(1)検察も検事も、本当に地に墜ちた。郵便料金不正利用事件で証拠FDデータを改ざんし
たとして逮捕された検事は、取調べ当初は「データを書き換えて遊んでいただけ」と供述し
て過失を主張してきたが、一転「故意に書き換えた」ことを認める供述をしているという。
さらに故意のデータ書き換えを当時の上司検事にも伝えたはずだと、検察の組織的犯罪
をも認めている。
社会正義、公正、公平のパラダイム(paradigm)となるべき司法の検察、検事の犯罪容疑
となれば、事実否認か容認の二者択一しか通常考えられないところだ。それがせめてもの
社会正義への国民の信頼をつなぎとめる図式であったはずだが、検察、検事は違った。
逮捕検事は、取調べ当初は「データ処理は遊んでいただけ」とその資質も疑われる発言で
容疑を否認してみせて、事件当時のその後の行動の整合性にも疑問がある中、一転FDデー
タを故意に改ざんしたと容疑を認める供述をしている。
この犯罪過程の図式は、社会正義、公正、公平とは無縁のあらゆる犯罪容疑者が必ずと
いっていい程取る通例のパターン(pattern)と同じだ。
社会正義のパラダイムとなるべき検察、検事が、それとは無縁の犯罪容疑者と同じ犯罪
図式の中での犯かした反社会的な意思行動で、検察、検事は本当に地に堕ちた。
(2)司法の検察、検事への信頼が根底から損なわれたことで、今、捜査、裁判(公判)では
証拠を巡って一旦認めたものまで、一転否認する事例が相次いでいる。
検察、検事の機能再生改革のために、取調べでの可視化が叫ばれているが、事は急務
の社会正義、公正、公平の再生だ。
検察、検事の現捜査体制の「本質」が変わらなければ、社会正義の回復は無理だ。可視
化は取調べ以上に検察組織内部に必要だ。
検察捜査の非開示性で、捜査実権があまりに容易に「人」に偏(かたよ)って、組織として
の客観的視点が見過ごされている。その組織も、「人」に捜査の丸投げだ。
判決の裁判官の合議制(多数決)のように、検察組織の客観的視点、判断のわかりやす
い合議制の法制化だ。
もちろん、社会正義、公正、公平のパラダイムとなる検事も、人だ。検察のそれこそ公正、
公平な捜査維持のための非開示性とかいって、あまりに不透明第一主義で伏魔殿のように
検察組織の「閉そく感」を助長してきた。その中での組織から人への捜査実権の偏り、閉そ
く組織の盲点(blind spot)だった。こういう専門集団は変なセクショナリズム(sectionalism:
なわばり意識)が強すぎる欠陥がある。
検察組織の風通し、国民の前に透明性(合議制原則)をプライオウリティ(priority)として、
検事の資質(採用も含めて)、検事(捜査)能力、パラダイム意欲、検察組織の可視化につ
いて、客観的視点、判断を持つ最高検察庁の機能役割は大きい。
たとして逮捕された検事は、取調べ当初は「データを書き換えて遊んでいただけ」と供述し
て過失を主張してきたが、一転「故意に書き換えた」ことを認める供述をしているという。
さらに故意のデータ書き換えを当時の上司検事にも伝えたはずだと、検察の組織的犯罪
をも認めている。
社会正義、公正、公平のパラダイム(paradigm)となるべき司法の検察、検事の犯罪容疑
となれば、事実否認か容認の二者択一しか通常考えられないところだ。それがせめてもの
社会正義への国民の信頼をつなぎとめる図式であったはずだが、検察、検事は違った。
逮捕検事は、取調べ当初は「データ処理は遊んでいただけ」とその資質も疑われる発言で
容疑を否認してみせて、事件当時のその後の行動の整合性にも疑問がある中、一転FDデー
タを故意に改ざんしたと容疑を認める供述をしている。
この犯罪過程の図式は、社会正義、公正、公平とは無縁のあらゆる犯罪容疑者が必ずと
いっていい程取る通例のパターン(pattern)と同じだ。
社会正義のパラダイムとなるべき検察、検事が、それとは無縁の犯罪容疑者と同じ犯罪
図式の中での犯かした反社会的な意思行動で、検察、検事は本当に地に堕ちた。
(2)司法の検察、検事への信頼が根底から損なわれたことで、今、捜査、裁判(公判)では
証拠を巡って一旦認めたものまで、一転否認する事例が相次いでいる。
検察、検事の機能再生改革のために、取調べでの可視化が叫ばれているが、事は急務
の社会正義、公正、公平の再生だ。
検察、検事の現捜査体制の「本質」が変わらなければ、社会正義の回復は無理だ。可視
化は取調べ以上に検察組織内部に必要だ。
検察捜査の非開示性で、捜査実権があまりに容易に「人」に偏(かたよ)って、組織として
の客観的視点が見過ごされている。その組織も、「人」に捜査の丸投げだ。
判決の裁判官の合議制(多数決)のように、検察組織の客観的視点、判断のわかりやす
い合議制の法制化だ。
もちろん、社会正義、公正、公平のパラダイムとなる検事も、人だ。検察のそれこそ公正、
公平な捜査維持のための非開示性とかいって、あまりに不透明第一主義で伏魔殿のように
検察組織の「閉そく感」を助長してきた。その中での組織から人への捜査実権の偏り、閉そ
く組織の盲点(blind spot)だった。こういう専門集団は変なセクショナリズム(sectionalism:
なわばり意識)が強すぎる欠陥がある。
検察組織の風通し、国民の前に透明性(合議制原則)をプライオウリティ(priority)として、
検事の資質(採用も含めて)、検事(捜査)能力、パラダイム意欲、検察組織の可視化につ
いて、客観的視点、判断を持つ最高検察庁の機能役割は大きい。