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日銀券を増刷して日本国を救う村島定行のBlog

①日本は世界最大の債権国、お金がなければ刷りなさい②英語を多用すると次第に馬鹿になる③靖国参拝は日本人の義務だ。

ラムザイヤー教授の主張は間違っているか

2021年03月01日 | 歴史

ラムザイヤー教授の学術論文が騒がれ攻撃されているが政府はなんとも反応しない。

彼らが戦わなかったばかりに性奴隷説がはびこってしまった。

政府高官が「政府の意見ではないが私個人の考えを述べれば慰安婦は自発的売春婦で謝罪も賠償も必要ないと考える。」と言ったらどうだろう。「日本人の多くはそう考えている。らむざいやー教授の指摘は正しい」と付け加えれば十分だ。「付け加えれば日本には多くの元慰安婦がいる。彼女たちには謝罪も賠償も行われていない。彼女たちが何も要求しなかったからだ。

日本人慰安婦から見れば「韓国人慰安婦は嘘をついている。詐欺師だとしか見えないだろう」


仁徳天皇陵は「百舌鳥の耳原にあり」と古事記にあり、「耳原中陵」呼ばれていればそれで十分ではないか。

2019年06月24日 | 歴史

仁徳天皇陵はその証拠がないと聞いていた。しかし古事記を読んでいて仁徳天皇は八三歳で亡くなりお墓は「もずの耳原にあり」という言葉を発見した。もずとは大阪市の堺市のことであり、耳原はどこか調べたらわからなかったが仁徳天皇陵が「百舌鳥耳原中陵」(もずの耳原のなかのみささぎ)と呼ばれているという記述を見つけた。仁徳天皇陵に耳原の名前がついて呼ばれていることが明らかになればこれで十分ではないだろうか。仁徳天皇陵があるところが耳原と考えれば全て氷解する。仁徳天皇陵であることがこれほどはっきりと明記される必要があるのだろうか。私はこれで十分と思うがこれを十分な証拠ではないとする人たちは仁徳天皇陵としたくない何かの理由を持っているからであろう。


仁徳天皇陵を大山古墳といいい換えようという運動は左翼脳が推進している。仁徳天皇陵の方がインパクトがあり客を呼べるよ。

2019年05月16日 | 歴史

 百舌鳥古市古墳群の世界遺産登録に関して「仁徳天皇陵を使うのはおかしい大山古墳にすべきだ」という話が出ているがこれは天皇制攻撃の一環として左翼が推進している「天皇の名前を歴史から消す運動の表れ」である。

 彼らの日本歴史改竄の例を挙げよう。①徳川幕府の始まりは関ヶ原の戦いに家康が勝利して始まった。従って1603年ではなく1600年だ。②鎌倉幕府の始まりは源氏が壇ノ浦の戦いで平氏を滅ぼしたときに始まった。従って1192年ではなく1185年だ。いずれも天皇によって頼朝や家康が征夷大将軍に任ぜられた時に幕府が始まったという歴史を変えたいのである。

 仁徳天皇の陵墓だという明確な証拠がないというのが理由であるが昔のものは全て確たる証拠がないと言える。仁徳天皇の陵墓でないという確たる証拠はないし、この古墳に埋葬されている天皇として他に有力な候補もないのである。確たる証拠がないというのは単なる嫌がらせである。聖徳太子についても実在の人物かどうか確たる証拠がないという理由で厩戸の皇子と言い換える運動を左翼は推進している。聖徳太子の名前は古事記、日本書記の中のいたるところに出現していると言っていい。架空の人物であるというのはあまりな言いようである。日本の歴史で光り輝いて伝えられている仁徳天皇や聖徳太子の名前を聞くと左翼は消したい衝動に駆られるのである。

 高大連携委員会というのがある。高校と大学の歴史教育のつながりをよくするという目的を掲げているが日本の歴史を改竄しようという左翼脳の集まりである。歴史用語が多すぎるので精選するとして彼らが掲げた歴史用語集を見たら吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬の名前を消して従軍慰安婦、南京大虐殺を教えるという内容になっていた。

 2002年から2008年まで実施されたゆとり教育は日本の成功と発展は教育にありと見て、その教育を破壊し、学力の低い子供達を大量生産して、日本の発展を止めたいという狙いで実施された。授業時間を減らし、教える内容を減らし、優しい問題を多く解かせて正解率をあげ、自信を持たせる。この教育はゆとり教育と名付けられたが、学力が低く自信のない子供達を大量に作り出す狙いは明白であった。たくさん問題を解いてどんな問題でも解けるようになって初めてゆとりは生まれるものだ。円周率は3.14は覚えるのは大変だから3でいいというのを聞いて笑ってしまった。円周率は3.14165・・・と無限に続くところに面白さがあり、科学や数学への興味が掻き立てられる。教育の目的は興味を持たせることだ。興味を持てばぐんぐん力がついていく。ゆとり教育は国際的な学力検査で顕著な学力低下が見られた結果、批判され数年で脱ゆとり教育に転換され、授業時間が10%増やされた。


朝日新聞と中西進氏の牽強付会

2019年05月05日 | 歴史

朝日新聞に以下のような記事を見つけた。気になるところが満載であった。以下に引用する。

 元号「令和」を考案した国文学者の中西進氏が4日、富山市で講演し、「令和」が持つ意味などを解説した。「和」は、聖徳太子の十七条憲法の「和をもって貴しとなす」につながるものだとしたうえで、「代々の宰相は十七条憲法を尊重しているので、今の宰相にもぜひそうしてほしい」と安倍晋三首相に呼びかけた。

 中西氏は、十七条憲法は外国との激しい戦争を経験した直後につくられ、いまの憲法の制定時と時代背景に共通点があると指摘。「(十七条憲法は)故国を喪失した人たちが力を合わせて平和憲法をつくった。非常に崇高な切実な願いを持っている」と述べた。安倍首相への呼びかけは「国民の一人として」の気持ちだという。

問題点1 令和が和をもって貴しとなすと繋がるものという話には異存はない。代々の宰相は17条憲法を尊重しているので安倍さんにもそうしてほしいという点に異存がある。安倍首相は和をもって貴しとなすを尊重している。憲法改正原案を作るのにも全会一致を考えて急いでいない。辛抱強くやっている。まさか憲法を変えること自体を和をみだすとして非難しているのであれば中西氏の頭はおかしい。

問題点2 外国との激しい戦争といえば白村江の戦いと思うが17条憲法の方が70年ほど前に誕生している。敗戦を反省して作られたというのはとんでもない嘘である。

問題点3 故国を喪失した人たちがというと百済人のことだろうが17条憲法を作ったと聞こえる。白村江の敗戦の後大勢の亡命者がいたが17条憲法は既に存在していた。敗残の流浪民が流れ着いた先の憲法を作るなどあり得ない。これは朝鮮半島の方が文化的に格段に進んでいたという嘘をもとに作り上げた捏造だ。

問題点4 和をもって貴となすの和とは外国との和でなく国内での和、仲間内での和である。17条憲法は公務員としての服務規程、道徳律のようなものであり、敗戦を機に作られたとは思えない。敗戦を機に取られた措置とは防人の派遣や狼煙台を設置、水城の建設などの軍事的な措置だけである。

 

 

 

 


霧島山系の韓国岳は不毛の国を意味する空国の転化である

2018年02月24日 | 歴史

 日本書紀によると瓊瓊杵尊が天下った地域は土地の痩せた不毛の地を意味する「膂宍の空国」(そししのからくに)と呼ばれていた。鹿児島は火山灰地であるせいで現在でも不毛の土地である。意味は「背中には肉がないように何もない空国」という意味である。何もない不毛の土地を表す空国より韓国の方が楽しいと言う意味で韓国岳が使われるようになった。

 韓国岳から朝鮮半島が見えると言うことはない。富士山からは220キロメートルの範囲内なら見えると言われるが韓国岳の高さは1701メートルで富士山のほぼ半分だ。そうすると韓国岳から見える距離はほぼ100キロメートルであろう。朝鮮半島までは700キロメートルでまったく見えない。


遣唐使廃止の理由。漢字かな交じり文が成立し日本語を完全に記述できるようになったことが大きい。唐にはもはや学ぶものがない。

2017年08月01日 | 歴史

 菅原道長が提案して遣唐使が廃止された。辻準之助はその理由として

1. 唐の国内情勢が乱れて退廃していること

2. 船舶の構造が脆弱で唐まで渡るのが困難であったこと

3. 海賊に遭遇して殺されるおそれがあったこと

を上げているがこれは腑に落ちない。2や3の理由は昔からそうだったのであり

今に始まったことではない。それを承知で隋や唐に派遣していたのである。大きな違いは日本と大陸とが名実ともに対等だという考えが出てきて無理をして学びに行くのは筋が通らないという考えに達したのだ。その背景に9世紀末のかなが発明され日本語を完璧に表現できるようになったことが大きい。それまで漢字だけで万葉仮名で表現していたがどこか間違っているという意識が抜けなかったのであろう。それがカタカナ、平仮名が発明されて大和言葉が完璧に表現できることがわかった。菅原道真は学術の神様の地位にあったから日本語を完璧に表現できることがわかったということは大事件である。それまで漢字だけでうまく大和言葉が記述できないことは悩みの種であったろうと思う。それが漢字だけでは表現できないがかなを使えばその悩みが解消できるのである。菅原道長にとって大和言葉を完璧に表現できれば唐はなにするものぞという感じであろう。遣唐使廃止を自ら提案し認められた。その後土佐日記、伊勢物語、蜻蛉日記、源氏物語など次から次にやまとことばによる文学が百家繚乱と咲き乱れたことからあきらかであろう。

 

 


渡辺昇一氏を悼む

2017年08月01日 | 歴史

 渡部昇一氏を悼む。直接お会いしたことはないがこれまで本を通していろいろ教えてもらった。教えてもらったことを思い出すまま列挙しよう。

1 日本語は大和言葉である。例えば「川の流れのように」、「赤とんぼ」、「早春賦」は全て大和言葉からなっている。或いは山頭火の俳句は全て大和言葉であると具体例を挙げて説明をされて納得したことが忘れられない。これは大和言葉だけを選んだ結果ではなく、普通に言葉を選んだ結果大和言葉だけになったのだ。この事実は日本語が大和言葉であることを示す。もっと正確にいうと日本語にも漢語やらカタカナ語など大和言葉とは言えない部分が少なくないが喜び、悲しみ、など心の動きを表す場合は大和言葉になってしまう。日本人の喜びや悲しみを表現するのは折に触れ昔から必要であった。中国や西欧の影響のない大昔にやっていたことでそれは必然的に大和言葉で行われた。日本人の心の動きを表す言葉は大和言葉でできており、日本人の心に訴えようとすると大和言葉になってしまう。それまで言葉は変わっていくもの、当然大和言葉とは違ってきていると考えてきたが基本の部分、心の動きを表す言葉を中心に大和言葉は変わらず残っているという事実を知って目からウロコであった。その後日本語の変わらない部分、大和言葉を見ることで日本語論を展開できるようになった。その意味で渡辺昇一氏は私の日本語論の師匠でもある。

2 古事記の推奨する考えの素晴らしさ。キリスト教ではイブはアダムの肋骨から生まれる。つまり女性は男性の付属物だ。古事記では男と女は相補うような存在として描かれている。男はある部分が余っている、女はある部分が欠けている存在として描かれている。これは科学的であり、正確であり、常識的である。さらにイザナミとイザナギが子つくりをナスに当たって、女から声をかけると水子が生まれ、男から声をかけると正常な子が生まれたという挿話があるがいろんな局面で男が先導すべきことを示唆していると渡辺昇一氏は説明していた。古事記では「人間の男女は相補い合う存在であるが女は男を立てなければならない」と説いているのだ。これは現代の日本人にも無理なく受け入れられる考えだ。

3 東京裁判では目撃証言は皆無であった。日本人は残虐に人を殺したと言われるが東京裁判では日本人の残虐行為の目撃証言は皆無であった。人が殺されるのを目撃したという証言が1例だけあった。それはマギー神父は日本兵に「止まれ」と言われて止まらなかった中国人が一人撃たれたということを目撃したと証言した。日本の残虐行為は東京裁判で明らかになったなどと言われているが目撃証言は皆無だったのだ。

4 江上波夫氏の騎馬民族征服説の胡散臭さ。「日本という国家が騎馬民族によって征服されてできたものなら日本に騎馬民族の風習が残っていないとおかしいが何もありませんね」という意味のことを江上氏に聞いたら「そうだったかな」と江上氏は大いに困った様子だったとどこかで書いておられた。その後私は騎馬民族征服説が出ると「玄界灘を騎馬民族が渡るのは困難ですよ」と否定するようになった。

5. 昔は中国とは日本であった。山鹿素行の著書に中朝事実があるが中国の朝廷の事実ではなく、日本の朝廷の事実を書いたものです。昔は中国とか中華は日本のことを指していたことを知った。その意味から中国のことを支那ということは意味がある。


 

 

 

 

 

 


天皇はなぜ戦争責任を問われなかったか

2015年06月22日 | 歴史

最初の東京五輪は1964年に開催された。開会の挨拶は天皇が行った。そのとき欧州の新聞は天皇を戦争の指導者で唯一処罰されなかったと評した。処罰されるベキなのに巧く立ち回ったずるい男と評したのだ。ムッソリーニもヒットラーも処刑されたが天皇だけは例外であった。五輪開会式ではブーイングがあったともいう。

 天皇が戦争責任を問われなかったのは名実ともに責任がなかったと言うべきであろう。責任を問われなかった理由を3つ挙げると以下のようになるであろう。

 1 憲法上天皇は問われないようになっていた。天皇は大臣の輔弼により政治を行い、責任は大臣が取り、天皇は責任をとるようになっていなかった。東条英機以下が処罰され天皇が無傷であったのは憲法の決まりに従った措置であった。

 2 終戦はポッダム宣言という条件付きの降伏であったが日本政府はポッダム宣言が天皇制を変更するという条件を含まないものと了解して受諾すると返答した。つまり体制を護持するという条件を付けて降伏したのである。つまり天皇が引き続き統治する以上責任を問えない。

 3 天皇は実質的にも戦争に反対であったことははっきりしていた。戦争を避けるようにと何度も大臣たちに命じ、平和裏に納めようと努力をしていた。ただ大臣の言うことには黙って了承するのが天皇の役割だと理解しそう勤めてきた天皇にとって一人で戦争を止めることは不可能であった。

 以上の3つの理由から、天皇は戦争の責任を問われなかった。必然的な正しい措置であったと言える。

 

 

 

 

 

 


南京大虐殺は米国の犯罪を誤摩化すために使われ今回は中国の犯罪を誤摩化すために使われる

2014年08月05日 | 歴史

 南京大虐殺は美国の犯罪 原爆投下や東京大空襲を誤摩化すためにでっちあげられた。南京が落ちたときに戦闘行為はあった。日中の兵士が戦ったから大勢の中国兵、日本兵が死んだ。しかし一般の中国人の虐殺は起こっていない。一般人の虐殺はゼロである。東京裁判で南京大虐殺に関する目撃証言はゼロである。マギー牧師の証言「南京で日本軍から止まれと言われて止まらなかった中国人が撃たれた」があるだけである。何の証拠もなく南京大虐殺が行われたということになったのである。これは東京裁判を維持するのに必要であったのだ。日本軍には大虐殺はまったくなかった。原爆を投下した者が東京空襲で大規模な殺戮をやった者が虐殺をやっていない日本を人道上の罪で裁くのである。これは逆なのだ。米国こそ裁かれなければならない。米国は裁く資格はない。こういう意見を打ち消すために日本軍による大虐殺が必要になったのだ。

 最近中国政府はこのでっち上げられた南京大虐殺をユネスコの世界遺産に登録するように申請した。これは中国のチベット虐殺、ウイグル虐殺、天安門事件、文化大革命における犯罪行為を隠すために再度利用されたのだ。


玄界灘は簡単に渡れるか。日本からは容易。半島からは難しい。しかし日本側に協力者があれば可能。

2014年06月26日 | 歴史

 最近 日本語の祖先は2200年前大挙して朝鮮人が日本へ渡り、それが日本語の成立へ大きく影響したという論述を見たがあり得ない話だ。この手の話が絶えないので玄界灘を簡単に渡れるかを歴史的な事実を参考に考察する。

 結論を最初に挙げるが玄界灘を日本から渡るのは容易だが半島から渡るのは難しい。しかし日本に協力者がいる場合には半島から玄界灘を渡るのは可能になる。

 先ず日本から半島へ進出するのに水際で撃退されたという事実は存在しないことから日本側から玄界灘を渡るのは容易である。好大王の碑にも度々倭が半島に攻め込んできたことが記されている。百済が滅んだときにも日本は4万人の兵を百済再興のために派遣している。倭冦というのが15世紀に沿岸を荒し回った時期もあった。倭冦も容易に玄界灘を渡っている。秀吉の派兵時も上陸出来なかったという話はない。あとは明治になって日清、日露のときにも日本は自由に朝鮮半島に進出している。逆に半島から日本に上陸した例は元寇時にあるが水際でモンゴル軍は撃退されている。刀伊が対馬を攻撃した例はあるが占領までにはいたらなかった。朝鮮半島から大勢の人が渡った例としては白村江の敗戦時に日本軍が敗残百済人を伴って帰った例がある。秀吉の朝鮮出兵時に10万人以上が渡り、陶工などを連れて帰ったことが知られている。その数は多くて数百人であろう。また近代になって朝鮮が日本の一部になったために朝鮮半島から自由に日本へ渡れるようになった。以上のことなどを考慮すると上で述べたような結論になる。つまり日本人は容易に玄界灘を渡って半島に進出できるが半島から日本へ玄界灘を渡る場合は日本人と敵対する形では困難であるが日本側に協力者がいる場合は可能になる。

 以上の原則に照らし合わせると江上波夫氏の騎馬民族征服説も嘘であろう。日本人が協力しない限り玄界灘は渡れない。馬をつれた大量の騎馬軍が日本人と敵対した形では渡海は不可能だ。征服などあり得ない。冒頭に挙げた2200年前に大勢の朝鮮人が渡ったというのも眉唾である。日本語に影響を与えるほどというのはあり得ない。記紀、万葉を帰化人が編集したというのもよく聞くが嘘である。記紀、万葉では漢字は訓読みされている。訓読みは日本独自の使い方で帰化人が編集したという線は消える。

 縄文人が土着の日本人で稲作文化をもった弥生人が大量に流入したことがあると言われたことがあったが発掘が進んで数千年前から日本に稲作があったことがわかった。また縄文人と弥生人の骨格が違うことから人種が違うという話も食べ物が変われば同じ人種でも骨格が変わることがわかり弥生人も土着日本人という考えが強まった。長浜浩明氏は「日本人ルーツの謎を解く」という著書で「渡来人は来なかった」という主張を展開している。一読を勧める

 昔は帰化人と言っていたが最近は渡来人という例が多い。帰化人というと日本人に頭を下げた或は帰順したという意味に取れる点から単に渡ってきたという意味の渡来人を意図的に使いたい人が多いのだろう。冒頭に挙げた原則のように玄界灘は半島からは簡単には渡れない。昔から日本の方が人口密度は高かったからぶらりと渡ってすぐに生活出来るというものではない。日本人の承認或は協力があってはじめてまとまった数の半島人が渡れる。そして土地をわけてもらえる。渡来人というのは風来坊のような印象を与えるが日本に移住するには日本人の協力、了解があって初めて可能であることを考えれば帰化人と言う言葉が適当ではないか。流れ者のような渡来人には玄界灘は厳しいが帰化する意思を表明した帰化人には玄界灘は渡海可能になる。

 

 


「手作りの丸木舟で玄界灘を渡る」のは迎合行為。日本に多くの文化をもたらしたというのは事実に反する。

2014年06月09日 | 歴史

 日韓関係の悪化を受けて左翼教師が以下の赤字で示すような迎合行為、隠蔽行為、或は目くらましを始めた。  嫌韓本や反中本が本屋にあふれている。嫌韓本と反中本の氾濫は日本の歴史になかったことである。しかしこれは事実、韓国や中国がおかしな風になって明らかに間違っていることが日本人の目に明らかになった結果である。これを取り繕いたいと左翼教師が思うのはわかる。左翼教師は「中国、韓国はいい人達だから仲良くしなければならない」といってきたが世間ではネットの影響もあって、真実が流布して「中国や韓国はでたらめな国である」ことがはっきりしてきたのだ。左翼教師が言うのは間違っていたことが明白になってきたのだ。左翼教師がいたたまれなくなるのも理解できる。  松江市の元教諭らでつくる「日韓古代の海の道をたどる会(からむし会)」が今月末、手作りの丸木舟で、韓国南端の巨済島コジェドから長崎・対馬まで65キロの航海に挑戦する。 「からむし4世号」に乗って練習するからむし会のメンバーら(2010年8月、松江市の中海で)=からむし会提供  日本に多くの文化をもたらした渡来人の航路を検証するのが目的。竹島を巡る問題などで日韓関係が冷え込むなか、韓国の船舶関係者も乗り込み、市民レベルで友好を深める。  丸木舟で渡れると考えるのも浅はかであるがここでは「日本に多くの文化をもたらした渡来人」というのがそもそも間違っていることを指摘しよう。最近のことを見ても竹島では多くの漁民が拿捕され、殺され奪われている。数百人の日本人が拉致されておりまだ返ってこない。際限なく謝罪と賠償金が要求される。  池田小学校の事件、尼崎の角田鬼女事件、大阪の準看護師が殺された事件、など韓国人のおかげで多くの日本人が殺されている。新日鉄やパナソニックの高度技術は盗まれるし、対馬からは仏像が盗まれる。多くの文化をもたらしたとは全く正反対である。  多くの文化を齎したなどというありもしないことを立証して市民レベルの友好を深めるなど偽善的な行為をするべきでない。朝鮮人に殺された日本人の数を調べた方が有意義である。  歴史的にも日本の最古の歴史書、古事記は712年に掛かれたのに対し朝鮮の最初の歴史書三国史記は400年遅れである。ひらがなはAD900年頃作られたのに対しハングルは600年後である。日本はAD900年頃漢字仮名交じり文が成立したが朝鮮語の書き言葉の成立は戦後になってやっとである。独自の書き言葉を持った時期は日本に比べて1000年以上遅れている。日本には奴隷制がなくなったのは平安時代であるが朝鮮では日韓併合時に日本が身分制度を廃止するまで奴隷が存在した。非常に遅れた野蛮国を「多くの文化をもたらした」などと嘘をつくべきでない。  中国に関して言えば中国は何度も王朝が交代している。易姓革命は徳がある者が皇帝になり、天下を治めるということになっているが本居宣長は「中国では正しい統治のやり方が伝わっていない。中国の王朝のトップは殺人犯、盗賊と同じようなものだと考えた方が正しい」と言っている。現在の共産党の指導者もその同じである。中国政府は平気で嘘をつく。ベトナムの船に自分からぶつかっていき乍ら「ベトナムからぶつかってきた」と嘘をつく。チベットでは多くのチベット人が中国の統治に反対して焼身自殺を遂げている。ウイグルではウイグルの若い女性を中国内部へ就職させ、ウイグルの若者をウイグルに残し、ウイグル人の子供が生まれないように計っている。文字通り民族絶滅を計っている。奸知に長けた悪辣な連中である。中国の前の国家主席温家宝一族は2000億円以上を米国に既に貯金していると言われる。共産党は殺人の常習犯であり、盗みを生業にしているといって間違いではない。1992年に尖閣を自国領と宣言し、沖縄も中国のものと宣言するのもそう将来のことではない。  今まで教えてきたきたことが嘘だとわかった時点で考えを改めるのが教師の勤めである。


「琉球は非武装」のデマを撒き散らす朝日新聞、武力を用いなければ琉球王国はできなかった。、

2014年01月20日 | 歴史
 今朝の朝日新聞の天声人語を見て驚いた。琉球王国を非武装国家としているのである。その非武装国家を琉球処分で自国領に組み入れたと主張しているのだ。奈良時代には奄美から租庸調が納められているし、15世紀はじめには将軍足利義教南西諸島を嶋津の領地として下付したという記録がある。琉球語は日本語の方言であり、公用語は漢字かな混じり文であった。琉球の万葉集である「おもろ草子」は漢字かな混じり文で書かれている。琉球王国がだす、昇任辞令が漢字かな混じり文であったことが話題になったこともある。沖縄は文化的にも歴史的にも日本である。琉球王国をまったく非武装の国と描くのは朝日の完全なデマである。琉球王国としてまとめる過程で武力を用いたのは当たり前の話だ。石垣や宮古などの先島諸島は本島から武力で制圧され、圧制に苦しんだ記録や言い伝えが豊富に残されている。1609年に島津が琉球征伐を起こしたときにも琉球王国は武力で抵抗している。ただ戦国時代でも名だたる雄藩であった島津の武力には対抗できなかっただけである。
 与論島以北を島津領として割譲させ、残りを琉球王国として存続させたのである。島津は琉球王国を残し、通商益の上前をはねる方が得だと判断したのである。琉球は実質的に日本に属し、表向き独立国として日本、清国と交易をしていたというのが正確な認識であろう。
 1872年に琉球王国を廃し、琉球藩にしたのは実質的には日本領だったのを明確にする意味からで、実際清国はなんら有効な抵抗を示していない。1973年宮古島民が台湾で50名以上殺害された事件で日本政府が清国に賠償を請求したのに対し、「台湾は『化外の土地』なので責任を取れない」と清国は回答している。台湾でさえ清国に属していたか、この時期、不明確だったのである。

中韓との歴史摩擦の原因は中韓側にあり日本側にはない。

2013年09月03日 | 歴史

 中国との間でいろいろ問題が起こっているが1990年では何の問題もなかったのである。問題の発生は天安門事件から発生する。天安門事件は中国の民衆が民主化を求めて天安門広場にたくさん集まって収拾が付かなくなったことである。中国政府が戦車で弾圧し、大勢の学生や若者が殺された。中国共産党は共産党への反発が大きくなることをおそれて反日教育を始めたのである。「日本はこれほど悪い国であり、この日本の圧制から共産党が中国国民を救い出したのだ。中国共産党は中国人の恩人であり、圧制者、弾圧者ではない。敵ではない」と何度も若者たちに吹き込んだのだ。そのための具体的な手段が南京虐殺記念館の建設であり、膨大な製作本数になる反日映画である。尖閣諸島を国有化してから悪化したと言うがそんなことは嘘である。中国漁船の体当たりは尖閣国有化以前である。反日教育は1990年に始まっている。その結果中国で行われたサッカーアジア杯の試合で効果が現れた。日本のチームの試合では日本が失敗したり相手がうまくやれば観衆が拍手喝采をするようになった。決勝は日本と中国の試合になったが日本が3:1で優勝。サッカー場は不穏な空気になり日本の代表選手はしばらくバスから出られなかった。これが中国の若者の間にある反日感情が明らかになった最初であるが、その後さまざまな場所で、ネットで街頭で若者の反日感情が目立つようになる。その後尖閣諸島の問題の悪化や沖縄の領有権の主張でそれまで日本人の85%が「中国人に親しみを感じる」と言っていたのが90%の日本人が「中国人は信用ならない」に変わってしまった。
 日中関係の悪化は中国の反日教育にあると言えるし、反日教育を始めさせた天安門事件にあるといえる。
 韓国との摩擦も歴史問題も全くかみ合っていない。その原因は戦後すぐに採用されたハングル専用政策にある。それまでは日本統治時代の影響で漢字ハンブル混じり文であらゆる文献が書かれていたがハングル専用で50年も経てば漢字ハングル混じり文がまったく読めなくなって歴史がわからなくなってきたのである。日本との考え方の違いは韓国人は日韓は戦争していたと思っているが戦争状態ではなく同じ国で協力していたのである。朝鮮の若者も志願して日本兵として戦っていたのである。慰安婦なども強制がなかったことは戦前の新聞を読んでみればすぐに誤解が解けるはずであるが彼らは漢字ハングル混じり文が読めなくなって誤りを知ることが出来ない。
 日本は官僚的であり殆ど政策は変わらない。摩擦の原因は中韓側にあるのは明らかであるが日本に歴史認識を変えろと言うのは全く筋違いである。中国は日本への憎しみを増すための装置南京大虐殺記念館を破壊し、反日教育をやめるべきである。南京で30万に虐殺したと言うのは嘘で30人も殺していない。戦争だから日中の兵士が戦闘で死ぬのは虐殺とは言わない。民間人を殺したと言うのは軍律厳しい日本軍では殆どない。これを天安門事件を比較しよう。南京陥落時に犠牲になった民間人の数は天安門事件で中国政府によって殺された学生の数よりはるかに少ない。
靖国神社問題について安倍晋三首相が中国側に配慮して主要4閣僚は8月15日に参拝しないという一札をいれているという。こういうことが解決を長引かせる原因である。配慮すればその次も配慮しなければならない。それで靖国問題は終わることがない。国に尽くした人に慰霊の誠をささげることは国の指導者の義務である。中国側にゼロ回答することがなければ終わりが来ない。摩擦の原因は日本側にはないといったが日本側にあるとすればゼロ回答をしないために結果として問題解決を先延ばしにして点にある。


仁徳天皇陵を大山古墳と呼び、鎌倉幕府は1185年に始まったと言う左翼的な人々!

2013年08月14日 | 歴史
 昔は仁徳天皇陵と言っていたのが最近は大仙古墳という。これは森浩一氏が言い出し歴史学会の大勢になっているという。仁徳天皇の陵であることを示す科学的根拠がないと言う理由だそうだ。大仙古墳と聞くと仁徳天皇と関係がある古墳とは思わないだろう。さらに大仙が大阪の堺にある地名とは殆ど気付かないであろう。仁徳天皇陵と大仙古墳とでは聞いた人に対する影響の大きさが違う。仁徳天皇陵という名前は誰にでもわかるが大仙古墳の名は殆ど印象がなく、弱い。こういう無名の名前を与えたい人たちは仁徳天皇という名を歴史から消したいと願っているのではなかろうか。
 民のかまどの煙のことを心配した仁徳天皇の故事に苦々しい思いを持っているのであろう。最近なくなった森浩一氏もそういう考えを持っていたのではないだろうか。最近聞くのでは「鎌倉幕府は1192年にできたのではなかった」という話がある。1192年は源頼朝が征夷代将軍に任ぜられた年であるが平氏が壇ノ浦で滅んだ1185年に出来たという説が有力になったという。これも天皇の行為によって歴史が刻まれることが面白くない人々が天皇の歴史上における重要性を低めるために考え出した理屈であろう。江戸幕府の成立は1603年の征夷大将軍に任じられた年になっているが1600年の関が原の戦いに家康が勝利した年に変更しなければ辻褄が合わなくなる。専門家というのが正しい判断が出来なくなっているいい例であろう。
 日本の歴史で最も輝いているのは聖徳太子である。彼についても聖徳太子の名前を使わず厩戸の皇子と言う例が多くなった。歴史上の特定の人物を褒め称えるのは日本の歴史に偏見を持ってきた人間にはやりたくないことなのだろう。それが嵩じて「聖徳太子は実在していなかった」とか「憲法17条は聖徳太子の作ではない」などとこれまでの伝承を否定する説がやたらにマスコミに取り上げられる。伝承が事実であった例はいくらでも挙げることができる。
 仁徳天皇や聖徳太子など日本人の間で評判のいい人物を歴史から消したいとか評価を低めたいと考える人達が多いのが左翼である。
 さらにあげれば26代天皇継体天皇は「万世一系の体制を繫いだ天皇」という意味で付けられた。歴史的に評価の高い天皇であろう。これも面白くないと考える人が多く、ここで万世一系は断絶しているとか継体天皇は外国人であるという人も多い。日本の皇室が125代にわたって男系でつながっていることは日本の皇室の素晴らしさを示す例と見なされるがなんとかそれをけなしたという気持ちの現れであろう。
 邪馬台国論が盛んであった頃魏志倭人伝がもてはやされた。矛盾だらけの魏志倭人伝を基に議論してもなんらまともな結論は得られない。日本の歴史家によって古事記は戦後殆ど無視されていた。古事記にでてくる地名は殆ど日本のどこかに実在している。そうであれば人名も殆ど実在の人物である可能性が高い。しかしながら古事記は軽視され魏志倭人伝は微に入り細にわたって研究された。この不釣合いは異常である。古事記に疑問点は容易に見つけることが出来る。一部に眉唾な点があったとしても日本の歴史が記述されていることは間違いない。
 国語学者の中には古事記や万葉集は帰化人が編集したと言うものが多い。これはあり得ない噺である。古事記の原文を読めば漢字の読み方は純日本風である。つまり訓読みが中心である。例えば「常」は「とこ」「長谷」は「はつせ}「日下」は「くさか」など現在の日本語の使い方と換わらない使い方になっている。古事記も万葉集も日本語が書かれているのだ。漢字による日本語の表記法が成熟し国民に十分なじんだ後に古事記、万葉集が編纂されている。外国人の出る幕はないのである。帰化人が編集したなどということは古事記や万葉集の原文を読めばあり得ないことがすぐわかる。古事記を読んでないものは歴史を文化を国語を語る資格はないと言うことであろう。皆さん古事記を読みましょう。古事記は日本の基礎文献です。古事記は日本人の必読書です。

慰安婦は募集に応じて参加している。強制は全くない。嘘の事実はを後世に残すわけにはいかない

2013年05月16日 | 歴史
 慰安婦問題で橋下徹氏の発言が攻撃されているが橋下氏は真実をしゃべっている。慰安婦が強制されたという河野発言は嘘である。日韓基本条約を結んだ世代については慰安婦問題等全く存在していなかった。日韓基本条約の最後には「これで全ての戦後処理は終った」と明確に書かれている。それを宮沢喜一、河野洋平のバカがありもしない慰安婦強制連行説を認めてしまったことが発端である。嘘は子孫に大きな付けを回すことになる。ありもしない河野発言は葬り去らねばならない。子供達は永久に事実無根のことで非難され続けることになる。親たちが認めてことだからを根拠に子供達は反論することも許されなくなる。我々の世代が作り上げた慰安婦問題と謂う捏造事件についてははっきりと嘘であることを世界に向けて発言しなければならない。
 その意味で橋下徹氏はがんばってもらい。ところが橋本氏が慰安婦問題について釈明をさせられているところが報道されていた。慰安婦に「問題がないとは言っていない」として筆舌にできないほどの苦しみを否定しているわけではないなどと発言している。そうすれば日本が悪いことをしたように見えるではないか。本の少しでも譲歩すると橋下徹も慰安婦の非人道性を認めたと逆宣伝されるのが落ちである。
 現在日本にも北米にも数万人の韓国人売春婦が商売をしている。70年前の慰安婦はそれと同じである。昔の慰安婦も現在の売春婦も自ら進んで仕事を選んでいる。何も非難されるようなことはない。物は言いようで現在の韓国人売春婦だって「心ならずも売春婦をしている」といえるであろう。また「貧困で、或は借金のために売春婦になることを強制された」とも言えるであろう。業者と売春婦となる契約を結べば契約に従って売春を強制されるのが普通である。
 誰でも好きな仕事が選らべるわけではないのがこの世の中である。
 慰安婦問題と謂うのはそういう意味での強制を「全て日本軍に強制された」ということにして謝罪と賠償を要求しているのである。慰安婦問題の非人道性とは「ありもしない強制連行を根拠にいつまでも謝罪と賠償を要求し、日本人を苛み続けること」である。
 橋下徹氏に「あなたは正しいことを言っている。ひるまず冷静に頑張ってもらいたい」と応援したい。頑張れ橋下。