風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

大英帝国の威光

2016-08-01 02:32:43 | 時事放談
 英国人は、ドーバー海峡を越えて大陸に渡るとき、今でも「ヨーロッパに行く」と言うのだそうで、自らはヨーロッパに含まれないかのようだ。実際にBREXITは、英国のDNAの為せるワザだという声が根強い。19世紀後半の「栄光ある孤立」はもとより、EUの前身のそのまた前身であるヨーロッパ経済共同体(EEC)は、フランスが主導し、インナー・シックスと呼ばれる原加盟6ヶ国で運営され(フランス、西ドイツ、イタリアおよびベネルクス三国)、英国はこれに対抗するため、アウター・セブンと呼ばれる7ヶ国(イギリス、北欧三国<スウェーデン、ノルウェー、デンマーク>、オーストリア、スイス、ポルトガル)で、1960年、ヨーロッパ自由貿易連合(EFTA)を組織したのだった。フランスのド・ゴール大統領は、「フランスの栄光」を掲げ、アメリカとイギリスの影響力を排除してフランス優位主義外交を展開し、ヨーロッパ統合を推進したものの、イギリスのEEC加盟には反対していたものだ。
 その後、イギリスがヨーロッパ共同体(EC)に加盟を認められた1973年から既に43年になり、今では、英国のみならず加盟国の全てでEUの存在を前提とした体制が定着している。
 先日、ブリュッセルの弁護士(通商法専門)によるBREXITの解説を聞いた。英国はこれからEUなき後に備え、EUのほかEUが締結していた各国とFTA(自由貿易協定)を締結し直すとすれば、現在、通商関係担当官は20名しかいないが、500名必要だと言う。そしてその弁護士も英国政府から声を掛けられたと言って笑っていた。恐らくこうした実務レベルの苦難を、国民投票でEU離脱賛成に一票を投じた国民は、知らない。そして事は通商にとどまらない。
 ある安全保障専門家が、ブリュッセルで話を聞いたところによると、EU委員会の関係者は、英国とは変わらない関係を維持したいと言うらしい。何しろ英国は戦略立案能力と情報収集能力に優れている、と。まさに大英帝国の威光である。そしてアメリカをEUに繋ぎ留めるのは、なんだかんだ言って英国を措いて他にいない、と。ド・ゴールがあれほど嫌ったアメリカの存在が、今のEUではかけがえのない存在となっている。そして、英国がいないEUは大丈夫か?と聞くと、皆、一様に言葉に詰まるそうである。
 リチャード・ニクソン元大統領がウィンストン・チャーチルのことを回顧したエッセイを読むと、次のようなくだりに出会う。

(引用)
 指導力の松明がアメリカ人の手に渡ったのは、アメリカ人に指導力があったからではなく、単に力があったからに過ぎない。私は、チャーチルが公然と米国を妬んだり恨んだりしたと言うのではない。しかし心の奥底では、イギリス人は「何世紀もの国際的経験のある自分たちの方が、アメリカ人より指導の仕方を知っている」と思ったと推察する。1954年に会って話したチャーチル以下の英国指導者には、一種の諦めと言うか、絶望のようなものが感じられた。
 米国にも有能な外交官は多いが、英国が影響力を持つ国々を旅した私の経験から言うと、彼らの外交官の方が遥かに洞察力も力量も上である。今日でも、米国の為政者は、重要な決断の前には、ヨーロッパの首脳の意見を聞くべきだと思う。単なる相談や事後通告ではいけない。力のある者が、必ずしも最大の経験と最高の頭脳と眼識と直観を備えているとは限らないのである。
(引用おわり)

 これは1980年代に書かれた回顧録であるが、古くてもはや意味をなさないと思うだろうか。米国が「洞察力や力量」を獲得する以上に、英国の「洞察力や力量」が衰えたと訝る人がいるかも知れない。しかし911の後、米国がヨーロッパから孤立する形で単独行動主義に陥ったことを思い浮かべる人もいるだろう。最近でも、米国のシア空爆に、英国議会は反対を表明したことを思い出す。
 勿論、立場によって考えは違うだろう。フランクフルトの金融関係者は、シティから仕事を奪うことを期待しているかも知れない。しかし外交や安全保障に限れば、EUにとって英国の存在は欠かせないものと認識されているはずだ。それは、例えば日米安保条約を思い出せばいい。トランプ候補が、日米安保条約不要論のようなことを主張したとき、日本のメディアは慌てた。戦後の日本国憲法で専守防衛を謳い、国防上の致命的な欠陥を補ってきたのは、沖縄をはじめ全国に展開する在日米軍の存在である。防衛力整備には一声30年の時間と恐らく倍以上の防衛予算が必要である。今さら米軍に抜けられても困るのである。相互依存関係によりそれぞれに最適化した体制は、英国とEUとの間にも妥当するだろう。今さら英国はEUを抜けても困るのではないだろうか。
 果たして、英国民は、今後、明らかになるであろう実務的な困難を乗り越え、EU離脱の通告をすることに賛成するのかどうか、なかなか興味深いところだ。
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