仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

今年は家族葬が常識となった年です

2010年12月22日 | セレモニー
送信されてきた情報に「特集ワイド:そもそも誰の、何のため--「立派なお葬式」がいいですか?」(毎日新聞 2010年12月20日 東京夕刊)の特集記事があり、その文中に「家族葬が常識となった」とあった。

そうだろう。今年は「家族葬が常識となった」年だと思う。これは葬儀だけのことではないだろう。葬儀は昔から関係者が集って勤めた。村社会であれば村に人々が寄って勤める。バブルの時代であれば、経済的なつながりがあれば、こぞって関係者として会葬に出席する。

親戚づきあいも希薄になった現代という時代は、関係者は家族であり、その家族が集まって悲しみを共有する。良否は別にして、いたって自然なことです。

“無縁社会”という言葉が流行語となったが、これはお寺の出番のチャンスだろう。今こそ工夫して“寺とも”“墓とも”を意識的に構築すべき時です。またお寺への帰属意識から、浄土真宗本願寺派への帰属意識を育てることはより重要だろう。

当寺は、この宗派への帰属意識を大切にしています。その1つに帰敬式の受式があります。今年も20人(昨年は17人)の方が、ご自身で築地別院へ行って受式して下さった。

お膳立ては住職がする。まずは法名案を3つ考えてあげ、選んでいただく。もちろん、それぞれ意味とお経の出拠を書いて提案する。それが受式意識を高めているとは思わないが、日常の話題として法座で語られることが、受式の雰囲気作りには影響していると思う。

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