水野治太郎著『弱さにふれる教育』(ゆるみ出版・1996年刊)からの転載です。
本章を結ぶに当たり、弱さの教育の意味する内容をまとめておきたい。人間の弱さは無限である。強さもまた無限である。なぜなら、弱さも強さもどちらも同じ人間性の表現であり、生きるものの姿である。西欧近代主義の思想や哲学・科学の強力な支配によって、われわれは弱さを侮辱し、それを克服する強さを求め続けてきたが、弱さにも意味があるはずである。そのことに気づかせる教育はいまだかつて誰も意図的に行なったものはいないような気がする。しかし、これからの人間教育には、人問の多様な弱さを知り、学んでゆく姿勢と、その弱さへの備えを準備する教育が必要である。退職準備教育、老いへの準備教育、看護教育、福祉教育、ボランティア教育、心のカウンセリング、災害救助活動の準備教育、いのちの弱さに学ぶ生命教育、死別体験者を癒やす教育、死への準備教育などに分類整理されると思う。
人間の心身あるいは生命力をめぐる弱さは、大きくは以下の三点に要約されるのではないかと考えている。
- 人間の不完全性に由来する弱さI-失敗・挫折・忘れる・無知・傲り・依存性・後ろ向き・憎しみ・汚さなど。このなかには文明に依存する体質をもっか新しい弱さも加わる。
- ・社会的弱さ-主として社会的行動面でのハンディを背負っているための弱さ。老いた人・ 死に直面している人・少数者・障害者・子供らの弱い人々
- ・生老病死―いのちの有限性・受動性に由来する根源的弱さ。大いなるいのちを与えられ生かされている有り難さを感受する課題を担う
さらに弱さと強さの関係性を要約することにしたい。多少複雑さが伴うがご寛容に願いたい。
- 弱さを体験することが強さを引き出す契機につながることがあるー死を見つめることが生きようとする強さを引き出す。
- 逆に弱さを活性化して泣き虫の状態から逶明感を引き出し、心を柔らかにすることがある。
- ・強くあるために弱さを否定し頑張る生き方もある。
- 本当の強さは弱さ・弱々‥∵醜さを自覚し受容することである。
- いままでの強さは弱さと無関係だと考えられてきたが、弱さにふれあう強さが求められるのである。
- 「苦悶の人生」という表現からは強さだけが讚えられているように見える。しかし強すぎることからくる弱さもある。共感性の喪失である。
- 自己実現の体験には挫折・失敗等の弱さの体験が欠かそない。
- 弱さと共存できる強さが本物ではないか。そのためには弱さに意味を見いだす姿勢が必要である。(つづく)