塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

ミラン、アディダス双方合意で契約解除へ

2017-10-12 00:51:27 | 日記
 サッカージャージ専門サイト「ユニ11」によれば、アディダスはミランとの契約を2023年にまで残しているものの、双方合意で解除するとのことです。

 2004年、2011年のスクデット
 2003年 2007年の欧州制覇

 以後はカカやマルディーニという主力が引退し、復帰もささやかれたイブラヒモビッチも戻っては来ませんでした。
 
 度重なる監督交代と成績不振が、アディダスの不評を買ったのでしょうか。

 ミランは過去にもアディダスを愛用し、他にはカッパ、ロットの時代がありましたが、1998年から長期に渡る今回の契約は過去の事例がないほど長かったと言えます。

 後任にはニューバランスとアンダーアーマーが挙げられているようですが、ミランは今後契約をどうすべきでしょうか。

 アディダスからすれば、ミランとの契約終了で浮いた資金を

 ユヴェントスに投資する
 新しいが好成績と露出が期待できるクラブと契約

 するように感じます。

 パイの奪い合いはナイキ、アディダスとも日常茶飯事であり

 チェルシーがアディダスからナイキへ
 ユヴェントスがナイキからアディダスへ

 の例の他、レアルとバルサがそれぞれ「スワッピング」するのではないかという憶測さえ流れたくらいですからね。

 イタリアにはロットの他、カッパ、ディアドラもありますが代表を支援するプーマも大きな影響があります。

 ミランは成績不振の今でも世界的な名門ですし、スポンサードのし甲斐は失われてはいないはずですから。
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僕が思う責任感の一例

2017-10-12 00:29:06 | 日記
 「ウイ・ディド・イット!! 俺たちはやったんだ」

 ではなく、僕は基本「アイ・ディド・イット!!」という概念でおります。

 サッカー選手が常に、プロとして責任をとって生活しているのかを自問自答して日々を生きているように、僕も業務の際は

 「今日、やれることは全部行っただろうか」
 「俺は今日、自分の行動に責任をとれただろうか」

 と思い、結局布団の中で眠れず、溜息をつくという矛盾さ下限ですが、サッカーを観ているとそこに自分を投影したくなります。

 日本ではカバーリング、つまり数的優位をいかに形成するかが、特に守備の際に重要とされます。

 一方で欧州サッカーではカバーリング、助け合いではなく

 「自分の受け持ったマンマークの守備は、徹底して自分で責任を負え。」
 「プロとして恥ずかしくない戦いを見せろ」

 と教えられると聞きました。

 なるほど、ハリルホジッチ監督が日本代表選手たちに1オン1のマッチアップから逃げるな、と鼓舞し続ける理由が見えてきます。

 これは悪質なタックルをしてまで相手を止めと、というわけではありません。

 よく2000年代、レアル・マドリードを攻略する際、ロベルト・カルロスの駆け上がった背後の空間を、カウンターの材料にすることで勝機を見出す戦いが見られました。

 自分の背後に広大な空間が生じることは、当然ブラジル代表は理解しています。

 しかし、彼はその点も含めて駆け上がる事で味方に攻撃の幅をもたらせようと、責任を背負いました。

 「ジダンにメロンをくれてやったぜ」

 とロベルト・カルロスが豪語した2002年のチャンピオンズ・リーグ。

 チャンピオンズ・リーグ決勝で最も美しいゴールと讃えられたジダンのボレーは、このロベルト・カルロスがもたらしたロビングであることを忘れてはいけませんね。

 「アイ・ディド・イット」の集約が「ウイ・ディド・イット」であり、そこに怠け癖が入る余地はないわけですから。
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選挙の展望と首相、監督の交代

2017-10-12 00:15:04 | 日記
 国内の原子力発電を今後どうすべきか
 日本国憲法は今後どうあるべきか
 北朝鮮、中国を含む世界との関係をどうすべきか

 選挙における焦点は他にも教育の無償化や消費税を10%にしない、格差の是正など様々な声が各党から挙がっています。

 中には眉唾と思える方針もありますが、難しいのは

 「優先順位」

 の付け方が政治家、僕たち、党の方針、それぞれが異なる点です。

 業務ならば今日できること、締め切りがゆとりがあるものなど、個別で判断ができますが、上記の案件はほとんどが

 「待ったなし!」

 の状況ですからね。

 一方で多くの批判がある安倍総理ですが、少なくとも諸外国からすれば、日本の顔、言い換えれば外征の窓口が数年前とは異なり、固定していた点はありがたいと思っていたと思います。

 日本は近年、内閣総理大臣の顔がコロコロを代わり、言い換えれば

 「政策のとん挫」
 「方針を最初からやり直す」

 形で一歩進んで二歩下がるどころか、常に後ろ向きに歩いていた印象がありました。

 批判が多いことは確かですが、少なくとも政権維持で出来ていた部分にも焦点はあてるべきでしょう。

 総理もサッカー監督も、変わればよいというわけではない、このことは長野パルセイロ・ファンならば、どぎまぎしてしまいますね。

 アギレ政権が八百長問題で解散した際、メディアは騒ぎましたが、ハリルホジッチ代表監督誕生まで間隔があいても、国民皆が関心を抱かなかったのは、ある意味

 「日本代表が毎日稼働しているわけではない」
 「サッカーどころではない」

 という意味があるためでした。

 内閣総理大臣は絶大な権力を握っているからこそ大きな批判を受け、精神的にタフでなけれないけませんが、日本代表と異なり、彼には365日日本の顔として動く必要があります。
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