旅限無(りょげむ)

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やっと辞めます菅総理 其の弐

2011-08-14 16:21:54 | 政治
■1月14日、年明け早々に2度目の内閣改造。前回改造から118日後の改造で歴代最短記録!変な新記録をたくさん作った菅アルイミ内閣でありますが、何と言っても改造の目玉は後に「ただちに健康に影響を及ぼさない」と連日言い続けることになる枝野官房長官が惨敗した参院選時に幹事長だった責任も取らずに史上最年少(46歳)で就任したこと、そして、経済財政担当大臣に不倶戴天の政敵だった与謝野が就任した玉突き事故で海江田万里さんが経済産業大臣に押し出されてしまったことであります。まさか、あんなに苛められることになろうとは!?そうそう、仙谷ノーコメント前官房長官が「柳腰外交」で不信任決議を受けて辞任した兼務の法務大臣に江田ベンキョウチュウ五月前参議院議長が就任しました。参議院議長経験者の入閣は史上初!よほど厳しい人材払底状態だったのでしょうなあ。閣僚11人が留任したのは歴代最多記録!

■珍妙な新記録を作った第二次改造内閣に、またしてもセンスの悪い名前を付けて恥を掻くかと思いきや、菅アルイミ首相は黙して語らず枝野官房長官が老壮青のバランスが取れた「実務強力推進内閣」と命名。勿論、絵に描いたような名前負け内閣でしかなったのですが……。この不要不急の第二次改造で馬淵澄夫国土交通大臣の訪米予定が取り消され、片山善博総務大臣は出張先のマレーシア出張から緊急帰国するわ、自見庄三郎金融担当大臣は英国に行ってイングランド銀行総裁と会談する直前に緊急帰国するわ、前原誠司外務大臣は韓国に行って李明博大統領と会談するはずが延期。いかに外交を軽視しているかがよく分かるドタバタ劇でありました。

2月9日にやっと党首討論が開催されて菅アルイミ首相は「社会保障と税の一体改革」に協力しろ!と居丈高に迫ったものの、自民党の谷垣総裁からは「政権公約の見直しをしてからだ。マニフェスト違反の片棒を担げ、八百長相撲を一緒に取ってくれみたいな話には乗れない」と時宜を弁(わきま)えた嫌味を言われ、逆に解散総選挙をやれ!と攻められ、公明党の山口代表からも厳しい批判を受けて菅アルイミ内閣はネジレ国会の呪縛から逃げられない窮地に追い込まれてしまいました。

3月4日の参議院予算委員会で前原誠司外務大臣が韓国籍の女性から献金を受けていたことがバレて同月7日に辞任。そして、その2日後の3月9日に菅アルイミ首相の資金管理団体が2006年と2009年にパチンコ店を経営する金融機関の元理事の在日韓国人から計104万円の献金を受け取っていたことが、皮肉にも裏の盟友関係にある朝日新聞の取材でバレてしまいます。前原外相の辞任という前例もあるので、自民党・公明党・みんなの党は菅アルイミ首相に辞職を求めようと一致団結!いよいよ菅アルイミ首相も年貢の納め時かと思われたのに、天の配剤か悪魔の冗談か?シドロモドロの国会答弁に終始していた3月11日の午後に東北地方太平洋沖地震が発生!この未曾有の天災を心底喜んだのは日本広しと言えども菅アルイミ首相ただ一人だったかも?続いて起こった原発事故が深刻化していた3月14日に違法献金計104万円をこっそり返却していた菅アルイミ首相でありました。

■菅アルイミ首相は「緊急災害対策本部」に就任して物を投げたり怒鳴り散らしたりしながら、「原子力災害統合対策本部」「福島原発事故対策統合連絡本部」「震災ボランティア連携室」「電力需給緊急対策本部」など、自分でも全体を掌握し切れない複雑怪奇な組織濫立状態を作り出し、中でも「被災者生活支援特別対策本部」の本部長になった松本龍防災相は精神を病んで自滅してしまったのでした。

3月29日には内閣官房参与が6人追加されて最大15人に膨れ上がって他の本部群と共に「船頭多くして船山に登る」と揶揄されて、1箇月後の4月29日にはガチガチの原発推進派だった小佐古敏荘(こさこ としそう)内閣官房参与が涙の辞任会見を開いて世間を驚かせたものでした。

4月12日、震災対応で自然休会状態となっていた国会審議が再開したものの、最初に民主党が仕掛けたのが国民新党のご機嫌を取るための「衆院本会議で郵政改革を審議するための特別委員会の設置」法案だったので、自民党は「震災対応と郵政民営化に何の関係もない!」と当たり前に激怒して国会はずっとくるくると空転し続けることになりました。

■菅アルイミ首相は本当の発電能力を知らないまま、「節電啓発等担当大臣」という奇怪なポストを作って仕分けパフォーマンス人気の再現を願い蓮舫行政刷新担当大臣を任命したのでしたが、原発推進政策を死守するための脅迫としか思えない計画停電騒動が起き、合理性に掛ける心情的な節電運動により熱中症患者が続出したのですが、担当大臣は何の説明責任も果たさないまま何処かに去ってしまいましたなあ。被災地のボラッティア活動を支援するとて首相補佐官に任命された辻元清美衆議院議員は、本来の仕事をせずに脱原発を菅アルイミ首相に熱心に吹き込んでいたの噂が流れておりましたなあ。震災・原発事故対応の話を掘り返していると気分が滅入ってくるばかりなので、その後の菅アルイミ内閣の右往左往ぶりは別の機会に思い出そうかと思います。

やっと辞めます菅総理 其の壱

2011-08-14 16:21:17 | 政治
■あれこれと一般大衆受けを狙った政策を食い散らかした揚句、すべての後始末を後継内閣に丸投げすることになりそうなのに、妙にさばさばした表情になった菅アルイミ首相は、何とかの一つ覚えで「(無力の)全力」「(無意味な)責任」を最後の最後まで連発して与野党すべてに包囲されていよいよ首相官邸から引越しすることになった由。2010年(平成22年)6月4日に第94代内閣総理大臣に指名され6月8日に就任してから1年2箇月余、この人は何をしたのでしょう?ただ総理大臣の椅子に座っていただけのような空疎な印象しか残せない、実に奇妙な時間だったような気がしますなあ。

■クラッシャー小沢と争った代表選挙の時には「クリーンでオープンな党運営」や雇用政策の重視を訴えていた菅アルイミ首相でしたが、副総理兼国家戦略担当大臣だった時期に河本某という在日韓国人から104万円の違法献金を受け取っていたり、石岡亨・松木薫を欧州から北朝鮮に拉致した結婚目的誘拐容疑で国際手配を受けている森順子容疑者の長男森大志が所属する政治団体「市民の党」(東京、酒井剛代表)から派生した政治団体「政権交代をめざす市民の会」に計6250万円の政治献金を行っていたことがバレてしまったからには、「クリーンな党運営」など最初から無理だったことが分かります。「オープンな党運営」は親小沢議員を苛め抜くことだったのもバレてしまいましたなあ。

■さてさて、2010年の6月から菅アルイミ首相の「業績」を少し振り返ってみましょう。
6月11日に亀井静香国民新党代表が郵政改革法案の通常国会提出見送りに激怒して金融担当大臣・郵政改革担当大臣を辞任したのも懐かしい話で、亀井代表が最後まで菅アルイミ首相を支持する立場だったのは皮肉でもありましたが、首相を辞する直前に郵政見直し法案を国会に提出して見せたのは形ばかりの恩返しだったのかも?

■7月11日の第22回参議院議員通常選挙で菅アルイミ首相が唐突に「消費税引き上げ!」と喚き始めて与党が過半数を割り、誰も惨敗の責任を取らないままネジレた国会が民主党を悩ませ、被災地の皆さんを苦しませ、国民全体から希望を奪った行きました。
8月10日には韓国併合100年目だというので韓国への謝罪を盛り込んだ談話を閣議決定。翌8月11日には15年ぶりとなる1ドル84円台に突入して、1年後の菅アルイミ首相の退陣確実となってみたら76円台!結局、円高に対して無力な内閣だったわけであります。財務大臣経験者が首相になっていたのに残念なことでありました。まあ、「乗数効果」も「消費性向」も知らない無能な素人大臣だったことはバレていたのですが……。

■9月7日、尖閣諸島近海で海上保安庁の巡視艇と中国の漁船が衝突!酒乱船長がが故意に巡視艇にぶつかったと判断して船長を逮捕して船も拿捕したものの、9月24日に船長を丁重に釈放してチャーター機で帰ってしまいましたなあ。今年の年7月21日に那覇検察審査会が公務執行妨害罪、外国人漁業規制法違反、建造物損壊罪で起訴議決をしたものの、同じ審査会がクラッシャー小沢に強制起訴を決めた時とはまったく違う他人事みたいな反応を見せた菅アルイミ首相でありました。

■9月17日、惨敗した参院選の反省もなく内閣改造が行なわれまして、参院選で落選していた千葉景子法相は68日という留任居座り新記録を作ってやっと辞任。留任中の7月28日には「死刑廃止を推進する議員連盟」に所属しているのに突如として死刑執行命令を出して見せたのは「適任者だから」と留任を正当化してくれた菅アルイミ首相への恩返しに内閣支持率を少しでも上げたいと思ったからか?何でも改造内閣は「412人内閣」「有言実行内閣」だそうでしたが、前の内閣は「奇兵隊内閣」とか何とか言っていた記憶があります。

■9月24日、国連総会の一般討論演説で総額85億ドルの途上国支援策と温室効果ガスの25%削減目標を表明。勿論、再生可能エネルギーの話ではなく原発新設、輸出もどんどん、という話でありました。同日、国内ではこんにゃくゼリーの「形と硬さ」の基準を決めるプロジェクトチーム「こんにゃく入りゼリー等の物性・形状等改善に関する研究会」が発足。市民運動家出身の首相には、こういう仕事の方が向いていたのでしょうなあ。

■10月4日にブリュッセルで開催されたASEM首脳会議の場で、拝み倒して温家宝首相と約25分間の「懇談」をしたとて大喜び。

■10月15日、代表選で公約した「国家公務員の総人件費2割削減」をあっさりと撤回!
11月16日には韓国政府に対して旧朝鮮総督府経由で日本に渡った朝鮮王室儀軌など計1205冊の図書の「引き渡し」について国会承認を求める閣議決定。同月19日には永住外国人への地方参政権(選挙権)付与について「憲法上の国民主権の原理と必ずしも矛盾するものではない」とする答弁書を閣議決定!この種の問題には異様に熱心な菅アルイミ内閣でありました。
12月25日のクリスマス、菅アルイミ首相は「たちあがれ日本」に連立政権への参加を打診したもののプレゼントは拒否回答でしたが、年明けの内閣改造では与謝野馨が抜け駆けして入閣。

■11月13日の夕方、横浜で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)でロシアのメドベージェフ大統領との会談開始を15分遅らせて北方領土訪問強行の引き金を引いて?までして頼み込んでチャイナの胡錦濤国家主席とわずか22分間の日中首脳会談を実現!全世界に俯いてメモをぼそぼそ読む菅アルイミ首相を睥睨する胡錦濤国家主席の堂々たる姿を大宣伝してあげました。