イブリース云々に誤算。 十年位前は日本ではイブリース擁護論が一般知識だったのだが先ほどwikipediaを見たらコーランの一節とやらが載ってて一般キリスト教徒のそれと大差なかった。
聖書、創世記の問題。 創造神の人称が「我々」になっている。 もう一つ。 七日間創造とエデン創造で記述、創造順が違っている。 人称が「我々」である以上それは唯一神ではない。 細かい問題として、何故一章二章の区切りが創造の七日間の後ではないのか、アダム故地が呪われた、とはどういった現象なのかがある。 これの答えがプロビデンス。 プロビデンスが天地を創造した、ではなく、天地創造がプロビデンス。 プロビデンスが休むとそこに、被造物相当エデンの神によるエデン創造があったと。
なんでこうなのか、だが、ワールドテクトニクスとでもしたものがある。 唯一神の定義に「思ったことが実現する」がある。 逆に書くと、「実現したことが唯一神が思ったこと」なのだ。 人々は、それが日常的に実現し続けていることに気づいていない、この状況がプレートテクトニクスに似ているのでワールドテクトニクスとした。 先に唯一神を知っていて、その後に創世記の天地創造を読むとそこに同じものを発見できるというもの。 「地の呪い」もまた同じ。 ここでややこしいのがサタンの立ち位置。 サタンに騙されているのは神々。 唯一神を知らない人間は聖書中にある様々なとっかかりを発見できず、それを自身の地位のために利用するものとしか認識できない。
じゃあ直接答えを教えたらどうなるか、が問だがこれが解らない。 「機会が失われる」が一つの答え。 ただし、教えないのは私にとって不実だ。
聖書、創世記の問題。 創造神の人称が「我々」になっている。 もう一つ。 七日間創造とエデン創造で記述、創造順が違っている。 人称が「我々」である以上それは唯一神ではない。 細かい問題として、何故一章二章の区切りが創造の七日間の後ではないのか、アダム故地が呪われた、とはどういった現象なのかがある。 これの答えがプロビデンス。 プロビデンスが天地を創造した、ではなく、天地創造がプロビデンス。 プロビデンスが休むとそこに、被造物相当エデンの神によるエデン創造があったと。
なんでこうなのか、だが、ワールドテクトニクスとでもしたものがある。 唯一神の定義に「思ったことが実現する」がある。 逆に書くと、「実現したことが唯一神が思ったこと」なのだ。 人々は、それが日常的に実現し続けていることに気づいていない、この状況がプレートテクトニクスに似ているのでワールドテクトニクスとした。 先に唯一神を知っていて、その後に創世記の天地創造を読むとそこに同じものを発見できるというもの。 「地の呪い」もまた同じ。 ここでややこしいのがサタンの立ち位置。 サタンに騙されているのは神々。 唯一神を知らない人間は聖書中にある様々なとっかかりを発見できず、それを自身の地位のために利用するものとしか認識できない。
じゃあ直接答えを教えたらどうなるか、が問だがこれが解らない。 「機会が失われる」が一つの答え。 ただし、教えないのは私にとって不実だ。