『毎日新聞』(2020年2月18日)東京夕刊の記事です。以下転載。
「看取り士」と幸せな死 最期サポート、都市部中心に依頼
弱る家族と呼吸合わせ/死後も体に触れて 臨終前後、接し方伝える
大切な人の「看取(みと)り」をサポートします。岡山市の民間団体が始めたサービスが注目を集めている。依頼者の自宅などに赴いて一緒に家族の死に立ち会ったり、臨終前後の作法を伝えたりする。2019年秋には、その取り組みを描いた映画が公開されて話題になり、都市部を中心にニーズも出始めているという。背景に何があるのか。【金志尚】
養成講座923人認定
「ご本人が死を受け入れる前は 『体が良くなったら、こんなことをしましょう』と希望の話を。死を受け入れた後は『何も心配いりませんよ』と声をかけてください」 19年10月、滋賀県多賀町であった一般社団法人「日本看取り士会」 (岡山市)の養成講座。全国から来た6人の参加者が講師の説明に耳を傾けていた。
12年に発足した同会は、看取りを専門とする「看取り士」を独自に養成し、家庭などに派遣している。死期が迫った人に安心できるような言葉をかける役割で、利用料は1時間8000円(初回は1万円。契約料2万円も別に必要)。
身寄りのない単身者用に安否確認から最期の立ち会いまでカバーするオプションもある。国家資格の医師や介護福祉士ではないため、医療行為や介護には関与しない。葬儀業者でもないため、葬儀にも直接関わることはない。
同会による看取り士の養成は全国9ヵ所にある研修施設などで行われ、認定者は19年12月末時点で計923人。滋賀県での講座に参加した岐阜県高山市の終活カウンセラー、住和久さん(61)は「経済的に豊かな日本で孤独死を出したくない」と受講理由を語った。 医療措置を中心とした従来の終末期ケアが「QOL」 (クオリテイー・オブーライフ、生活の質)を重視するのに対し、看取り士は死にゆく人の尊厳を尊重した「QOD」 (クオリティー・オブーデス、死の質)に重きを置く。その取り組みは同会会長の柴田久美子さん(67)の実践から生まれた。
延命より意思尊重
柴田さんは02年から7年間、島根県の知夫島(ちぶりとう)で終末期の人を対象にした「看取りの家」を運営した。高齢者施設で働いていた頃、余命短い入所者が意思に反して病院に送られる光景を何度も見たことがきっかけだ。「幸せな最期を」との思いで、島では延命治療を望まない住民らに寄り添った。安心したように旅立っていく人たちを見て、看取りの大切さを実感したという。
愛知県豊田市のインテリアコーディネーター、長坂幸子さん(56)は19年3月、同居する母るり子さん(当時92歳)を自宅で看取る際にサービスを利用した。病院や施設を嫌がっていた母をおもんばかってのことだった。
教わった作法にのっとり、弱っていく母と同じタイミングで息をする「呼吸合わせ」をしたり、死後も数時間にわたってるり子さんの体に触れ続けたりした長坂さん。「母は笑みをたたえた穏やかな表情たった。私も悲しみより、毋のエネルギーが自分の中に入ってくるのを感じた」と振り返る。
同会によると、依頼は都市部を中心にまだ年数十件だが、徐々に増えてきているという。19年秋には柴田さんの著作を基にした映画 「みとりし」も公開され、認知度も高まりつつある。経済産業省所管のシンクタンク「経済産業研究所」 (東京都)は同11月に東京で 「多死社会での新しい仕事」と題したセミナーを開催し、講師に柴田さんを招いた。企画した藤和彦上席研究員(59)は「これまでは若さに価値があり、死は無価値とされた。だが高齢多死社会を今後一気に迎え、パラダイムシフト(価値観の劇的変化)が起きる」と予測する。「QOD」が問われ、看取り士が必要とされるとみている。
こうした動きについて、袖井孝子・お茶の水女子大名誉教授(老年学)は「昔は看取りはどの家でもやっていたが、今は家族や近所のつながりが弱く、身近に頼れる人がいないことが背景にある」と指摘する。更に医療水準の向上に伴い、死を極端に遠ざける風潮が社会に定着したとし、「自分ではどう死と向き合っていいか分からない人が多いことも影響しているのではないか」と話す。(以上)
「看取り士」と幸せな死 最期サポート、都市部中心に依頼
弱る家族と呼吸合わせ/死後も体に触れて 臨終前後、接し方伝える
大切な人の「看取(みと)り」をサポートします。岡山市の民間団体が始めたサービスが注目を集めている。依頼者の自宅などに赴いて一緒に家族の死に立ち会ったり、臨終前後の作法を伝えたりする。2019年秋には、その取り組みを描いた映画が公開されて話題になり、都市部を中心にニーズも出始めているという。背景に何があるのか。【金志尚】
養成講座923人認定
「ご本人が死を受け入れる前は 『体が良くなったら、こんなことをしましょう』と希望の話を。死を受け入れた後は『何も心配いりませんよ』と声をかけてください」 19年10月、滋賀県多賀町であった一般社団法人「日本看取り士会」 (岡山市)の養成講座。全国から来た6人の参加者が講師の説明に耳を傾けていた。
12年に発足した同会は、看取りを専門とする「看取り士」を独自に養成し、家庭などに派遣している。死期が迫った人に安心できるような言葉をかける役割で、利用料は1時間8000円(初回は1万円。契約料2万円も別に必要)。
身寄りのない単身者用に安否確認から最期の立ち会いまでカバーするオプションもある。国家資格の医師や介護福祉士ではないため、医療行為や介護には関与しない。葬儀業者でもないため、葬儀にも直接関わることはない。
同会による看取り士の養成は全国9ヵ所にある研修施設などで行われ、認定者は19年12月末時点で計923人。滋賀県での講座に参加した岐阜県高山市の終活カウンセラー、住和久さん(61)は「経済的に豊かな日本で孤独死を出したくない」と受講理由を語った。 医療措置を中心とした従来の終末期ケアが「QOL」 (クオリテイー・オブーライフ、生活の質)を重視するのに対し、看取り士は死にゆく人の尊厳を尊重した「QOD」 (クオリティー・オブーデス、死の質)に重きを置く。その取り組みは同会会長の柴田久美子さん(67)の実践から生まれた。
延命より意思尊重
柴田さんは02年から7年間、島根県の知夫島(ちぶりとう)で終末期の人を対象にした「看取りの家」を運営した。高齢者施設で働いていた頃、余命短い入所者が意思に反して病院に送られる光景を何度も見たことがきっかけだ。「幸せな最期を」との思いで、島では延命治療を望まない住民らに寄り添った。安心したように旅立っていく人たちを見て、看取りの大切さを実感したという。
愛知県豊田市のインテリアコーディネーター、長坂幸子さん(56)は19年3月、同居する母るり子さん(当時92歳)を自宅で看取る際にサービスを利用した。病院や施設を嫌がっていた母をおもんばかってのことだった。
教わった作法にのっとり、弱っていく母と同じタイミングで息をする「呼吸合わせ」をしたり、死後も数時間にわたってるり子さんの体に触れ続けたりした長坂さん。「母は笑みをたたえた穏やかな表情たった。私も悲しみより、毋のエネルギーが自分の中に入ってくるのを感じた」と振り返る。
同会によると、依頼は都市部を中心にまだ年数十件だが、徐々に増えてきているという。19年秋には柴田さんの著作を基にした映画 「みとりし」も公開され、認知度も高まりつつある。経済産業省所管のシンクタンク「経済産業研究所」 (東京都)は同11月に東京で 「多死社会での新しい仕事」と題したセミナーを開催し、講師に柴田さんを招いた。企画した藤和彦上席研究員(59)は「これまでは若さに価値があり、死は無価値とされた。だが高齢多死社会を今後一気に迎え、パラダイムシフト(価値観の劇的変化)が起きる」と予測する。「QOD」が問われ、看取り士が必要とされるとみている。
こうした動きについて、袖井孝子・お茶の水女子大名誉教授(老年学)は「昔は看取りはどの家でもやっていたが、今は家族や近所のつながりが弱く、身近に頼れる人がいないことが背景にある」と指摘する。更に医療水準の向上に伴い、死を極端に遠ざける風潮が社会に定着したとし、「自分ではどう死と向き合っていいか分からない人が多いことも影響しているのではないか」と話す。(以上)