取りである。北尾とて、その一人であり、決して弱いわけではない。
だが、北尾は痛みを我慢しなかった。そもそも我慢が苦手な子であった。類いまれな肉体的才能は、痛みを知らずして彼に勝利をもたらしていた。中学生の頃には周囲に戦える相手がなく、止む無く高校に出稽古にいった北尾は、そこでも無敵であり、痛みに耐えて鍛える必要を感じていなかった。
それは角界に入ってからも、痛みから逃げる癖は変わらなかった。だから新人の頃には何度も脱走している。相撲が嫌いであったわけではない。ただ、痛いのに耐えるのが致命的に苦手であった。
だからだろう、相手を思いやらない技をかけて怪我をさせることも珍しくない、困った力士であった。当時、無敵の黒船とまで言われた小錦をサバ折で怪我をさせたのは有名だ。
あれは悪意なき事故であったようだが、私に言わせれば自身が怪我するギリギリまで鍛えた経験が希薄なので、危ない技を使いこなす実力がなかったのが真相だと思う。
だからこそ、プロレス入りしても、観客が喜ぶような試合が下手なショボいレスラーであった。ちなみに、デビュー戦の相手は器用上手で知られたクラッシャー・バンバン・ビガロである。
野菜と試合させてもプロレスの試合を作れるとまで言われたビガロだからこそ、そこそこの試合が出来た。後年ビガロはインタビューで北尾の不器用さを酷評しているが、北尾自身はよく出来たと勘違いしていた。だから、試合を重ねるごとに、観客からブーイングが出る始末であった。
北尾自身は、それをヒール(悪役)人気だと勘違いしていたが、観客からすれば技を受けず、自分の技を相手にかけようとするだけの不器用なプロレスに対する不満に他ならない。要するに演技が下手だと、観客からダメだしされていただけだ。
皮肉なことに、北尾が唯一プロレス史に残る名試合をしたのは、金に窮して負けを飲んだとされるUWFでの高田との異種格闘技戦であった。ちなみに相撲ではなく、空手代表の肩書で出場し、高田延彦のハイキックを顎に受けてのKO負けであった。
軽く失神(真贋は不明だが)するほどのKO負けは、北尾がプロレス・ファンから唯一といっていいほどの名試合として認められている。あれは確かに見事な負けっぷりであった。
そのプロレスも止めているが、その原因は人種差別発言だというから情けない。その後もいろんな職に就いているが、どれもものにならないのだから、どうしようもない。結局最後は、角界の某部屋の後見人に収まっている。
相撲好きな大柄な子供は、無限の可能性をもっていた。その肉体は将来の大器を期待させるのに十分な素質であった。しかし、心を鍛えていなかったがゆえに、結局どの分野でも一流になれずに終わった。教育って大事だと、つくづく思いますね。
ましてや相手の技を受けねばならないプロレスでは、客を沸かすためにエースだって危険で痛いのに耐えねばなりませんから。プロレスを舐めていたとしか思えません。
「肉体のぶつかり合いで鍛えた厚い脂肪の鎧をまとい」の記事に激しく反応しました。
普通は鎧とすると、筋肉をイメージする方が多いのですが、そう、したに屈強な筋肉がある場合、脂肪は鎧となります。
禁猟期に害獣駆除のため猪を撃ったことがあるのですが、繁殖期の猪の雄は日常的にぶつかり合いをするため、脂肪がプラスチックのように固くなっております。解体すると鎧が比喩でなあのが解る。
マッサージをしていて、お相撲さんやプロレスラーも揉みましたが、猪ほどでのいにせよ、あの締まったような脂肪の質感は他に感じたことが無い。
むしろ下の筋は緊張しないかぎり柔らかであり、この柔らかさは、私が揉んだスノボ選手やボクシング王者も同じでした。
脂肪が固く締まると言うと、生理学者に反論されそうてさが、私は自分の指の感覚を信じるので、脂肪が鎧となりうるのを信じます。
北尾は鎧と化すまで体をぶつけあったのでしょうか?
十代の頃、髷も結えない若手の相撲取りに喧嘩を売ったことがあります。どてっぱらに頭突きをかましたら、首が折れそうになりました。ゴムで包んだ岩にぶつかった感触で、そのあと張り手一発で吹き飛ばされてKO。あまりに強すぎて、呆然とするしかなかったです。
いくら十代といえ、そりゃ無謀すぎます。てか、本当に無鉄砲な若者だったのですね。貴兄の記事からうすうす…とは思っていましたが。
私なら即効で逃げます。
でも、一番辛かったのは、おそらく相手は近所のガキがまとわりついてきたぐらいにしか思ってないことでした。相手にされてなかった・・・13才の頃、粋がりたい年頃の間抜けな経験です。
ヌマンタさん…迫力ある体験を話す方だと、いつも拝見しながら思っていたし、しかし、この人は士太夫でなく、どっちかってーと劉備か張飛か…アウトローな匂いがする。
間違いなく、道を一つは間違えたらヤクザになっていたと思いますよ。
私や周囲の者は、バケツ一杯のザリガニで電車を停めたり、玩具の空気銃で岸信介を狙撃してしまったなどのバカをやりましたが、
大人の相撲取りを的にかけるなんて…それガキの考える事じゃないす。
ヌマンタさん、いつか自伝書くのをすすめます。
現代の総合でも立ち技なら無敵と思えた格闘者!
それが膵臓ガンとは…
やはりガチンコのぶつかり稽古を重ねた故の消耗なのか?
でも、それなら内科でなく外科的な疾患に悩まされそうなものですが…
内臓その消化器は皮膚の一面である事をご存じでさか?
消化管をチクワで考えて下さい。
チクワの弱い穴は、チクワの表面と実は変わらないのです。消化器の(我々が内面と思うてる処は)
実は皮膚細胞と文化する前は同じです。
膵臓ガンとされてますから、それは実質臓器であり、消化器とは別物ですが。
でも系統学的ニ考えるとガンは皮膚細胞の一種でしか起こらないのです。
まぁ例外として骨肉腫や肉腫がいりますが!
あの無敵の男が筋骨系ではなく、ガンで亡くなられるとはねぇ。強さが何だか解らなくなる思いです。
北尾がプロレスに残した足跡は決して多くは無く、プロレス時代前半のキャリアを中心に悪辣に書く人も大変多いのですが、私個人はキャリア終盤期にKドリラー、いわゆるリバース・パイルドライバーをフィニッシュとして用い、一時フィニッシュホールドとしては絶滅状態だった(当時はドリル・ア・ホールの名手、ケンドー・ナガサキくらいしかフィニッシャーとしての使い手がいなかった)パイルドライバー系の技の地位をいくらか回復させた事は特筆しても良いだろうと思っています。
また、私生活でのトラブルや悲惨な晩年生活・・・孤独死や自殺も含めて・・・を辿ることが目立つ元プロレスラーの中でも、最期まで家族に囲まれながら旅立てた事は、彼なりの人徳があっての事だと思っています。