35年前の今日、6月25日のデビューだそうです。そしてデビュー35周年の今日、5年の活動休止期間を経て復活することを発表しました。
同じタイトルで別のブログに書いたはず・・・と思って探してみると、まさに5年前、当時、私はシドニーにいて、北京オリンピックの閉幕式たけなわの頃、横浜では、サザンオールスターズがデビュー30周年記念公演を行っていたという報道を目にしたこと、また、翌年から無期限に活動休止することを発表したことにも触れていました。私の世代にとって、サザンはユーミンと並ぶ音楽界の二大アイコンであり、桑田佳祐(もはやブランドとして敢えて呼び捨てにします)について、その時のブログで次のように説明していました。
(前略)彼の天才は、作曲の素晴らしさもさることながら、魅力的な自らのハスキー・ボイスを、歌声ではなく、音として捉えたことでしょうか。(中略)パワフルでやんちゃで、でも根底はとても繊細で、エロチックでしなやかで、粋な不良中年ぶりは、いつまでも変わりません。(後略) http://blog.goo.ne.jp/sydneywind/e/f62f2d9ef725e0ce9e535f1f4d617ccd
35年前、たまたま見ていた「ザ・ベストテン」の「今週のスポットライト」にランニングシャツとジョギングパンツで登場した時の衝撃は忘れられません。当時、大阪にいて、関東のことには疎い私の青山学院大学に対するイメージがそれでほぼ固まってしまいました(笑)。9ヶ月後の翌年3月25日、三枚目のシングル「いとしのエリー」で不動の地位を築いたことはよく知られる通りです。そして、当時、陸上部だった私は、修学旅行のとき、(今もって経緯は謎に包まれていますが)軽音の友人の誘いに応じてコンビを組み、彼の演奏で「酒と泪と男と女」と「帰らざる日々」と「いとしのエリー」を歌って、クラスの芸能大賞を獲得したのでした(なんだか時代を感じるなあ)。
私たちは、人生の多感な頃に聞いた音楽に、一生引き摺られます。数年前、銀座にゴーゴー喫茶が復活した時に集まったのは、昭和40年頃に青春時代を過ごしたおじさん・おばさんたちでした。私の世代は、車を持つことがステータスであり、ドライブする時には決まってユーミンやサザンや聖子ちゃんが流れていて、当時の様々な出来事は、その時々に流行った音楽と結びついて記憶されています。共に歳を重ねつつ、新たな音楽を模索するサザンオールスターズの復活は、なんとなく嬉しい。
余談ですが、聖子ちゃんは、昨年夏、米ジャズ界の大御所ボブ・ジェームス率いる4人組ユニット「フォープレイ」の最新アルバム「エスプリ・ドゥ・フォー」にゲストボーカルとして参加することが明らかになり、学生時代にボブ・ジェームスをよく聴いた私としては、夢の共演にひとしきり感動したものでした。聖子ちゃんが歌う「プット・アワ・ハーツ・トゥゲザー」は、ボブ・ジェームスがその前年9月に岩手で行われた「いわてジャズフェスティヴァル」に出演するにあたり、被災地のミュージシャンと共演するために書き下ろした曲で、日本にもファンが多いボブ・ジェームスは、東北への継続的な支援を行うため、復興チャリティー曲として日本人歌手による「プット・アワ・ハーツ・トゥゲザー」のボーカル・バージョンを制作し、聖子ちゃんを指名したもののようです。彼女のアンチ・エイジングはやや不気味ではありますが、彼女の活躍もまた、なんとなく嬉しい。
もう一つ余談ですが、ほんの数日前、歌姫・中森明菜の復帰が実現しないウラ事情、というタイトルでメンズサイゾーが解説していました。明菜自身は復帰に意欲を見せているそうですが、現在の恋人でもあるマネジャーが反対している話とともに、かつてマッチとの交際を巡ってジャニーズ事務所に潰されたこと、そのため重度のうつ病に陥っていた過去が、切々と綴られていました。ニューミュージックの二大巨頭がサザンとユーミンなら、歌謡界の二大巨頭は聖子ちゃんと明菜であり、伸びやかな歌声で多くのファンを魅了した明菜の末路がなんとも痛ましい。
同じタイトルで別のブログに書いたはず・・・と思って探してみると、まさに5年前、当時、私はシドニーにいて、北京オリンピックの閉幕式たけなわの頃、横浜では、サザンオールスターズがデビュー30周年記念公演を行っていたという報道を目にしたこと、また、翌年から無期限に活動休止することを発表したことにも触れていました。私の世代にとって、サザンはユーミンと並ぶ音楽界の二大アイコンであり、桑田佳祐(もはやブランドとして敢えて呼び捨てにします)について、その時のブログで次のように説明していました。
(前略)彼の天才は、作曲の素晴らしさもさることながら、魅力的な自らのハスキー・ボイスを、歌声ではなく、音として捉えたことでしょうか。(中略)パワフルでやんちゃで、でも根底はとても繊細で、エロチックでしなやかで、粋な不良中年ぶりは、いつまでも変わりません。(後略) http://blog.goo.ne.jp/sydneywind/e/f62f2d9ef725e0ce9e535f1f4d617ccd
35年前、たまたま見ていた「ザ・ベストテン」の「今週のスポットライト」にランニングシャツとジョギングパンツで登場した時の衝撃は忘れられません。当時、大阪にいて、関東のことには疎い私の青山学院大学に対するイメージがそれでほぼ固まってしまいました(笑)。9ヶ月後の翌年3月25日、三枚目のシングル「いとしのエリー」で不動の地位を築いたことはよく知られる通りです。そして、当時、陸上部だった私は、修学旅行のとき、(今もって経緯は謎に包まれていますが)軽音の友人の誘いに応じてコンビを組み、彼の演奏で「酒と泪と男と女」と「帰らざる日々」と「いとしのエリー」を歌って、クラスの芸能大賞を獲得したのでした(なんだか時代を感じるなあ)。
私たちは、人生の多感な頃に聞いた音楽に、一生引き摺られます。数年前、銀座にゴーゴー喫茶が復活した時に集まったのは、昭和40年頃に青春時代を過ごしたおじさん・おばさんたちでした。私の世代は、車を持つことがステータスであり、ドライブする時には決まってユーミンやサザンや聖子ちゃんが流れていて、当時の様々な出来事は、その時々に流行った音楽と結びついて記憶されています。共に歳を重ねつつ、新たな音楽を模索するサザンオールスターズの復活は、なんとなく嬉しい。
余談ですが、聖子ちゃんは、昨年夏、米ジャズ界の大御所ボブ・ジェームス率いる4人組ユニット「フォープレイ」の最新アルバム「エスプリ・ドゥ・フォー」にゲストボーカルとして参加することが明らかになり、学生時代にボブ・ジェームスをよく聴いた私としては、夢の共演にひとしきり感動したものでした。聖子ちゃんが歌う「プット・アワ・ハーツ・トゥゲザー」は、ボブ・ジェームスがその前年9月に岩手で行われた「いわてジャズフェスティヴァル」に出演するにあたり、被災地のミュージシャンと共演するために書き下ろした曲で、日本にもファンが多いボブ・ジェームスは、東北への継続的な支援を行うため、復興チャリティー曲として日本人歌手による「プット・アワ・ハーツ・トゥゲザー」のボーカル・バージョンを制作し、聖子ちゃんを指名したもののようです。彼女のアンチ・エイジングはやや不気味ではありますが、彼女の活躍もまた、なんとなく嬉しい。
もう一つ余談ですが、ほんの数日前、歌姫・中森明菜の復帰が実現しないウラ事情、というタイトルでメンズサイゾーが解説していました。明菜自身は復帰に意欲を見せているそうですが、現在の恋人でもあるマネジャーが反対している話とともに、かつてマッチとの交際を巡ってジャニーズ事務所に潰されたこと、そのため重度のうつ病に陥っていた過去が、切々と綴られていました。ニューミュージックの二大巨頭がサザンとユーミンなら、歌謡界の二大巨頭は聖子ちゃんと明菜であり、伸びやかな歌声で多くのファンを魅了した明菜の末路がなんとも痛ましい。
http://youtu.be/OoQghNiELHE