風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

政治主導のなれの果て

2010-11-11 02:33:17 | 時事放談
 再び法に基づき粛々と捜査を続けるのでしょうか。神戸海上保安部の海上保安官が、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件を撮影したビデオ映像をインターネット上に流出させたと名乗り出ました。さすがに今回は、逮捕された中国人船長に対する処遇とのバランスも考慮すべきといった指摘が検察OBからも早々に出ており、それほど、国民感情は、この海上保安官に対して同情的です。
 以前、沖縄返還の機密公電を暴露した新聞記者らが国家公務員法違反に問われた裁判で、最高裁は、守秘義務の対象は、形式的な秘密指定の有無ではなく、実質的に秘密として保護に値するかどうかで決まると判断しました。今回の映像は、既に国会議員が見ていますし、これまで関係者が説明した内容以上の新たな事実がないことから、秘密にあたらないのではないかと、さる大学名誉教授は話していました。一方で、機密であろうがなかろうが、捜査情報という、本来、外に出してはいけないものを流出させたことを問題視する検察幹部がいますし、他方で、国民目線では、映像が明らかになったのは良いことで、法律家の見方と違う面があり、流出させたのは正当な行為と見ることも出来るのではないか、と語る別の検察幹部もいて、今後の捜査の行方は流動的です。
 そもそも職責上、映像を入手できる立場にはなかった海上保安官がどうやって入手したのか、石垣海保安職員は関与していたのかいなかったのか、といった辺りもさることながら、動機は何だったのか、この海上保安官は、「告白」する前に読売テレビの単独取材に応じて、映像を公開した理由を「私がやらなければ闇から闇へ葬られて跡形もなくなってしまう」「この映像は国民には見る権利がある」などと語ったとされますが、興味があるところです。実際、海保内部には中国人船長の釈放に不満を持つ職員が多く、ビデオ映像流出を擁護する意見が多いと言われ、これは何も海保だけに留まらず、海保政策評価広報室には「映像が見られてよかった」「海保が現場で頑張っているのが分かった」といった声が寄せられていますし、神戸海保には「(海上保安官は)間違ったことはしていない」「逮捕しないでほしい」「犯人捜しをやめてほしい」といった保安官を激励する声が相次いでいるそうです。ユーチューブには「投稿された方の勇気と愛国心に感謝したい」といった賛辞のコメントが並んでいますし、ツイッターでは、映像を隠そうとした政府の方が問題だと、野党・自民党のような批判が渦巻き、更には国民の知る権利を制限する方が重罪と、矛先はあらぬ方向、検察に向けられているそうです。
 こうした話を聞いていると、五・一五事件が思い出されます。国家改造というクーデターこそ達成できませんでしたが、一国の総理大臣が暗殺されるという重い事実にも係らず、海軍将校らの裁判が進むにつれ、全国から減刑を求める声が高まり、一種の社会現象を惹き起こしたのは有名な話です。昭和恐慌、飢饉、冷害によって地方の農村の生活は困窮を極めており、こうした農村出身者が多かった将校の「疲弊の極みにある農村を救って健全な軍隊をつくらねばならぬ」といった陳述や、資本主義の農村搾取を憤る言葉は国民の共感を呼び、幕末・維新の白刃の下をかいくぐった明治世代がいなくなって、政治家も役人も財界人もそれぞれ自分の権益ばかりに汲々とする中で、ひとり軍隊だけは国家のありよう、向かうべき方向性に心を砕き、国民が軍部を支持する風潮が強くなっていったとされています(「日本の近代(下)」福田和也著)。
 勿論、もはや時代が違い、現代の日本に強い軍隊はありません。しかし、海保の現場で身体を張った警備活動を、上司筋である政治は評価しないばかりか、国民の目に触れされることなく秘匿し、中国人船長釈放にあたっては、政治判断すべき時にその判断を内外に示す覚悟なく、裏で糸を引きながら表では単に沖縄地検の決定を「了とする」というような茶番劇を演じて失笑を買い、挙句に、今回の映像流出事案に対して、鳩山前首相は情報クーデターと呼び、原口前総務相も(役所の職員が故意にやったとすれば)国家に対する反逆に近いと言い、APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議直前の流出事故に、与党関係者は政治的テロ呼ばわりするなど、政治主導は後退して責任転嫁するばかりであり、極めつけに、仙谷官房長官は、政治職と執行職とでは責任のとりかたが違う、海上保安庁長官の責任が問われる(しかし閣僚の責任は問われない)ことを仄めかすなど、民主党政権にあるのは、国家戦略や、国益の観念ではなく、党利党略が行動原理として目立つばかりであり、政治主導が泣いています。
コメント
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