朝日新聞に以下のような記事を見つけた。気になるところが満載であった。以下に引用する。
元号「令和」を考案した国文学者の中西進氏が4日、富山市で講演し、「令和」が持つ意味などを解説した。「和」は、聖徳太子の十七条憲法の「和をもって貴しとなす」につながるものだとしたうえで、「代々の宰相は十七条憲法を尊重しているので、今の宰相にもぜひそうしてほしい」と安倍晋三首相に呼びかけた。
中西氏は、十七条憲法は外国との激しい戦争を経験した直後につくられ、いまの憲法の制定時と時代背景に共通点があると指摘。「(十七条憲法は)故国を喪失した人たちが力を合わせて平和憲法をつくった。非常に崇高な切実な願いを持っている」と述べた。安倍首相への呼びかけは「国民の一人として」の気持ちだという。
問題点1 令和が和をもって貴しとなすと繋がるものという話には異存はない。代々の宰相は17条憲法を尊重しているので安倍さんにもそうしてほしいという点に異存がある。安倍首相は和をもって貴しとなすを尊重している。憲法改正原案を作るのにも全会一致を考えて急いでいない。辛抱強くやっている。まさか憲法を変えること自体を和をみだすとして非難しているのであれば中西氏の頭はおかしい。
問題点2 外国との激しい戦争といえば白村江の戦いと思うが17条憲法の方が70年ほど前に誕生している。敗戦を反省して作られたというのはとんでもない嘘である。
問題点3 故国を喪失した人たちがというと百済人のことだろうが17条憲法を作ったと聞こえる。白村江の敗戦の後大勢の亡命者がいたが17条憲法は既に存在していた。敗残の流浪民が流れ着いた先の憲法を作るなどあり得ない。これは朝鮮半島の方が文化的に格段に進んでいたという嘘をもとに作り上げた捏造だ。
問題点4 和をもって貴となすの和とは外国との和でなく国内での和、仲間内での和である。17条憲法は公務員としての服務規程、道徳律のようなものであり、敗戦を機に作られたとは思えない。敗戦を機に取られた措置とは防人の派遣や狼煙台を設置、水城の建設などの軍事的な措置だけである。
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