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『頭医者事始』加賀乙彦著について

2015年10月20日 | 小説・映画等に出てくる「たばこ」
▼先日、横浜市泉図書館で借りた『頭医者事始』加賀乙彦著(大活字本シリーズ、社団法人 埼玉福祉会発行、3700円)を読みました。大判で重たい本なのですが、なにせ活字が大きいので老眼の自分には、とても読みやすいですが、こんなシリーズがあることを発見でき、図書館通いも捨てたものではない、と楽しくなりました。
▼恒例により、タバコの登場する場面について、後掲のとおり抜き書きしましたのでご参照ください。ちなみに、著者の加賀乙彦さんは、神戸の貧民街に住んだ戦前・戦後の社会運動家であった加賀豊彦さんのご子息である、と私は早合点していました。
▼篠瀬直樹さんの著作で、加賀豊彦さんが関西地区の労働組合や灘生協など、私財を投じて作り上げたという記述に感銘を受け、苗字が同じで名前が「豊彦」と「乙彦」、それにくわえてどちらもクリスチャンだから、絶対に親子だと思い込んでいました。またしても自分の浅はかさ、不勉強を反戦させられました。

【39~40ページ】
ただ、教授が話している間、半白の白衣のような口髭が空気をせっせとブラシしていたこと、灰皿に置かれたシガレットの灰が2センチほどに伸びて今にも落ちそうだったことを覚えている。

【41ページ】
苔の生えた中にはにはさっきから猫の鳴き声がし、今、ちょうど猫2匹がつるんだところだった。おれは目をそらすのも癪なので、ずっとこの春めいた現象を観察した。気がつくとシガレットの灰は落ちていた。

【67ページ】
外来と病室での仕事の合間には、おれは犯罪研究室に行った。そこに机があり鞄が置いてある。そこへ行くのだが、行ったところで別にすることがない。で、研究室備えつけの電気焜炉で湯を沸かし、紅茶を飲み、タバコを2、3本ふかすと散歩としゃれこんだ。

【86ページ】
「怒るとさあ、本を投げつけたり、灰皿を割ったりするんだってね。二階の踊り場にある戸棚のガラス、破れてんの増田先生がやったんだって。いつだったか怒って自分の眼鏡を割ってさあ、家へ帰れなくなったことがあるんだってね」

【104~106】
先生は酒もタバコものまない。肺に悪いから先生の前では禁煙だと聞いていたのでおれはタバコはつつしんだが酒は遠慮なくのんだ。あげく、酔ってずいぶん勝手なことを喋りまくったに違いない。----普段無口な熊平が口を開くのは酒の勢いを借りているからだろう。この男は飲み出すと大酒の気があるのだ。俺は賄賂としてタバコ1箱を手渡し、やっとドアを開けてもらった。鞄を持って2人ともすぐ帰ればよかったのに、食後の話が佳境にあった先生とおれは図書室でまた話し続けた。

【123ページ】
要するに日本という国家は刑務所を病院や学校よりよっぽど大事にして、巨費をつぎこんだということがよく分かる。そして、清潔と秩序だ。庭にも廊下にも紙屑ひとつの吸い殻ひとつ落ちていない。

【174~175ページ】
おれは目の前のマッチ箱を取り、タバコに火をつけようと擦ったとたん手元が狂い、マッチ箱のマッチに点火してしまった。それは徳用大型のマッチ箱で、景気よく爆発音を立てると焼夷弾のように派手に燃え上がった。あわてて立ち上がったがどうしていいか分からない。畳に捨てれば火事になるだろうしと考えていると誰かが水をかけてくれた。

【197ページ】
院長の青葉龍三が姿を現したのは二月ほど経ってからだった。ある朝、外来診療室に行くと長い白髪を肩までたらした何とか一刀斎のような人物が白衣を着て座っていた。おれが挨拶すると、「あー、そう」と言ったきり葉巻をくゆらしていた。

【379~380ページ】
人が変わったのは本田先輩で、不断のおとなしい紳士がまるで駄々っ子のようになった。灰皿はひっくり返す、ビール瓶は割るで運動神経が混乱したように見えたがそうではなく、何か衝動的に行動をせざるをえなくなるので、ついには病院前の私鉄の駅へ行き、構内のポスターを片っ端から剥いでしまった。

【410ページ】
「----。医局員の質はどうですか」
「質はまあまあだが、変わった人間が多いね。狂った人もいるくらいだ」
「そいつはいいな。狂うくらいなら見所ある」ピカ天はタバコのヤニの真っ黒になった歯を見せてカッカと笑った。

【412ページ】
「まあ問題の多い科だというわけか」ピカ天は、ポケットを探り、タバコがないと言っておれのタバコをねたり、ついでにライターで火をつけてもらうと目を細めて煙を吐き出した。

【425ページ】
見ろ、おれの机の上のきれいさっぱり何も置いてないことを。薬屋にもらった灰皿と洗面道具の入ったカバンと2週間前から読み始めてまだ数ページのドイツ語の本と、それだけだ。

【426ページ】
「何をブツブツ言ってるんだい」と安町が言った。
「いや、考えごとをしとったんだ」おれは胸に落ちたタバコの灰を払った。
「きみはこの頃何だか独語(モノロギー)が多いね」
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