読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『日没』

2023年02月06日 | 作家カ行
桐野夏生『日没』(2020年、岩波書店)

桐野夏生はこれまでも『OUT』などで恐ろしい世界を書いてきたが、これもまた恐ろしい世界を描いた小説になっている。こんな小説を岩波書店が出版したということは、かなりの危機感を持っているのだろう。

ヘイトスピーチ法とともに文学作品を検閲する法律ができたという設定で、映倫の文学版、「ブンリン」なるものが政府機関として創られ、「法律」に触れるような作品を書いている作家を「召喚」し、「収容所」に監禁して、「ブンリン」の意に沿った作品を書かせるが、結局はそれに耐えられないで自殺するもの、転向して職員となるものも多数あり、主人公は、「精神錯乱」として地下の病室に拘束され、さまざまな薬漬けにされ、最後は、転向派たちによって「逃亡」と見せかけて連れ出され、崖の上から自殺を強要されるという話である。

主人公の作家が「召喚」される対象となったのは「読者から投書」だというのだが、そんなものいくらでもでっち上げることができる。

この小説では、指定された都心から電車で「三時間」程度のところにある地方の駅に本人が出向いたという設定になっているが、この二度目の「召喚状」も無視したら、どういうことになるのか、その後の展開からして、おそよ想像がつく。

「収容所」で最初に事務長の多田から「召喚」された理由を聞かされ、それが差別的言辞を撒き散らし、反社会的な登場人物を多数登場させ、それが「読者」に不快感を与えるということだというので、主人公は小説というのは虚構だとか、作家の主観の産物であって、現実にそういうことを自分自身が是としているわけではないと反論する。

だが私はそれを読みながら、ヘイトスピーチと差別的な言辞を弄する登場人物たちを書くのとどこが違うのだと職員に問われて、主人公のあれこれの言い訳を読みながら、それじゃだめでしょうとか、なんか違うなとか疑問を感じ、もし私がその立場だったら明確に反論できないだろうなと不安になった。

社会秩序の維持というような名目でこのようなことがまかり通る時代にならないとは決して言えない。フランスのシャルリー・エブドがイスラム教を冒涜しているというのでテロの標的になった事件はまだ記憶に新しい。宗教的な対立は世界的でいろんな事件が起きているから周知のことだが、それの小説版が起きないとは断言できまい。


ここ数年のあいだ桐野夏生から遠ざかっていたのだが、最近はこのようなものをよく書いているようだ。怖いのはこういう問題について社会的に広い議論がなされずに、政府が一方的に法律を作ってしまうことだ。こういう作品をきっかけて、いろんなところで議論がなされることを望む。

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