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常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

春を楽しむ

2021年03月24日 | 登山
寒気が去って本当の春の日が来た。桜のつぼみがふくらみ、スイセンの花があちこちで開いている。非常事態宣言下ではあるが、今日は手術からの回復が順調な妻を連れて、人がこまない温泉を楽しむ。そこに咲く春の花をたづね、妻にとって二月ぶりの温泉を楽しむ。コロナから身を守る、最良の方法のような気がする。

ワーズワースの水仙を謳う詩がある。一語一語、その詩をかみしめる。家族が連れ立って水仙の花を摘んで、花束にして贈りものにする。日本では許されていないが、世界中の人々の春の楽しみ方である。

谷また丘のうえ高く漂う雲のごと、
われひとりさ迷い行けば、
おりしも見いでたる一群の
黄金色に輝く水仙の花、
湖のほとり、木立の下に、
微風に翻りつつ、はた、躍りつつ。 (ワーズワース「水仙」)

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非常事態宣言

2021年03月23日 | 日記
国の一都三県のコロナ非常事態宣言が解除されたのと入れかわるように仙台と山形市に独自の非常事態が宣言された。ずっと感染が低く抑え込まれたいたので、正直コロナは遠い世界のできごとのような感覚があった。仙台の感染者が120名ほどになるとかなりの人口あたりの陽性率である。仙台と5,60㌔の距離にはあり通勤、通学者が多い山形市がおのずと感染者が増えるのだろうか。いざ、宣言がだされてみると、現実の世界に引き戻されたような不思議な感じがする。毎週楽しみしていたグループ登山も、やはり自粛を選ぶほかはない。外食や夜の会合、花見の宴会も予定がないので、宣言が出ても改まって、生活を変える部分もないように思う。ワクチン接種が始まる前に来てほしくない事態が来てしまった。
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チーズ

2021年03月22日 | グルメ
部屋のエアコンをつけなくなって三日ほどになる。季節がどんどん進んでいく。昨日、坂巻川の畔にある桜の蕾が、白くなってふくらんでいるのに驚いた。まだ三月の半ばを過ぎたばかりで、もう開花のカウントダウンが始まっている。「ジャフメイト」の最新号に、「桜の魅力、再発見」という特集記事が目をひいた。一足早く、あの絢爛たる桜の花の世界が、ページに溢れている。作家、川上弘美の巻頭文がその魅力を語っている。友人が届けてくれた折れた桜の枝の話だ。部屋に置いたこの大きな枝は、10日咲き続けた続けたとある。桜のこんな楽しみ方もあるのか、そう言えば、日帰り温泉の瓶のなかでは啓翁桜は咲き終わり、ソメイヨシノの花芽のついた枝が生けられた。室内に置けば枝の芽はあっという間に咲いて、花ははかなく3日ほど目を楽しませて散っていく。いかにも短い。川上氏の部屋で10日も咲いていたのは奇跡に近い。

話は変わるが、週末、テレビでサンドの「こども博士ちゃん」を見た。世にはとんでもない物知りの「こども博士」がいるものと感心しながら見ることが多い。先週はチーズの博士ちゃんにチーズの食べ方を教わった。モッツァレラチーズを味噌汁に入れて食べる、という変わった食べ方である。愛菜ちゃんもサンドもあまりおいしそうに食べるので、業務スーパーの袋入りチーズで試してみた。これが、味噌汁の味も損なわず、おいしくチーズが食べられる。ゴルゴンゾーラとギョウザの皮、カマンベールで作るチーズフォンデュなど博士ちゃんのレシピはどれも簡単で美味しそうな食べ方だ。ものの本によると、チーズにはタンパク質と脂肪が20%~30%も含まれている。ビタミンAは、原料の牛乳の10倍~20倍。ミネラルやカルシュウムについても、加工することで含有量が大幅に増える。その上消化吸収の面でも、原料よりも各段によい。何しろいいことづくめ、高齢の栄養補給に理想的な食品だ。博士ちゃんに感謝しながら、チーズをたくさん食べていきたい。
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イチゲ

2021年03月21日 | 
枯れ葉の上に咲く白い花。悠創の丘の小川の近くに毎年咲く。いつもであればお彼岸には、まだ花を見せないのだが、今年は開花が早い。道を外れて林のなかに入るが、一面に咲く花を踏むのではと、足の置き場にこまるほどだ。少し日陰の方にはフクジュソウの群落がある。ここに来るようになったのは、雪解け間近に出る蕗の薹を探すためであった。水仙が蕾を伸ばし、アサツキが雪の消えた草むらに出ているのを採るのも楽しみであった。少し離れた沢筋にヤマニンジンや花ワサビもあり、春の味覚を楽しみにしていた。花を楽しみ、カメラに撮ればもっと楽しい。ひと掴みを採って持ち帰れば、味覚でも春を楽しむことができる。

こうした春の楽しみも、加齢とともに次第に行く機会が少なくなっている。膝が痛くなった妻は、2月に手術。ようやく歩くことができるようになったものの、まだ山のなかを散策するのは難しい。一緒に楽しむことができないのは残念なことだし、つい山菜採りに行くのを先延ばしにしてしまう。せめた、春の味覚を楽しむことでよしとしよう。

味覚といえば、今月から玄米を食べるようになった。研いだ玄米を水につけて二日ほど置く。小さな芽が出て、発芽玄米になったのを炊く。こんな状態で食べた方が栄養価も高いらしい。阿部襄先生の『庄内の四季』を読むと、春先に種蒔きが終り、残った芽の出かかった玄米を食べる話出てくる。水漬けしたものを乾かし、モミ殻をとり、焙烙で炒って子供たちに食べさせたという。これをたな煎餅と言って、朴の葉に包んで、子供たちに与えた。齧ると、すこすこし、芳しい甘みがあったと言う。いま、芽だし玄米など、手間のかかることはする人もあまりいないが、玄米の歯ごたえとわずかに感じる甘みが、本来の米の味のような気がする。


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春彼岸

2021年03月20日 | 日記
昨日、陽気に誘われて川辺を散策した。蔵王の山々には残雪がみえるが、雪解け水で増水した川は、軽やかな音を立てて流れ、川の畔に椅子を持ち出して、川を眺めながらお茶を楽しむ老夫婦の姿が見られた。ひときわ声高く啼くのはひよどりだ。顔を出したふきのとうを採って、刻んで豆腐を入れた味噌汁を作った。口いっぱいに春の香りが広がった。待ち遠しかった春の訪れである。

徳富蘆花は『自然と人生』の一項に、「彼岸」と題して、春の訪れの喜びを書いている。古文体だが、ここに抜き書きしてみる。
「今日彼岸に入りぬ。
梅花歴乱として、麦緑已に茎をなしぬ。菜花盛りとなり、椿はぽたりぽたりと
落ち落ちて地も紅なり。
野に出づれば、田の畔は土筆、芹、薺、嫁菜、野蒜、蓬なんども蔟として足を踏み容る可き所もなし。董は花となりて、蕗も小さき青笠を翳し初めぬ。其翳に含羞める菫菜花の何ぞ美しき。」

田の畔に出る草本は、どれも食用となり、この時代の食卓を春の香りでにぎわせた。嫁菜は野菊の若芽で、出始めを摘んで作る嫁菜飯が春の風物詩になっていた。「嫁菜をまっ青にゆでて、白い御飯にまぜよう。すこしばかり塩味のついた嫁菜飯は香りたかく、目にも美しい。」というのは、佐多稲子の随筆にある。ほんの少し時代をさかのぼれば、里に広がる野山から、摘んでくる山菜や野草を食卓の乗せて楽しんでいた人々がいる。スーパーに並ぶ、野菜の高騰に一喜一憂せず、もっと自然に目を向けるべきだ。

春風や堤長うして家遠し 蕪村
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