ちょっとしたミスで上司(じょうし)から怒(おこ)られた彼女は、自分の席(せき)に戻(もど)ると、周(まわ)りには聞きとれないような小さな声で呟(つぶや)いた。「あんな人、消(き)えちゃえばいいのに」
翌日(よくじつ)。出社(しゅっしゃ)した彼女はその上司がまだ来ていないので、同僚(どうりょう)の一人に訊(き)いてみると、
「無断欠勤(むだんけっきん)みたいよ。何か、全然(ぜんぜん)連絡が取れないみたい」
彼女は心の中で呟いた。「いい気味(きみ)だわ。このまま辞(や)めてくれないかしら」
このことがきっかけで、セクハラまがいのことをしてきた男性社員や、陰(かげ)で悪口(わるぐち)を言っていた女性社員を、彼女は次々(つぎつぎ)と消(け)していった。それに、恋人に言い寄(よ)ってきた女も…。
彼女は有頂天(うちょうてん)になっていた。もう自分には恐(こわ)いものなんて何もない。そんな態度(たいど)が恋人にも伝わったのだろう。デートのときに彼と喧嘩(けんか)をしてしまった。そして、つい口にしてしまったのだ。「あなたなんか大嫌(だいきら)い。もう、私の前から消えてよ!」
彼女は、家に帰る頃(ころ)には後悔(こうかい)で胸(むね)が一杯(いっぱい)になっていた。何であんなこと言ってしまったんだろう。彼女は彼に電話をかけた。だが、全然つながらない。彼女は不安(ふあん)になった。
何気(なにげ)なくテレビをつけると、ニュースをやっていた。キャスターの女性が慌(あわ)てた声で、
「各地(かくち)で行方不明者(ゆくえふめいしゃ)が続出(ぞくしゅつ)しています。何の前触(まえぶれ)れもなく、まるで神隠(かみかく)しのように――」
テレビは中継画面(ちゅうけいがめん)に切り替(か)わり、再(ふたた)びスタジオの画面に戻ると、そこにいるはずの女性キャスターの姿(すがた)が忽然(こつぜん)と消えていた。
<つぶやき>思わず口にした言葉(ことば)でとんでもないことに…。皆(みな)さんも気をつけて下さい。
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僕(ぼく)の彼女はいろんな顔を見せてくれる。優(やさ)しく微笑(ほほえ)みかける顔。大きな口を開けて大笑(おおわら)いしている顔。ちょっと寂(さび)しげな顔も捨(す)てがたい。でも僕が一番好きなのは、ちょっと頬(ほお)を膨(ふく)らませて怒(おこ)っている顔。僕はその顔見たさに、わざと彼女を怒らせたりもする。
でも、今日はちょっとやり過(す)ぎた。彼女は僕に背(せ)を向けて、うなだれて肩(かた)を震(ふる)わせている。まさか彼女がこんなに傷(きず)つくなんて思ってもいなかった。僕は罪悪感(ざいあくかん)で一杯(いっぱい)だ。こんなことになるんなら、あんなことしなきゃよかった。僕は、彼女に謝(あやま)ろうと、彼女の肩を後からそっと抱(だ)き寄せようとした。
その時だ。不意(ふい)にカメラのシャッター音がした。僕は驚(おどろ)いて伸(の)ばした手を引っ込める。彼女がこっちを振(ふ)り向く。その顔はしてやったりの笑顔だった。僕の頭の中は混乱(こんらん)していた。状況(じょうきょう)が把握(はあく)できない。彼女は手にしたスマホの画面(がめん)を見ながら嬉(うれ)しそうに言った。
「あたし、あなたが困(こま)ってる顔が大好きよ。良い写真、撮(と)れちゃった」
じゃあ、今までのは何だったんだよ。あの、肩を震わせていたのは…。僕は心の中で呟(つぶや)いた。――えーっ、彼女って、こんなこともしちゃうんだ。知らなかったよ。
彼女は僕の顔を覗(のぞ)き込んで囁(ささや)いた。「あなたの知らないこと、まだまだあるわよ」
僕は身体(からだ)が震えた。今まで見たことがない、小悪魔(こあくま)のような微笑(ほほえ)みがそこにあった。
<つぶやき>女性はいろんな顔を持っています。あなどらないようにしないとダメですよ。
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彼は不思議(ふしぎ)な夢(ゆめ)を見た。裸(はだか)の人間が背中(せなか)を丸(まる)めて座(すわ)っている。それをじっと見ていると、パカッと音がして、その人間の背中の皮膚(ひふ)が破(やぶ)れ、中から化(ば)け物が飛(と)び出して来た。
そこで彼は飛び起きた。――何となく頭が痛(いた)い。身体中(からだじゅう)、ぐっしょりと嫌(いや)な汗(あせ)をかいている。彼はベッドから出ると汗を拭(ぬぐ)った。窓(まど)からは気持ちのいい朝日が差し込んでいる。
――台所(だいどころ)では母親が朝食の支度(したく)をしていた。彼は水を一杯飲むと食卓(しょくたく)についた。首筋(くびすじ)から背中の辺りが、何だかむずがゆく嫌(いや)な感じだ。彼は、手を伸(の)ばして背中を掻(か)き出した。
その様子(ようす)を見ていた母親が声をかける。「かゆいの? 見てあげるわ」
母親は、彼のTシャツを脱(ぬ)がせると背中を見た。そこには、背骨(せぼね)に沿(そ)って一筋(ひとすじ)線が入っていた。母親は息(いき)を呑(の)んだ。そして、大声で家族(かぞく)を呼び集めた。
彼を中心(ちゅうしん)にして、両親(りょうしん)と姉(あね)二人が取り囲(かこ)んだ。手にはそれぞれ大きな網(あみ)を持っている。
彼は不安(ふあん)になり言った。「みんな、どうしたんだよ。何してるの?」
母親は優(やさ)しく答(こた)える。「大丈夫(だいじょうぶ)よ。変態(へんたい)が始まったの。これで、あなたも大人(おとな)になるのよ」
「なに言ってんだよ。俺(おれ)は…」彼はさっきの夢のことを思い出して、「まさか、あれは俺?」
突然(とつぜん)、彼の身体が不自然(ふしぜん)にカクカクと動き始めた。母親が叫(さけ)んだ。
「みんな、逃(に)がしちゃダメだからね。無傷(むきず)で捕獲(ほかく)するわよ」
みんなは身構(みがま)える。彼は背中を丸めた。そして、パカッと音がして――。
<つぶやき>恐(こわ)いです。何が飛び出してきたの? この人達はいったい何者なんでしょう。
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新しくできた遊園地(ゆうえんち)。そこには小さな子供(こども)たち用(よう)に迷路(めいろ)が作られていた。子供たちがキャッキャと騒(さわ)ぎながら、迷路の中を走り回っている。
「ねえ、私、あれやりたい」女の子が一人、嬉(うれ)しそうに友達(ともだち)に言った。
「もう、子供じゃないんだから。あんなのつまんないよ」
「だって、大人(おとな)はやっちゃダメって書いてないでしょ」
女の子は駆(か)け出した。彼女ははしゃぎながらスタート地点(ちてん)に立つと、そこから友達に向かって手を振(ふ)った。そして、迷路の中へ入って行く。
彼女はいつしか夢中(むちゅう)になっていた。初めのうちはゴールがちゃんと見えていた。それが、仕切(しき)りの壁(かべ)が高くなったのか、背(せ)が縮(ちぢ)んでしまったのか、ゴールの旗(はた)が見えなくなった。彼女がそれに気づいたとき、周(まわ)りから子供たちの姿(すがた)が消(き)えていた。彼女は不安(ふあん)になった。もしこのまま出られなくなったら…。その時だ。目の前を、服(ふく)を着た兎(うさぎ)が横切(よこぎ)った。
ここは躊躇(ちゅうちょ)している場合(ばあい)じゃあない。彼女はその兎を追(お)いかけた。もしかしたら出口(でぐち)が分かるかもしれない。でも、何だが走りづらい。彼女はいつの間にかドレスを着ていた。それに気づいたとき、彼女は前のめりになりバタンと倒(たお)れてしまった。
どのくらいたったろう。遠(とお)くから声が聞こえた。「大丈夫(だいじょうぶ)か? しっかりしろよ」
彼女が意識(いしき)を取り戻(もど)すと、目の前に赤い目の兎の顔が! 彼女は、また気を失(うしな)った。
<つぶやき>たまには童心(どうしん)に返ってみましょ。別の世界の扉(とびら)が開いちゃうかもしれません。
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彼は喫茶店(きっさてん)で、先方(せんぽう)へ渡(わた)す資料(しりょう)の確認(かくにん)をしていた。彼の仕事(しごと)は営業(えいぎょう)で、新規(しんき)の取引先(とりひきさき)を開拓(かいたく)していた。これから訪問(ほうもん)する会社も、何度も足を運(はこ)んで、やっと話を聞いてもらえることになったのだ。だから手落(てお)ちがあってはいけない。
彼が確認を終えて顔を上げると、目の前に女性が座(すわ)っていた。全(まった)く気づかなかったので、彼はちょっと驚(おどろ)いた。その女性は、彼に微笑(ほほえ)みかけると言った。
「あの、私と結婚(けっこん)してください」
彼は、あまりのことに唖然(あぜん)とするばかり。彼女はさらに続ける。
「私、あなたのことが好きになったんです。これから、私の両親(りょうしん)に会ってください」
「ちょ、ちょっと待ってよ。初対面(しょたいめん)でいきなりそれはないでしょ。なに考えてんの? それに、もし僕(ぼく)が結婚してたら…」
「その時は、離婚(りこん)してもらいます。でも、指輪(ゆびわ)をしてないから独身(どくしん)ですよね」
「いやいや、それはそうだけど…。好きな人がいるかもしれないだろ」
「なら、私もエントリーできますよね」
「ごめん。これから仕事(しごと)なんだ。大事(だいじ)な商談(しょうだん)があって…」
「私がご案内(あんない)します。その会社、私のパパの会社なんです」
「えっ、パパ? まさか、社長(しゃちょう)の娘(むすめ)さんなんですか?」
彼女は微笑(ほほえ)むだけで、それには答えなかった。彼女はさり気なく彼の腕(うで)を取った。
<つぶやき>これには何か裏(うら)があるのかな? 彼の運命(うんめい)が大きく変わるかもしれません。
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