哲学とワインと・・ 池田晶子ファンのブログ

文筆家池田晶子さんの連載もの等を中心に、興味あるテーマについて、まじめに書いていきたいと思います。

池田晶子さん死去

2007-03-04 21:30:30 | 時事
 既に多くの皆さまにコメントいただき、ありがとうございます。


 新聞報道によりますと、池田晶子さんは2月23日午後9時30分、腎臓がんのため亡くなられたということです。享年は46歳。


 死はないのだからわからない、わからないものを恐れることはできない、と仰っていた池田さん。一方で今ここにある死とも言っておられた通り、いつ死が来ようともそれは何ら不思議ではないのですが、ソクラテス同様、亡くなられて悲しむのは周りの人ばかりです。それはそうですね、本人は亡くなって存在しないのだから、悲しむことはできません。


 ただ二代目の犬をお飼いになるとき、60歳くらいまでの体力を考えておられたので、まだまだ執筆するつもりではあったものと推測します。前から明言されていた、ヘーゲル『大論理学』の口語版は、とうとう書けなかったのでしょうか。一部でも書かれていたら是非出版してほしいものです。


 でもきっと池田さんの魂は、ケラケラと笑って我々を見ていそうな気がします。池田さんが居なくても、我々自らが、その精神性を発揮できるかな、と。


14 コメント

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やっぱり涙が止まらん。 (ずっち@ヘタレ3号)
2007-03-12 17:22:49
管理人さん、はじめまして。
貴ブログの運営に、心から感謝申し上げます。
ほんとうにありがとうございます。



3月3日、地元新聞の訃報欄に、「あれ?どっかで見た顔?何?池田晶子さん???」。
思わず頭の中が真っ白になり、体中から力が抜けていきました。嘘やろ???



あんまり「当たり前のこと」「ほんとうのこと」ばかり書くから、毒殺ならぬ暗殺されたの?

「哲人政治」を目指していたからいかんのよ!子もおらんのに、子どものための本なんか書いて!
そんな、子どもが賢くなるための本書いたら、政治屋でもなんでも、「バカ親のバカさ加減」が子に知れてしまうやろ!
困る大人・バカ親が、いっぱいおるやろ!
そんな子のことなんて、「自分の所有物」思てるバカ親と一蓮托生やろ!
あんたが心配せんでも、なるようになるやろ!



もしかして自殺?小学生が「株のお勉強」させられている世の中に、いよいよおさらばしたの?

そら死ぬ自由はあんたの手中にある、あんたの勝手よ。
でも、あんだけの「言葉」を「活字」にするため悪戦苦闘してきて、いつの間にか死んでたなんて…。

この貧乏な私に、なけなしの「本代」あんだけ払わせておいて、突然置いてきぼりかい!
そらあんまりやろ!こんなに泣かせて!焼酎飲ませて!

あんたの「思う通りの人生」やったかもしれんけど、「そのようにしか生きられんかった人生」やったかもしれんけど、悪態の一つやニつや、三つや十四や四一、除夜の鐘の数くらいつきたいわ、足りんわ!
これから一体、誰読んだらいいのよ?



それとも死んだふり?断筆宣言?

いよいよ書いてやるのが、我慢ならなくなった?
読者へのほんとうの愛のムチ?
いいから、はよ帰って来て!



何、喪主は夫?だんながいたの?世間並みに、しあわせだった?

どおりで、クサンチッペはもの凄かった!腹の皮がよじれて死にそうやったわ!
それとも、2頭目のラッシーの「保険」かい?
あぁ、あんたに限って保険はないか。



現世のドロドロ、誰よりも分かってて、それでも、こんなにも「他人」を愛し、犬を愛し、読者を愛した「物書き」はいなかったと思う。

全てを看破してて、いくらでも自分だけの世界で贅沢できたはずなのに、それをせず、バカとの対話を選んだこの「お人好し」「物書き」は、一体何?一体誰?その存在とは?

そのようにしか生きられんかった苦しみは、いかばかりか?
その深い愛は、何処から出で来たか?

一人称の死はないかも知れん。
でも、私にとっての二人称の死はある。
無じゃない、確かにある。涙が止まらん。



ああああぁぁぁそれにしても、50歳の、60歳のあんたの書く物を、読めるもんだと何の疑いもなく思い込んでた。

私を始め、右見ても左見ても、ほんとのバカがウヨウヨしているこの世の中で、
そんなバカのことまで気遣いせずにはおられんかった、ほんとにほんとのバカがいなくなって、このバカは一体どうすればいいのよ?

読者としては最低ランクよ。でも、あんただけを頼りにしてたのよ。
自分の父ちゃんが死んだ時でも、こんなに悲しくはならんかった…チキショー!!!



「腎臓がんのため東京都内の病院で死去」…

一頭目のラッシーを看病した時のように、ちゃんと痛くないように看病してもろた?
ちょっと前には、お父ちゃんも見送ってたんだね。



最後の最期まで、読者に対するあなたの深い愛情を忘れません。
その生き方、その精神に、心から敬意を表します。
これまでも、そしてこれからも、ほんとうにありがとうございます。



今頃は、ソクラテスや小林秀雄と酒盛りかい?!チキショ~!!!
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Unknown (Unknown)
2007-03-10 20:49:45
「暮らしの哲学」の方は、先々週の連載で終わりでしょうね。今にして思えば、その中で「真善美」が「真実美」になっていたのが何かの知らせでした。これまでは誤字脱字が絶対にない人でしたからね。
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Unknown (H.O.)
2007-03-10 08:44:23
人間自身の最終回を読んで、ただただ絶句しました。
訃報を聞いてからこれまで辿った思考を、こんなに見事に鋭く射抜く言葉を、最後に放つとは・・
どこまで自分の死を、自分の頭で考えていたのだろうかと、自問自答しました。

真善美の高みはいつもそこにあるものですし、それは言葉という形で現されていくものです。
その真善美は、依然として、そこにあるものだし、池田晶子さんの言葉も、依然として、そこにあるのですよね。
私もまた、依然として、死すべき存在として、この世の中を生きているのです・・

きっと、これからも、何度も何度も、池田晶子さんの墓碑銘を眺めることになりそうです。
自分自身の死に立ち返るために。
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初めまして (ちえこ)
2007-03-09 21:20:34
ブログランキングからきました。
私も14歳からの哲学から池田さんのファンです。
あと、考える日々だったかな?それを読んで、もっとこの人の書くものをもっと読みたいって思いました。
難しい哲学も、池田さんの文章だととってもわかりやすくって、面白くって・・・。
最近本屋で、14歳の君へという本を見つけ、図書館にリクエストしようと思っていました。
その矢先、このブログを拝見し、ただただびっくりしています。なんだか信じられません。
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Unknown (ケラ)
2007-03-09 12:26:00
「サンデー毎日」の「暮らしの哲学」の方は最終回はないのかなぁ。
連載44回だから単行本化してもらえれば嬉しい。
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Unknown (Unknown)
2007-03-08 23:00:15
最後の「人間自身」を読みました。恐れ入りました。笑っていいんだか、泣いていいんだか。「ソクラテスの弁明」を思い出しました。

池田さんの本はこれまでも古典のような売れ方をしてきたようですから、今後はますますその傾向が加速するでしょう。毎年新たな14歳の子供たちが誕生するわけですから。
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ご冥福を ()
2007-03-08 19:28:26
お祈りします つきなみですが
こんな言葉しか出て来ません
どこかで わたしたちを見守って
下さっている… そんな気持ちで
生きていきたく思います
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Unknown (けん)
2007-03-08 11:17:08
初めまして。
読ませていただいてました。
学生の頃によく読んでおり、最近はまったくフォローしていなかったのですが、こちらのブログで、今でもその頃と変わらず同じ事をおっしゃっているんだな~とうれしく思っておりました。
やっと、揶揄ではなく受け止める人が増えてきたというところではなかったかと思うと、惜しい気持ちでいっぱいです。
が、こういう言葉も池田さんには不似合いなような。。。
池田さんという存在は、半分冗談で言えば、ソクラテスよろしく、僕らへの贈り物だったのかもしれません。
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残念です。 (なお)
2007-03-08 07:30:20
一期一会ですね。
本当に。それだけしか言えません。
合掌。
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Unknown (asazuki)
2007-03-07 11:43:12
はじめまして。

今回の訃報は残念の極みです。
ヘーゲル『大論理学』の口語版は私も是非読んでみたかったです。
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Unknown (ケラ)
2007-03-07 08:32:41
はじめまして。
それにしてもショックです。。
それでは失礼します。。。
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あらたなはじまり (トワ・永久)
2007-03-06 22:52:58
自分は死なないと思っているー自分と死は関係ないという人に身をもって死が人事でないこと教えてくれた池田さん  坊さん学者との真剣な対論「君自信に還れ」いま読み始めています
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ブログ続けてください (久里浜@)
2007-03-05 22:19:02
 不思議なんですよね。2週間前に偶然このブログ見つけて、これから池田ファンとして一緒に楽しめると思っていたら突然の訃報で。
 正直、週刊新潮の「温泉の話」はいつもと調子が違っていたように感じられ、その次の週は休載だったので、なんかおかしいとは思っていたのですが。
 新聞で知った3月3日、買い置いていた「14歳からの哲学」を読みました。デカルトのデの字も、カントのカの字も出てこない。知識としてではなく、考えることに徹するため、先達の引用をしなかった潔さ。本当は他の既刊本読み終わるまで取っておくつもりだったのですが、ぼくなりのお別れの儀式でした。
 ぼくは2年前までアル中でした。断酒を決心してから、こころの拠り所にした一人が池田晶子さんでした。今自分がここにある不思議を考えろ。酒なんて飲んでいる暇はないだろう。で、とりあえずここまで来ました。
 このブログは、なんらかの形で続けて欲しいです。とりあえずぼくは池田某という存在をなくしたことに、世間はどのように反応したのか見ていくつもりです。でも、ぼくは池田某のファンではあっても、信者にはなりません。引用も極力控えて、自分の言葉をこれから捜していきます。
 でも、つらいですね。やっぱり。
 
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池田さんは今ごろ… (ハイジ)
2007-03-05 14:45:04
管理人さん、このブログ、どうぞ続けてくださいね。

池田さんは今頃肉体を失うことを経験されて
何を感じておられるのかなあと思いめぐらしています。

近々「君自身に還れ」という本願寺のお坊さんとの共著
が出るはずです。
私は予約して楽しみにしていたのですが、
まさかこのような状況になるとは思いもかけませんでした。
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