町内(ちょうない)の交番(こうばん)に、いかにも奥様(おくさま)という感じの女性がやって来た。彼女は捜索願(そうさくねが)いを出したいと言う。お巡(まわ)りさんはひとつずつ確認(かくにん)するように繰(く)り返した。
「えっと、あなたのお子さんで、名前は隆之介(りゅうのすけ)。年齢(とし)は三歳。間違(まちが)いないですね?」
「はい。今朝(けさ)、ちょっと目を離(はな)した隙(すき)にいなくなってしまって。あの子、今まで外へ出たことがないんです。もし、交通事故(こうつうじこ)にでもあったら、あたし…」
彼女はバッグからハンカチを取り出して目頭(めがしら)を押(お)さえた。お巡りさんは、
「では、お子さんの、いなくなった時の服装(ふくそう)を教えて下さい。どんな服を着てましたか?」
「あの、茶色(ちゃいろ)のトラ縞(じま)で、お腹(なか)のあたりは白いんです」
「えっ、トラ縞ですか? それは、Tシャツか何かですか?」
彼女は突然(とつぜん)何かを思いついたように、微(かす)かな悲鳴(ひめい)を上げた。
「まさか、誘拐(ゆうかい)なんじゃ…。どうしましょう。もしそうなら――」
お巡りさんは彼女をなだめるように言った。「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。まだ、そうと決(き)まったわけじゃ。きっと見つかりますから。そのためにも奥さん、もう少し詳(くわ)しくお聞かせください」
「まさか…。この頃(ごろ)、仕事(しごと)が忙(いそが)しくて、かまってあげられなかったから。それで、あたしのこと嫌(きら)いになって、家出(いえで)しちゃったんだわ。きっと、そうよ」
「あの、奥さん。三歳で家出はないと思いますよ」
「もう大人です。あっ、他に好きな相手(あいて)が現(あらわ)れたのかも。あたし、捨(す)てられちゃう!」
<つぶやき>いなくなったのは彼女の子供なのかな? でも、彼女にとっては大切(たいせつ)な…。
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