風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

Status quo(下)北朝鮮情勢と各国

2012-01-01 00:43:29 | 時事放談
 金正日氏死亡の発表があってからというもの、なにしろ米国や韓国の情報機関ですら情報入手に手こずる「かの国」のことですから、似たような情報が複製再生産を繰り返されることが多く、たまに新たな事実が出て来ると眉に唾をつけてみるなど、なかなか興味深い十日間でした。
 朝鮮半島は、過去百年強の間、かつては日・露が、戦後は米・ソの代理で韓・中が衝突する地政学的に重要なポイントで、今なおこれら各国は朝鮮半島の「平和と安全」をそれぞれに主張する点で一致します。その心は、米軍が駐留する韓国と、中国やロシアとの間で、直接の対峙を回避する緩衝地帯になっているからで、そうは言っても、それぞれに影響力を及ぼしたいという観点から様々な駆け引きが繰り広げられているところでもあります。
 中でも、この緩衝地帯に「一級核心利益」を主張して憚らないのが中国です。チベットや内モンゴルといった民族問題に対する諸外国の干渉を嫌うことから、自らが北朝鮮内の権力闘争に関与すること、少なくともそのように見られることは避けてきましたが、万が一、金王朝の体制が崩壊し、難民が流入して経済的混乱を招くような事態は回避したいでしょうし、北朝鮮が保有する核兵器やミサイル等が流出しかねない不測の事態に陥って、米・韓の軍事行動を招くことも回避したいため、なんとか自らの影響力を保持する形で北朝鮮という国家を温存するべく、食糧やエネルギーなどの経済援助を惜しまないわけです。正恩氏に何かあった時に備えて、マカオに金正日氏長男・正男氏を抱えているとまで言えるのかどうか分かりませんが、いずれにしても、北朝鮮との特別な関係を維持し、北朝鮮との交渉窓口になるというパイプを保持し続けることが、北朝鮮との対話を望む米・韓・日に対する「外交カード」になることを冷徹に見通していると見られます。
 もう一方の大国・米国は、最貧国と言われ経済的には無に等しいにも係らず軍事的には無視できない史上稀にみるイビツな国・北朝鮮のことをどう見ているでしょうか。大胆にも超大国・米国に命乞いをして援助を引出しながら核開発を止めない瀬戸際外交を、さぞ腹立たしく思っているでしょうし、本音では金王朝を排除したいと思っているに違いないと説く人もいますが、これまでのところは中東に力を注いできたため、さすがの米国といえども、極東の事情ということもあり、手が回っていないというのが実情だろうと思います。「死亡」発表以後の一週間余り、ニューヨーク・タイムズのメール・ニュースを見る限りでは、飽くまで東アジアの一角で起こったちょっとした事件程度の扱いに見えます。「死亡」に際してクリントン長官が発表した声明では、直接的な弔意の表明は避けつつ、「われわれの思いと祈りは、困難な状況にある北朝鮮国民とともにある」との表現で配慮を示し、「北朝鮮の国民を手助けする準備ができている」と述べる一方、北朝鮮の新指導部に「朝鮮半島の平和と繁栄、恒久的な安全」の確立に向け、国際社会と協調するよう促しました。北朝鮮を利用するため甘い態度を取る中国を牽制する一方、自らの影響力を独自に行使しつつ朝鮮半島の非核化を目指すのでしょう。現に北朝鮮に対して食糧支援を行うことを人道支援と位置づけつつ、それと引き換えに核問題での譲歩を迫る交渉を進めていたと言われ、AP通信によると、米国が食糧支援を発表した数日後に北朝鮮がウラン濃縮プログラムの停止を発表することで両国は合意に達していたと伝えられます。
 北朝鮮と僅かに国境を接する北の大国・ロシアはどうでしょうか。朝鮮半島の不安定化を望まないのは同じでしょうが、どちらかと言うと、北朝鮮との交渉窓口というポジションを維持することによる外交カードとしての意味合いが強いかも知れません。
 こうした三大国の間をうまく泳いでいくのが北朝鮮の戦略でした。六ヶ国協議の再開をちらつかせて米国を振り向かせ、中国にはロシアを、ロシアには中国をつらつかせて、より良い条件を探る。
 金正日体制は、頑なに「改革開放」を拒んで来たとされます。韓国の方が遥かに豊かであることが知れるなど、政権基盤を揺るがす懸念と、統制の手段であった配給・恩恵的下賜品のシステムが破綻する懸念が背景にあるとされます。一方で、金正日氏は中国モデルに限定した経済開放政策を進めることを決定していたと主張する識者もいます。経済的に中国に依存し過ぎず、他国との関係も築いて多様化したかったようですが、諸外国の経済制裁により、思うように進まなかっただけだと。俄かには信じ難いですが、スイスで教育を受けた金正恩氏は、欧米的な価値観を受け入れる素地があることに期待する向きもあります。政権基盤が不安視されますが、カリスマ性ある偉大な指導者だった金日成主席と違って、金正日総書記のもとで、労働党の中央委員会政治局員や人民軍の幹部などで構成される集団意思決定体制が築かれており、金正日氏が亡くなっても政治的な空白は生じえないとも言われます。この体制は、巷間言われるような「集団指導体制」ではなく、北朝鮮にあっては、指導者は金ファミリーの人だけであり、今は金正恩氏のみが指導する立場にあって、権限を集中し、それを補佐する周囲の人たちは、指導や命令や指示を敷衍して北の住民を統率してゆく役割を与えられているに過ぎない、いわば「集団補佐体制」だと呼ぶ人もいます。それが北朝鮮の政治文化なのだそうです。そして、金正日総書記の健康状態が悪くなってからは、親戚や旧友を体制に次々と繰り入れ、金ファミリーの体制は私たちが想像する以上に強固に出来上がっていると言われ、北朝鮮の人権状況をモニターしているアムネスティ・インターナショナルは「過去一年間にわたる情報収集の結果、金正恩とその支持勢力が後継体制の足場固めのため、粛清を強化している」と発表しました(12月20日)。処刑されたり、政治犯収容所に送り込まるなど、粛清された政府当局者は数百人に上るとも言われ、一連の綱紀粛正は金正恩氏が主導しており、その余りの厳しさに「金正恩氏は普通ではない」と囁かれているとも言われます。
 そうした中で、同朋国の韓国は、中国の動きを警戒しつつも、現実的に対処しようとしているように見えます。天安艦爆沈や延坪島砲撃があっても、敢えてエスカレーションを避けました。北朝鮮にはまともに戦うだけのエネルギー(石油)備蓄がないことが分かっているからです。そしてこれらに対して何の謝罪もない「かの国」に対して、なお、弔問をして南北関係を改善するきっかけにすべきという意見と、弔問は独裁者の蛮行に免罪符を与えるようなものだという意見が対立し、韓国政府の対北政策をめぐる対立へと発展していると報じられました。その一方で、韓国の企画財政部と統一部は、南・北統一のための財源(統一税)を本格的に準備し始める模様です。統一部では、2030年に南・北を統一する場合、その前後の20年間だけで毎年79兆ウォン(約5兆6千億円)が必要と推定しているそうです。南・北朝鮮の経済格差は東・西ドイツ統一時以上に大きいことから、一説では150兆円とも言われ、西ドイツが負ったよりも遥かに大きな経済負担がのしかかることが懸念されていますが、ゴールドマンサックスは、朝鮮半島が韓国主導で統一されれば、2050年にはフランスもドイツも日本をも追い越しているかもしれないと予測したことがありました(2009年レポート)。東アジア情勢は興味が尽きません。
 2012年は、以上の登場国の全てで大統領選挙あるいは指導者の交代が予定され、北朝鮮はそれを先取りしたようだと形容した人がいました。とりわけアメリカはアジアへの戦略的なシフトを明言しており、今後の動きが注目されます。北朝鮮にとっては「強盛大国の大門を開く年」であり、以前から4月の金日成主席生誕百周年記念式典(金正日総書記生誕70周年)に向けて準備を進めて来ました。金日成主席の時には三年の喪に服しましたが、今回は三ヶ月で済ませて、4月の催しを予定通り盛大に執り行い、金正日氏の権力継承が内外に印象づけられるか・・・を先ずは見極めたいと思います(どうせ今でも金日成主席のみが支配者であることを再認識するだけだ・・・などと皮肉る人もいますが)。
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