風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

戦後70年談話・続

2015-03-02 23:32:30 | 日々の生活
 前回の補足です。「戦後70年談話」のヒントになり得る話が、平川祐弘さんの「日本人に生まれて、まあよかった」(新潮新書)に出て来ます。
 平川さんは、同書第三章「戦後日本の歴史認識をただす」の中の「バランスを欠いた『談話』の数々」という小見出しのもとに、「日本は西洋の帝国主義的進出に張り合おうとするうちに自分自身が帝国主義国家になってしまったと私は考えます。日本側のいわゆる大東亜戦争は、反帝国主義的帝国主義の戦争だったのではないでしょうか。日本のコロニアリズムにもよろしくない面があったが、西洋植民地主義にも良くなかった面がありました。謝罪するならばその両面をきちんと見据えてからにしていただきたい。その点、日本の内閣や政府高官が過去の戦争について発表した『談話』には一面的でバランスを失したものがありました。」と述べた上で、1991年5月3日にシンガポールで行われた国際シンポジウムでの閉会の際、夏目漱石のシンガポール見聞に触れて、ご本人が述べた挨拶には、かつての交戦国の人も、シンガポールの人も、旧植民地の人も出席していましたが、「異存はなかった」と、次のように引用されます。

 「一般的に申しますと、いまから百年ほど前の日本の旅行者がシンガポールの状態に対して抱いた気持ちはアンビヴァレントなものでした。日本人は一面では大英帝国の偉業に感嘆しましたが、同時に反面ではイギリスのアジア進出に対し鬱屈した感情も抱いておりました。それは英植民地における東洋人たちの地位がいかにも低く抑えられていたからであります。だが私ども全員にとってたいへん仕合せなことに、西洋植民地主義の時代も終わりました。日本帝国主義の時代も去りました。私どもはその生涯の間に次々と帝国が死滅するのを目撃したのであります。そして私どもがいま目撃しつつあるのはシンガポールが繁栄する国家としていまここに現出しているこの奇跡的事実であります。」

 もとより歴史認識は、こと国家レベルで眺めるならば、基本的に国家というものが善悪の判断基準で裁けるようなシロモノではなく相対的な存在である以上、帝国主義国家と植民地国家とで、あるいは交戦国同士で、同じ歴史的事実に対して相反する解釈があって然るべき、相対的なものだろうと思います。中国のようにプロパガンダであったり、韓国のようにファンタジーであったりすることすらも、救いようがないと嘆きつつも、国家統治の手段として他にない場合に国際社会の一つの現実として敢えて否定するものではありません(ただ、それを自国内の国民に対して言うだけならまだしも、相手国に押し付けたり、第三国で喧伝したりするのは、傍迷惑なので止めてもらいたいものですし、とりわけ現代社会にあってなお臆面もなく主張する場合には人格を疑いますが)。あるいは、現代的価値観から、反省せざるを得ないような歴史的事実について、プライドが許さないために触れないでそっとしておいて欲しいと思うような、脛に傷をもつ国が多いこともまた国際社会の現実です。そんな中で、全ての国が満足するような、あるいは表だって不快感を示さないような「解釈」を述べるのは、なかなか難しい。
 果たして戦後70年談話でどのようなレトリックが可能か、有識者懇談会のメンバー16人の知恵の見せどころであります。
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