ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「ヒューマン・ファクター」 グレアム・グリーン

2006-12-15 09:41:31 | 
現在、欧米のメディアを賑わす、ロシアの元・スパイ暗殺事件。冷戦時代を思い起こされるような事件ですが、おそらく真相は闇の中なのでしょう。

それにしても舞台がイギリスというのが興味深い。つくづくスパイ事件には縁の深い国です。イギリスのスパイ事件といえば、思い起こされるのが「キム・フィルビー事件」でしょう。

様々な作家が、この事件を題材に取り上げていますが、やはり一番印象的だったのが表題の作品です。特にエンディングが切ない。暗闇に消え去るような細い声で囁く最後が、あまりにせつなく、寂しく、心に響く。グレアム・グリーン会心の傑作だと思っています。

イギリスという国は、議会制民主主義の教科書でもあり、社会主義を生み出した国でもあります。王政と貴族の名残が強く残る階級社会であり、植民地の残像が色濃く残る国でもあります。英語という言葉からして複合的としかいいようがないのです。ケルト語に古代ゲルマン語と中世フランス語を加えて作られた、妙な言葉だと思っています。様々な矛盾を縫合している国だけに、その綻びからスパイ事件が生じやすいのだろうと推測しています。

それにしても「亡命」くらい、日本人にピンとこない言葉も珍しい。郷里を捨てる人はいるでしょうが、それが亡命にまで結びつく日本人は滅多にいない。

冷戦時代にソ連に亡命した女優とその良人の悲劇が知られていますが、まず亡命まで追い詰められる人は少ない。よっぽど反政府活動をしていても、それを追い詰める姿勢が政府に乏しいのも不思議です。

その一方、外国からの亡命者の受入には冷淡です。グローバル化とか、国際化とかの標語を掲げるのは好きですが、いざそれを身近なものとして受け入れる覚悟は伴わぬ、空虚な標語に成り下がっているのが、いささか滑稽です。
コメント (3)
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