『大還暦――人生に年齢の「壁」はない』 (ちくま新書2023/9/7・島田裕司著)からの転載です。
曖昧になった生と死の境目
さらに言へば、葬式の簡略化には、死そのものをめぐる変化が大きく影響しています。ここまで死生観の転換についてふれてきました。「いつ死ぬか分からない」という死生観Aが、高齢まで生きることを前提とした死生観Bに変わってきたわけで、実際、死亡する年齢がかなり上がってきています。
そうなると、それぞれの人間についての死も、意味が相当に変化してきているのではないでしょうか。 もちろん、最終的に死は誰にでも訪れるもので、その点け変わりようかおりません。いくら寿命がのびても、死ななくなるわけではありません。不死は実現不可能です。
しかし、年齢が若い段階で亡くなる人の数が減ってきたことによって、死の重みが失われてきているのも事実です。
たとえば、二〇歳代で亡くなれば、それは周囲にとっても衝撃で、深刻な出来事として受け取られます、病気で急に亡くなった、あるいは、短い闘病期間で亡くなったのであれは、喪失感は大きなものになります。事故や事件、あるいは自死の場合も同じです。
その点、現在でも変わりません。幼い子を亡くしたとしたら、子どもの数が少なくなっている現在では、昔よりもさらに親や周囲にとっての痛手は大きいなものになります。
しかし、全体としてそうしたヶースは減り、多くの人たちは高齢になってから亡くなります。八〇歳代、九〇歳代で亡くなったとするなら、その死は衝撃的なものにはなりません。少なくとも、悲劇的な死としては受けとられないのです。
以前は、人が亡くなると、家族や友人などが亡くなったことを親族、知人、友人に伝えるために電話をかけました。電話で直接連絡しなければならないのは、すぐに通夜、葬式になるからで、日時や場所を知らせるためでした。
ところが、家族葬が一般化して、通夜や葬式に参列者を呼ばなくなると、電話で通夜や非式の場所や日程を知らせることもなくなります。葬式は身内だけで済ませたと、わざわざ伝えることはないのです。
そうなると、新聞に広告が載る著名人でなければ、あるいは、地方新聞のお悔やみ欄で報じられる人でなければ、亡くなったという事実が伝えられません。
葬式が簡略化されたことで、死は隠されたものになってしまいました。意図して死を伝えないことも増えています。故人が生前にそれを望んでいなかった、というのがその理由です。
死んだという事実が積極的に知らされなくなったことで、亡くなったことがすぐに明らかにならないという事態も起こっています。著名人でも、死後数年が経ってから報道されるケースも決して珍しくはなくなりました。
亡くなってすぐその事実が知らされるのと、数年後に知らされるのでは、受け取り方も変わってきます。死を現実のこととして受け収りにくくなるのです。
今誰が生きていて、誰がすでに亡くなっているのか、それさえも分からなくなってきています。同級生や友人でも、「あの人は今本当に生きているのだろうか」と考えてみても、はっきりした答えができません。もしかしたら、すでに亡くなっているかもしれないのです。
喪中はがきで亡くなったことを知るヶースが増えています。1月に亡くなったのであれは、年末まで、その事実を私たちは知ることができません。
たとえそれを知ったとしても、その衝撃は必ずしも大きくはありません。「あの人は亡くなっていたのか」。それで終わってしまうようにもなってきました。
生と死の境目が、ひどく曖昧なものになっているのです。それは、死という出来事が以前ほど重要なものではなくなったことを意味します。
そのことは、映画やテレビのドラマにも示されています。
『大還暦――人生に年齢の「壁」はない』 (ちくま新書2023/9/7・島田裕司著)に、葬儀が簡素化してきた理由が記されていました。以下転載です。
これは案外、見過ごされ勝ちですが、企業が葬式とかかわらなくなったことも、簡略化に大きく影響しています。
日本の企業の特徴は、長く冠婚非祭の機能を果たしてきた点にありました、
これは、今でははとんどなくなってきたことですが、以前は、上司が部下の結婚の面倒を見るこしが当たり前に行われていました。相手を探して、見合いをセットし、結婚にいたったならば、上司が結婚式の仲人をしたのです。今の結婚式では、仲人自体がなくなってきましたが、かつては上司にとって晴の舞台だったのです。そして、こちらは今でも続いていますが、結節式には多くの同僚が参列するのです。
結婚式をやらないカップルも増えていますが、一般的な結婚式はかなりの額がかかります。参列者はご祝儀を持ってくるわけで、それがなければカップルは費用を賄えません。それでも、親がかなりの額を負袒することになります。
企業の冠婚葬祭として、もっとも重要なのが「社葬」です。特に創業者社長の社葬ともなれが、企業をあげてそれに取り組み、盛大なものになります。社葬は日本独特の制度で、他の国にはないもののようです。社葬をうまく取りしきることができるかどうかで、後継者の評価が決まってくるので、重要視されてきたのです。
そこに企業と葬式の密接な結びつきがあるわけですが、以前は、取引先の社員の親の葬式でも、社員が葬式に参列しました。もちろん、社員はその親のことなどまったく知りません。それでも香典をもって参列したのです。
社員の親の葬式となれば、同僚が受付や案内を担当することになりました。この場合にも、故人のことを社員は知りません。それでも多くの社員が葬式にかかかるわけで、それに比例する形で参列者の数は多くなりました。
こうした状況が長く続いたのですが、次第に企業のあり方も変かってきました。冠姙葬祭の機能を担うことが少なくなり、社員が同僚の葬式を手伝うことも、相手先の葬式に参列することもなくなってきました。それによって、葬式の規模が大幅に縮小されることになったのです。
戦後の高度経済成長時代以降の企業は、それまで地方の村が果たしていた共同体としての役割を受け継いだところがあります。村での冠婚葬祭は村人総出で当たるもので、企業もそれを踏襲したのです。(つづく)
「墓じまい」10年で1.5倍
「O葬」の選択肢も多死社会の進展で無縁墓は今後も増えることが懸念されるが、一方で「墓じまい」して遺骨を別の墓や納骨堂に移す改葬も増えている。
厚労省によると。令和3年度の改葬数は全国で11万8千件を超え、この10年で1.5倍に増えた。
『「墓じまい」で心の荷を下ろす』の著書がある宗教学者の島田裕巳さんは「家も墓も代々続いていくという考え方はもはや幻想。地方では管理できない遠方の墓を持て余し、墓じまいする人が多い」と指摘する。
島田さんによれば、日本では戦後、火葬が広く普及し、土葬では不要だった墓石を建てるブームが全国的に広がったという。「そもそもわが国ではお墓中心の供養ではなく、戦前までは仏壇供養が当たり前たった。増えすぎた墓を守る人もいなくなり、お墓はもういらない、あえて弔わない『O(ゼロ)葬』の選択肢があってもいいのでは」と提唱する。(以上)
数字の部分だけ拾っておきます。以下転載
■進む流入、高齢化
3市の人口は計約77万人で、ファミリー層を中心に流入が続いている。一方で、住民の高齢化も進む。対策委員会によると、2022年度の死者は7874人で、21年度より352人増えた。ウイングホール柏での22年度の火葬は6829件で、21年度比で674件増だ。
死者は冬期に増える傾向がある。22年4~6月は549~606人だったが、12月は739人、23年1月には870人に達した。火葬待ちは最長で17日だ。このほか、火葬許可を取り、斎場の受け付けを済ませるまでにも、死亡から2日はかかるという。
ウイングホール柏は1995年に開設された。12基の火葬炉はほぼフル稼働しているが、年間約1000体は火葬できず、他の斎場に運ばれている。
遺体の保管には、ドライアイス代を含めて1日2万円前後必要となる。周辺地域の斎場を探す遺族も多いが、同様に混み合っている。
料金も地元居住者の約10倍となる。
3市の年間死者数は、2035年にピークとなる見込みだ。対策委員会の後藤進委員長は「死者がますます増え、待ち日数は延びていく。遺族は葬儀が終わらないと日常に戻れない。新斎場が必要だ」と訴える。(以下省略)
今年の冬は、火葬場待ちで、異常に長かったです。