息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

シーラという子

2012-10-03 10:37:14 | 著者名 は行
トリイ・L・ヘイデン 著

既に定員いっぱいの特殊教室に、ひときわの問題児が送り込まれてきた。
清潔からは程遠く周囲に敵意しか示さない6歳の女の子シーラ。
悲惨と貧困を絵に描いたような環境で育ち、それに深く傷ついていた。
そしてそれ以上に問題だったのが、彼女の攻撃が他者に向かうこと。
既に殺人未遂を犯して州立病院精神科の空き待ち状態であった。

若く意欲的な教師・トリイは、彼女の心に寄り添い、これまでに経験のない
さまざまなことを教えていく。
生活習慣も善悪の概念も、ただ人と関わることさえもシーラにとっては
初体験であり、抵抗があることであり、乗り越える壁であった。
きちんとした言語能力があるにもかかわらず、彼女は過去形を使わない。
beを使うのだ。彼女には過去は辛いものであり、ないものなのだ。
すべてが現在を生き延びることのみに費やされている。
あまりのことに胸を衝かれた。

彼女には幼い頃、ハイウェイで母親に捨てられた怖しい経験があった。
そして弟のジミーは連れて行かれた。
この違いが彼女を傷つけ、自己評価を下げ、苦しみが続いていた。

施しは受けたくないという父親のポリシーから、着替えすらない状況にあった
シーラのために、トリイは学校の流しで身体を清潔に保つことを教え、
学校でだけで使えるヘアクリップを買って、髪をとかし結ってやる。
ささやかな経験に目を輝かせるようになると、シーラは驚く程可愛らしい
こどもだった。

やがてほとんど教育されていないにもかかわらず、シーラには読み書き計算の
高い能力があることがわかる。
彼女にものを教え、読み聞かせをするうちに、トリイはその力にふさわしい
環境を与えたいと願うようになっていく。

トリイの恋人の弁護士を巻き込んでの訴訟が成功し、シーラは精神病院への
送致をまぬがれて、飛び級して普通級に進むことになった。

家庭での養育や父親の状態など問題は山積みながら、シーラは小さな幸せを
掴んだかにみえた。しかし、そこに転がり込んだ父親の弟から性的虐待を受け、
生死をさまようことになる。

小さな体に続くあまりにも大きな試練の数々。
簡単に同情することさえ許さないような状況であるし、サポートするものは
のめり込むことが危険につながるケースであるとも言える。
しかし、トリイはあえてのめり込む。全力でシーラにぶつかる。
結果として学年の終わりに迎える別れの辛さはひときわ大きいものになる。
それでもシーラがただの動物のような状態から、ひとつ上の学年で通常の授業を
受けるまでに成長したのは、この方法だったからこそだろう。

愛されたことのない子、愛を失ったことのある子は、まっすぐに愛を受ける
状態にないことがある。
暴力的であったり、ちょっとしたことで暴れたり、人を傷つけたり。
知識と器がないとこれを受け止め、段階を乗り越えることは難しい。
トリイのまっすぐな行動や目線には学ぶことが多い。
そしてこれがアメリカを舞台にしていることもよかった。
感情を素直に表現し、言葉や態度で示し、間違いを詫びる。
日本ではここまではっきりと示すことは日常生活では少ないし、
教育者としてのあり方も少し違うように思う。

もう少し早く、学生の頃にでも本書に出会えていたら、もっともっと学ぶことが
たくさんあっただろう。それだけが残念だ。