いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

道義国家の精神。 spirit of a state of moral principles

2017-03-10 20:03:23 | 日記
 (1)21世紀は政治の貧困時代だ。EU諸国の財政、金融、経済危機は政治体制の不安定が招いたもので、その反発として極右勢力が台頭してさらに政治不安定を加速するというスパイラル(spiral)なパラドックス政治社会だ。

 議会制民主主義発祥の英国でもEUの難民受け入れや通貨政策で伝統的英国基準が損なわれるとして国民投票でEU離脱を決定したが、EUを含む国際金融経済との深いつながり、影響を考える立場から英国金融経済の行方(国際社会も影響注目)を危惧する英国内からは再投票の運動も伝えられて、壮大な政治、経済、平和の実験場としてのEUの精神が大きく揺れている。

 (2)韓国の朴大統領は弾劾裁判で罷免が決定した。日本はどうかというと、安倍首相の改憲方針を支持し国民運動で支える日本会議関係者が経営する森友学園で幼稚園児に教育勅語を唱和させて、安倍首相礼さんまで強制していたことが森友学園小学校新設用地取得疑惑問題にからんであきらかになって、菅官房長官からも教育機関といえるのかとの批判も投げかけられた。

 ところが安倍首相に理念、精神の近い稲田防衛相は参院予算委員会でこの問題がとりあげられて、「(教育)勅語の精神は親孝行、友達を大切にする夫婦仲良くする高い倫理観で世界中から尊敬される道義国家を目指すことだ」(報道)と「『日本が道義国家を目指すべきだ』という精神は取り戻すべきだ」(同)と主張した。

 (3)報道によると教育勅語は「基本的人権を損ない、国際信義に疑いを残す」として1948年に衆参両院で排除と失効確認が決議されたとある。
 戦後の民主主義国家に基軸を移した日本で戦前の偏向した(bias)思想教育を担った教育勅語の精神が否定されたものだが、この期に及んで防衛相の要職にあるものが「道義国家を目指す」と教育勅語の精神復活を公言する時代錯誤には公職の身の程知らずであきれるばかりだ。

 (4)国、国民の安全と平和を守る責務の稲田防衛相がこのような戦前回帰の思想、理念を公にするようではパラドックス(paradox)として国、国民の安全、平和は限りなく危機に面するといえるものだ。

 敗戦の教訓から戦後日本の政治、社会が目指したものとはあきらかに違う方向性のもので、防衛相の要職にふさわしくないものだ。

 (5)財津和夫さんは「虹とスニーカーの頃」で若い2人がスニーカーを汚さないように裸足で雨の中を歩いたと無垢の(innocent)精神を歌うが、内閣府政務官は昨年9月の岩手県台風被災地の視察で長靴を忘れて水たまりを裸足で歩かずに同行職員に背負われて被災者に寄り添わない都合主義で失笑を買ったが、その同政務官が「その後政府が持つ長靴が整備された」と「長靴業界はだいぶもうかった」(報道)と軽口をたたいて辞任した。

 政治の貧困は留まるところを知らない。
 

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