ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

藪のなかの気配

2007-10-22 14:15:11 | その他
10代の頃は、頻繁に山に登っていたため、時折不思議な体験をすることがあった。

あれは、高校2年の秋だった。WV部の合宿で裏丹沢に登った時のことだ。登山客で賑やかな南側と異なり、交通の便の悪い丹沢の北側は人気が少ない。道志山塊の麓側は過疎化が進行しており、バスは一日に10本に満たない。

その秋は冬の訪れが早かったようで、北斜面は既に落葉で埋まっていた。傾斜はそれほどでもないが、落ち葉の下の霜柱が溶け出して、足を踏み出す度に滑るのには閉口した。

先頭を任された私は、なるべく歩きやすい道を探しつつ登るよう努めた。ふと気がついたら、登山道を外れて獣道に入り込んでいた。

野生の動物は、人間が築いた登山道も使うが、目的が違うので動物専用の道を歩むことが多い。長年、山登りをしていると、その違いは明白だ。まず、土の固さが違う。やはり人間の使う道は踏み固められ整備されている。また動物はせいぜい50センチから1メートルの高さがあればいいので、獣道は草木の茂みにトンネルを作り上げる。丁度、腰から上が草木にぶつかり、下半身がぶつからない道なら、ほぼ獣道とみて間違いない。

高さ2メートルほどのススキの生茂る獣道は、上半身がススキに邪魔されるも、下は歩きやすく、ついつい入り込んでしまったようだ。読図をすると、すぐ近くの稜線まで突き進めば、再び登山道に当たるはずなので、休憩をとり上級生が偵察に行くこととなった。

私もリーダーに指示された獣道の一つを、軽快に登っていった。ススキの茂みの下に出来た獣道のトンネルは快適で、その大きさからして猪か鹿が利用しているようだ。

ふと気配を感じた。

獣道ではしばしば野生動物と遭遇することがある。鹿ならいいが、猪はやばいと思い足を止め、様子を窺う。妙だった。獣道にしては、やけに踏み固められている。糞も少ないし、なにより獣の匂いがしない。

気配に敵意が混じっている気がした。獣じゃない・・・あいつらは、まず驚いて突進することはあっても敵意はみせない。野犬ならあり得るが、だとしたら警戒の唸り声をあげるはず。

多分、ススキの藪の十数メートル向こうだと感じた。しばらく黙したまま対峙する羽目に陥った。まずいことに、ザックを休憩地点に置いて空身できたため、なにも道具を持ってない。ベルトに差したカラピナを取り出して、メリケンサック代わりに握り締めた。緊張から、じんわり脂汗が染み出てくる。

突然、背後から声がした「先輩、道ありました~。バックしてください」。後輩が近づいてきた。私は大声で返事して、音をたてて後ずさりした。

気配は消えうせていた。

その後は、何事もなく登山は進み、夕方には表丹沢に下山した。帰りの電車のなかで、先輩に藪のなかでの出来事を話した。リーダーとして最後尾を歩いていた先輩は、俺も視線を感じたよと小声で囁いた。もしかしたら、やばい人間かもなと呟いた。

あ!と思った。噂を耳にしたことがある。浅間山で繰り広げられた日本連合赤軍のリンチ事件以降、都会に居場所をなくした過激派が、山中に隠れているとの話をだ。裏丹沢は登山者も少なく、人里からも適度に離れている。隠れ場所には格好だと思う。

何度となく野生動物には遭遇しているが、あのような妙な気配を感じたのは、あの時一度きりだ。その後のことは不明だが、なんとも気持ちの悪い遭遇でした。日本の山で浮「動物といえば、熊、サル、猪、野犬でしょうが、やっぱり人間が一番怖い。環境破壊猛獣でもある人間こそが、一番恐ろしい生き物なのでしょうね。
コメント (8)
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