「もしもよ…。もしも過去(かこ)へ戻(もど)れるとしたら、いいと思わない?」
恵麻(えま)はメガネを掛(か)け直しながら言った。彼女は妙(みょう)な発想(はっそう)をすることがある。訊(き)かれた良太(りょうた)は、ちょっとばかり返答(へんとう)に躊躇(ちゅうちょ)した。
「だから、あたし考えたの。もしも、ものすごい速(はや)さで地球(ちきゅう)の自転(じてん)と反対方向(はんたいほうこう)へ回ったら、過去へ戻れるんじゃないかって。だって、日付変更線(ひづけへんこうせん)を逆(ぎゃく)に通るのよ。そう思わない?」
「あの、ちょっとそれは違(ちが)うんじゃないかな」
「どうして。良太は過去へ戻りたくないの? あたしは、もう一度やり直したい」
「そんなこと言われても…。あの、でもね。ほら、宇宙ステーションは一日に何回も地球を回ってるじゃない。でも、時間は地上(ちじょう)と変わらないよね」
「それは、宇宙にいるからでしょ。もういいわ。良太は、あたしのこと嫌(きら)いになったのね」
「だから、そういうことじゃなくて。僕(ぼく)はただ、ちょっと距離(きょり)をおいて…」
「だったら、こうしましょ。あたしたちが初めて会った場所(ばしょ)へ戻るの。そしたら――」
「もういい加減(かげん)にしてくれよ。そんなことしても…」
「やってみなきゃ分からないわ。ねえ、一緒(いっしょ)に行ってくれるよね。あたしたちやり直すの」
「いや。僕は行かないよ。僕たち、前へ進まなきゃ。過去に囚(とら)われてたら何もできない」
「過去があるから今があるのよ。昨日(きのう)だって、あたしのこと好きだって言ったじゃない」
<つぶやき>心変(こころが)わりはいつ起こるか分からない。彼の心をしっかりつかんでおきましょ。
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